2009/03/12 - 2009/03/13
101位(同エリア1019件中)
がおちんさん
雲南旅行11日目の続き〜12日目(最終日)。
普者黒を後にして、丘北から弥勒へと向かうバスに乗ります。
今回の雲南の旅も、いよいよ終わりとなりました。最後の宿泊地をどこにするか考えた結果、石林へ行くことにしました。
観光をするためではなく、撒尼(サニ)族の旧友に会いたくなったのです。普者黒で彝族気質に触れたせいか、明るくて元気なサニ族の人達が懐かしくなったのでした。
石林の訪問は19年ぶり。サニ族の友人との再会が、今回の旅のフィナーレとなりました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
雲南旅行11日目の続き。
彝族の結婚式も終わり、風光明媚な普者黒を去る。
田んぼで水牛が働いているのが見えた。
かつてはどこででも見られた光景だが、今回の旅では
目にする機会が少ない。西双版納でも効率の良い農業用機械に変わっていて、情趣が薄れてしまった。
文山州は、今ものどかさの残る貴重な地だが、これもまた予想以上の早さで消え去ってしまうだろう。
しっかりと目に焼けつけておこう。 -
13時15分。普者黒から丘北のバス駅に到着。
さて、今日はどこに行くか。
正直言って、もうどこでもいいのである。
雲南にいることが出来れば、どこでも構わない。
そう思うほど、この地を離れるのが惜しくなってしまった。
この10日の間で、かつての雲南好きが再加熱してしまったようだ。
しかし、現実はどうにもならない。明日の夜は、飛行機に乗って帰国しなければならないのだ。
とりあえず、すぐに出発する弥勒行きのバスに乗り込んだ。 -
今回の旅で初めて乗る、雲南号サイズの大型バス。
そう、やっぱり雲南の旅はこれでなくちゃとも思ったのだが、座席シートの背もたれが大きく、皆でワイワイ乗る雰囲気ではない。やや閉塞感もある。
乗り心地は良いけど、ちょっと残念。
昔のバスのほうが、開放感があって良かったよー! -
★旧型バス雲南号の車内
(1980年代に製造された雲南製のバス)
これで長距離は辛かったけど、
昔の雲南旅行は嫌でもスキンシップが楽しめた。
人民と仲良くなる絶好のアイテム、それはバス!
だったんだけどなー。
私はこっちが好き。 -
のどかな文山州の眺めも、これで見納め。
なんか寂しくなってしまい、ただただシャッターを切る。 -
途中にある彝族の集落を通過。
地元民の交通手段は馬車だ。
カポカポ歩く音、ゆるやかな速度。
のんびりしてるなー。 -
牛車と馬車が並走してる。
うーん、田舎くささがハートに響く!
たまらない気持ち。 -
君たちの記憶はやがて、かけがえのない宝物になる。
そういう日がきっと来るよ! -
お母さん牛に甘えてすりよる、水牛の子。
歩きながらも、おっぱいを狙っているのだった。 -
牛車をひく、苗族のおかあさん。
赤ちゃんの履いているシューズが今風なのだ。 -
膩脚彝族郷では市が開かれていた。
沢山の牛が売られているぞ。
さすが文山州。 -
ローカルを結ぶバス。
「農村班車」というネーミングが泣ける。 -
市から帰る人たち。
「こんにちは!」。 -
今日もまた、馬車や牛車の多く見られる「牛馬街道」を行くのであった。
-
片手に白酒を提げ、牛車をひく苗族のお父さん。
シブイ!
