2026/08/21 - 2026/08/28
116位(同エリア276件中)
aokiさん
パミール高原越え(ドシャンベ~ワハーン回廊~オシュ)に興味があったが日程をきめて確実に一人旅できるようなものでもなさそうなので、①カシュガル~オシュ~ビシュケク、②タジク縦走、③カシュガル~タシュクルガン~パキスタン(唐代の高仙芝のギルギット攻略の道)、というように行きやすいところに何度か行こうと考えた。これはその1つめのもの。行きやすいといっても外国人に便利な定期便が発達しておらず、かなり苦労した。
トップ写真はオシュ~ビシュケク間のビシュケク寄り地点でロバが牛群の先頭役をしていたのだが、この後脱走して後方の丘に逃走、牛の群れは馬に乗った少年が引継ぎ、ロバは車にのったおじさんが捕獲して、脱走地点にまで搬送、そこから自分で歩かせた。中国からキルギスにはいってしばらくしてから家畜がたくさん見られるようになり、特に馬の数に圧倒される(乗用ばかりでなく食用にもなる)。
ソ連時代の民族境界画定を経て、現在のキルギスとカザフスタンの国境が形成され、ざっくりいえば山側はキルギス、平地側はカザフとなった。その後、カザフでは資源が多く産出され中央アジアでは突出した富と力を誇っているがキルギスとの関係は悪いというわけでもないようである。現在、経済的に中国の影響が強まりつつある(産業が限られるのでロシアへの出稼ぎ等での外貨稼ぎがGDPの2割)が、古来キルギス族(国旗の太陽光線数の40部族)は地の利を生かして独自の遊牧文化と部族的結合を保ってきたのでそうそう簡単には屈しないのではないか。
[追記]1990年代後半と30年近く前だが黒木亮・シルクロードの滑走路、の描写はすばらしい。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国南方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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21日夜は北京大興空港近くの美宸ホテル。空港は2019年開港、ザハ・ハディト設計とかっこういいが、ホテルは換気とか排水がかなり残念。翌朝からウルムチまで、これは日本→北京よりも時間がかかる。午後2時頃から地下鉄で国際バザールを見に行ったがつまらないのでGPTに教えてもらって華凌乾鮮果品市場に。季節の蟠桃やイチジクが珍しい。ぶどうやウリは安定のおいしさ。
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その後、DIDIのタクシーで紅山公園へ。東のほうに天山山脈がみえる。新疆といってもウルムチは漢族が大多数、翌日いくカシュガルはウイグル族が大多数と民族構成が全く異なる。
ざっくり古い道(シルクロード)と新しい道(アラタウ山をとおる中欧班列)とがあり、天山北路、天山南路がかなり重なる。北路側はあまり人口がなかったところ近年石河子など漢人比率の高い町が発達している。 -
20時40分ウルムチ発、翌日8時10分の緑皮電車Z6516 の軟臥で1万円ちょっと。Tripは使いやすくてありがたい(中国内のは広告がすごいほか、いろいろと不愉快な仕様が多いが国際版はとてもいいと思う)。
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21時ごろまで明るい。北京と同じ時間なので西にあると日没が2時間くらい遅い。新疆の風車はすごくて距離もだが奥行も見渡す限り風車で、人口10倍以上とはいえ発電量は日本の100倍くらいあるらしい。こういうところでないと風力発電しても引き合わないのでは。
コンパートメントの下のおじいさんはウイグル族で次男が生物学で東大に留学している由。コンパートメント横は英語教師というように、この軟臥はなかなかインテリ揃いでした。 -
この電車おどろいたことにカシュガルが終点ではなくホータンまでいき、しかも同乗の方がホータンまでだったのであやうくおりそこないかけた。23日朝8時10分着で飛行機も電車もきわめて正確。電車は日本のほうがすごいかもだが、飛行機は中国のほうが発着が正確なのではなかろうか。写真はカシュガル電車駅の西ちかくにあるバス停。右手に今回のホテル洞庭ホテル。中国内ホテルはtripが圧勝だがキルギスや欧州はbooking comのほうが強い。でもbooking comは以下にあるようにいろいろ問題があるので使えるならtripを使うようにしている。
