
2007/09/24 - 2007/09/26
70位(同エリア218件中)
sunnyさん
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今回の旅は全部で13日間。メインのウズベキスタンに加え、もう一カ国、周辺のスタン国どこかへ行きたいと考えていた。
キルギスはビザが要らないし自然が美しい、タジクも素朴そうでいい、カザフは資源開発で物価上昇中だしそれほど惹かれないなあ。あれこれ調べているとガイドブックに書かれた『第ニの北朝鮮』『オレのものはオレのもの、永世中立国』『太陽の向きに合わせて回転する黄金像』のうたい文句、うわ~めちゃくちゃ気になる。
よしっ、もう一つはトルクメニスタンに決定!
タシュケントの旅行代理店に依頼して観光ビザでガイド&ドライバーつきのツアーを組んでもらい、鼻息荒く乗り込んできました。
今のところ観光ビザではこの方法でないとビザが取れないようです。おまけに渡航許可が下りるまで1ヶ月近くかかりました。
※第三国で取得したトランジットビザでは自由旅行できます
周りの人にトルクメへ行くと言うと、どこにあるの、初めて聞いた、めちゃ気になる、行きたい、昔行った、と反応は様々。
終身大統領ニヤゾフさんが昨年末に死去。選挙による新大統領の下で積極的に外資を受け入れたり徐々に独裁色が薄れてきていると聞く。果たして今はどうなってるんでしょうか?
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
トルクメのガイドさんとは午前10時に国境ダショグズで待ち合わせ。
※国境越えについては一番下に載せました。
ウズベクで出国手続きをすませ、緩衝地帯をミニバスで移動しトルクメ側に入る。
おお!ニヤゾフ大統領の写真がお出迎え。
しかし写真若いな〜と思ってると、今の大統領の写真らしい。ガーン・・・取り替えられてるよ。
無事トルクメ入国許可が出て、出迎えてくれたガイドさんはすらりと長身の23歳の英語の先生アジス君。
役所で外国人登録を済ませ、まずは生活感あふれるバザールへ行く。
元気に野菜、香草を売るおばちゃん。 -
韓国料理を売る親子。
第二次世界大戦中に中央アジアに強制移住させられた朝鮮人の末裔と思われる。
彼らはしかし、ロシア語を話す。 -
バザールのトイレ。扉がありません。
入っていきなり頑張ってる女性と対面し、一瞬たじろぐ。
私は一番奥でこっそり済ませた。 -
闇両替で50ドルをトルクメマナートへ両替。
闇と公定レートでは倍以上のレート差がある為、レートのよい闇両替は日常的に行われている。
信号近くに札束もったおじさんたちが待ち構えている。
写真では分かりにくいですが札束はかなりの分厚さ。
札にはニヤゾフさんのお顔が。 -
車を走らせていると、
うわ〜でた!!
これが噂の『Ruhnama(魂の書)』のモニュメント。かなりでかいぞ。
魂の書とはニヤゾフさんが書いた、国民必読の書。ムスリムのコーランのように読まれているという。
で、私も英語版を買ってきました。日本語版もあるらしいが、見つけられず。 -
残念なことに、町中の写真のほとんどは新しい大統領のものに変えられてました。
でもほら見つけましたよ。
みんな、オレの著書『Ruhnama』を読むんだよ。読んだら天国にいけるよ。
やっぱりご健在中に来たかった・・・ -
ナディアというレストランでランチ。外国人観光客の御用達の店のよう。
ナンが硬く、サラダもマヨネーズでべとべと。ラグマン(めん、肉、野菜入り煮込みスープ)も微妙な味。
空腹だったのでたくさん食べたがこの後、お腹がとんでもないことに。
トルクメで唯一レストランで食べた料理だったけどおいしくない。バザールで買った韓国料理が一番美味かった。
ところでこの国、公共の場所は全て禁煙。大統領がタバコは体に悪いというので、レストランでも空港でも徹底されていた。吸いたい人は隠れて吸えということらしい。 -
ランチの後、ダショグズから100キロ程離れた世界遺産クニヤウルゲンチへ向かう。
途中、綿花畑が広がる。収穫のピークを迎え、人々が摘み取りに精を出していた。
また果てしなく細いパイプラインが地面を張っていたが、中は天然ガスだという。
これは男女の縁を結ぶといわれている場所。 -
広大な土地に、ぼつぽつとミナレットやモスクが残っている。
この雲ひとつなく太陽が照りつける中をひたすら歩く。 -
当時、中央アジアで最大というミナレット。
地震と強風で天辺が傾いている。
昔は登れたらしいが、今は落石もあるため囲いがあり近づけない。 -
小高い丘になっているところには、たくさんの石が積まれている。ここは子宝に恵まれると信じられていて女性信者が多く訪ねてきていた。
と突然、靴を脱ぎガウンを着て坂を転がり始める男性が!