そして荷台には、子供とニワトリが同乗。 -
こちらも村へ帰る苗族の人たち。
娘さん:アッカンベー! -
やがて道は、平野から山間部へと入って行く。
-
ヤギと牛を一緒に放牧させる、彝族の人。
-
雲南らしい牧歌的な眺め。
これで最後かと思うと、食い入るように見つめてしまう。 -
隣席の小姐、うたた寝して横に居る娘さんにカクッ。
それでも嫌な顔ひとつしない娘さんに、新世代の優しさを感じる。
昔なら、「アイヤー、ちょっと重いわよ!」と怒って文句を言うパターンだ。
娘さん、余裕の笑顔。
こういう時も、Piviは大活躍。
さっとプリントしてプレゼント。
それぞれの旅のちょっとした思い出になるし、
なによりも、その場が和む。 -
お目覚めの小姐。
彼女は普者黒を観光した帰りだという。四川訛りがあったので聞いてみると、1年半前に四川から雲南に引っ越してきたとのこと。
その隣の娘さん2人組は、弥勒近郊に住む中学生。
キャンディーとウエットティッシュをくれた。
いくら道が良くなったとはいえ、バスに乗っているとホコリで汚れる。彼女たちが何度も腕などを拭く様子を見て、中国人もここまで変わったのかと驚いた。
また、二人ともきれいな普通語を話す。彼女たちが先に下車する際、「おじさん、よかったら私達の村に遊びに来ませんか」と言われて苦笑する。
おじさんか。まあ、俺もそういう歳になったわけだ。
おじさんが娘さんの家に遊びに行くのは無理がある。
ここは笑顔で「再見!」した。 -
この山を越えると、紅河州になる。
バスは舗装された道を快走する。 -
谷間に集落が見えてきた。
南盘江のほとりの町、その名も江辺。
ストレートな地名だ。 -
南盘江を渡るため、一気に山道を下る。
上ったり下りたりを繰り返すのが、昔ながらの雲南の道である。 -
何の変哲も無い田舎の町にこそ、かつての雲南の魅力が秘められていそう。
今ならば、バスを下りさえすれば、そこに行ける。
下りなければ、もう一生訪れることは無いだろう。
どうするか。
行けば、そこで新たな旅の出会いがあるはずだ。
でも結局、バスを下りることはなかった。
そういう旅は、いくらしてもキリがないんだよなー。 -
丘北県と弥勒県の境にある南盘江を渡る。
河岸工事のされていない、生の川。 -
16時。
江辺大橋を渡って弥勒県に入ると、さらに道の舗装が良くなった。
あれ、やっぱりワイン産業で潤っているのかな?
バスは快調に飛ばす。 -
弥勒県に入っても、農作業をする牛が見られた。
川で体を洗っている男性もいるぞ。 -
17時20分、弥勒に到着。
四川人の小姐と一緒にタクシーに乗って、昆明方面への便がある弥勒西駅に向かう。
途中で小姐は下車、ところがサッと金を払って行ってしまった。私が払うと言ってあったのに。
やられた。中国人の面子を立てたのだ。
ありがとう小姐。また会えたら、今度は私に払わせてくれ。 -
今日の宿泊地をどこにするか考えた結果、石林へ向かうことにした。
普者黒では彝族の明るく楽しい気質に触れ、同じく石林に住むサニ族の人たちに会いたくなったのだ。
路南までのチケットを買い、昆明行きのバスに乗った。
発車時間はない。満員になり次第の出発だ。 -
17時46分、昆明行きの大型バスは出発した。
垢抜けた服装の若者からビジネスマンまでが乗っていて、これまでとは車内の雰囲気が全く違う。
私はここで、旅が終わりを告げたように感じた。
これまでの愛情に近いような雲南への想いは、浮き輪の空気が抜けるようにしぼんでいった。
はあー。 -
毎日どこかで見かけた交通事故。
高速道でも派手に事故っていた。
お陰で渋滞を経験するハメになった。 -
路南に近づくにつれ、風景が石林っぽくなってきた。
すると、再び旅へ対する気持ちがフッと湧き上がってきた。
石林に行くのも19年ぶり。
懐かしい光景だー。 -
18時47分、路南へ到着。
高速道路の上で降ろされるのがチャイナスタイルだが、
やっぱり危ないと思うよ、これは。
高速が空いてるから、まだマシだけどさ。
ぶつぶつ言いながら、歩いて高速道路を下りる。 -
路南は石林と改名され、巨大な街となっていた。
バス駅を探す気にもなれずタクシーを拾おうとするが、帰宅する市民で混んでいてなかなか捕まらない。
10分以上待って、ようやく空車を見つけて乗る。
「石林まで」と頼むと、「こんな時間に行っても開いてないですよ」と女性ドライバー。
そうじゃなくて、旧友に会いに来たことを告げる。 -
道路がすっかり良くなったので、どこを走っているのか全くわからない。
まるで初めて来たような気分だ。
