2026/09/20 - 2026/09/20
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放浪ラォレンさん
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この旅行記のスケジュール
2026/09/20
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電車での移動
ダナン駅に8:44着
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車での移動
Grabタクシー(約1時間)
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車での移動
Grabタクシー(約10分間)
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徒歩での移動
1時間程、市街を散策
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バスでの移動
ミーソン遺跡ツアー・トゥボン川クルーズに参加(13:00〜18:30)
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徒歩での移動
1時間程散策
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この旅行記スケジュールを元に
以前から「ベトナム統一南北鉄道」に乗車してホーチミン(サイゴン駅)からハノイ(ハノイ駅)まで(全長は約1,726キロメートル)、縦断してみたいと思っていました。
そして、たわいもないことですが、食堂車で食事とビールを楽しみながら車窓に広がる景勝地の「ハイヴァン峠(ダナン~フエの間)」を眺めたり、寝台で横になって読書にふけりつつ、いつの間にかうたた寝をすることに一種の憧れを抱いていました。
もちろん、ホイアン旧市街の散策やミーソン遺跡の訪問、そしてハロン湾クルーズも旅程に入れたいと思っていました。その結果、ホテル泊は1泊のみで、飛行機で2泊、寝台列車で2泊という正しく「弾丸旅行」になってしまいました。
今回の旅行の主な日程は次の通りです。訪問記は4回に分けて紹介し、今回は②の記事になります。
なお、細かい日程、訪問地は、一緒に載せているスケジュール表でご確認ください。1ベトナムドンは約0.0061(10,000ドン=約61円)の為替レートでした。
① 1·2日目(関空~バンコク~ホーチミン)
・ドンムアン国際空港
・タンソンニャット国際空港
・サイゴン駅
・タンディン教会
・ベトナム統一南北鉄道(ホーチミン~ダナン)
② 3日目(ダナン~ホイアン)
・ダナン駅
・ホイアン旧市街、来遠橋(日本橋)
・ミーソン遺跡
・トゥボン川クルーズ
・ホイアン·ナイトマーケット
③ 4日目(ホイアン·ダナン~ハノイ)
・ミーケビーチ
・ダナン駅
・ベトナム統一南北鉄道(ダナン~ハノイ)
・ハイヴァン峠
④4·5日目(ハノイ~ハロン湾~関空)
・ハノイ駅
・トレインストリート
・ハロン湾クルーズ
・ノイバイ国際空港
3日目は寝台列車の中で朝を迎えました。熟睡できた訳ではありませんが、ある程度の疲れは取れました。
この日はホイアン旧市街の散策とB級グルメの満喫、「ミーソン遺跡の英語ガイドツアー」参加と、かなり無理な日程を計画しました。
ですが、予定通り順調に計画を進められ、大きな達成感を得ることができました。
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サイゴン駅から寝台列車に乗って、8:30過ぎにダナン駅に到着しました。
ダナン駅まで、最後にコンパートメント室でご一緒だったのは、ニュージーランドの2人連れの旅行者でした。私は真夜中に何回かトイレに行きましたが、2人は熟睡していて全く気づかなかったと笑って答えました。感じの良い人達でした。ダナン駅 駅
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13:00にホイアンで、Trip.comの「ミーソン遺跡ツアー」に参加する予定にしていました。それまでの間、ホイアン旧市街を散策したいと考えていましたので、Grabタクシーでホイアンまで直行しました。1時間弱の乗車でしたが、途中で給油も行いました。
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予約していた「ホイアニアン・セントラル・ヴィラ」に10時頃に到着しました。荷物を預け、Grabタクシーで旧市街地に向かいました。
ここはアットホームな小規模ブティックヴィラです。ホイアニアン セントラル ヴィラ ホテル
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旧市街にホイアン名物の「カオ·ラウ」と「バイン·ミー」の有名な店が比較的近い距離にありました。それで、先ずは「ホイアン博物館」までGrabタクシーで行きました。
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そこから小路に入り、数分、歩きます。
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そうすると、ホイアンの名物料理「カオ·ラウ」で人気のある「カオ·ラウ·バーレー」に到着しました。
この近くにはチャンパの時代から枯渇せずに使われている「バーレー井戸」があります。ホイアンのカオ·ラウ店は、この井戸の水を使ってコシの強い米麺を作るそうです。 -
カオ·ラウは、一説には伊勢うどんがルーツだそうですが、麺に豚肉や野菜、ハーブ等を乗せて、タレを絡めて食べる汁なし和え麺です。味変調味料の種類が豊富でした。
カオ・ラウ・バーレー アジア料理
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次に、洒落た通りを5分程歩いて、「バイン·ミー」で有名な店に向かいます。
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「バイン·ミー·フーン」という名のお店です。店頭では、テイクアウトのお客が並んでいました。
バイン ミー フーン 地元の料理
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2階に飲食スペースがありました。後から日本人の家族連れの人達も入って来ました。
バイン ミー フーン 地元の料理
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メニューは何と言っても、3番の焼豚のバインミー(250円位)が一番人気です。
バイン ミー フーン 地元の料理
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フランスパンの食感、焼豚等の味付け、レタスの新鮮さのどれも申し分ありませんでした。流石です!