自殺?
いえ、ここは転がってゆく方向によって将来何をつかみとれるのかを占う所。
左に転がると幸福、真ん中だと健康、右だと博識を手に入れられるという。
彼がつかんだのは幸せ。
私なら3回転がって三つとも手に入れたいところ。 -
町中の建物の真ん中に飾られているのは、新大統領のお写真。
今の大統領は、今年2月、ソ連からの独立以来初めての選挙で6人の立候補者の中から選ばれた、元歯科医。 -
夜8時過ぎのアシガバードへのフライトが11時に変更になっていた。
時間がたっぷりあるのでアジス君のご好意でお宅にお邪魔させてもらう。
素敵なお母さんがチャイとお菓子でもてなしてくれたけれど、この時気分が悪くなっていて結局何も口にできなかった。
お約束のトルクメニスタン民族衣装をお借りするお願いも忘れてしまっていた。
写真はお母さんと弟さんと一緒に。 -
アジス君の弟が使っているという英語の教科書を見せてもらう。
これはニヤゾフさんが勝手に決めたトルクメニスタン独自の12月の数え方。もちろん最初はオレ。 -
12年毎の世代の呼称。
お、私この国ではまだ”Youth”に入るんだ♪
ところで109歳まで生きる人は果たしているのでしょうか。 -
2時間ほどお邪魔してアジス君の家を後にする。帰り際、お母さんにまた来てね!って言われ「ビザを取るのが大変なので、これないと思います」なんてバカ正直に答えた私。かなり疲れている。
広場に立っていたニヤゾフさんのお父様の像。
第二次世界大戦で亡くなられた。 -
こちらは、大地震で亡くなったお母様の像。
手の中には赤ん坊のころのニヤゾフさんが。 -
そして最後はニヤゾフご本人の像。
さてこれで観光終了。フライトまであと4時間もある。
ドライバーさんが知り合いの結婚パーティーへ連れてってくれる。この季節、平日でも毎晩のように結婚式が行われているという。
一応、トルクメもイスラム圏だけどラマダンなんて関係ない?日が落ちてるからいいのかな。 -
本日の主役の美しい花嫁。
花婿は見つけられず。 -
会場の正面に大統領のお写真、100名以上の着飾った招待客、そして普段着の私(ゴメンナサイ)。
会場の真ん中では、女性たちが大音量の音楽に合わせてダンスを踊っている。
一緒に踊ろうよ!誘われて、踊ってみた。腰ふりダンス。
ただ、体調が悪化し始めた時で、かなり気分が悪かったのでちょっとだけ踊って会場を後にする。 -
まだ時間があるので、友情という名前の遊園地へ行く。
観覧車に乗ってみた。係員は客が来たときだけスイッチを入れていた。
ガタガタガタ・・・だ、大丈夫かな・・・こんなところで宙吊りになったら笑えない。
観覧車から望む、ダショグズの町。夜風が冷たい。 -
アシガバードへ着いたのは12時を回っていた。
迎えのタクシーでホテルに向かう。
ネオンが派手、建物が派手、ぱっと見ドバイに来たのかと思った。
ホテルは町外れにある。
シャワーのお湯もたっぷり出るしなかなか快適。
ただ、ガラ空き・・・他に宿泊客はいたのだろうか?この辺のホテルは明らかに供給過多の様子。 -
少し早いけど、することないのでダショグズ空港へ向かう。空港は地元の人たちで賑わっている。
案内がよくわからなかったが、いろんな人がこっちだあっちだ、これに乗れと親切に教えてくれた。
首都アシガバードまでのフライト時間は1時間。
機体は旧型のボーイング。
航空券は12ドル!(うち空港税が7ドル)
でも、国民は1〜2ドルで乗れる。
ここではガス・水道・電気・塩、大学まで教育が無料。さすが資源大国!