新疆の旅行は2017年以降の規制の強化の話があったので、スマホを旅行専用(問題になりそうな写真やアプリはいれない。またチベットで予約したホテルがいきなり宿泊拒否したりした(お値段高めだったので外国人を扱えなかったよりは日中関係悪化が原因ではないかと考えている)ことがあったので、その点についても事前に照会しておいた)にする等かなり持ち物に注意していたが、ウルムチの時点でいわれているよりはるかに楽だった(町を移動していてチェックをうけることもなかった)ので、この時点でわりとリラックス。自分は中国語が全くできないよりはましな程度で細かいことは全くやりとりできない。最近はスマホアプリで翻訳やりとりを提案する人が都市部には多いが地方や高齢者になると慣れていない・画面が見えにくいでうまくいかないこともある。次のキルギスになると文字がわからない人もいる、何語ができるかも確実でない(母語キルギス語が重視されロシア語がかならずしも使われない)という問題も加わり、翻訳ツールも万能ではない。 -
いやに立派なバス停だが、そもそもここが出発地点だとわかるのが難しかった。というのは一般論として旅行ガイドがlonely planetや地球の歩き方といったものがcovidで弱くなり、新疆地区は規制もあって海外旅行者が減っている(中国人旅行者は増えているはず。国際バザールなど大盛況)ようで、ネット上の情報も少ないうえに錯綜しているからだ。
バス停も駅前のここと市中北西部のとがあるという情報があり、キルギス行がどちらからをまず詰める必要があった。これはネット上の情報からGPTが総合的に割り出してくれたのでこの駅前からとわかり、ホテルもこの近くにとれた。次に時刻をどう知り、またどう予約するかだが、時刻表は結局オンライン上に公式はなく、また旅行者記述ex. https://caravanistan.com/forum/viewtopic.php?start=110&t=1617&utm_source=chatgpt.comも一定しない(実際に変化も多いようだ。すこし古い公式がこちら。https://xjdrc.xinjiang.gov.cn/xjfgw/c112381/202303/0c682c2c819642eca0dd2107d676e5b3.shtml?utm_source=chatgpt.com 現時点では月曜をふくむ週2便10時発夜24時近く着くようだ(14時間くらい)。いずれも北京時間)。Wechatで援助してくれる人がいたので時間確認・切符確保自体はできていたが、相当に難しい(地球の歩き方に紹介された現地旅行社等にメール照会もしたが返答なし)。日程にゆとりがないと危ない。航空機その他でのエスケープも考えておく必要があろう。写真はカシュガルからのバスの値段と距離。こんな調子で時刻表があるとありがたいのだが。
国際バス以外にタクシーや車を乗り継いでいく方法がよくネット上に紹介されている。ただこれはそのときの運にかなり左右され、たとえばトラックに同乗させてもらえても通関に強烈に時間がかかることもあるようで、同日中にキルギス領内の宿泊しやすいサリタシュあたりまで到達できるかは確実でない。国際バスと違って朝早くからスタートし機会を逃さないようにするしかなかろう。
混同しやすいのがカシュガル→オシュとカシュガル→ビシュケクとがあることで、前者はイルケシュタム、後者はトルガルトを越えていく。以前はカシュガル→オシュ→ビシュケクというのもあり、それと混乱しやすいように思う。カシュガル→ビシュケク(出発は→オシュと同じ朝10時)は時間がかかる(カシュガル→オシュと走行距離はそれほどちがわないのに24時間前後かかりその差はおおむね手続き待ちのようだ)ほか、景色はイルケシュタム側のほうがパミール山脈東部(ザアライ山脈)がみえて風光明媚のようである。トルガルトは昔からある道だが(マカートニー夫人・カシュガル滞在記)フェルガナやパミール側には続かずナリン経由で天山北路につながるイメージ。陸運にはずっと使われていたが旅客向けでは近年なかった。 -
バス切符が確保できてほっとしたので、日曜日にだけ開かれる喀什牲畜交易市場livestock market(全体としては喀什牛羊大巴扎)へ。北西へ約15km程度、G314(帕米?大道)沿い。車で20分前後。Didiでよんだドライバーのアクバルさんが愛想よく、マーケットで自分もお昼するからとおりて案内してザクロジュース(2杯で5元)やマントウをおごってくれた。これは例のスマホやりとり(運転中はできないが)で日本人とわかりもてなしたくてたまらないからの純粋な好意なのではないか。食後すぐに仕事にもどっていった。ありがとう!
