2026/10/09 - 2026/10/09
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chiaki-kさん
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トヨタ鞍ヶ池記念館は、愛知県豊田市池田町にあるトヨタ自動車の博物館。1974年にトヨタ車生産台数累計1000万台を達成を記念して開館した博物館で、主な施設にトヨタ創業展示室、鞍ヶ池アートサロン、旧豊田喜一郎邸などがある。クルマの展示は少なく、豊田式自動織機~トヨタ自動車創業期のパネル展示が主な内容となっているので、トヨタ車や世界のクルマを見たい方は長久手市にある「トヨタ博物館」の方をお勧めしたい。
表紙のクルマはトヨダAA型乗用車。1936年に発売されたトヨタ初の生産型乗用車。スタイルは当時流行のアメリカ車のデザインを範とした流線型で、喜一郎たちの大衆車づくりにかけた情熱と先見性がうかがえる。(トヨタ博物館で撮影)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10/09
今日は帰る日。07:30に最後に宿泊したスーパーホテル大和郡山を出発。Googleで調べ上げたルートを通って名阪国道に合流、亀山ICから東名阪道→四日市JC→伊勢湾岸道→第二東海道へ。 -
09:48に刈谷SAで休憩。休憩後、豊田東JC→東海環状道そして鞍ヶ池(くらがいけ)PA・スマートICで高速を降りる。
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スマートICの出口や出てからの道が複雑で、迷い道をクネクネしてから大きな公園の中にある文化施設のようなトヨタ鞍ヶ池記念館に到着。
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豊田佐吉像がお出迎え。
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豊田佐吉&喜一郎が生まれた家の模型。
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豊田佐吉が発明した豊田式汽力織機。
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そしてG型自動織機。佐吉は生涯で特許84件、外国特許13件、実用新案35件を発明した。
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自動織機のUP
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これからトヨタ創業展示室
*展示室の内部撮影はOkですが、購入したばかりのルミックスの手ブレ補正装置がうまく働かず、ブレた写真が多くなってしまいましたが、ご了承ください。 -
豊田佐吉は1910年に自動織機のPRなどのため、欧米視察旅行に出かける。その地で佐吉は自動車が貴族から大衆のものになっていることを目撃する。
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1933年、自動織機の生産は長男の喜一郎に引き継がれ、自動紡績機も加わって事業は順調だった。この機をとらえ佐吉の後押しもあり、喜一郎は自動車の試作に着手する。
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1934年、豊田自動織機は自動車部と製鋼部を正式に会社の業務とし、組立などの試作工場が完成する。
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同年12月に陸軍省・商工省から国策上の理由によりトラック、バスを制作してほしい旨の依頼があり、1935年にG1トラックを試作する。
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G1トラックの模型。完成車3,200円、シャーシー2,900円で販売される。
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初めて製造したトラックということもありG1は故障続きだったが、1936年からGA型になり故障は少なくなった。また「自動車製造事業法」の成立により豊田自動織機製作所と東京自動車工業(日産自動車)が許可会社となり、日本GMや、日本フォードは生産を停止する事態に追い込まれた。
車体のカラーも軍事色が強くなってきたね。 -
1937年、拳母(ころも)工場の完成に伴いトヨタ自動車工業が豊田自動織機製作所から分離・独立する。初代社長となった喜一郎は「ジャスト・イン・タイム」を提唱するが、これは今のトヨタに通じる考え方で「間に合えばいい、余分に作るな」ということ。
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その頃のトヨタ自動車工業の幹部たち。下列右から2番目が豊田喜一郎、上列中央が日本GMからきた神谷正太郎。神谷は後にトヨタ自動車販売の社長となる人物。