手書きの航空券。搭乗手続きはCAが機内の入り口で一人ずつチェックしていくので恐ろしく時間がかかる。
近くに座っていた女性がホールケーキをそのまま手のひらに乗せて運んでいた。箱に入れる習慣がないらしい。ウズでもそういう姿をよく見かけた。
また、飛行中なのに携帯電話の電源を入れる人がかなりいてびっくりした。大丈夫か・・・
機内食にキャンディーが配られた。 -
翌日は終日市内観光。
ホテルに迎えに来てくれたガイドは、完璧な英語を話すアタジャンさん。日本人団体ツアーのガイドもするそうで、片言の日本語を話す。
トルクメを訪れる観光客ベスト4は、フランス人、ドイツ人、オランダ人、そして日本人だそうです。
昼間の町の様子、とてもきれい。
昨日訪ねた地方都市と比べ、首都は潤っている。
まだ独立して日が浅いから地方まで手が回らない、とアタジャンさんは説明していたが。 -
前終身大統領亡き後、外国資本を積極的に受入れるようになったとか。町中で韓国企業の看板を見かけた。
もはやフツーの国になってしまう日が、そう遠くないのかもしれない。 -
2007年に世界遺産に登録されたニサ遺跡へ向かう途中の風景。道路も整備され走りやすい。
現在ニサは遺構が残るに過ぎないが、イタリア人の協力で復旧作業が行われていた。アタジャンさんが見せてくれた当時の復元図によると、木材で立てられた美しいドーム、ワインセラーなどがあったようだ。
(カメラ持ち込み料を払わなかったので写真はありません。)
山の向こうはもうイランである。 -
次に向かったのが、最近建てられたトルクメバシュ・ルヒ・メディジモスク。数キロ先からもくっきりとみえるほど巨大。
モスクの横のこの建物の中で、今は亡きニヤゾフさんが眠っている。
ちょうど衛兵交代の時間だった。交代は2時間おきに行われる。
衛兵がこっちをじろじろ見てくる。ロンドンのバッキンガム宮殿の衛兵は視線さえ合わせてくれなかったのに・・・ここなら彼らを笑わせられたかも? -
こちらがモスク。大きさといい豪華さといい、圧巻です。
ミナレットはなんと91メートル、中央アジア最大だそうです。 -
モスクの入り口。
一階は男性1万3千人、二階が女性7千人、合計2万人が一度にお祈りできるという巨大モスク。
床に敷き詰められた絨毯は、全て手織り。
トイレもキレイで広かった。 -
そしていよいよやって来ました。
太陽の向きによって回転する黄金ニヤゾフ像。天辺にあるのがそれです。
太陽の方を向いてます、向いてます!
夕方近くを通りかかっても、やぱり向いてました。 -
黄金像の下は展望台になっている。
途中まではゴンドラで登り、その後はエレベーターで。 -
展望台からの眺め。
建物ひとつひとつの規模が大きく、町全体が整然と整備されている。 -
砂漠地帯だというのに、この緑の多さ。
-
で、購入したグッズがこちら。
向かって左下が魂の書。
そのほか、ニヤゾフさんの書いた詩集、国旗などなど。
店内にはこの他にも、家系図とかポスターとか色々ありました。半分くらいは新大統領のものだった・・・ -
夕方までホテルの部屋で休んでちょっと元気になった後、市内観光再開。
まずは独立記念塔へ。
トルクメは1991年10月27日にソ連より独立した。
この塔は、この年にちなんで高さ91メートル、上部が27メートルに設計されている。
塔の前にはキラーン、黄金のニヤゾフさん。
ここでも衛兵交代が行われている。 -
レーニン像が健在!