「ところで、その旧友はあなたが来る事を知っているの?」とドライバーが尋ねた。
「それが、知らないんです」と私。
「19年前とは随分変わったはずですよ」と言われ、少々心細くなってきた。もう空もすっかり暗いし。
まあ、何とかなるさ。
石林には19時20分に着いた。 -
★1989年の石林の村
こんな感じの村を予想して行ったら大間違い。
村内の小道も、各家の様子も当時とは変わっていて、記憶を頼ることが出来ない。
何名かの村人に名前を出して尋ねるが、「知らない」という人ばかり。
ならば、古くから住んでいるのはどの家かと聞き、最初に向かった家で旧友の名前を出してみた。
すると、「それは私の姪だ」と驚いた顔でオバサンが言う。念のため、彼女のあだ名も伝えると、「間違いない」と。
最初に訪ねた家が旧友の親戚の家で良かった。
すぐに携帯電話で連絡をしてくれ、そこから話はとんとん拍子で進んだ。 -
すぐに親戚の家に通され、「姪が来るまで一杯やろう」とオジサンに言われる。
何はともあれ、連絡がついてよかった。
ホッとして食卓にお邪魔する。
今日は朝から普者黒の結婚式で飲まされたので、
酒は控えたいのだが、オジサンの好意を断るわけにはいかない。
石林の酒はとうもろこしから造った自家製。さらに黄色い色をしているのは、珍しい野草に漬けこんだからだ。
かなりガツンと効くハードな酒だが、気合を入れて頂戴した。 -
あっ、ラファマだー。
これ大好物。
「ラファマ」とは、路南名産の豆腐乳のこと。
とても辛いが、チーズのような味噌のような味わいの発酵食品で、台湾製などよりもちょっと固めの豆腐乳だ。また、「ウープジー」という骨入りの辛い挽肉漬けもサニ族の家庭の味だ。
彝族の言葉も昔はいろいろ教えてもらったけど、今はいくつかの単語を覚えているだけ。ほとんど忘れてしまった。 -
★サニ族の友人(1989年)
今回、訪ねたのは彼女たち。緑色の服がLさん、水色がSさんだ。
私が全く中国語を話せない時から、親切に世話してくれた恩人でもある。
日本語も上手だった。彝族語の文法は漢語よりも日本語に近いそうだが、その明るい性格と、高度な冗談まで使いこなす彼女たちには何度も驚かされたものだ。
また、あらゆる中国人から聞かされた「バカヤロー・八个压路」という言葉も決して口にすることは無かった。それを聞かされた日本人がどんな気持ちになるか、サニ族の人は察してくれたのである。
石林で、みやげ物の押し売りetcをされたと悪口を言う日本人もいたが、カモにされるほうが悪かったのである。高飛車な観光客にはそのように接しただろうが、彼らをよく理解しようとする者には、そのような態度は取らない。
彼らが観光客ズレしていたのではなく、人の土地にズカズカやって来る、観光ズレした観光客が悪いのである。 -
ついに再会できた。
とりあえず、みんな元気で何より。
久しぶりー!
後ろの両脇に座っている人が上の写真の2人です。 -
親戚のオバサンのお陰で、無事に再会できました。
どうもありがとう! -
なんか、どんどん人が集って来たよー。
-
向こうがこっちを覚えていても、私が分からない人もいた。
ごめんなさい。憶えてないよー。
だって、まだ小さかったもんね。
カーキ色のTシャツの男性は、20年前の私の写真を持って来ていた。私からもらったと言う。
えっ、そんなことがあったんだ。
なんか嬉しいよ。ありがとう。 -
皆さんは、彼女たちの夫や兄弟なのだ。
総勢、20名以上が集った。
結局、この夜は深夜まで皆で飲み、私は見事に腰が抜けた。
彼らは、すでに賓館の部屋を取っておいてくれた。その上、酔った私に肩を貸して部屋まで連れて行ってくれた。
私はただ飲んで酔っ払っただけ。
なんか申し訳ないけど、とっても嬉しい夜だった。 -
2009年03月13日(金)
雲南旅行11日目(最終日)。
昨夜は千鳥足になるほど飲んだのに、気分が高揚したせいか、あまり眠れなかった。
8時45分、Sさんと妹さんの2人が迎えに来た。
朝の米線を食べに市場へ向かう。
朝の空気がキリッと冷えているのが、いかにも石林らしい。
「昼食の食材を仕入れるから、何が食べたいか言って」とSさんがいう。
そんな、何でもいいよ。
君たちに会えただけで、もういいんだ。
「じゃ、まかせて」とSさん。
さすが彝族の女、話が早い。 -
市場に行くと、採れたての野菜が並んでいた。
日本の野菜と違い、ニオイが強い。
豊かな食生活が羨ましい。 -
携帯で話す、Sさんの妹さん。
彼女の世代まで若くなると、もう少数民族には見えない。
若くてきれいなお母さんだ。
でも、やっぱり彝族の服を着て欲しいなー。 -
市場で食べた米線。
