2026/08/28 - 2026/08/30
1464位(同エリア2226件中)
14mさん
この旅行記のスケジュール
2026/08/28
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リッチモンドホテル高知
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TOSA WAGYU あか
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串カツ田中 高知店
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十刻
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らーめん チョンマゲ 高知本店
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坂本龍馬誕生地
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コレンス
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トラットリア トロドーロ
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絵金蔵
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赤れんが商家
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西鉄イン高知はりまや橋
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日高村
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とまとすたんど
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牧野富太郎ふるさと館
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この旅行記スケジュールを元に
高知たび
絵金、龍馬、佐川町、
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宇和島城入口に立つ児島惟謙
宇和島城下の堀端(現在の宇和島税務署付近)で、下級武士・金子惟彬の次男として誕生。青年期には剣術の才能を現し、坂本龍馬や五代友厚ら勤王倒幕の志士と深く交流しました。脱藩を機に「児島惟謙」を名乗るようになります。児島惟謙銅像 名所・史跡
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児島惟謙
幕末に宇和島藩の藩士として生まれ、後に最高裁判所の長にあたる大審院長を務めました。1891年(明治24年)に起きた大津事件(来日中のロシア皇太子が切りつけられた事件)の際、政府からの激しい政治圧力を退け、法に基づく公正な裁判を行い「司法の独立の父」として歴史に名を残しました。児島惟謙銅像 名所・史跡
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龍馬の生まれたまち記念館
ガイドさんと90分ツアー
ガイドのTさんは歴史好きで、楽しそうに解説してくれて楽しい時間を過ごせた。質問にも当意即妙で対応してくれて、今まで以上に龍馬と高知を好きになった。
鏡川には立派な堤防があり、当時の家老がエリア毎に管理していた。現在では川と桜並木のある高級住宅地となっている。
上士と下士の居住エリアは太い堀によって厳格に分けられていた。下士たちは金を出し合い、鏡川から上町に水を引き入れた。その川の前に坂本家の巨大な住宅があったが、1945空襲で焼け野原となり、今は上町医院が建っている。坂本龍馬誕生地として石碑があり、吉田茂の名が刻まれている。
江戸時代の町の区画はいまでも色濃く残っていてロマンが感じられる。高知市立龍馬の生まれたまち記念館 美術館・博物館
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龍馬の生家跡地
坂本龍馬誕生の地 名所・史跡
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香南市赤岡といえば絵金
絵金蔵 美術館・博物館
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絵金蔵
絵金蔵 美術館・博物館
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幕末土佐の天才絵師、金蔵1812-1876の独特な画風は、江戸から距離のある土佐だから成立したのかも。素人目としても絵の天才。北斎に通じる画才を感じる。派手な色使い、派手な構図、素人でも理解しやすい人情の表現、作品の隅々に施された遊び心とユーモア。1日でファンになった。
絵金蔵 美術館・博物館
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幼い頃に才能を見出され、駕籠持ちとして江戸に行くチャンスを得た。そこで文化を吸収して土佐藩のお抱え絵師となっていた。しかし贋作事件に巻き込まれて土佐から追い出され、絵金の作品は廃棄された。空白の10年の後、叔母を頼って香南市に転居した。
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当時の赤岡は商家の町として栄え、高知を上回るほどだった。ここで絵金の屏風絵がバズった。氏子たちはこぞって絵金の屏風を注文し寺に奉納した。屏風は氏子が保管し、夏祭りでは競うように屏風を公開した。第二次世界大戦中にこの夏祭は絶えたが、1977年、町おこしから土佐赤岡絵金祭りとして蘇った。毎年7月第3土日に開催される。
絵金蔵 美術館・博物館
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熟したゴーヤはフルーツのように甘いらしい
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赤れんが商家
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はりまや橋裏の川沿い
西鉄イン高知 はりまや橋 宿・ホテル
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日本三大がっかり
はりまや橋 名所・史跡
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高知城
高知城追手門 名所・史跡
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日高村といえばオムライス街道
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日高村にある現代企業社でアート
