2012/10/12 - 2012/10/19
22位(同エリア168件中)
地中海人さん
ロードス島滞在記
2012年3月2泊、2012年10月3泊、二度訪問した。
エーゲ海東南端にラグビーボール型の島がある。その北端に、聖ヨハネ騎士団が根拠地として200年間トルコと戦った城塞都市が世界遺産として今も残る。
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二度目の「主な行程」仙台発着パリイン、ロンドンアウトANA便はFクラス特典航空券(12万マイル)
【2012年10月12日】
NH3232仙台発8.00→成田空港NRT着8.55
NH205NRT発11.50→パリCDG1着16.00
1泊(シャトーランドン レスト)
[パリ21時間トランスファー中、日仏サッカーとゴッホ広重展。 出発直後荷物遅延、旅行中航空機欠航!
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10749050/]
★【10月13日】
A3611パリCDG1 13.00発アテネ空港ATH着17.15 ANApp653
A3216 ATH18.30発 ロードス着19.30 ANApp177
A3扱い一人 215.28EUR
ロードス3泊(ホテルプラザ)
【10月16日】
A3215ロードス16.15発ATH17.15着 ANApp127
A3406 ATH16.30発 ケルキラ着19.30 ANApp123
A3扱い一人 149.64EUR
コルフ3泊(ベラ ヴェネティア ホテル 当初予定 2泊 1泊はエーゲ航空負担)
「ケルキラ(コルフ)3泊、新要塞から旧要塞まで旧市街散歩、アヒリオン宮殿へ
http://4travel.jp/traveler/100912/album/10764992/」
【10月19日】
OA 603 ケルキラ09:55 アテネATH着 11:00
A3 602 ATH13:30発 ロンドンLHR着15:30 ANApp1050 A3扱い 一人 213.15EUR
ロンドン2泊(ワン オルドウィッチ ホテル)
当初3泊予定、18日キャンセル1泊分は旅行保険対応(2万円限度)。(10月18日ギリシャゼネストによる欠航で、19日はA3による手配)
【10月21日】 NH 0202 LHR発19.35
【10月22日】NRT着15.20
NH 3235NRT発18.25 仙台着19.25
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一度目の「主な行程」
仙台発着アテネインアウトはANAエコノミー(168,600円)で発券
【2012年3月16日】
NH 3232 仙台→NRT
NH 0209 NRT→FRA
A3 0833 FRA発19.50→ アテネATH 着23.10
アテネ2泊(キングジョージパレスホテル)
[アテネのアクロポリス、古代アゴラ、ローマンアゴラを散策,リカヴィトスの丘からコロナキ広場、べナキ博物館、キクラデス博物館を巡る
http://4travel.jp/traveler/100912/album/10766634/]
★【3月18日】
ATHアテネ空港発9.40A3 202便→ロードス空港着10:40
ロードスタウン2泊(ホテルプラザ)
【3月20日】
ロードス空港発11:10A3 203便→アテネ着12:10
Adult Saver 2人往復 237.28EUR ANApp127x2
アテネ空港鉄道駅発→新コリントス鉄道駅→(タクシー)コリントス ホテルエフィーラ 2泊
「コリントス遺跡散歩。全盛期が前7世紀、今もコリントス運河を利用する国際貿易都市。
http://4travel.jp/traveler/100912/album/10764994/」
【3月22日】
コリントスバスセンター→ナフプリオンバスセンター
3泊(ホテルグランドブルターニュ)
「アテネの前の首都ナフプリオンに3泊、エピダウロス遺跡、ミケーネ文明遺跡のミケーネ、ティンスへ
http://4travel.jp/traveler/100912/album/10749686/」
【3月25日】
ナフプリオンバスセンター→アテネキフィスーバスセンター
アテネ1泊(キングジョージパレスホテル)
【3月26日】
LH1279 ATH発 →FRA
NH 0210 FRA → NRT
【3月27日】NH 3235 NRT→仙台
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空港←→ロードスシティ間
往路タクシー 片道定額22EUR
(バスは空港発11.15のところ、客がそろったところで10分前発車した。内陸部でもKTELのバスはおうようなのでご注意。定刻15分前には乗車準備必要です。)
復路 バス トルコ式市場西にある[http://www.ktel-rodos.gr/ クテルバス]センターから空港行き 2.3EUR
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「http://www.oasis-hotel.gr/buses/index.htm」クテル・ロードス
ロードスタウンからリンドス など
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2013年4月から4Tに旅行記をアップさせていただいております。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 飛行機
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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太陽とバラの島・ロードス、今年3月に続き二度目3泊の旅。