豚の角煮をほぐした肉が乗っていて、ボリューム満点。
これが雲南で食べる、最後の米線だ。
もやしも入っていて、とても美味しいのであった。 -
忙しそうに携帯電話で話すSさん。
今日は、私のために仕事を休んでくれたのだが、
ケータイで何度となく仕事のやり取りをしていた。
もう、のんびりした石林の人ではなく、苦労して経済力も手に入れた努力の人である。
自家用車を運転するのには本当に驚いた。
私などより、よほど豊かな生活をしている。 -
★20年前のSさん(1989年)
彼女は少女の頃から聡明な人だった。
折り鶴を教えたら、一回見ただけでマスターしたし、
映画を見に行けば、一生懸命つたない日本語で通訳してくれた。
バスに乗って昆明に帰るときには「スリに遭うから寝るな」、「街では財布に気をつけて」と忠告してくれた。
こんな15歳、他に見たことが無い。
どこに行くにも民族衣装を着ていたが、
それは彼女が彝族としての誇りをもっているからだった。
そんな彼女も、子供が生まれてからは一度も民族衣装を着ていないそうだ。やはり洋服の方が便利だという。
惜しい話だ。 -
せっかくなので、石林を見ていく。
あまりの観光客の多さに驚いてしまう。
まるでディズニーランドのような混み具合。 -
ハニ族の団体客も石林を見に来ていた。
いかにも雲南省らしい光景だが、昔なら絶対にありえない話だ。
雲南省も豊かになったのだなと、つくづく実感する。 -
嬉しいことに、LさんとSさんは民族服に着替えてくれた。
やっぱり、こっちの方がカッコイイよー。
ファインダーを通して2人を見ていたら、昔の記憶が一気に蘇って来た。
ちょっと感激。 -
公園内で仕事をする村人から声がかかる。
次々と懐かしい人たちに会えた。
私のほうが忘れていて、不満げに文句を言う人もいたけど、その怒りかたの特徴で思い出すことが出来た。
皆さん、久しぶりです。本当に懐かしいね。 -
ようやく、念願のスリーショット。
と、思ったら、なぜか観光客のオバサンもこっちを向いてピース。
まあ、いいや。皆で笑いましょう!
当たり前の事だが、観光客用の民族衣装と本物は全くの別物。
サニ族の衣装は素敵だ。
☆サニ族のことばと石林の賑わいを録音しました
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1014937.html -
「いや、もう若くないし、いいよ」と断ったのだが、せっかくだからと押し切られて、阿黒の格好をする私。
アシマ役のLさんとツーショット。 -
石林からSさんの家に戻り、昼食の準備をする女性陣。
サニ族の女性は本当に働き者だ。
皆で協力して、手際よく料理する。 -
★こちらは1989年の写真
当時の彼女たちも、家にある材料でチャチャッと料理してくれた。
昔も今も変わらない。 -
★1989年の写真
そして、こんな感じでワイワイ話しながら食べた。
昆明に留学中、日本から友人を招いた事が2回ある。どちらも中国や雲南には特に関心の無かった人だが、二人とも雲南滞在で最も心に残ったのが、サニ族が作ってくれた食事だったと言っていた。
納得。 -
Sさんたちが料理を作っている間、
私は家族の人たちに鍼灸治療をする。
写真は指関節にお灸をしているところ。
みんな元気そうでも、聞けばいろいろあるのだ。
今回の旅では、訪ねた友人たちを治療することも多かった。そして少数民族にはよく効いた。きっとシンプルな生活をしていることや、薬ばかりに頼らないからだろう。
彼らの生き方から我々が学ぶことは多い。 -
そして料理が出来た。
仕事から昼食に帰ってきた身内の人たちが、
「おお、ご馳走だ」と呟く。
祝い事には、とうもろこしの粉をまぜた玉米飯を炊くそうだ。写真では見づらいが、テーブルの下にあるのがそれ。
「これは、君のために炊いたんだよ」と言われて嬉しくなるが、それは勧められた酒を断れないということでもあった。
サニ族の男たちと、この旅で最後の酒を酌み交わす。
みんな、本当にありがとう。 -
食後、Sさんの運転する車で路南へ行き、ラファマやウープジー、山羊の乳で作った乳餅(ルービン)などをオミヤゲに買う。Sさんの夫はわざわざ真空パック入りのルービンを携帯電話で調べて購入してくれた。
そして再び石林へ戻り、17時過ぎに皆に見送られて昆明行きのバスに乗った。
さようなら、皆さん。
どうもありがとう! -
バスでは、石林での余韻に浸るヒマも無く、体調が悪くなり始めた。
間違いなく酒だ。苦しみをこらえ、シートに横になる。
ヤバイ、手まで痺れてきた。だんだん意識が朦朧となる。動くことができない。中毒症状か?
