1988/06/21 - 1988/06/29
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ももんがあまんさん
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ヨーロッパ本土に戻ってまいりました、フランス編です。
けれど、今こうして、振り返ってみると、殆ど上っ面を撫でただけの旅のような気がしています、フランスは、考えてみれば、相当に奥が広く、また、地理的にも広いところだと、そんな気がします、今回の記録は、先ずは「フランスの旅・入門編」と言った感じでしょうか、いつか再度のリベンジをと・・・そう考えています。
写真は、ピレネー地方の近く、ヨーロッパ最大の城塞都市と言われる「カルカッソンヌ」、シテ(Cite)と呼ばれる、旧市街の風景です。 地元のツーリストインフォメーションの壁に貼ってあった写真と同じ構図です、場所を探して撮ってみました。
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シャンティイ競馬場
本場のヨーロッパへ戻りましたけれど、とりあえず、旅の疲れを癒す為、パリ近郊のシャンティイへ向いました。
終日、お馬さんを眺めて過ごしました。 -
シャンティイ競馬場(パドック)
日本のパドックのように、柵もありません、観客もパラパラで、あまり、馬の出来を見て、馬券を買うという習慣は無いようです、これは、イギリスでも似たようなものです。 -
ヴェルサイユ宮殿
パリ見物は後回しで、ヴェルサイユへ向います、勿論、ルイ十四世の宮殿、ブルボン朝、栄光の時代の象徴であると同時に、フランス革命を招いた、贅沢と腐敗の象徴でもあります。 -
ヴェルサイユ宮殿(前庭)
広い前庭の中央に、ルイ14世(太陽王)の騎馬像があります。 けれど、この王様、戦争は何度もやっているけれど、対外的には、たいした業績があるわけではないようです。 -
ヴェルサイユ宮殿
ルイ14世の騎馬像です、世界の王侯の中でも、一、ニを争う、贅沢(虚栄)王です、勿論、ただの贅沢や虚栄だけでなく、中央集権への、政治目的もあったようではあるけれど・・・。 -
ヴェルサイユ宮殿(鏡の間)
この宮殿の中でも、一番有名な部屋です、キンキンぎらぎらの天井と、クリスタルのシャンデリアが、これでもか ! です。 -
ヴェルサイユ宮殿 (鏡の間入口or出口)
豪華さばかりが強調される宮殿ではあるけれど、ルードウッヒ?のリンダーホーフや、マリア・テレジアのシェーンブルク等を見てきた目には、豪華絢爛の中に、かなり男性的な、剛直さの感じられる、そんな宮殿です、マア、これは、僕の感覚の問題かもしれませんけれど、わりと、男っぽい性格の王様だったのではと、そんな気がしました。 -
ヴェルサイユ宮殿 (燭台)
鏡の間にあった、黄金の燭台です、これ一つ、いくらくらいするものでしょうか、メッキでしょうか ? つまらないコメントで、ごめんなさい。
けれど、正直なところを言えば、僕にとっては、あまりに縁の無い世界の故か、美的にも、豪華さにも、イマイチ、何の感慨も沸いてこないのですね、従って、あまり、コメントらしいコメントも書き様がありません。
もし日本人で、このような世界について、語れる人がいるとすれば、セキグチ・フサローさんか、ホソキのおばさんくらいでしょうか ??? -
宮殿のギャラリー(ジャンヌ・ダルク)
宮殿の中には、絵画ギャラリーがあります、フランスの歴史に関したものが多いのですけれど、多分、19世紀頃の作ではないかと、思います ?? -
宮殿のギャラリー (ナポレオン)
こんな絵があるという事は、ナポレオン時代か、それ以降、ナポレオン3世の、第二帝政時代のものでしょうか ?? 近代国民国家台頭の時代、愛国心が流行した時代の作ですね。 -
宮殿のギャラリー (ルイ14世)
こちらは、ルイ14世の浮き彫りです、あまり良く映っていませんけれど、これは、ルイ自身の時代の作でしょうか ?? -
ヴェルサイユ宮 (庭園、ポセイドンの噴水)
ヨーロッパ世界では、おなじみの、ポセイドンです、庭が広すぎて、こうして見ると目立ちませんが、なかなか、豪快に噴出しています。 -