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家畜市場の広さじたいは20ヘクタール近くあり、動物をおいている箇所も相当広い。羊が中心だが牛も多く、このときは馬らくだやくといった動物はきわめて少なかった。豚はいない。大きなバンでどんどんはこんできて車をおいてそこから動物をはこんでいく。使役や育成用もあるが消費用主体なので見ていてなかなかつらい。羊も種類がきわめて多い。https://www.kashi.gov.cn/ksdqxzgs/c106719/202310/8cbd757e2b214e68ba70002de56269c0.shtml 中国全体では豚・鶏を中心に畜産の工業化・大規模化が進んでいるが https://global.chinadaily.com.cn/a/202412/31/WS6773a67aa310f1265a1d8544.html?utm_source=chatgpt.com、この地域では羊を中心とする伝統的な牧畜・家畜取引が強く残っている。
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観光中心の近くにある、でも地元の人向けのマーケット彩貝楽超市(Cǎibèilè chāoshì)。パンなどの種類も豊富。ただサマルカンドで昔たべたのにくらべてどうもここのはいまひとつぴんとこない。窯で焼きたてとかいった点が違うのだろうか。
ともあれ経済合理性、地理条件、政策的な文化保護、地域統治といった総合判断から、地域の生活様式や民族的慣行が一定程度残されているように思われる(大量観光客向けのそれはまた別)。
市場原理の強い資本主義国では市場統合と大規模農牧業の圧力が強く、地域固有の流通・生業はずっと壊れやすいだろう。中国を無条件に擁護するわけではないが、日米で流通する単純な抑圧国家像だけでは説明できない現実があるように思う。 -
翌日24日月曜日10時発。ザアライ山脈がみえてきた。ここでGPT先生に全体のルートの整理、位置づけをしてもらった。
旅行者目線で整理すると、こうです。
①パミール高原越えドシャンベ → ホログ → ワハーン回廊 → ムルガブ → クズル・アルト峠 → サリタシュ → オシュ。パミールそのものを縦断する道。
②カシュガル → オシュ
カシュガル → ウルグチャト → イルケシュタム峠 → サリタシュ → オシュ。
パミール北東端、ザアライ山脈を望む。現在の国際バスはこちら。2026年にも実地報告多数。
③カシュガル → パキスタン
カシュガル → タシュクルガン → フンジュラーブ峠 → ススト → フンザ。
カラコルム・ハイウェイ。これは南へ抜ける道。
④カシュガル → ビシュケク
カシュガル → トルガルト峠 → ナリン → ビシュケク。
パミールではなく天山を越える北寄りの道。現在も旅客バスあり。
そして貨物は別世界で、中国 → 欧州の大動脈、新疆から西へ抜ける鉄道貨物の二大ゲートが、①阿拉山口(Alashankou/Alataw Pass)と②霍爾果斯(Khorgos/コルゴス 霍城ではない)。
2024年にはこの2港で新疆の陸上輸出入貨物量の約7割、中欧班列の全国通過本数の過半を扱っている。中欧班列は2011年3月の重慶―デュイスブルク便から本格化している。
経路のイメージは、コルゴス → Altynkol → アルマトイ方面、これに対して阿拉山口 → Dostyk → Aktogay → アスタナ方面 → ロシア → 欧州。後者の北回りのほうが重要である(筆者注、カザフ首都はアスタナだが歴史的な中心はアルマトイ)。 -
(続き)
今回ややこしいのは、「歴史的に人が通った道」と「現在の旅客ルート」と「現代の貨物大動脈」がほとんど別物になっていることです。
