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1995年秋、バンコクの有名な日本人宿「ジュライホテル」が閉館したという情報が入った。 <br /><br />僕も世界一周旅行の途中、オーストラリアからインドネシアのチモール島へ入り、島を伝ってシンガポールへ船で入国し、マレー半島伝いにバンコクへ鉄道で入った時(あー、疲れた)、このホテルに泊まったことがある。<br /><br />ジュライホテルの名前はバンコクの日本人宿として世界中で有名だったからね。<br /><br />それは4月の初め、ちょうど春休みの終わり頃で、ホテルは日本人で満員。泊まるのにもいろいろとテクニックを使って無理やり潜り込んだ(このテクニックについてはいずれ話すこともあるだろう)。<br /><br />夕方、ホテルの前の屋台でタイ風ヌードルを食いながら耳をすませていると、宿泊者の日本人諸君が、世界各地のいろんな話をしている。<br />そこで、アフリカの話をしているテーブルに行って「僕、アフリカから来たんです」と言うと、みんな急にシーンとする。<br />中南米の3C(コスタリカ・コロンビア・チリの女の子の話)で盛り上がっている人の中に「僕がブラジルにいた時は」と割って入ると、話題を変えられてしまう。<br />さらには「マレー半島を下ってシンガポールへ行くつもりだ」という若者に「シンガポールは物価が高いですが、僕が泊まったホテルは安くてきれいで」と情報を与えようとすると、彼は走って逃げだした。<br />そこで、彼を追いかけて耳元でホテルの名前を叫ぶと、ばたんと倒れてけいれんして泡をふいてしまった。(これはちょっと作ってると思った人、君は正しい。でも、大体こういうふうだったんだからいいじゃないか)<br /><br />「アレレ、ひょっとして僕の口は臭いのかしらん」と真剣に悩んだものだ。<br />しかし、いろんな人に後で聞くと、僕の口が臭いのではなくて僕の発言がいけなかったらしい。<br /><br />ジュライホテルでは「自分が実際にそこへ行った」という話はタブーだったんだ。<br />このホテルに長期に滞在している常連宿泊者は、実際に旅行した人から本当の旅行の話を聞くと急に悪い病気になるらしかった。<br /><br />このホテルは日本人だらけだが、その連中は旅行者ではなかった。<br /><br />つまり日本を出てバンコクに着いて、それで根性を使い果たし、ホテルにいるだけで聞きかじった旅の噂だけを暗記して、旅行を始めたばかりの学生相手に受け売りのいいかげんな「旅の話」を聞かせては偉ぶっていたんだ。<br /><br />学生もすぐに人の話を信じる単純なタイプがここに集まるらしく、それぞれ集団を作って陰湿な派閥抗争をしていた。<br />しかし、バンコクで女を買いドラッグをやるためだけにここに長期滞在しているのだから、そちらの方は非常に詳しかった<br />僕が別の機会にバンコク経由で(この時は外国人旅行者の多いカオサンに泊まった)カンボジアのアンコールワットに行った時、空港で出会ったのがジュライに泊まっていた若者だ。<br /><br />彼はジュライでいろいろ話を聞いていたせいか、なかなかカンボジアのことに詳しかったが、実際に行くと、プノンペンの売春婦が5ドルという以外の情報は間違っていた。<br /><br />このことからもジュライ滞在者から仕入れた情報は信用出来ないと確認できたわけだ。 <br /><br />以前TBSテレビが「報道特集」でこのジュライホテルに泊まっている日本人の実態みたいなものをおどろおどろしくレポートしたことがあるけど、その大げさなことにはびっくりしたね。<br /><br />ジュライホテルにカメラを入れて「水シャワーしかないひどい部屋です」なんて言ってるんだけれど、ジュライホテルは部屋は広いしシャワーもトイレも付いてる、バンコクの安宿の中では、なかなか設備のいいところだったんだからさ。<br /><br />TBSもジュライホテルに泊まる連中の大げさな話に騙されたのかもしれないね。<br /><br />これから引き出される教訓はと言うと、まあ、あんまりないけれどさ、「いかにも旅行通っぽい人の話を信じてはいけない」てことかな。<br /><br />これから春休みになって、日本人学生の若者は世界中あちらこちらで恥をかくために旅行する。<br />で、世界中どこにでもかならず日本人の集まる宿(これがいわゆる日本人宿だ)があって、そこには世界中の旅行談をしゃべりまくる人間がいるものだ。<br /><br />忠告!<br /><br />でも、決して信じてはいけない。<br />話を聞く時は「それはいつ行った時の話ですか?」と確かめること。<br />こう突っ込まれると「いやあ僕の友達が行ったんだけどね」と返事が戻ることになっている。<br /><br />中には、ただ旅行初心者に大きな顔をして自慢するためだけに日本人宿に泊まっている自称「旅のベテラン」もいる。<br /><br />正直な話をするとさ、実はいわゆる日本人長期旅行者の90パーセントは嘘つきなんだよ(おいおい、危ないこと言っちゃったよ!)。<br /><br />ところで、バンコクで女と薬をやりたい人はジュライがなくても絶望しなくていい。<br />近くの楽宮に泊まれば住み込みの売春婦もいて、すべては解決だ(僕は決して勧めているんじゃない。そこわかってね)。<br /><br />(スーパーニューズマガジン「GON!」1996年3月号掲載)<br /><br />kenichiro.nishimoto(c)1996 <br />「みどりのくつした氏とは」<br /><br />ポカラのスルジェ、イスタンブールのモーラ、ナイロビのリバーハウス、クスコの花田、サンチアゴの五月女、LAのホテル加宝、等々、世界中の有名な日本人宿を観察したチョー百カ国世界旅行者。世界旅行者協会会長。<br /><br />【写真】ジュライホテル<br />【旅行哲学】人はなくなったものを懐かしみ伝説が広まるが、現実はたいしたものじゃない。 <br />