バスは高速道路を飛ばす。20年前は4時間半かかった道のりが、今では1時間半で着く。
ここに来て、ようやく交通の便利さがありがたくなった。幸い、昆明に着く少し前に苦しさが軽減し、手の痺れも治まった。
18時半頃、昆明に到着。 -
やはり昆明は帰宅時のラッシュで大混雑。
体調が悪いのでタクシーを探すが、なかなか捕まらない。必死でバス駅から少し歩き、そこで乗ることが出来た。
空港までの道も、車とバイクで渋滞。
これは俺の知っている昆明じゃない。
やはり昆明を避けて旅をして正解だった。 -
昆明空港にある機場賓館にチェックイン。(料金は半日分)
出発までの4時間、ここで休むことにした。
ところが部屋に入った途端に嘔吐が始まる。
水を飲んでは嘔吐の繰り返し。
胃が空っぽになって、ようやく楽になる。
30分ほど眠れた。 -
2009年03月14日(土)
帰国便もインチョン経由で成田へ。
昆明を23時55分発の予定が00時45分に変更。
インチョンでトランジット中も、寝袋にくるまって横になっていた。成田へ着くまで、水以外は口にせず。
成田へは午前11時半に到着。体重が5キロ近く減っていた。
たった11日間の雲南だったけど、これまでになく内容の濃い旅であったことは確かだ。
13年も雲南を避けていたのに、行ってみたら楽しくてたまらなかった。
次はいつ行けるかわからない。でも、再び雲南熱に火がついたのは間違いない。
さあ、どうしよう?
雲南省旅行記 2009、終わり。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (17)
-
- mrzunazunaさん 2013/02/01 22:45:41
- 雲南田舎旅行について
- はじめまして。
がおちん様の旅行記を楽しく読まさせていただいています。
そこで一点質問させて下さい。
私は今月から来月にかけて一ヶ月間雲南省を旅行する予定をたてている大学生です。
旅行先では、中国語の勉強をしたり、がおちん様が訪れているような田舎で農業の手伝いをしたりなどして、地域の人と交流しながらゆったり過ごそうと考えています。
そこで、がおちん様がおすすめする雲南省の良さを存分に感じられる地域や村を教えていただくことはできないでしょうか。
個人的には、がおちん様の旅行記を読んで、恐縮ですが感動するポイントがかなり似ていると感じました。(観光地化されていない田舎風景、現地の人との交流、水牛や馬の人間との共生)
現時点ではとりあえず昆明に行って、そこからルートを決めようと考えているので、具体的な滞在先はきまっていません。
突然すみませんが、もし宜しければご返信頂ければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
- がおちんさん からの返信 2013/02/02 08:30:41
- RE: 雲南田舎旅行について
- mrzunazunaさん
こんにちは、がおちんです。コメントをありがとうございます。
> 私は今月から来月にかけて一ヶ月間雲南省を旅行する予定をたてている大学生です。
それは羨ましい話です。今の雲南は交通が便利になったので、1ヶ月もあれば雲南全土を旅できますね。
> 旅行先では、中国語の勉強をしたり、がおちん様が訪れているような田舎で農業の手伝いをしたりなどして、地域の人と交流しながらゆったり過ごそうと考えています。
私も24年前に、mrzunazunaさんと同じようにワクワクしながら雲南を旅していました。旅には若いときにしか味わえない感動があります。今回の旅で、何か人生に影響を与えるような出会いがあるといいですね。
> そこで、がおちん様がおすすめする雲南省の良さを存分に感じられる地域や村を教えていただくことはできないでしょうか。
これは難しい問題です。風景ならば昔も今も変わりませんが、人の生活環境はずいぶんと変わってしまったからです。今や少数民族も普通にスマホを持っている時代ですので、昔のような素朴さを求めると厳しいかもしれません。有名どころは観光地化が進んでしまったので、行かぬが無難です。
また、観光目的で行くので無いならば、誰かがなぞった道を行くのはもったいないと思います。もし、mrzunazunaさんが私の旅行記を読んで共感するポイントが似ていると感じたのなら、もし「○○村がいいですよ」と言われて行ったところで感動は得られないでしょう。あなたの目指している旅はそんなものではないと思います。
別の視点から、私のおすすめを書きます。
○具体的に滞在先が決まっていないのならば、まずは雲南省に住む民族の分布を見て、自分が興味を持った少数民族の地を目指す。
○なるべく都会と観光地は避けて移動する。
○バスに乗ってくる人々の雰囲気や民族衣装(もうあまりないかも)を観察し、話しかけてみる。(悪い人も沢山いるので注意)
○景観の良い村があったら、バスを下りて村に行ってみる。村人に会ったら、「村の眺めが美しいので来てみました」と伝える。
私は雲南に行くときは、このような感じで旅をしています。