昔の中央アジアの道は、都市とオアシスをつなぎながら、峠を越えて人・馬・隊商が動く道でした。だからカシュガルから見ると、南はタシュクルガンからフンジュラーブ、西はイルケシュタムからフェルガナ、北西はトルガルトから天山北側、さらにパミール内部へ抜ける道がそれぞれ意味を持っていた。地形と水場と宿営地がルートを決めていたわけです。
ところが今の旅客は、国境検問所がどこに開いているか、外国人を通すか、定期バスがあるかで道が決まる。地理的には近くても通れない、逆に遠回りでも制度上そこしかない、ということが普通に起きます。だから歴史地図を見ても、現代の旅行ルートは予測しにくい。
貨物はさらに別で、今は峠道の風情より鉄道・通関能力・積替設備・ロシアや欧州へ接続する幹線がすべてです。そのため歴史的なカシュガル周辺の峠より、はるか北の阿拉山口と霍爾果斯が圧倒的に重要になる。旅客として新疆南部を歩いていると、この二つはほとんど視界に入らないのに、現代のユーラシア物流を考えるとむしろ主役です。
つまり同じ「シルクロード」を見ているつもりでも、実際には
歴史=隊商路、現代旅客=国境制度、現代貨物=鉄道回廊
という三つの別の地図が重なっている。ここが一番面白いところだと思います。(終わり)
乗ってきたカシュガル→オシュ便のバスで中国のバスは下がみえやすいバックミラーが大げさな昆虫の角みたいでかわいい。日本は伝統的ミラーを電子画面で補助するほうに進化したので昆虫型を見かけない。 -
二車線、周辺の山々。景色だけで十分におもしろい。バスはこの日は10人ほど乗っており28人座席だったと思う(増発する感じでもなくだから多くの場合のれるが運がわるいと売り切れるだろう。春節などは当然。また土日祝は通行止め)。595元とけっこう値段がするが、利用者はウズベクのおばあさんとか、中国人旅行者とか、中国人仕事客(たぶん)とかさまざま。そうお金持ちそうでもない。
この区間、カシュガルから飛行機でいこうとすると直行はほとんどない(週2便 月金)のでウルムチ経由となり結構面倒くさい。自分での車手配も不可能ではないが、特にキルギス側は旅行者にはむずかしそう。 -
ザ・中央アジアの山、な感じ。さてお楽しみの手続きですが、体験した限りでのポイントは(多く言われていることに比べ)中国側そんなに悪くない、キルギス側そんなによくない、であった。
まずウルグチャットで外国人(と香港台湾マカオ)がチェック、そしてその先でこれらが荷物チェック。そしてイルケシュタム口境(国境の中国側)で中国人が出境チェック。いずれもスマホをしつこく調べるとかは乗客についてはなかった。
横目にみえている貨物は状況が全く異なり、検査のための列が微動だにしない状態が長時間続いていた。
国際バスが朝10時発と出発がおそいのは、推測だが中国側出境が(13時頃から?)16時まで休みだからかなと思う。とにかくキルギス側に出るのが相当に遅い。なおキルギスにでるとキルギス時間で2時間遅くなる。北京時間だとオシュ着が24時ごろになるがキルギス時間なら22時程度という感じ。
手続き関連施設の写真は撮影禁止。 -
キルギス側。たしかに山の感じとかも中国側と違うのだが、それ以上に道の状態とか建物の違い、表示がキリル文字であること、といった違いが大きい。このあたりはまだ家畜はあまりいない。
夜遅くオシュの停留所につく。ここからが悩みで、移動はyandex goでいけるとわかっている(電波はpovo海外やau国際ローミングでいける)が、キルギスソムがここまでで両替できるところがなかった。だがそこはATMが非常に発達していて(plus やcirrusマークのあるものを狙う。カードキャッシングや三井住友グローバルパスが使える。有人両替はさすがに閉まっていた)すぐお金5000ソム(だいたい1ソム日本円1.8円)調達できた。