《ジュライホテルの終焉》

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1990/04 - 1990/04

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん

1995年秋、バンコクの有名な日本人宿「ジュライホテル」が閉館したという情報が入った。

僕も世界一周旅行の途中、オーストラリアからインドネシアのチモール島へ入り、島を伝ってシンガポールへ船で入国し、マレー半島伝いにバンコクへ鉄道で入った時(あー、疲れた)、このホテルに泊まったことがある。

ジュライホテルの名前はバンコクの日本人宿として世界中で有名だったからね。

それは4月の初め、ちょうど春休みの終わり頃で、ホテルは日本人で満員。泊まるのにもいろいろとテクニックを使って無理やり潜り込んだ(このテクニックについてはいずれ話すこともあるだろう)。

夕方、ホテルの前の屋台でタイ風ヌードルを食いながら耳をすませていると、宿泊者の日本人諸君が、世界各地のいろんな話をしている。
そこで、アフリカの話をしているテーブルに行って「僕、アフリカから来たんです」と言うと、みんな急にシーンとする。
中南米の3C(コスタリカ・コロンビア・チリの女の子の話)で盛り上がっている人の中に「僕がブラジルにいた時は」と割って入ると、話題を変えられてしまう。
さらには「マレー半島を下ってシンガポールへ行くつもりだ」という若者に「シンガポールは物価が高いですが、僕が泊まったホテルは安くてきれいで」と情報を与えようとすると、彼は走って逃げだした。
そこで、彼を追いかけて耳元でホテルの名前を叫ぶと、ばたんと倒れてけいれんして泡をふいてしまった。(これはちょっと作ってると思った人、君は正しい。でも、大体こういうふうだったんだからいいじゃないか)

「アレレ、ひょっとして僕の口は臭いのかしらん」と真剣に悩んだものだ。
しかし、いろんな人に後で聞くと、僕の口が臭いのではなくて僕の発言がいけなかったらしい。

ジュライホテルでは「自分が実際にそこへ行った」という話はタブーだったんだ。
このホテルに長期に滞在している常連宿泊者は、実際に旅行した人から本当の旅行の話を聞くと急に悪い病気になるらしかった。

このホテルは日本人だらけだが、その連中は旅行者ではなかった。

つまり日本を出てバンコクに着いて、それで根性を使い果たし、ホテルにいるだけで聞きかじった旅の噂だけを暗記して、旅行を始めたばかりの学生相手に受け売りのいいかげんな「旅の話」を聞かせては偉ぶっていたんだ。

学生もすぐに人の話を信じる単純なタイプがここに集まるらしく、それぞれ集団を作って陰湿な派閥抗争をしていた。
しかし、バンコクで女を買いドラッグをやるためだけにここに長期滞在しているのだから、そちらの方は非常に詳しかった
僕が別の機会にバンコク経由で(この時は外国人旅行者の多いカオサンに泊まった)カンボジアのアンコールワットに行った時、空港で出会ったのがジュライに泊まっていた若者だ。

彼はジュライでいろいろ話を聞いていたせいか、なかなかカンボジアのことに詳しかったが、実際に行くと、プノンペンの売春婦が5ドルという以外の情報は間違っていた。

このことからもジュライ滞在者から仕入れた情報は信用出来ないと確認できたわけだ。

以前TBSテレビが「報道特集」でこのジュライホテルに泊まっている日本人の実態みたいなものをおどろおどろしくレポートしたことがあるけど、その大げさなことにはびっくりしたね。

ジュライホテルにカメラを入れて「水シャワーしかないひどい部屋です」なんて言ってるんだけれど、ジュライホテルは部屋は広いしシャワーもトイレも付いてる、バンコクの安宿の中では、なかなか設備のいいところだったんだからさ。

TBSもジュライホテルに泊まる連中の大げさな話に騙されたのかもしれないね。

これから引き出される教訓はと言うと、まあ、あんまりないけれどさ、「いかにも旅行通っぽい人の話を信じてはいけない」てことかな。

これから春休みになって、日本人学生の若者は世界中あちらこちらで恥をかくために旅行する。
で、世界中どこにでもかならず日本人の集まる宿(これがいわゆる日本人宿だ)があって、そこには世界中の旅行談をしゃべりまくる人間がいるものだ。

忠告!

でも、決して信じてはいけない。
話を聞く時は「それはいつ行った時の話ですか?」と確かめること。
こう突っ込まれると「いやあ僕の友達が行ったんだけどね」と返事が戻ることになっている。

中には、ただ旅行初心者に大きな顔をして自慢するためだけに日本人宿に泊まっている自称「旅のベテラン」もいる。

正直な話をするとさ、実はいわゆる日本人長期旅行者の90パーセントは嘘つきなんだよ(おいおい、危ないこと言っちゃったよ!)。

ところで、バンコクで女と薬をやりたい人はジュライがなくても絶望しなくていい。
近くの楽宮に泊まれば住み込みの売春婦もいて、すべては解決だ(僕は決して勧めているんじゃない。そこわかってね)。

(スーパーニューズマガジン「GON!」1996年3月号掲載)

kenichiro.nishimoto(c)1996
「みどりのくつした氏とは」

ポカラのスルジェ、イスタンブールのモーラ、ナイロビのリバーハウス、クスコの花田、サンチアゴの五月女、LAのホテル加宝、等々、世界中の有名な日本人宿を観察したチョー百カ国世界旅行者。世界旅行者協会会長。

【写真】ジュライホテル
【旅行哲学】人はなくなったものを懐かしみ伝説が広まるが、現実はたいしたものじゃない。 

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