2026/10/12 - 2026/10/12
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かくちゃんさん
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四十日目。
午前11時25分、快晴の嵩山宿を出発。緩やかに上る旧道を進むと、アスファルトがコンクリート、石畳へと変わり、ランニングも徒歩に変わると嵩山一里塚である。完全に山道となった七曲りの急な上り道を息絶え絶えで登って本坂峠に到着。給水、小休止。
石畳やコンクリートで舗装された道を下り、国道362号線に合流してアスファルトの旧道の坂を下りきった後、本坂一里塚を経て、JAみっかびの巨大な柑橘選果場の建物を横目に進んで三ケ日宿に到着。ここで再び給水し、体操して小休止。
再び上りとなる道を進み、大谷一里塚を経て、両側にミカン畑が広がる旧道を上っていくと道は再び石畳やコンクリートとなり、投げた石が岩に乗ると無事峠越えができるという石投げ岩に石を投げてみたところ何とか岩に乗る。これで無事に峠が越えられると気を良くして、象鳴き坂の急な上り道を再び息絶え絶えで登ると引佐峠である。
階段と石畳が続く旧道を途中林道を挟んで進み、急な下りと上りを繰り返し、浜名湖の入り江の景勝地小引佐、山田一里塚を経て気賀宿に到着。
天竜浜名湖鉄道気賀駅で給水し、着替えた後、たまたま到着した気動車を見送り、復元された気賀関所を見学して、実際に気賀関所があった場所を経由して姫街道に戻り、再び山道となった長坂を上り、老ヶ谷一里塚、東大山一里塚を経て三方原追分で浜松宿方面に向い、小豆餅に到着。本日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里四町也。
「御菓子司あおい葵東店」で小豆餅と銭取をお土産に購入し、葵東子供の広場で着替えた後、葵町のバス停から浜松駅行きのバスに乗り田町中央通りで下車。バス停の目の前にある「浜松餃子浜太郎浜松駅前店」さんで浜松餃子を堪能し、四十日目を締めくくったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
姫街道 嵩山(すせ)宿
常夜燈があり、幕末にはこの辺りに旅籠があったのではないかと思いますが、その名残はありません。本陣のあった場所には姫街道の案内板が建っています。 -
嵩山宿にある姫街道の石碑
石碑には香川景樹の和歌が彫られており、「幾へのぼりぬ すせの大ざか」と峠に向う難所、七曲りの坂を詠んでいます。ここから本格的な上りの山道に入ります。 -
嵩山(すせ)一里塚
江戸日本橋から数えて73番目の一里塚になります。塚が両塚とも残っています。 -
本坂峠
ここで三河国から遠江国に入ります。案内板は峠の頂上ではなく山道の交差点のような場所にあります。宿場からはかなり離れていますが、嵩山宿の幟があります。 -
本坂一里塚
江戸日本橋から数えて72番目の一里塚になります。完全ではありませんが塚が両塚とも残っています。 -
姫街道 三ケ日(みっかび)宿
旅籠の数は天保14年(1843年)で4軒しかなかったようなので、宿場町というよりは集落に本陣や旅籠があるといった雰囲気だったのかもしれません。三ヶ日本陣跡 名所・史跡
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三ケ日(みっかび)一里塚
江戸日本橋から数えて71番目の一里塚になります。塚は残っていません。 -
大谷一里塚
江戸日本橋から数えて70番目の一里塚になります。塚は残っていませんが木陰に座って給水させていただきました。 -
引佐(いなさ)峠
本坂峠同様、峠の頂点ではなく山道の交差点のような場所に案内板が建っています。 -
小引佐(こいなさ)から見た浜名湖
姫街道で引佐細江(浜名湖の入り江)の景勝地として昔から知られている場所なのだそうです。すばらしい眺めです。 -
山田一里塚
江戸日本橋から数えて69番目の一里塚となります。塚は残っていません。 -
姫街道 気賀宿
常夜燈、桝形となった道、関所が揃っているので宿場町だったのは確かなのでしょうが、三ケ日宿同様、旅籠の数が少なく、天保14年(1843年)で8軒しかなかった言いますから、こちらも集落に本陣や旅籠があるといった雰囲気だったのかもしれません。本陣前公園 公園・植物園
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天竜浜名湖鉄道 気賀駅
駅舎の中には列車を待つ人が何人かいました。あと、駅前には観光客も見かけました。気賀駅 駅
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気賀関所
平成2年(1990年)に復元された関所で、気賀駅の南側にありますが、実際は姫街道沿いにありました。浜松市気賀関所 名所・史跡
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気賀関所の通行手側
入所料200円を払うと紙製ではありますがこの通行手形がもらえます。 -
気賀関所本番所跡
関所は実際にはここにありました。昭和35年(1960年)まで建物が残っていたのだそうです。 -
老ヶ谷一里塚
江戸日本橋から数えて68番目の一里塚となります。長坂を上り切った辺りにあります。塚は残っていません。 -
東大山一里塚
江戸日本橋から数えて67番目の一里塚となります。右塚は何となく塚の形状が残っていましたが草ボウボウで荒地に看板だけが建っているような有様だったので、塚はありませんでしたが左塚があったと思われる場所を撮影しました。 -
姫街道の松並木
三方原台地の上に残る松並木で東大山一里塚の手前から三方原追分あたりまで、道の片側だけに残っています。所々松が消滅してしまっていますが一里近く続いています。 -
姫街道 三方原追分
姫街道はここで二手に分かれます。直進すると東海道安間追分に、斜め右に進むと東海道浜松宿に至ります。明和元年(1764年)に姫街道の正式名称である「本坂通」が道中奉行の管轄となると浜松宿までの道が本道となります。今回はその本道を経由して浜松に向います。 -
御菓子司あおい葵東店
三方ヶ原の戦いに負けた家康が浜松城へ帰る途中、茶屋で小豆餅を食べていました。そこへ武田勢が追ってきたので、代金を払わずに逃げたところ、茶屋のおばあさんが追いかけてお代を払わせました。餅を食べた所が「小豆餅」、代金を払わせた所が「銭取」。作り話のようですが、御菓子司あおいさんは、この話に基づて「小豆餅」と「銭取」というお菓子を販売しています。あおい グルメ・レストラン
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小豆餅と銭取
きな粉をまぶした大福はお餅がやわらかく美味しかったです。銭取はマドレーヌでした。 -
浜松餃子浜太郎 浜松駅前店
10月の3連休の最終日、17時30分に訪問したところ、あまり待たずに座れましたが、私の後は予約がないとなかなか案内されない状況で、待ちきれずに帰られる方もおられました。浜松餃子 浜太郎 浜松駅前店 グルメ・レストラン
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浜松餃子12個円盤焼と静岡三ケ日みかんサワー
餃子、注文する人が多く仕方がないのでしょうが、注文してから配膳まで30分以上かかりました。でも待っただけあって美味しかったです。12個でもペロリと食べられました。他にも、駿河湾産桜えび餃子とPIZZA餃子を頼みましたが、いずれも美味しかったです。
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