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繁華街にある「チャンフー通り」に向かいます。流石に熱帯雨林の樹木は鬱蒼としています。
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19世紀に中国・海南島出身の人たちが、同郷の親睦や交流のために建てた「海南会館」です。
海南會館 建造物
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天秤棒(カントー)を使って果物を売る人に出会いました。ベトナム独自の情緒がありますね。
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「ホイアン市場」の建物です。建物の前には10代の若者が集まり楽しそうに話をしていました。
ホイアン市場 市場
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ローカルフードの屋台が、所狭しと並んでいました。活気溢れる市場で川沿いまで続いています。時間があれば、ゆっくりと食事を味わいたい所です。
ホイアン市場 市場
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今度は、福建省出身の華僑商人たちによって交流の場として作られた「福建会館」です。
福建会館 建造物
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緑のアーチが広がる大通りです。
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ホイアンで一番の観光名所であると思われる「日本橋(来遠橋)」です。多くの人達が集まっています。
来遠橋 (日本橋) 建造物
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16世紀末の朱印船貿易時代に、ホイアンには多くの日本人商人が住む「日本人町」が作られていました。
この橋は隣接していた日本人街と中国人街を繋ぐ橋として作られたそうです。日本の歴史の中でも、明治時代迄に、世界に進出していた時代があったのですね!
もし徳川幕府が鎖国政策を取らなかったら、日本はどんな国になっていたのでしょうか?来遠橋 (日本橋) 建造物
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石造りの橋脚に木造の屋根が架けられています。日本と中国の建築様式がどちらも取り入れられていて、全体的な屋根や装飾などは中国の建築様式が色濃く反映されています。
来遠橋 (日本橋) 建造物
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中央に建てられたお寺の部分には日本的な反り橋の構造が見られます。
なお、橋の両端には、猿と犬の精巧な石像が安置されています。来遠橋 (日本橋) 建造物
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橋からはホアイ川が見えますが、昔の人も同じような光景を見たのでしょうか?
来遠橋 (日本橋) 建造物
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日本橋から西に向けて暫く歩くと、朱印船のレプリカが展示されていました。長崎県から寄贈されたものだそうです。
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舟の横には、日本風の鳥居もありました。日本から遠くに離れた、この場所にも、昔、日本の文化が根付いていたのですね!