まだまだ夏の10月13日夜ロードス・ディアゴラス空港に到着。
コス島へドデカニサシーウエイズの高速水中翼船が出る夏季最終日10月14日(日)、ロードスタウンのコマーシャルハーバーでドデカニサプライドに乗る。 32ノット 定員280名に約半数 車1台
船は、定刻8時半発、途中9時25分頃、全島はげ山、かわいらしいい建物群が居住まいを正すシミ島に寄る。 -
このシミ島へは、高速船のほか、ロードスタウンのマンドラキ港からたくさんの小さな観光船が頻繁に出ており、次にロードス島に来ることがあれば、日帰りで是非とも遊びにきたいと思わせるところでした。
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シミ島
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昨夜スーツケース未着のためガイドブックもカメラも持たず、10時45分、コスタウンを護る騎士の城の北側三角地の船着場に着きました。
(2013年10月17日には[地中海エーゲ海の島 ⑪ コス島、二度目はポドルムから日帰り、アスクレピオン遺跡、西の遺跡、円形劇場、街歩き] [http://4travel.jp/travelogue/10830980])
トルコのポドルム行きの船着場は金網で仕切られ、入り口には船会社のプレハブ窓口が並んでいます。夏季は頻繁にコス島から日帰り観光ツアーが出ているようです。
地図を貰おうとインフォメーションを探すうち、騎士団の城外壁を巡る道沿い、ヨットが繋留されている岸辺にミニトレインを見つけ、30分コスタウンの主なところを回りました。 -
街一周した後、古代都市コスのアゴラ、ヘラクレス神殿跡へ向かいました。
コス島はロードス島とほぼ同じ歴史を辿ることができ、このコス・タウンも紀元前366年建設の古代都市コスがそのまま現代まで引き継がれており、街中いたるところにに遺跡があります。
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西洋医学の父・ヒポクラテスが植えたといわれているプラタナスの古木がある広場を挟んで騎士団の城の反対側に古代都市コスのアゴラがあります。
コス島には世界中の開業医が一度は訪れるといわれており、今でもサマーフェスティバルのオープニングで「ヒポクラテスの誓い」が読み上げられるという。 -
古代都市コスのアゴラは現コスタウンの町の中
ヘラクレスの神殿跡やアフロディテの祭壇跡などが残っていて、公園のようになっています。(入場料無料) -
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アゴラの脇、百席近くの木陰のテラスがあるタベルナ・セレクトで、スブラキとビールとで(12ユーロ)休んだ。
考古学博物館を探すうち、 みやげ物店が並ぶ旧市街の細道を上って高い広場に至り、定番のマグネットを購入、レストラン・ベストで休む(ビール・ミトス(小)1.5ユーロ、ギリシャコーヒー1ユーロ)。 -
西洋医学の発祥の地・アスクレピオンと西遺跡は次回とし、今年最後の高速便コスタウン16時30分発で帰った。(ロードス着18時40分)
二度目のコス島
地中海エーゲ海の島 ⑪ コス島、二度目はポドルムから日帰り、アスクレピオン遺跡、西の遺跡、円形劇場、街歩き[http://4travel.jp/travelogue/10830980]
今年二度目のホテルプラザの部屋に、10月12日仙台空港でロードス空港受け取り扱いにしたところパリ(21時間トランスファー滞在)CDGに滞留していたスーツケースが、届いていた。
以上ここまではiPhoneで撮影。 -
古代ロドス アクロポリス アポロン神殿跡
翌15日(月)古代都市ロードスのアクロポリスへ向かいました。
リンドスなど三つの古代都市を統合して紀元前400年ごろ築かれた古代都市ロドスは今、ロードスシティの西側の丘にあります。
この頃は、アテネとスパルタが覇権を争っていたペロポネソス戦争時代で、ロドスはスパルタ側につき、アテネの脅威に備えるための統合でした。 -
古代ロドス アクロポリス
神殿から一段下がったところにスタジアムがあます。
古代ギリシャで、彫刻の分野ではロードスはアテネと名声を二分していたといわれています。学問もそうだったのでしょう、ブルータスやキケロはアテネとロードスに留学しています。
シーザーは24歳の1年をここで過ごしています。皆、ここを訪れたに違いありません。
ロードスの名家ディアゴラス家からは、たくさんのオリンピア競技会の優勝者を輩出したと伝えられており、ここの空港の名前はディアゴラス空港といいます。
「古代のロードス島は、穏やかなうちにも品位のある快適さで人をひきつけてきた」と塩野七生さんが言っています。 -
古代ロドス アクロポリス 劇場
シーザー、キケロ、ブルータス達が若いころ留学し、滞在していた街。今はアクロポリスにアポロン神殿の跡、修復された小さな古代劇場(丘を削った形のギリシャ式)、古代スタジアムの三つのみが判然とし、後は木々に覆われ、公園となっている。(入場料無料) -
ロードスタウン旧市街
二重の城壁
待たせていたタクシーで、旧市街外壁まで戻りました。 -
城壁 アンボワーズ門
スレイマン自ら20万の大軍を率いて押し寄せ、開戦の日大砲が轟く中、銀色に輝く甲冑姿の騎士600名が赤地の大マントをたなびかせながら、城壁に並んでこれを迎えたと、塩野七生著「ロードス島攻防記」にあります。 -
二重の城壁で内部。石の弾丸が転がっています。
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1522年12月26日聖ヨハネ騎士団団長以下18名が、銀色に輝く甲冑に、赤地に白十字を縫い取りした大マントを馬の背に大きくおおい、大軍旗を掲げ、スレイマンが待ち受ける大天幕に向け、この門を通ったといわれています。