実はドルも相当流通しており個人にドルで払ってもそれほど困らないようだが、ソムしか受け付けないというのが建前のようである。
booking comでみつけたアスマンゲストハウスに夜11時ごろについて、次の日朝5時にでて6時台のマルシュルートカ(乗り合い小型バス 1300ソムくらいと激安)を狙う。アスマンさんがそれをなんとかしてくれるといっていたので予約しておいてくれたのかなと思っていたが、そこまではしておらず、ただ次の日の朝にしっかり私を起こして。タクシーにバス乗り場までいくよう指示してくれた(複数あるのでこれは大事)。
オシュにはメインバスターミナルが新旧があり、新しい方が市北西部、環状道路沿い(Kyzyl-Kyshtak寄り)、旧バスターミナル(旧というが現役)は市中心部寄りでサリタシュ方面などに使われれる。自分がカシュガルからついたのは新、オシュから出たのが旧と、なかなかにむずかしい。
アスマンさんのところはbooking comで評判がよかったし、実際親切なのだが、ここにかぎらないが自宅をつかっての民宿で、入口が結構わかりにくい(門の呼び鈴とか開け閉めとか)し、深夜だとさらに難しい(登山用ヘッデンが役立った)。とりあえず遅くつくということを通知しておき、また電話は難しくてもwhatapp等でなんとか連絡できるようにしておくとよいと思う。
ここで親切な日本人女性が待っていてくださった。ビシュケクの大学で日本語を教えている方で、これまでウルムチ、パキスタンでも教えられてきた由。上のパミール越えの道の情報まで教えてくださった。うれしかった。 -
翌日25日のマルシュルートカ。安いだけあってたしか20人くらい乗れるのだが最後尾4人の席しかなくせまくて横がはみだしてくるので足がつらかった。乗客(女性の用事でのという感じの人が多い。服装からみて地元がほとんどと思われる)も英語ができる人がいなく、スマホでの会話もしたくないみたいな感じで、その意味ではつまらなかった。運転手も英語がまったくできず、スマホでのやり取り(ロシア語)も難しい感じ。休憩が多くオシュ5時半発、ビシュケク到着は20時ごろ(14時間以上)だったが、休憩が3時間はあったと思う。
マルシュルートカは多発だと聞いていたが朝5時すこしについてからこの車が1台ときれいなSUV1台がとまっているきりで、SUVと交渉するのが面倒(それに人が集まらないと買い切りになる)なのでマルシュに1人だからとねじこんだ。これあとから考えると非常にもうしわけなくて最後尾4人席が3人のところに1人加わる形でとても狭くなったのである。でもこれを逃すとたぶん1時間以上悪ければ2時間は遅れたと思う。
マルシュルートカは高齢女性のような客が多いので運転が丁寧でゆっくりなのだと思う。旅行記をみるとSUVを雇って運転が荒く怖かったというのが多い。季節にもよろうが全体に道状態はよかった。 -
オシュ~ビシュケク間の見どころ
オシュ~ジャララバード:フェルガナ盆地。低地で町・畑が多い。
タシュ・クムル~カラ・クル:ナリン川沿いの峡谷地形。山が迫ってくる。
トクトグル貯水池(写真):標高は900m前後。
チチカン峡谷:トクトグルから北へ入る細い山峡。ここから一気に高山らしくなる。
アラ・ベル峠:約3,180m。道路がそのまま峠を越える。この区間の明確な高所。
スーサミル高原:標高2,000m超の広大な草原・放牧地。いかにもキルギスという景色。家畜だらけ。トップの写真はここ。
トゥー・アシュウ峠:峠自体は約3,586mだが、現在の道路は約3,200mのトンネルで抜ける(前日の最高地点はイルケシュタムあたりで3700メートル、パルスオキシメーターが78をたたき出した)。ビシュケク側に九十九折。でもまわりの人をふくめげろげろはなかった。運転がとてもよかったとおもう。
チュイ盆地へ急降下→ビシュケク。 -
