2026/10/10 - 2026/10/10
1278位(同エリア1346件中)
松本伸雄さん
信長が築いた天下無比の五重の天主
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大手門跡 前面に見える石垣は、大手道の登り口で出土した石垣をもとに復元された石垣
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転用石仏 宗教的意味合いは無い
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大手道 幅7mの道は、城内にあるどの道より広く、両側に幅1mの溝が付設する。
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鐘楼跡 此処で日本100名城スタンプを押します
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大手道は、直線で180mで左に折れる。小牧山城は、右に折れるとガイドさん
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右天主の碑
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安土築城後、信長は琵琶湖北岸に羽柴秀吉の長浜城、安土の対岸に甥信済大溝城、南岸に明智光秀の坂本城という三城の水城を築かせた
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森蘭丸邸と、 織田信澄邸
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黒金門跡
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織田信雄四代供養塔
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信長は普請奉行として丹羽長秀を任命し、大急ぎで工事にあたらせた
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仏足石 伝二の丸手前の石段下に置かれている。江戸期の製作?
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織田信長廟 1582年(天正10)、大徳寺で信長の葬儀を行った秀吉が、菩提を弔うために建立し、信長愛用の太刀や烏帽子、直垂(装束)などの遺品が埋められた。秀吉が後継者をアピールした
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本丸跡 周囲を石垣で取り巻かれていて、琵琶湖湖畔の山頂に吹き付ける強風からも守られている
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秀吉が石垣を壊したとも言われている
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天主の礎石が真ん中だけ無くて、1メートルの穴が空いていた。心柱の穴か?
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五重六階地下一階の天主があった。6月15日突然燃えた。天主と本丸が焼失しました。安土城を守っていた光秀の娘婿明智秀満。信長の次男織田信雄が明智の残党を探すための火がついた。誰の仕業かわからない。部材は八幡山城に使われました
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柴田勝家が笏谷石を信長に献上しました
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摠見寺本堂跡 信長が滋賀県内の天台宗寺院から持ってきたもの
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三重塔
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安土城から西の湖を望む
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大手道を上から
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伝羽柴秀吉邸跡 上下二段の曲輪群で構成されてる
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大手道の両側にロウソクが並んでいます
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今日は、特別イベントで4時閉店です
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安土城築城450年になるそうです
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ルンバ型芝刈り機が活躍中
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安土城考古博物館へ
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安土城金箔瓦
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真ん中一番上の織田信長像は教科書にも使われますが、愛知県豊田市の長興寺所有で一番使用料が高いそうです
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江戸時代の火事で摠見寺は、大手道の上に石垣を造りました。
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平成元年からの10年に及ぶ発掘で大手道が出て来ました おわり
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この旅行記へのコメント (1)
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- marsyさん 2026/10/11 19:43:43
- 昨日放映のテレビで
- 松本信夫さんこんばんわ、marsyと言います。
安土城、昨日テレビ東京系の旅番組(伊藤あさこ、かたせ梨乃、本田結望)で、安土城回っていましたね。
あの荘厳な天守閣が燃えずに残っていたらと思うと残念ですね。
では、失礼いたします。松本信雄さん旅行記にポチッとな!
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