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太平洋戦争が始まると、製鉄原料などの物資が不足するようになり、戦時型トラックと呼ばれるKC型モデルの製造に着手する。また、上海には華中豊田自動車工業を立ち上げ、GB型トラックの生産を開始する。
1945年8月14日、拳母工場は米軍機の爆撃を受け4分の1が破壊されるが、終戦後トヨタ自工はGHQよりトラック製造の許可を受け、会社再建に取り組む。 -
1948年、乗用車の生産が解禁となり、ただちに開発がはじまる。SA、SB、SD、SFなどの試験的乗用車が製造されるが、本格的とはいえないモデルだった。1952年に急逝した喜一郎の指示に基づき、純国産乗用車の開発が始まっていたが、1955年、満を持してトヨペット・クラウンを発表する。(トヨタ博物館で撮影)
ちなみに、戦争の影響もあり日本では乗用車の開発はゼロからのスタートで、日産はオースチン、いすゞはルーツ・ヒルマン、日野はルノー4CVのノックダウン、又はライセンス生産が精いっぱいの時代だった。 -
トヨタ創業展示室のパネルはこの辺までだが、その後のトヨタ自動車の発展は皆さんもご存じの通りです。なお、トヨタ博物館の旅行記?は下記のとおりです。ご興味のある方はご覧ください。
前編 「トヨタ博物館で時代のターニングポイントとなった”くるま”達と遭遇:第1章 黎明期からWW2まで」 https://4travel.jp/travelogue/11334028
後編 「トヨタ博物館で時代のターニングポイントとなった”くるま”達と遭遇:第2章 WW2から現在まで」 https://4travel.jp/travelogue/11334936 -
実車の展示は、トヨダAA型、初代トヨペット・クラウン、そしてこのレクサスLF-Aレース仕様の3台だけ。
このレクサスは2009年にニュルブルクリンク24時間レースに出場したマシン。ドライバーはモリゾウ(豊田章男)、ハビエル・キュロス、木下隆之、飯田章。 -
Morizoさん(豊田章男 会長)もドライブするんです。
なお、前述のレースのリザルトは総合87位で完走している。 -
記念館を出て、広大な庭園の裏には1933年に建てられた豊田喜一郎の住宅が移築修復されている。当時とすれば、しゃれた建物だね。
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鞍ヶ池記念館を後に、豊田市と飯田市を結ぶ国道153号を久しぶりに走る。途中に伊勢神トンネルがあるが、その上に旧道がそのまま残されており、今年5月29日に開催されたWRC・ラリージャパンのコースとなった。(静止画はGoogleより借用)
旧伊勢神トンネルの走行シーンは世界的にも大きなインパクトを与えたスペシャルステージであり、ラリージャパンでも特に知られる名物ステージの一つとなっている。では実際のコース走行動画をどうぞ!
https://youtu.be/foZle_jqjTk -
快適な山岳ハイウェイのような国道153号を阿智村まで走り抜け、飯田山本ICより中央道へ入り駒ヶ岳SAで遅めのランチ。なぜかアジが食べたくなったのでアジフライ&豚汁定食を注文する。
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駒ヶ岳SAの駐車場からは北岳を主峰とする南アルプス連山がくっきりと姿を見せていた。その後、渋滞の岡谷ICを避け諏訪湖スマートICから下道へ。県道14号で岡谷市内を抜け、国道142号で新和田トンネルを越え帰宅する。
これで「2026 山陰・山陽ドライブ6:トヨタ鞍ヶ池記念館&WRCコースを激走?」及び2026山陰・山陽ドライブ記は終了です。本日も最後までご覧いただきありがとうございます。全編ご覧いただいた方には最大の「だんんだん・おおきに・そして、ありがとう」を差し上げます。 -
OMAKE1
フロンクス4WDの走行記録は 走行距離 2,155km、燃料 110.74L、燃費 19.45km/Lでした。カタログ燃費は高速モードで19.8km/Lなので、ほぼカタログ通りです。今回もACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)をフルに活用したので右足は解放状態でラクチンでした。
また、新規購入したオーレックスのラジカセで200本近く録りためたカセットテープから10本ほどUSBメモリーにダビングした曲を聴きながら快適な長距離走行を楽しむことが出来ました。 -
OMAKE2
今回のお土産はこんなところです。 -
OMAKE3
広島県竹原市の酒屋さんで購入した純米酒・竹鶴と境港で購入したゲゲゲのいも焼酎です。いも焼酎は飲み終わりましたが、旨かったです。竹鶴は醸造用アルコールを加えていないので、最初は辛く感じましたが、飲み慣れるとなかなか美味しい酒です。 -
OMAKE4
鳥取ではトビウオの煮干しを購入、鍋に使いましたがなかなか良い味を出してくれました。 -
OMAKE5
山口では松陰先生の餅と夏ミカンですね。 -
OMAKE6
下関PAと門司のトライアルではこんなの買いました。 -
OMAKE7
門司では瓦蕎麦、尾道では尾道ラーメン、宮島ではもみじ饅頭。尾道ラーメンは今日(10月26日)のお昼に家族で食べましたが大好評でした。 -
OMAKE LAST
最後はこれ。東日本では販売していない明治カールをどっさりと、あちこちのスーパーで購入しました。
おしまい
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