ユルト。高地の夏営地(jailoo)には今もユルトが出る。家畜を連れて夏の放牧地へ上がる羊飼いの季節住居。モンゴルのゲルとの相違は、キルギスのユルトはフェルト装飾や内部の織物がより華やかで、モンゴルのゲルは白い外観が典型的という程度。どちらも木の格子壁+放射状の屋根骨+中央の円形開口部+フェルト覆いという基本は共通。中央アジアからモンゴル高原まで続く遊牧文化の共通性がよくわかる。分布図 https://geography0123.com/936/ger/ キルギス、カザフ、モンゴル、アルタイあたりがつづいている一方、ウズベクはオアシス定住文化が強く、パキスタン北部は山岳牧畜でも住居形式が別系統となる。
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ビシュケクについたのが20時ごろでしかも町中心から西に10キロ以上あるところ。運転手にここが終点かと確認したら「公共バスにのれ」とかいうのでそりゃむりだとおもってホテル(ビシュケク2駅近く)までyandexで。このときはもう現金ソムがあるので安心して使えた(注文はアプリ、支払いは現金という指定が可能)。yandexでのドライバーはおおむね簡単な英語はしゃべるし車はきれいだし丁寧だし本当にありがたい。かなりチップをつけるようにしたらすなおによろこんでくれて車をつける場所をちょっとよくしてくれたりする。
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ビシュケク2駅(ここが面倒でビシュケク1駅と2つある。しかも番地が1 Erkindik Boulevardなので迷う人が結構いるのでは)から1キロほどのcompassという宿をbooking comで予約。一泊40ドルくらいだったか。事前のやりとりがあまりうまくなく、英語だから仕方ないとかおもっていたが、現地に着くと①これ絶対にふつうわからないよねといういりくんだところにあり、②しかも受付の少年は寝ている(しかも施錠鍵のPIN,わたしの間違いでなければ事前に知らされなかった)、③朝ごはんは8時から(ツアーが8時からなので間に合わない)、④エアコンなしバストイレ共同と、ちょっと値段にあわない内容だった。しかし駅徒歩圏で見つけられなかったし清潔なのでよしとおもう。
あとこれはbooking comの問題だが、ホテルの支払いが40USDですドルで払えというようにでてくるが実際にはソムしか受け付けないようで(おおっぴらにUSDをうけてはいけないのではなかろうか)、なるほどキルギス現地住民もドルソム両替は可能なのだが、ドル現金をもたねばあるいはもっているから安心ということはないと思う。
ビシュケクではタラス(高仙芝の唐軍とアッバースイスラムとの戦いがあった)にいきたかったが手配が難しく、Viator下のnomad budgetツアーというところのツアーに26,27の2日間とも参加。自分で動くのが公共交通機関では至難だからだが幸い内容がとてもよかった。この手ツアーは人数が多くてゆっくりでつまらないことが多いが今回は大当たりだった。
朝8時に駅でピックアップ、ヒュンダイのgrandeur(人気モデル)の自家用車をつかったガイドさん(高校教師でキルギスの公務員給料が低いので夏休みはガイドなどのバイトが一般的なようだ)が丁寧親切にガイドしてくれた。お客は他に年配の韓国人男性2人で、自分含めなかなか好奇心の強いお客だったらしくガイドさんがきょうのゲストは本当に面白かった、だいたいは黙っているのにと面白がっていた。
写真はガソリン。フィリピンとかでも品薄になっているとよくやっているがここではイラン攻撃後に値上がりしたガソリンを生産地であるカザフスタンから買ってきて2割ほど安く小売りしていると聞いた。
