2026/09/02 - 2026/09/02
137位(同エリア153件中)
alchemistさん
- alchemistさんTOP
- 旅行記574冊
- クチコミ18件
- Q&A回答2件
- 766,635アクセス
- フォロワー67人
今回の北海道旅行を考え始めたとき、目的地は最初から一つ決まっていた。新十津川町にある五十嵐威暢美術館「かぜのび」である。
五十嵐威暢さんが亡くなったあと、彼の作品はどう残されているのか。そして、それを残そうとしている人たちは何をしているのか。作品を見るだけではなく、その場所と人に会いに行きたかった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ホテル三浦華園のロビーラウンジには、五十嵐威暢の代表的作品シリーズ「こもれび」のインスタレーション。
自然界の生き物が踊る姿をイメージして、即興で合板をカットアウトした作品だ。
照明の効果で光の森ができあがる。ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
イル チエロで朝食。
サラダバーで、「ラーメンサラダ」を作れるのが、いかにも北海道。イル チエロ グルメ・レストラン
-
鮭の三平汁も北海道名物。
イル チエロ グルメ・レストラン
-
滝川の北に位置する幌加内は日本有数の蕎麦の名産地。
滝川にある福祉施設「新生園」のあいがもはふるさと納税の人気産品だ。イル チエロ グルメ・レストラン
-
北海道は今や新潟に次ぐコメの生産高を誇っている。
イル チエロ グルメ・レストラン
-
イル チエロの天井にも「こもれび」の作品が吊られている。
イル チエロ グルメ・レストラン
-
今日訪れるのは新十津川町にある五十嵐威暢美術館「かぜのび」。
公共交通機関ではたどり着けないので、タクシーで行くつもりだったが、
五十嵐威暢美術館かぜのびの山岸正美理事長が車で送ってくれるという。
ただし、山岸さんは札幌から車で来るので、待ち合わせは11時だ。ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
このホテルの随所に五十嵐威暢作品が飾られている。
午前中に作品をチェックしよう。
粘土のバーを前に新鮮な気持ちで自由に造型を生み出したと本人が語る、
この作品のタイトルは「や、や、や」だそうだ。ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
数種類の木を彫刻し積層した作品。
「ふたつの川の流れ」ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
「アスパラガス」だそうだ。
ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
ニューヨークのMOMAで売られている作品や、ポストカードも展示されている。
ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
山岸理事長と一緒に、長年五十嵐さんのアシスタントを務め、没後は日本各地で開かれている五十嵐さん関連の展示会をマネージしている羽田麻子も一緒だ。
まず、ランチを取ろうということで、滝川にある人気スープカレーの「おおげつ」へ。
昨日に続くスープカレーだったが、山岸さんは最初からこの店を考えてくれていたようだ。おおげつ グルメ・レストラン
-
舞茸天とチキンカレーに納豆を追加した。
そもそもこの店は江別の田んぼの中にポツンと佇んでいた伝説的名店「ママズキッチン」が滝川市内に移転して営業している店。五十嵐威暢氏や周囲のクリエイターは、まずここでスープカレーを食べる前提でスケジュールを組んでいたという。おおげつ グルメ・レストラン
-
滝川市の西を流れる石狩川を渡ると、そこはもう新十津川町。
石狩川を渡り終えた四つ角にあるのが金滴酒造。三浦華園にあった「北の誉」を作ったのがこの造り酒屋だ。
名物の檸檬マフィンを買いに遠くから客が来るというameyukiに立ち寄ったものの、定休日で空振り。ほどなく目的地に到着した。 -
ここは廃校となった旧吉野小学校。
新十津川町は、1889年の大水害で被災した奈良県吉野郡十津川郷の人々が北海道へ移住し、母村にちなんで「新十津川」と名付けた町。
徳富川上流部へ入植した移住者たちはその出身地から「吉野団体」と呼ばれ、やがてそれがこの土地の地名として定着した。 -
五十嵐威暢は廃校となった旧吉野小学校を新十津川町から借り受け、彫刻を制作するアトリエとして使っていた。