季節的に北は寒いと思うので、南方面、あるいは南西のほうからスタートするのが良いかもしれません。高速道路の通っていないルートを選んで旅をすれば、昔のような雰囲気が残っているところもあります。私が2009年に行ったときは、文山州などで懐かしい雰囲気を感じました。
個人的な経験では、彝族、ハニ族、タイ族、プーラン族の人々は人なつっこい気がします。
mrzunazunaさんだけにしかできない旅を、どうぞ楽しんできてください。
旅行記のアップも、お待ちしてます。
がおちん
- mrzunazunaさん からの返信 2013/02/02 22:37:02
- RE: RE: 雲南田舎旅行について
- がおちん様
返信が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
お返事ありがとうございます。
がおちん様のおっしゃる通り、現地に行って自分で探さないと私が求めているような場所は見つからなそうなので、とりあえずルートは決めずに雲南省に入ってみようと思います。
様々な情報をご提供頂き、ありがとうございました。
私は旅行記を書けるかわかりませんが、これからもがおちん様の旅行記の更新楽しみにしております。
mrzunazuna
-
- 鯨の味噌汁さん 2010/09/19 12:27:26
- 見応え読み応え、聞きごたえも。
- こんにちははじめまして。
captainfutureさん経由でたどり着き、15本の雲南省旅行記を拝読させていただきました。
棚田の写真も素晴らしいですが、少数民族の方々の表情が素敵です。
20年前の写真が今と昔を行ったり来たりしているようで・・・見応えと読み応えがありました。
少しずつ、他の旅行記も読み進めていきます。
個人的には1989年の「Sさん in お花畑」の写真に胸を貫かれてしまいました。
美人とゆうのは、20年たっても美人なんですね・・・
- がおちんさん からの返信 2010/09/19 14:12:35
- RE: 見応え読み応え、聞きごたえも。
鯨の味噌汁さん
はじめまして、がおちんです。
15本も旅行記を見ていただき、またコメントをありがとうございます。
> 個人的には1989年の「Sさん in お花畑」の写真に・・・
はい。あの頃、日本とは全く環境の違う雲南の、しかも田舎の少数民族から放たれる魅力には私も参りました。身のこなしや目つきが、私達とは全く違うんですね。特に彝族は物怖じしないし、野性的な強さを持つ女性が多かったです。もちろん男性もですが、野性的な魅力を持つ女性って、日本にはいませんよね。
まあ、時は流れてしまい・・・今やその少数民族からケータイで国際電話がかかって来る時代です。なんというか、ロマンの無い時代になりましたね。
あの頃の旅の面白さを思い出しながら、ただいま古い旅行記を作成し続けています。ごく個人的な指向ですが、よろしくお願いします。
がおちん
-
- 春風さん 2010/02/11 22:36:18
- こんばんは!
- 雲南旅行記、1989年版の前半と2009年版を一気読みしてしまいました。素敵な旅をしていらっしゃいますね。臨場感あふれるコメントの端々に、少数民族の方々への深い理解と愛情が感じられて、あたたかい気持ちになりました。
彼らの笑顔は本当に素晴らしいですね。年月と共に失われたものは多いですが、民族衣裳を着なくなっても、彼らがその笑顔を曇らせることなく、誇り高く幸せに暮らしていって欲しいと願っています。
それにしても、天安門事件の直後に非開放地区へ行かれたなんて。よく無事に帰って来られましたね。1989年版雲南旅行記の続きも、他の旅行記も、楽しみにしています。
- がおちんさん からの返信 2010/02/12 09:18:10
- RE: こんばんは!
- 春風さん
こんにちは。コメントをありがとうございます。雲南旅行記、読んでいただいて嬉しいです。
> 彼らの笑顔は本当に素晴らしいですね。年月と共に失われたものは多いですが、民族衣裳を着なくなっても、彼らがその笑顔を曇らせることなく、誇り高く幸せに暮らしていって欲しいと願っています。
本当におっしゃるとおりです。現状では、極端に人口の少ない民族や文字の無い民族は漢化が進んでいるようです。特に若い世代はそれが著しい印象を受けました。テレビや携帯電話、インターネットのある時代ですからね。
しかし、少数民族であることや自分達の持つ文化に対しては誇りを持って欲しいと思います。去年の旅行でも、彼らと飲んだ席でそのことを随分言いました。(酒を飲みながらだと、彼らも本音をバンバン言います)
> それにしても、天安門事件の直後に非開放地区へ行かれたなんて。よく無事に帰って来られましたね。
それが、田舎過ぎて現地の人は何も知らなかったんです(笑)。かえって有名な観光地のほうが厄介でした。大理の山道で解放軍に銃を向けられた時はさすがに共産国だと思ってビビリました。春風さんも知っている、あの頃の中国ですね。
でも、なぜかその頃の中国の方が心に残っているんです。
私も春風さんのように、あの頃のカシュガルの空を見てみたかったです。
ではまた。
-
- 熱帯魚さん 2010/02/11 13:18:03
- また来ました!