レストラン高知 グルメ・レストラン
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美術館の外観
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水彩画の色使いがすき
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いい
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美術館の外スペース
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気になる
めだか池ギャラリー グルメ・レストラン
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高知県佐川町(さかわちょう)にある「町並み模型展」は、地元の模型作家・栗田眞二さんが制作した超リアルな歴史的建造物の模型が並ぶ、隠れた大人気スポットです。
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牧野富太郎 ふるさと館
受付のおばあ様がおじぎ草を体験させてくれた
植物が好きで自宅に多くの草花を育てている
牧野富太郎1862-1957は裕福な酒造業・商家「岸屋」に生まれ、幼くして両親と祖父が次々と他界。血の繋がらない祖母に溺愛される。藩の塾で学び、明治になって小学校入学するがレベルが低すぎて2年で自主退学した。学校を辞めた富太郎は、地元の横倉山などに毎日通いつめ、大好きな草花の採集と観察、そして海外の文献を読み漁ることで、独学で植物学の基礎を身につけました。
22歳で2度目の上京。東京大学理学部の植物学教室への出入りを許され、大学の文献や標本を使って研究に没頭します。
「ヤマトグサ」の命名(1889年)
自身が創刊に携わった『植物学雑誌』にて、土佐で発見した新種を「ヤマトグサ」と命名して発表しました。これは日本人が初めて国内で新種を認識し、自らの手で学名をつけた歴史的な瞬間となりました。
小卒の学歴で東大勤務
1893年から助手として東大に正式採用。1912に講師へ昇格し、定年制がないこともあり1939年77歳まで東大生を指導した。
実家の破産と底を突く研究費
研究や文献の購入、豪華な植物図の自費出版に全財産を注ぎ込んだため、実家の「岸屋」は破産。大学の助手としての薄給では足りず、富太郎は常に莫大な借金を抱え、家財道具を差し押さえられる日々が続きました。
妻・寿衛(すえ)の献身
そんな彼を支えたのが、東京で出会った妻の寿衛でした。借金取りの対応に追われ、生活がどれほど困窮しても「あなたの研究を辞めさせない」と家計をやりくりし、夫を研究に送り出し続けました。
スエコザサの惜別
富太郎の最大の理解者だった寿衛ですが、54歳という若さで病に倒れます。13人の子を産み育てた負担もあるだろう。富太郎は悲しみのなか、仙台で発見した新種のササに、妻の名前を刻んだ「スエコザサ(笹)」という学名を贈り、深い感謝と愛を永遠に留めました。
『牧野日本植物図鑑』の刊行(1940年)
78歳の時、彼の集大成であり、今なお日本の植物学の聖書として読み継がれている図鑑を完成させました。
94歳までの現役
旧制小学校中退の経歴ながら、のちに理学博士の学位を取得。晩年は、一般の人々や子どもたちに植物の楽しさを伝える活動に尽力し、1957年(昭和32年)に94歳で亡くなる直前まで、全国を巡り標本を採集し続けました。没後には文化勲章が授与されています。牧野富太郎ふるさと館 名所・史跡
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古い汽車
うえまち駅 名所・史跡
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レトロで豪奢な客室
うえまち駅 名所・史跡
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佐川文庫庫舎(旧青山文庫)
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旧浜口家住宅の裏口
旧浜口家住宅 名所・史跡
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佐川町立青山文庫
ガイドさんの熱量がすごくて楽しかった
龍馬の子孫が結婚した相手が偶然にも新撰組近藤勇の子孫だった。
10代目当主・坂本匡弘(まさひろ)さんの奥様が、近藤勇のルーツに連なる方。
かつて京都で敵味方として激動の時代を生き、一時は龍馬暗殺の疑いまでかけられた近藤勇。そんな因縁を持つ2つの家系が、100年以上の時を経て偶然の恋愛によって結ばれたという、まるで小説のようなドラマチックな実話です。
坂本匡弘さん自身が、結納のときまでこのつながりを知らなかったと語っています(AERAなどの取材で言及)。妻の家族はなんとなく知っていたようですが、本人や坂本家の父はかなり驚いたそうです
現在のお二人の間には息子さんがいらっしゃり、周囲からは冗談混じりに「新選組と倒幕派、両方の最強の血を受け継いでいる」と言われているそうです。佐川町立青山文庫 美術館・博物館
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別格第6番 龍光院
龍光院 寺・神社・教会
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立派です
龍光院 寺・神社・教会
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正面から
龍光院 寺・神社・教会
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龍光院から宇和島城
龍光院 寺・神社・教会
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ふむ
龍光院 寺・神社・教会
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宇和島駅前のヤシの木
宇和島市役所観光情報センター JR案内所 (宇和島駅 観光案内所) 名所・史跡
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蒸気機関車
宇和島鉄道SL1号機関車 名所・史跡
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蒸気機関車
宇和島鉄道SL1号機関車 名所・史跡
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ふむ
宇和島鉄道SL1号機関車 名所・史跡
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宇和島といえば闘牛
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