五十嵐はデザイナーから彫刻家に活動の幅を広げたが、彫刻家は素材を扱うため広い工房が必要なのだ。 -
五十嵐威暢没後、この施設は「五十嵐威暢美術館 かぜのび」として公開され、一般社団法人五十嵐威暢美術館かぜのびが指定管理者として運営している。
積雪の多い地域だけに冬季は休館。公開期間は4月末から10月末までだ。 -
入り口前で、右が一般社団法人五十嵐威暢美術館かぜのび山岸正美理事長。
その左隣が、長年五十嵐さんのアシスタントを務め、没後は五十嵐展の準備で全国を飛び回っている羽田麻子さん。 -
「かぜのび」の建物は、103年の歴史を持つ旧吉野小学校を 改修したもの。
その歴史を象徴し、103個の石が校舎に向けて重なり「平行記念碑」を作っている。
イサム・ノグチ逝去後に、モエレ沼公園のランドスケープデザインを作り上げたキタバランドスケープデザインの斎藤浩二さんたちが、近隣のダム工事の現場に頼み込み、石をもらって運び込んだそうだ。 -
少し離れたところに、太郎吉蔵の外構に置かれていた石があった。
こちらは、地元滝川の山崎石材がクレーン車を出して運搬・保存してくれたという。 -
イチオシ
校舎の前から「平行記念碑」を見ると、恐竜のように石が連なっている。
-
で、この門を通って「かぜのび」に入っていこう。
-
スリッパに履き替えると、二階建ての校舎。
一階が美術館として使われており、二階は立ち入り禁止だった。 -
ゲート越しに振り返ると、「平行記念碑」が一直線に続いている。
-
受付スペース。
入館料は300円。
町営の施設だけに、他施設とのバランス上、料金は押さえられている。
運営にあたっての最大の悩みのようだ。 -
イチオシ
カフェギャラリーで企画展をやっていた。会館期間中1カ月程度の会期で6本ほど企画展を展示している。
-
今日、最終日を迎えたのが、山岸理事長の「ヤマギシマサミの朝活絵画展」。
紋別生まれの山岸さんは、東京の広告会社から北海道に戻り、北海道のアートシーンをリードし続けてきた。国際短編映画祭や札幌スタイルなどの仕掛け人として大活躍。
忙しい日々を送る中、早朝を創作時間として確保し、絵画に筆を染めている。 -
動植物や食べ物を題材とした小品が魅力的。
-
展覧会開催中にみんなで絵を描くワークショップも開催している。
-
かぜのびの大畠館長とツーショット写真。
大畠さんの事務処理とマネジメント能力がなければ、到底回しきれないというのは山岸さんと羽田さんの実感。 -
スダチそうめんを描いた逸品を記念に購入。
-
五十嵐威暢は1944年滝川に生まれ、中学の時東京に転居。多摩美術大学からUCLAに学ぶ。ニューヨーク近代美術館のカレンダーデザインや企業のCIなどを手がけ国際的な評価を確立した。
50歳の時、グラフィックデザイナーとしてのキャリアに区切りをつけ、ロサンゼルスへ拠点を移して彫刻家としての活動に専念。
2011年からは母校多摩美術大学の学長も務めた。2025年80歳で逝去。 -
五十嵐さんとは、サントリー、王子製紙、TBSなどの仕事でお世話になる一方、2000年代に「アートチャレンジ滝川」の活動をご一緒した。
-
グラフィカルな年譜が掲げられている。
-
アクソノメトリックな3次元のグラフィックやタイポグラフィに特徴があり、ひところのPARCOロゴも彼の作品だ、その縁で没後、心斎橋PARCOで展覧会も開催された。
-
数種類のテラコッタを、心の赴くままにリズミカルに削り、それを積層して壁面を構成する手法はホリゾンタルフィーリングと名付けられている。
-
イチオシ
札幌駅のJRタワーの最上階の展望スペースT38。西側壁面を飾る五十嵐威暢作品「山河風光」もこれと同じホリゾンタルフィーリング手法で作られている。
-
イチオシ
障子を思わせる南の窓から差し込む柔らかな光が、作品に陰翳を与えている。
-
イチオシ
かぜのびの北寄りにある講堂に置かれているのが「こもれび」の巨大な作品。
-
講堂の名残の舞台と幕が残っている。
-
自然界を彩る生き物の姿をイメージして、即興で合板をカットアウトした作品。
-
アクソノメトリック・タイポグラフィという手法で描かれたアルファベット。
五十嵐さんはデザイナーでありながら、建築家が用いるドラフターと呼ばれる製図板を使い、垂直・水平・斜めの直線を自由に引いて作品を作り上げていった。 -
アルファベットを使ってはこんな作品も作っている。アルファベットを切り出した金属板に角度をつけ、ユニークな影を生み出している。
-