ヴェルサイユ宮殿 (庭園)
この庭園、元々は、広大な湿地帯だったとか、何万人もの労働者が動員されて、50年かかったとか・・・・
お金持ちの値打ちを決めるのは、貯める事(お金の貯め方というのは、誰でも胡散臭いものです)より、使い方だろうと、常日頃、考えている僕としては、こういう使い方は、誉めません(貧乏人の僻みでしょうか)、まして、このお金、殆どが、税金です(ルイにとっては自分のお金??)。
けれど、結局、革命を招いて、一族はギロチンに・・・フランスの国民も、決してこの王様を、認めてはいなかったのですね、観光収入で、そのいくらかは、償われているのでしょうか・・・?? -
ヴェルサイユ宮殿 (プティ・トリアノン)
有名な、マリー・アントワネットが、ルイ16世に、おねだりしたと言う、プティトリアノンです、贅沢なお姫様と言うイメージにしては、さほど豪華でもありません。 -
プティ・トリアノン(マリー・アントワネットの部屋)
このお姫様、「国民は、パンが無いと言うのだったら、何故ケーキを食べないの ??」と言ったとか言わないとか ? そんなおバカなお姫様にしては、センスの良い部屋です。 -
ヴェルサイユ宮 (プティ・トリアノン、東屋)
マリーは、当時流行の、自然回帰思想に魅かれ、庭の中に畑を作って、自ら耕したとか ? 母(マリア・テレジア)からは、常に贅沢を戒められたようで、世間知らずは当然としても、評判ほどに、ひどい、贅沢女だったのかどうか・・・見直してみたい気もします。 -
オルレアン、メインストリート(ジャンヌ・ダルク通り)
パリの南、列車で約一時間、日帰りで行けます、なんとなく白っぽい、南フランスを思わせるような、明るい町です。 -
オルレアン、ジャンヌ・ダルク像
英仏百年戦争の末期に(1429年)、突然現れて、フランスに奇蹟をもたらした少女(オルレアンの少女)の像です。
フランス中の、いろいろな所にあるジャンヌの像ですけれど、やはりこの町の、この像が、一番かっこいいでしょうか ?? 美人だし・・・。
右手には「剣」を持っているけれど、出来ればあの、「ジャンヌの旗」を持たせて欲しかったですね、彼女は、剣よりも旗を好み、常に旗を持ちながら、軍の先頭に立ったと伝えられているのだから。 -
オルレアン、ジャンヌ・ダルク像
フランス国旗(三色旗)がたなびいています、他の旗は何の旗なのか? 解かりませんけれど、この町の旗でしょうか ?? ジャンヌの旗も欲しい !! -
オルレアン、ロワール川&街並
ロワール川沿いの風景です、百年戦争だけでなく、宗教戦争やら第二次大戦でも、町は、いろいろと被害を受けたらしいけれど、それでも充分に美しい街並です。 -
オルレアン、ロワール川(ジョルジュ・サンク橋)
元の橋(木製)のあった場所とは位置が違うそうですが、この橋の、町の対岸の砦を、イギリス軍が占拠していたわけで、ジャンヌは、この砦を奪取する事によって、勝利を決定付けます。 -
アンボワーズ城
ロワール川沿い、アンボワーズの町にあるお城、ヴァロワ朝の、フランソワ一世(1515〜47)に招かれた、レオナルド・ダヴィンチが埋葬されているお城でもあります。 -
ロワール川 (アンボワーズ城からの眺望)
アンボワーズ城は、シャルル8世、ルイ12世、フランソワ1世等、ヴァロワ家歴代の王の居城として、フランスルネサンス時代(イタリア文化の摂取)の、代表的な城であるらしい。 -
ロワール川 (同上)
ロワール川というのは、平坦な大地を、かなり、ゆるゆると流れて行きます、女性的な川という印象です。 -
ブロワの街並
右の建物が、確か、ブロワ城だったと記憶しています、訪問の時間が遅かった為、入るのを断念したのだけれど、後日調べれば、調べるほど、興味深い歴史を持っているお城のようです、次回フランスを訪れた際には、必ず入ってみたい。
お城は、ヴァロワ朝、王家の城で、アンボワーズ城から移り住んだ城との事(1503年)、以降1598年、宮廷がパリに移るまで、王家第一の城であったとか。
カトリーヌ・ド・メディシス(アンリ2世の妃)の秘密の小部屋と言うのも、見てみたい。 -
ブロワの教会
ブロワの町は、鉄道駅の近くにあって、ロワール川の町の中では、訪問しやすい町です、かなり古い町並みも残っていて、王家の町としての格式も感じられる、そんな町です。 -