ツアー https://www.viator.com/tours/Bishkek/Golden-Route-Tour-of-Kyrgyzstan-Burana-Canyons-and-Issyk-Kul/d50202-414785P2 https://www.viator.com/tours/Bishkek/Best-of-Both-Bishkek-City-Tour-and-Ala-Archa-National-Park/d50202-486587P3 -
ブラナタワーとかつまんねえだろとおもったらどういたしまして、家畜用とうもろこしなどの畑の平原の中に立つ、なるほどここはいい場所だとおもえるところのアトラクションで、しかも登るのが結構大変。混んでくると鬼だろう。
おもしろかったのはこれは地震がある地域なのですでに半分におれていることは知られているがソ連時代に修復される前は下部もほとんどぽきんとなりそうなほど浸食されていたこと。小さな資料館があったがそこでの写真が大変おもしろかった。石人(道祖神ではなく有力者等の墓石らしい)なども大変おもしろい。
なおこの塔からboom峡谷をとおって次のレッドキャニオンにいくがその途中、ケミン付近で川が蛇行して国境線がかわりキルギス領からカザフに一瞬はいる地点がある。両国は兄弟のようなものなのであまり問題ではないようだ。ともあれパスポート不要な国際旅行が可能である。またこの地点でキルギスではなくカザフにむかう自動車道の分岐がありその前にロシア方面行のトレーラーが多数停車している。理由はカザフ税関の運用条件が厳しく(たとえば気温28度以上になればやらないとか時間が限られるとか)、それに従わざるを得ないからだそうだ。キルギスはともかくロシアの怒りを買いそうだがカザフはそれができているということのようだ。 -
レッドキャニオンにはいる口のapple villageという、地元の村がとても面白かった。ここでガイドの車から地元の人の車にのりかえキャニオンの入り口にいきそこからしばらく歩くのだが、とにかくいい意味でいい加減で、ガイドもあれこれどこが入口なんだと迷い、なんども電話でたしかめるといった感じ(例のホテルコンパスもそういう運用を前提にならありなんだろうが、外国人旅行客にはつらい)。そして門をあけるとみごとなりんごの木の林が。普段は収穫していないが値段がたかくなると収穫して売るのだそうだ。とうぜん摘芯とかふくろがけとかの手間はまったくかけていないが、やわらかくみずみずしい味には驚かされた。
GPT先生いわく
1. りんごは実は天山が故郷
栽培リンゴの主要祖先 Malus sieversii は、カザフスタン~新疆の天山周辺に自生します。ゲノム研究では、現在の栽培リンゴは中央アジアの野生リンゴからシルクロードを西へ運ばれ、ヨーロッパの野生種と交雑して今の姿になったと考えられています。つまりApple Villageで見たリンゴは、単なる「田舎のリンゴ」ではなく、世界のリンゴの故郷に近い場所のリンゴです。
2. キルギスの遊牧は「横移動」より「縦移動」
モンゴルの大草原を遠く移動するイメージと少し違い、キルギスでは伝統的に、冬は谷、夏は高地のjailooへ上がる垂直移牧が重要でした。だからスーサミル高原に夏だけ家畜とユルトが大量に現れるのは、昔の生活の残滓ではなく、地形に合った現役のシステム。
3. ユルトはキルギスだけのものではなく、巨大な文化圏
キルギス・カザフのユルト製作技術はUNESCO無形文化遺産で、2025年にはカラカルパク(ウズベキスタン)まで含む登録に拡大されています。つまり「モンゴル―アルタイ―カザフ―キルギス」と続く遊牧文化圏は、現在の国境をはるかに越えています。
4. チベットの高地魚とキルギスのマリンカが似ているのは偶然ではない
Schizothoracinae(いわゆるmountain carp)の仲間は、チベット高原の隆起とほぼ歩調を合わせて高地へ適応・分化してきたと考えられています。つまり山が隆起した歴史が、魚の進化史にも刻まれている。