- 雲南省旅行記楽しく拝見させて頂きました。
がおちんさんの旅行記はほかの方の旅行記とは少し違いますね。
行った場所がどうの、というのではなくて、
写真のコメントのつけ方がなんとなく文化人類学っぽいです。
がおちんさんは雲南の少数民族にとても詳しい方だとお見受けしました!
今年こそ雲南に行ってみたいと思っているので、
その時はアドバイス下さいね。
また旅行記を楽しみにしています。
- がおちんさん からの返信 2010/02/11 16:56:55
- RE: また来ました!
- 熱帯魚さん
こんにちは。こちらにも感想をありがとうございました。
> がおちんさんは雲南の少数民族にとても詳しい方だとお見受けしました!
いえいえ、そんなことないんです。昆明に留学中、少数民族史の授業も受けましたが、実際に自分がかかわった少数民族のことしかよく知りません。それも昔の話です。
> 行った場所がどうの、というのではなくて、
> 写真のコメントのつけ方がなんとなく文化人類学っぽいです。
はい、行った場所はあまり関係ないんです(笑)。でも私はフツーの旅人です。きっと雲南と言う場所柄が文化人類学っぽいのかもしれませんね。
> 今年こそ雲南に行ってみたいと思っているので、
> その時はアドバイス下さいね。
ホテルや店など、最近の情報は全く疎いのですが、不変的なことであればお役に立てるかもしれません。いや、立たないかな(笑)。私にわかることであれば、どうぞ遠慮なく。
ではまた。
- 熱帯魚さん からの返信 2010/02/12 12:07:37
- RE: RE: また来ました!
- がおちんさん
こんにちは!
> いえいえ、そんなことないんです。昆明に留学中、少数民族史の授業も受けましたが、実際に自分がかかわった少数民族のことしかよく知りません。それも昔の話です。
すごいですね。昆明に留学されていたとは!
少数民族史なんて昆明ならではですね、きっと。
少数民族の言語まで話せるなんてすごいです。
そういう風に現地の方との深い交流があるから、
他の旅行記とは一味違った感じがあるのかもしれないです。
> ホテルや店など、最近の情報は全く疎いのですが、不変的なことであればお役に立てるかもしれません。いや、立たないかな(笑)。私にわかることであれば、どうぞ遠慮なく。
宜しくお願い致します!
- がおちんさん からの返信 2010/02/12 13:58:39
- RE: RE: RE: また来ました!
- 熱帯魚さん
> 少数民族の言語まで話せるなんてすごいです。
いいえ、全然話せませんよー。
80パーセントはジェスチャー、15パーセントが中国語、5パーセントが現地人に教えてもらった言葉です。簡単な単語と挨拶、数の数え方、〜したい、〜に行く、ぐらいの文だけです。
いくつかの単語をSVO型にしたりSOV型にしたりと勝手に並べ替えて意味が通じればOKです(笑)。同じ民族でも地域が違うと言葉も変わるので、その場合は一からやり直し。その程度でも、旅の役には充分立ちました。
基本はオウム返しです(笑)。
プーラン族の言葉などはテープレコーダーに録音し、発音の練習をしたこともありますが、話す機会がないのですぐに忘れてしまいました。
もう20年も前の話です。
-
- ginさん 2010/01/06 18:46:08
- 迎春!
- がおちんさん、明けましておめでとうございます。
何度見ても感動がよみがえってきますね。
当時の雲南を旅してみたかったですですが失われた時代はもう画像の世界だけですね、でもがおちんさんの場合は記憶の中にもあるので羨ましいです。
少数民族の虜になってしまいます、ミイラ取りがミイラになりそうです(笑)。
今年も記憶をたどる旅を計画しているのですか?
広い中国の忘れられた世界や失われた世界を呼び戻してください。
本年も素晴らしい年でありますように、頑張ってください。
チェンマイより Gin。
- がおちんさん からの返信 2010/01/06 19:57:21
- RE: 迎春!