ロワール、シャンボール城
デザインがすごいです、フランソワ一世の建造による、ルネサンス様式の、城館式のお城です、元々は、狩猟用の館だったようですが、いろいろと、女性まつわる物語もあるようです。 -
ロワール、シャンボール城
ロワール川流域の、城館タイプの城の中では、もっとも巨大で勇壮なお城、いかにも、シャトウという感じの、シンメトリーの美しいお城です、完成まで153年かかったそうです。
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ロワール、シャンボール城(屋上)
この屋上の上で、カトリーヌ・ド・メディシスが、夜毎、星占いに興じたと、ガイド本には書かれてありました、何を占ったのでしょう、やがて来る、ヴァロワ家の、惨憺たる未来でしょうか?? -
ロワール、シャンボール城(屋上)
カトリーヌ・ド・メディシスとは、イタリア文化に憧れたフランソワ一世が、自身の息子(アンリ2世)の妃として、フィレンツェのメディチ家より貰い受けた女性です、A・デュマの小説「王妃マルゴ」では、やや、不気味な政略家として描かれているけれど、宗教改革の嵐と貴族達の勢力争いの中を、家と子供達(男3・女1)を守る為、異国の地で一人、懸命に戦った女性と見る事も・・・、イザベル・アジャーニ主演の同名の映画も、洋物の時代劇として、面白いです。
けれど、夫アンリ2世は、騎馬の槍試合で事故死(ノストラダムスの予言詩で有名)、三人の子供達も、次々と死亡、結局、ヴァロワ家は、ブルボン家と交代する事になるのですね。 -
ロワール、シャンボール城
こちらはその、ヴァロワ家(フランソワ1世)の紋章「サンショウウオ(サラマンダー)」です、格好はイマイチですね。 -
シャンボール城、ダ・ヴィンチの階段
正直なところ、外観のデラックスさに比して、内部に見るべきものはありません、強いて言えば、これでしょうか、二重螺旋の階段で、レオナルドは、DNAを知っていたとか? ホンマかいな?? -
ロワール、ジュヴェルニー城
こじんまりとした、シンメトリーの美しいお城です、今も個人の所有するところとの事で、見学できるところは一部ですけれど、古いタペストリーなどが多く残されています。 -
カルカッソンヌ城 (ナルボンヌ門)
ヨーロッパ本土の中世城塞都市としては、もっとも保存状態の良い城の一つでしょうか??
ローマ以前からケルト人の砦が、この地に存在していたそうです、ローマ崩壊後は、サラセン人の攻撃にさらされたり、アルビジョワ十字軍時代(フィリップ2世&ルイ9世時代 1209〜1229)は、地元・カタリ派に味方したりして戦います、敗れた後は、フランスの所有物となり、以降も数世紀、実戦的な城砦として、17世紀頃まで生き続けたそうです。 -
カルカッソンヌ城 (城門)
何処にあった門だか、忘れてしまいました、名前も記録していません。
この城は、いかにも中世の城砦と言う感じで、雰囲気は、相当に素晴らしいのです、実戦的という感じで言えば、粗野な感じがとても素晴らしい、ある意味、美しすぎるドイツの町などよりは、より中世を感じられると思います。
ただ、人々が暮らした都市としては、規模がやや小さく、僕の見るところ、スケールと言う点では、ギリシャのロードスや、マルタのヴァレッタの方が、やはり、上だとは思います。 -
カルカッソンヌ城 (塔)
城砦の中にある、教会と塔です、塔から突き出しているのは、ゴシック様式特有の怪物(ガーゴイル)達。
教会の方は、多分、サン・セザール・バジリカ聖堂でしょうか ?? -
カルカッソンヌ城、城壁&堀
カルカッソンヌの二重の城壁の間の堀です、ウーン、これもイマイチ、ロードスの三重の城壁に比べると、物足りないです。 -
カルカッソンヌ城、城壁
城砦の周りを、ぐるッと一周してみました、シテ(Cite)は、新市街から独立しているので、昔の人たちが眺めたのと、殆ど同じ風景が見えるような、そんな気がします。 -
カルカッソンヌ城、城壁
実際の中世の道は、もっと凸凹だったかもしれませんけれど、雰囲気はタップリの、そんな道です。
城壁の高さを、リアルに感じる事が出来ます。 -
カルカッソンヌ城 (遠景)