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「ホイアン アイビー ホテル」です。ホテルの前はシャトルバスの乗車場所にもなっています。
ホイアン アイビー ホテル ホテル
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「ホイアン アイビー ホテル」から歩いて数分の所に宿泊先の「ホイアニアン・セントラル・ヴィラ」があります。
部屋数は少なくて、バルコニーやテラス付きの客室があるホームステイスタイルの宿泊施設です。韓国人の旅行者もよく利用されているらしく、女性支配人の方は英語以外にも韓国語も少し話されます。
「ミーソン遺跡ツアー」のお迎え時間まで40分程あるので、西瓜ジュースを注文して寛ぎました。ホイアニアン セントラル ヴィラ ホテル
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英語ガイドツアーと日本語ガイドツアーのメリット、デメリットは色々あります。しかし、今度の場合、午後ツアーはこの英語ガイドツアーしか探すことができませんでした。
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ミーソン遺跡までは約1時間のドライブで、トゥボン川を渡ると15分程度で到着です。
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「MY SON」は、英語読みして「ミーソン」ではなく「マイ サン」と発音しそうになります。
ベトナム語はラテン文字(アルファベット)をベースにした「クォック・グー(Chữ Quốc ngữ)」という独自の表記体系を使用しています。ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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ミーソン遺跡では、ゲートから遺跡群の入口まで電動カート(電気自動車)で移動します。
今度のツアー参加者は、イギリス人夫妻、フィリピン人夫妻、メキシコ人2名と私を含めた、計7名でした。
皆さん、もちろん英語がお上手ですが、私はベトナム人ガイドの専門的な史跡説明はあまり理解できませんでした。まぁ、仕方ないです!ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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ミーソン遺跡は4世紀から13世紀にかけて栄えた古代チャンパ王国のヒンドゥー教の宗教的・政治的中心地で、赤褐色の建物が特徴です。
中世に、チャム族と激しく争ったのは、クメール人(クメール族)でした。2年前に訪れたアンコールトムでは、チャム族との争いがレリーフされていましたが、ミーソン遺跡では争いに触れた遺跡は見当たりませんでした。ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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セメントなどの接着剤を使わずにレンガを積み上げて作られた古代の塔や寺院群が残されています。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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ミーソン遺跡は、アルファベット順にグループ分けされており、主要なAからHに加え、KやNなどのグループが存在します。
入り口側から「K → N → E・F → G → A → B・C・D → H」の順、またはその逆ルート(半時計回り)で巡るのが主流だそうです。
しかし、私は前もってよく予習していなかったのこともあり、何処にどのような特徴の建物があるのか、どのコースを進んでいるのか、よく分かりませんでした。ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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これはレンガ造りの古塔(ヒンドゥー教寺院跡)のようです。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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赤レンガ造りの祠堂(寺院跡)のようです。東南アジア全般では、地理的にインドよりも中国の方が近い距離にあるのに、宗教や文字、建物等ではインドの影響の方が大きいと感じることが多いのは興味深いですね。チベットもそうかもしれません。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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サンスクリット語やチャンパ文字が刻まれた石碑です。
現在でも完全には解読されていない部分が多く残されているとのことです。ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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中央に多数の腕を持つヒンドー教の神が表され、下部にはマカラや踊る人物などの装飾が施されています。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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赤レンガの階段と、石造りの門(タワー・テンプルなどの構造物の一部で、保存状態が良いB·C·Dグループにあったと思います。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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ベトナム戦争時の空爆や砲撃によって一部が破壊されましたが、現在も修復・発掘作業が進められているそうです。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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赤レンガ造りの祠堂(寺院)です。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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時々、雨が降り注ぐ中での見学でした。この休憩所の向かいに、チャム族の伝統舞踊を行う舞台があります。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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チャム族の伝統舞踊の公演が始まりました。頭の上に壺を乗せた女性たちが、赤い伝統衣装で優雅な踊りを披露しています。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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今度は、赤い衣装と特徴的な冠を身につけたダンサーたちが、シヴァ神などに捧げる優雅な踊りを舞台で演じています。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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照明でいろんな色に変化します。異国情緒があふれ出る壮大なステップでした。
ミーソン遺跡 史跡・遺跡
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トゥボン川の河口からアン・ホイ島までのボートクルーズが始まります。
トゥボン川 滝・河川・湖
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だんだんと暗くなって来ました。
トゥボン川 滝・河川・湖
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アン・ホイ島が見えて来ました。
トゥボン川 滝・河川・湖
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アン・ホイ島に上陸すると、ホイアン·ナイト·マーケットを見学することができます。ここで、ツアーの解散ができました。
ナイトマーケット 市場
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ちょうど、ランタンを背景にモデルの写真撮影が行われていました。
ナイトマーケット 市場
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こちらはベトナムの方でしょうか? ・・・は、やはり得ですね!
ナイトマーケット 市場
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アン・ホイ橋を渡って旧市街地に向かいます。
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川面には無数のランタンを灯した手漕ぎボートや灯籠流しが見えます。
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色彩やかなランタンが彩る幻想世界ですね!
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夜になってライトアップされ、幻想的な雰囲気に包まれた「日本橋」です。
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ホテルへの帰りに、コンビニに寄りました。そうすると、日本のカップ焼きそばの様な商品がありました。
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「ものは試しに」が私の信条で、酒のツマミにいただきました。味付け、スパイスはかなり異なりますが、日本の焼きそばのようなものでした。
それでは、明日に備えてお休みなさい!
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