周辺の中央アジア諸国では引きずり下ろされてしまった中、ここには残ってました。
記念公園にある像、ということで残しているのだというが。
昨日の昼から何も食べられない中、炎天下を歩き回ったおかげで体力が限界に達した。観光を中断しホテルで休憩することになった。続きは涼しくなった夕方再開。
とその前にニヤゾフグッズを売ってる、アシュガバード大学の隣にあるミーラスへ。 -
アハルテケ馬の公園。
トルクメが誇る名馬で、汗血馬(血のような赤い汗を流して走る馬)のモデルと言われている。 -
その馬たちの前には再びキラーン、黄金のニヤゾフさん。
太陽に映えますね。 -
トルクメの国旗がはためいている。
これで市内観光は終了。
明日の朝6時のフライトで、メルブ遺跡のあるマーリへ移動。
夕食を買うためバザールへ寄ってもらう。カメラ撮影が唯一許されなかった。何でも少し前に火事があったため、人々を刺激しないようにとの説明だった。
韓国風サラダとヨーグルト、バナナを購入。 -
ホテルへ戻る途中、また見つけた、魂の書のモニュメント。
『旅行人』によるとこのモニュメント、毎日夜8時になると自動的に開いて映像と音声が流れるよう仕掛けられているという。見逃した・・・
やっぱり凄いよ、ニヤゾフさん。 -
アタジャンさんに頼んで見せてもらった時計。
噂のニヤゾフ先生の顔入り。これ、大学へ入ると全員がもらえるそうです。欲しい・・・
大統領亡き今でももらえるかどうかを聞き忘れました。 -
トルクメ最終日の3日目。
早朝のフライトでマーリへ向かう。
ここでのガイドさんは女性(名前を失念)、この日は私のほかフランス人カップルと一緒。7ヶ月かけて中国から陸路で旅をしているらしい。なんてうらやましい!
モンゴル軍により破壊される前は、シルクロードのオアシス都市として栄えていたメルブ。
今はぽつり、ぽつりと遺跡が残るに過ぎない。 -
有名な大キズカラ。小キズカラより望む。
かつては二階建て、一階部分は埋もれていた。 -
-
大昔ここには、モスクの他、キリスト教、ゾロアスター教、仏教の寺院があり、大勢の人たちが共に暮らしていた。
-
トルコ政府の援助により綺麗に再建された廟。
木の手前から撮影すると、ちょうど右端に設置された階段を隠してくれる。 -
ドームの真ん中にある棺にカメラを置きシャッターを切ると、この通り美しい天井が撮影できる。
ガイドさんのアドバイス。
メルブに関する説明はもちろん、撮影ポイントを教えてくれる頼もしい方。
娘さんが二人いて、二人ともロシアでよい教育を受けさせるため一緒に住んでいないという。 -
メルブ観光を終え、11時にウズベク国境へ向けて出発。ドライバーさんはものすごいスピードで飛ばす。
景色はずっと砂漠が続く。 -
ランチのため、途中トルクメナバトのバザールへ寄ってもらう。まだおなかの調子が悪いのでヨーグルトとバナナを購入。
ここまできたら、ウズベクまであと少し。 -
車内よりアムダリアを望む。もうすぐ国境だ。2泊3日の旅が終わる。
さようなら、トルクメニスタン!
<国境越えについて>
●ジャバト(ウズ)→ダショグズ(トルクメ)
ウズ側は利用者も少なく手続きはスムーズ。みんな愛想がよくて日本?おしん?と聞いてくる。
緩衝地帯はミニバスに乗る。
トルクメ側でも日本?おしん?といわれる。おしん万歳。兵士は若くてイケメンが多い。
ビザ代と入国代を別々に銀行へ行って支払う。
税関申告書はロシア語とトルクメ語オンリー。イケメン兵士の一人を捕まえてあれこれ聞きながら記入する。
麻薬探知犬がいてびっくりするが問題なくトルクメ入国。
●ファラブ(トルクメ)→オロット(ウズ)
トルクメ側は一般の利用者も多いが、観光客は優先的に手続き処理してくれる。税関で入国時に申告書に貴重品の荷物チェックだけあり。
2キロの緩衝地帯にミニバスなし、徒歩で移動。
兵士に写真撮影を頼まれる。盗撮される。(撮るなら一言言ってくれ。笑顔無料サービスするから)
商用トラックが長蛇の列をなしているそのほとんどがトルコ、イランから。
歩いているとトルコオヤジたちがチャイをすすめてくる。なんてのん気なんだ、そしてどのくらい待ってるんだ、こんなところで自炊までしていた。
ウズ側の再入国手続きもスムーズ。
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