少し足を伸ばして、シテ(Cite)を眺めてみました、シテは、周りを、ブドウ畑やら畑地に取り囲まれています、農業国フランスの、昔ながらの、そんな風景です。 -
マルセイユ
久しぶりに、海を見ました、島々が、地中海の陽光に輝いていました。
この町の、旧い港で食べた、フランスパンのハムサンドの美味しかったこと!! 僕の旅は、食については、かなり粗食の旅なので、食い物の話は殆ど出てきませんけれど、この港で食べた、素朴なハムサンドの、歯ごたえと味だけは、しっかりと記憶に残っています。 -
マルセイユ、サン・ヴァンサン・ド・ポール教会
駅から見える高台にそびえる、立派な教会です、此処へ行くまでの細い路地では、下町の雰囲気も楽しめます、でも、この町はやはり、港町らしく、やや怪しげなところも多い町ですね。 -
アヴィニヨン、法王庁宮殿
1309〜1377年、クレメンス5世が、フランス・カペー朝、フィリップ4世により、ローマから強制移転させられた宮殿、俗に言う「アヴィニヨン捕囚」の舞台、見た感じは、宮殿と言うより要塞。 -
アヴィニヨン、法王庁宮殿(前庭)
宮殿の内部は、フランス革命時に荒らされて、殆ど見るべきものはないそうです、入場料も高いので、入りませんでした。 -
アヴィニヨン、遠景
宮殿から見えた隣の村と要塞に出かけました。 思いもよらず、アヴィニヨンの宮殿が、美しく輝いていました。 これは、途中の「フィリップ美男王の塔」からの眺望です。 -
アヴィニヨン、遠景
「美男王」と言われるフィリップ4世(1285〜1314年)ですけれど、この王様、名前にそぐわず、かなり惨酷な王様であったようです・・・けれど、彼もまた、この美しい風景を眺めていたかも・・・。 -
ヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニヨン、サンタンドレ要塞
この王様は、「アヴィニヨンの捕囚」だけでなく、ユダヤ人からの強引な「財産没収」やら、「テンプル騎士団への異端の嫌疑」&「拷問による自白の強要」などでも悪名を馳せる人です、フランス王家の基礎を築いた王の一人ではあるけれど、やり口は、かなり汚いです。 -
ヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニヨン
サンタンドレ要塞から法王庁を望む風景です、法王庁は、このようにして、監視されていたのですね、やり手の王です、残虐・非道で、多分、地獄落ちでしょうけれど・・・。 -
ヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニヨン、修道院
村の一角には、修道院もあります。
たくさんの枢機卿達も、この村で暮らしたそうです。 -
ヴィルヌーヴ・レ・ザヴィニヨン
村の名前は「アヴィニヨンの新しい村」と言う意味だそうで、法王庁の移転に際し、フィリップ4世が作った村だそうです。
小さな村ですけれど、ちゃんと、ツーリストインフォメーションもあって、可愛いお姉さんが一人でいました、僕が行くと、とても嬉しそうな笑顔で、あれこれと世話を焼いてくれました、この村に行ってみようと言う人は、是非、このインフォーメーションも尋ねてあげてください、理由は、あまりにヒマそうで、かわいそうなんですから・・・無くなってはいないと思うけど・・・???
この後は、イタリアに行きます。
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この旅行記へのコメント (1)
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- さすらいおじさんさん 2006/07/18 12:14:10
- もし、バスを利用されたならお教えください
- ももんがあまんさん
フランスもパリ周辺、ヴェルサイユ、カルカッソンヌ、アビニオン、など回ろうと思っていますので写真とコメントが参考になります。
ユーレイルパスで鉄道で移動されたものと思いますが、フランスの国内バス網は整備していましたか?
もし、バスを利用されたならお教えください。
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