その18人の内、当時28歳のラ・ヴァレッテは42年後マルタ騎士団長としてスレイマンが派遣したトルコ軍との攻防で、三つの要塞のうち一つを失いながらも3ヶ月奮戦し、ついに守り通したといわれています。
マルタにもそのうち訪問したいものです。 -
ロードス旧市街
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ロードス旧市街
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10月中旬ですが、ここは夏時間、まだまだ夏、土産物店は全開です。
中世の面影があるロドスですが、紀元前408年に作られた古代都市ロドスの街路とほぼ重なり、残っている主な道路は碁盤の目(ヒッポダモス方式)に東西南北につけられています。
この後、地中海沿岸ギリシャ殖民都市に碁盤の目の街路が普及したのは紀元前3世紀ごろからといわれています。
母体を持つ都市はその母体都市の方角に向け街路を作ったとのこと。 -
15世紀、騎士団によって建てられた病院が今に残り、ロードス考古学博物館となっています。 北側はイポトン通りに面していますが、入り口はソクラツース通りの1本北の通りにあります。 -
中庭
二階建てかなり大きな建物です。 ここにも石の弾丸が控えています。
左奥にはライオン像が見えますね。 -
ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
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陶器はギリシャ各時代の歴史を物語ります。
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ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
美の女神像です。 美しいですね。
長い髪を両手で太陽にかざし、見るものに美とは私よと訴えているかのようですね。
念願の美女にあいま見えることができました。
少年の頃これらのギリシャ彫刻に魅せられたのが、今になってギリシャに通うことになったのかもしれません。重厚な歴史は後からでしょうか。
彫刻のレベルは古代アテネと名声を二分していたといわれていますが、現代の彫刻と比較しても!
ヴァチカンにあるラオコーンの群像もこの島出身の彫刻家の手によるものですね。 -
ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
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ロードス考古学博物館
墓、古典的なヘレニズムやローマの彫刻、モザイクの床などを見て二階の外へ出ると、小さなカフェがあり、トルコ時代と思われる庭園を進むと小さな病室を利用した展示室が二箇所(BC5300年からとBC15-12世紀)あります。
ここもやはり暗黒時代とされるBC12-8世紀のものはありません。 -
マンドラキ港
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マンドラキ港 セントニコラス要塞
夕方、シミ島やリンドス行きの船がたくさん並ぶマンドラキ港を散歩、観光トレイン乗り場を過ぎると、エヴァンゲリモス教会、国立劇場、市庁舎、モスクが並んでます。
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マンドラキ港の先端にある2頭の鹿の像、奥にセントニコラス要塞が見えます。
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セントニコラス要塞と2頭の鹿の像を眺めながら、焼きとうもろこし(2ユーロ)を頂き、しばし休憩。
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マンドラキ港
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古代都市リンドス アクロポリスへ
16日ケルキラへ飛ぶ日午前中、3月訪れたが月曜日休みだったリンドスへ。
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ロードスシティ・東部バスセンター→リンドスまで 5ユーロ 1時間20分
リンドスバス停→リンドス村
夏季はリンドス村の上部にある街道にバス停があります。そこから村はずれまでシャトルバス(0.5ユーロ)がありますが、徒歩。 -
アクロポリスへは若干の上りがあるので、ロバが待機しています。(冬季はおりません。)
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リンドス
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リンドス
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ここでロバさんたちと合流、この門の中にチケット売り場(6ユーロ)
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リンドス アクロポリス 軍船レリーフ
リンドスは良港に恵まれ、また地の利もあり、交易でたくさんの船が行き交い、富をもたらしたことでしょう。
サモトラケのニケ像(ルーブル美術館所蔵)の作者ピュトクリスが彫ったといわれています。 -
リンドス アクロポリス
ここからアクロポリスへ上ります。 -
リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス アテナ・リンディア神殿跡
紀元前4世紀頃に立て直したものの跡。 紀元前5世紀末に古代都市3つが統合され古代都市ロドスが築かれたのですが、その後もここは宗教的には聖域としてギリシャ中に名を轟かせていたようです。 -
リンドス アクロポリス
ヘレニズム時代の柱廊、ローマ時代の神殿跡、ビザンチン教会、騎士団の部屋など、他と比べ比較的狭いアクロポリスにその後の歴史が重なっています。
第二次ポエニ戦争後、敗者ハンニバルと勝者スキピオがこのロードス島で遭遇し、英雄談義をしたと伝えられています。
この光景を眺めたながら、どのような? やはりアレキサンダー大王? -
リンドス アクロポリス
アウグストスの遺言により55歳の時第二代皇帝に指名されたが、カプリ島に篭ることが多かったティべェリウスは、紀元前6年、36歳の時から7年間ここで引退生活を送り、どんな気持ちで過ごしたことでしょう。
古代は、サモス島とともに、歴史に名を残す人たちがこのロードス島を好んで訪れたようです。哲学者や歴史家が多く、温暖ですごしやすいからなのでしょうか。 -
リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス
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リンドス アクロポリス
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リンドスの浜辺、ロードスタウンからの小さな観光船、観光客を乗せたロバが見えますね。
村はずれの児童数十人の小学校やビーチを見下ろしながら、無風、晴天の下、しばらくここで休みました。 -
ロードス島の東方は、キプロスまで島はありません。
断崖が続きます。
「ナバロンの要塞」の一部が撮影されました。
カエサルも若い頃ロードスに学びました。もう統合された古代都市ロドスに滞在し、師についたのでしょうが、リンドスの岬に立ち、この光景も見たに違いありません。 -
ここから南西方向にクレタ島、真南は、エジプトです。
「島の東側の崖の上にそびえ立つリンドスの神殿の跡に立ち、眼下に広がる地中海を眺めたならば、古の文明に思いを馳せないではいられないだろう。」と塩野七生さんも言っています。 -
南側にも小さな入り江、浜辺が見えます。
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バス停からすぐこのような細い道が曲がりくねっています。
街並保存の規制があるとの事です。
大きなホテルはありません。 -
以下は、2012年3月訪問時の写真です。
ロードスタウン旧市街は、現在も完璧な二重の城壁に護られています。 -
矢印の示すところが、ダンボアーズ門です。
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騎士団長の宮殿
ムッソリー二が別荘として利用したこともあり、ほぼ修復されています。
聖ヨハネ騎士団がロードス騎士団とも呼ばれるようになった1310年から、20万のトルコ軍とよく戦い、騎士600人から180人となりついに開城することとなった1522年までのことは、塩野七生さんの「ロードス島攻防記」に詳しい。 -
騎士団長の宮殿に入ってすぐの階段です。
イタリア占領時に修復され、一時期ムッソリーニの別荘として利用されていましたので、彼もここを歩いたことでしょう。
興奮していたためか、15ミリレンズがオートフォーカスでないことも忘れて、ものの見事に全てボケています。 -
騎士団長の宮殿
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旧市街の南半分は中世の面影がある、これでもかなり広い通りです。
対トルコ戦には住民も戦いに参加しました。
南に向かうと、中世の街並みの趣があり、迷う楽しみを気楽に味わえます。少し歩けばすぐにも壁につきあたるのです。 -
オミロウ通りやピタゴラ通りをともに2,3度行きつ戻りつし目当てのレストランを探したり、イポクラツース広場の噴水を見、カフェやみやげ物店が並ぶソクラツース通り、スレイマンモスクを経て、また騎士団長の宮殿に戻る。
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イポトン通り
この通りは夕方訪れるのがふさわしいかもしれません。
舗道のたたずまい、両側に立ち並ぶ騎士たちの館。
タイムスリップできますね。 -
宮殿の塔
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イポトン通り
騎士が今もドアから颯爽と出てきそうな、当時のまま。 -
聖ヨハネ騎士団は貴族出身に限られていたので、全ての騎士の館に紋章が今も残っています。
現在も団員が世界中に。 -
今も使用されているのか、中にはフランスやイタリアの国旗がギリシャ国旗とともにはためいている。
騎士の館の壁には、それぞれ貴族の紋章が今も鮮明に残っており、全てを写真におさめた。 -
イタリア出身の騎士の館にはイタリア国旗とともに、無骨ながらもマリア様がいるところなどイタリアっぽいですね。
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トルコ式市場正面入り口からマンドラキ港
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マンドラキ港にある三つの風車。
世界七不思議のひとつは? -
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ピタゴラ通り?