1990年だったと思うが、ロサンジェルスにある五十嵐さんの自宅兼アトリエを訪れたことがある。アップルのマッキントッシュが出たばかりのころだ。
当時、CADにのめり込んでいた五十嵐さんから、アルダス社のフリーハンドというグラフィックソフトアプリの手ほどきを受けたことがある。
思えばあれが、ぼくがお絵かきソフトに取り組み始めた最初だった。 -
平面と立体のはざまを行き来していた五十嵐さんは、やがて平面デザインから立体彫刻に軸足を移していったのだ。
-
イチオシ
ホリゾンタルフィーリング手法を用い、細長く加工した木材252本を水平に並べている。しかも単一樹種ではなく、色味や木肌の違う 5種類の木材を使用し、それぞれを削り、一部を彩色して組み合わせている。
作品名は 《Shintotsukawa Melody(シントツカワ・メロディ)》。
田畑を写実的に再現するのでなく、木材一本一本を音のように重ね、新十津川の土地のリズムをつくり、メロディを感じさせる。 -
平面の板を組み合わせて立体に至る作品もある。
-
大畠館長からお茶のお誘いがあり、スタッフやたまたま在廊していたアーチストと歓談。
-
職員室はいまは事務室として使われているが、五十嵐さんはここをメインのアトリエとして使い、教室や講堂で大物を制作していた。
-
五十嵐さんは几帳面だから、すべてが整理整頓されていたが、いまは、かなり乱雑になっていると羽田さんが笑っていた。
-
五十嵐さんは日本の伝統工芸に関心があり、各地の産地に手紙を出し、高岡の銅器や信楽の焼き物作家などと協力してさまざまなトライアルをしている。
-
こんな金属加工機を使うなんて、グラフィックデザイナー時代は考えられなかっただろう。
-
この作品は覚えているぞ、北海道滝川市の一の坂西公園にあるDragon Spine(愛称:ニョキニョキ)というモニュメントの模型だ。
2004年の除幕式に立ち会っているし、後年、多摩美術大学構内でも小型版を見ている。 -
こもれびで切り抜いた合板が並んでいた、何かのワークショップで活用しようとたくらんでいる模様。
-
壁には、落書きだろうか、何らかの意図があったのか、五十嵐さん自筆のフォルムが残っていた。
-
山岸さんの展覧会に続き、あさってからは羽田さんのアクセサリー展が開かれる。
-
山岸展の撤去の後、スーツケースいっぱいに詰めてきた、展示作品の梱包をほどく。
-
アクセサリーということで、思わず知らず女子会が盛り上がってしまった。
-
時ならぬ品評会だ。
-
妻の希望で2品を予約。
-
滝川には伝説のバーブラジルがある。
デザイン会議が開かれた後、参加者たちが必ず立ち寄る店がバーブラジルになっていた。転職の都合でデザイン会議に出られず、フェースブックで見ていたこの店は、懐かしい未訪問の店なのだ。 -
札幌に帰る山岸さんと別れ、羽田さんがバーブラジルを予約していてくれた。
この店を創業した、マスターの祖父がブラジル移住を考えていたため、バーブラジルになったとのこと。
創業70周年セールの準備中にその3年前に創業していた事実が判明し、山岸さんが「70周年プラス3」の記念ジンボトルのラベルをデザインしてくれたそうだ。 -
自家製のすだちを加工。リモンチェッロにならって「すだちチェッロ」と名付けたリキュールをソーダで割ったすだちサワー。
おつまみは厳選ベーコンと生ハムの前菜盛り合わせ。 -
夕食をここですますべく、ママが「清野さんのトマトソース+自家製サルシッチャのスパゲティ」を作ってくれた。
-
消費者金融大手「プロミス」の創業者の神内良一氏は、100億円超とも言われる莫大な私財を投入して、浦臼に陣内ファーム21を作った。
陣内氏は、よく滝川にも足を運んでいたが、この店にも来たことがあるそうだ。
プロミスの仕事でお世話になったことがあるので、なぜか懐かしい。 -
店を出るころには外は豪雨になっていた。
羽田さんは大畠家に泊まるということで、大畠館長が迎えに来てくれる。
大畠さんの車に同乗させてもらい、三浦華園まで送ってもらった。
羽田さんはそのまま大畠家へ。
バーブラジルでの会話では、三浦華園が岩瀬牧場と交渉し、そのソフトクリームをホテルで提供するようになったという話が出ていた。ホテル三浦華園 宿・ホテル
-
ホテルに戻るとまっすぐイルチェロへ。
時刻は20時27分。オーダーストップは20時30分だったが、「まだ間に合います」となり、岩瀬牧場のソフトクリームにありついた。ホテル三浦華園 宿・ホテル
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ かぜのび旅
0
67