- Ginさん、明けましておめでとうございます。
先ほど昆明の旅行記を書き終えて、皆さんの旅行記を拝見しているところでした。感想をありがとうございます。
> 今年も記憶をたどる旅を計画しているのですか?
はい、本当は今年も「記憶をたどる旅」に出たいのですが、残念ながら可能性は低いです(涙)。せめて次に行ける日まで、昔の日記や写真を引っぱり出して、旅への意欲を持続させようと思っています。
> 少数民族の虜になってしまいます、ミイラ取りがミイラになりそうです(笑)。
今回の旅で、私も改めてそう感じました。20年近く経っていても、彼らの基本的な考え方や生き方は昔と変わっていませんでした。ですから、まるで自分が20年前に戻って旅をしてたような気がします。これは今までに味わったことの無い感動でした。また、初めて訪れた彝族の村でも、昔と同様に熱い歓迎をしてくれました。少数民族の人達は本当に情が深いと思います。
ああ、なんか書いてたら、すぐにでも行きたくなっちゃいました(笑)。
素晴らしい年となりますよう、お祈りします。
-
- captainfutureさん 2009/12/16 19:03:58
- 非常に充実した雲南省旅行記でした。
- がおちんさん、こんにちは。
>何の変哲も無い田舎の町にこそ、かつての雲南の魅力が秘められていそう。
>今ならば、バスを下りさえすれば、そこに行ける。
>下りなければ、もう一生訪れることは無いだろう。
>どうするか。
>行けば、そこで新たな旅の出会いがあるはずだ。
僕もこれまで何度もこういう気持ちに駆られたことがあります。
でもそうしてしまうと本当にキリが無くなってしまうのですよね。
豚の角煮をほぐした肉が乗っている米線、本当に美味しそうです。
>13年も雲南を避けていたのに
変わり果てた姿を見たくなくてというその気持ち、分かります。
僕もずっと昔に旅したところで、以来何となく行くのを避けているという場所があります。昔の情緒が良く残っていて、いい思い出があるところでは尚更なんですよね。
でも行ってみたら、「これまでになく内容の濃い旅になったことは確かだ」という結果になって良かったですね。
やっぱり行ってみるものですね。
雲南熱、これからも燃やし続けてください(笑)。
旅行記、これからも楽しみにしております。
- がおちんさん からの返信 2009/12/16 19:35:43
- RE: 非常に充実した雲南省旅行記でした。
- captainfutureさん
やっと雲南旅行記を書き終えたと思ったら、早速の感想をありがとうございます。とても嬉しいです。
最終回はちょっと写真が多くなって冗長になってしまいました。旅をするのは簡単ですが、それを上手く伝えるのは難しいですね。
> 雲南熱、これからも燃やし続けてください(笑)。
現実的には、また雲南へ行けるのかどうかわかりませんが、
そういう気持ちは持っていようと思います。
そのまま火が消えたら困るので(笑)。
> 旅行記、これからも楽しみにしております。
ありがとうございます。
おそらく過去ネタが多くなってしまいますが、
自分なりに印象深かった旅を載せてみようと思います。
これからもよろしくお願いします。
-
- arfaさん 2009/12/14 23:28:56
- がおちんさん、こんばんは。
- 写真に写ってる人達の生き生きした表情はすごいです。
まるで目の前でその人が動いているような躍動感があります。今までの旅行記もいい写真でしたがちょっと第3者が見てる感じに感じられました。この最後のVol.15は皆さんが本当に生き生きと写っていていい笑顔ですね。
がおちんさんの雲南号に触発されて私が撮っていたインドのバスを見直してみました。タタやレイランドがインド製のバスですが時間のある時に車種などを調べて見たいと思い始めました。この間はホントがおちんさんの旅行記、雲南伝説にそこから雲南号のウンチクなど見ていたら5時間も経っていました。(笑;
http://4travel.jp/traveler/arfa/pict/10905213/src.html
http://4travel.jp/traveler/arfa/pict/10909047/src.html
http://4travel.jp/traveler/arfa/pict/17147985/src.html
http://4travel.jp/traveler/arfa/pict/17191662/src.html
- がおちんさん からの返信 2009/12/15 19:17:49
- RE: がおちんさん、こんばんは。
- arfaさん、こんにちは。
コメントをありがとうございます。
雲南伝説のほうまで見ていただいたのですね。
5時間も見ていただき、とても嬉しいです。ありがとうございました。
今回は写真が多すぎました。
仕事の合間に書き込んでいるのですが、なかなか終わりません。
家にPCが無いので、また明日続きを書きます。
arfaさんのインドのバスも必ず読ませていただきます。
よろしくお願いします。
がおちん
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
中国 の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
17
67