南北の通りは、まっすぐが多いです。
東西の通りは数本除き、ほとんどが曲がりくねっています。
前1世紀オリエント征定の帰途、ポンペイウスが病に伏せる哲学者の家を訪ねたというが、古代の街は地下でしょうね。 -
ロードス旧市街
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ソクラツース通り
みやげ物店、タベルナ、カフェなどが立ち並ぶ、緩やかな広い坂、ソクラツース通りです。 冬季ほとんど閉まっています。
スレイマンモスクが見えます。 -
マリン門です。 往時は、イタリア人騎士団が守っていました。
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イタリア占領時の1920年代に作られた新市街
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新市街にはおしゃれな店ばかりです。
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リンドスへは、トルコ式市場の西入り口にあるロードスシティ・東部バスセンターから。
ロードス空港へは、この写真の左側にあるロードスシティ・西部バスセンターから。 -
http://www.rhodesplazahotel.com/ ホテル プラザ] ★★★★
イタリア占領時代に作られた新市街の中心部にあり、バスステーションからも徒歩の距離にある、4つ星、中規模ホテル。1階にはロビー、カフェ、テラス、レストラン、プールと全て見通せ、広くオープンな感じが好ましい。東へ数分で、シミ島やリンドス行きの船が出るマンドラキ港です。
11月以降はビーチ沿いの四つ星ホテルは徐々に休むところが多くなり、開いているところは5千円前後に安くなります。10月2食付きで9000円弱でしたが、食事がおいしく、港にも旧市街にも近いここを選びました。
付近には伝統的ギリシャ料理やイタリアンなどのレストランが冬も営業しています。旧市街は冬季ほとんどのレストラン、土産物店は閉まります。
セーフティーボックスは1日3ユーロ、ルームキーをフロントで使用可能に。
レストランテラスで、地元生ビール1杯、スープ2皿、えびリゾット、牛肉スブラキを注文したが、全ておいしかった。(全部で40ユーロ)
① スタンダードツイン WiFi無料
夕食はレストランで、食べ放題、野菜サラダ10種、スパゲッティ、デザート10種以上あり。 アラカルトも各種別途料金で一皿どれもおいしく楽しめます。
2012年10月13日から一人朝夕2食つき 3 泊で 26,325円(ホテルズコムから)
10月中旬で夏時間中まだまだ暑く、観光客が滞在しており、プールにも日中10人前後。
② スタンダードツイン WiFi無料
2012年3月18日から二人朝食つき 2 泊で EUR 134.00(日通ペリカンギリシャ店から)
冬時間中、観光客少なく、ビジネスマン少数。
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この旅行記へのコメント (1)
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- mistralさん 2014/02/01 14:26:14
- 初めまして。
- 地中海人さん
こんにちは。
先日はmistralの旅行記にご訪問いただき
そしてご投票も有難うございました。
今、地中海人さんの旅行記、拝見させていただいて
おります。
本当に地中海がお好きなんですね〜
ロードス島の旅行記、拝見いたしました。
塩野さんの「攻防記」を読まれて、本の中のイメージを
辿りながら、歩かれているご様子が伝わってきました。
推測が間違っていましたらごめんなさい。
mistral自身も、その本から、ロードスか?マルタか?と
迷い、結局はマルタへ行ってきました。
本の中で描かれている場所に実際に立ってみますと、
あたかも登場人物(実際は実在の人物ですが)がそこに
立っているかのような気持ちになってきます。
塩野さんの文章の素晴らしら故でしょうね〜
まだまだ興味ある旅行記がたくさんあります。
またお邪魔させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
mistral
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