これら全部、同じ話につながります。天山・パミール・チベットという巨大な内陸高地が、道だけでなく、魚・リンゴ・家畜・住居・人間の移動まで規定してきた。 -
その近くの川で、この近くの山はそれほど高くないのだけども背景には4000メートル級があるせいか、年中しっかりと白いシルトをふくんだ冷たい水が流れているそうだ。そしてお楽しみの魚だがなんと北米原産のニジマスばかり。とてもおいしそうで輸出もされているそうだが生態系的には残念な状態。
サケ・マス類は陸封系もあるが、もともとの大きな分布域は海とつながる北半球の水系に偏っているので、チベットや中央アジア内陸部に在来のサケ科が少ないのはむしろ自然、固有魚はコイ科系統が多くなる。ここらではマリンカ(Schizothorax属)やオスマン(Diptychus、Gymnodiptychusなど)のような高地性のコイ科魚類が目立つ。見た目は細長く、いわゆる普通の鯉とはかなり違うが、系統的にはコイ科である。また低塩分湖であるイシク・クル湖には Issyk-Kul marinka や Issyk-Kul dace などの固有魚が知られている。
マリンカの仲間はチベットにもおり、中央アジアからチベット高原にかけて高地性のコイ科魚類が広く分布する。チベット高原の隆起に伴って分化したと考えられる(アロワナやミドリフグに似た壮大な物語がある)。https://www.frontiersin.org/journals/marine-science/articles/10.3389/fmars.2023.1193699/full?utm_source=chatgpt.com -
GPT先生いわく
レッドキャニオン(コンオルチェク)の赤い岩は、まず新生代にこの一帯の盆地へ砂・礫・泥などが堆積してできた地層である。乾燥した陸上環境で鉄分が酸化したため、地層が赤くなった。
その後、約5000万年前ごろから始まったインド大陸とユーラシア大陸の衝突の圧力が、ヒマラヤ・チベットだけでなく2000km近く北の天山山脈まで伝った。天山自体はもっと古い山脈だが、この圧力で再び活発に隆起、とくに1000万~700万年前以降に強まったと考えられている。
この隆起で、それまで盆地にほぼ水平に積もっていた赤い地層が持ち上げられ、傾き、褶曲し、亀裂が入る。そこを雨水や雪解け水が流れ込み、比較的柔らかい砂岩・泥岩を削って谷を深くした。乾燥地なので植生が少なく、削られた岩肌がそのまま露出しやすい。さらに凍結融解や風化も加わって、現在の細い峡谷や尖った岩峰ができた。
インドがユーラシアにぶつかった結果が、はるか北のキルギスのこの小さな赤い峡谷にまで現れている。天山は現在も短縮・隆起している活発な山地で、地震が多いのもそのためである。
左手の植物は紫の花:ロシアンセージ(Salvia yangii、旧 Perovskia atriplicifolia)に近い仲間、白い綿毛:クレマチス類の果実で、Clematis orientalis が有力 とのこと。在来系統。 -
イシククル湖。まさか泳ぐなんて考えていなかったが、ガイドさんノリノリでパンツまで貸してくれるのでいってみたら波が高いところにこのさんばしからぼーんとおりる、自分はダイビングとかではしごをのぼるとか結構慣れているからいいけど、ふつうにプールで泳いでいるだけだと慌てるかも。泳いでいるのはつよそうな若い人が多かった。低塩湖(0.6%)で水質は悪くないらしい。水温も22度あった。
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食用馬をあまり見たのでどうしてもちょっと食べたくなって注文したベシュバルマク(бешбармак)。右の丸いのは脂肪をいれたソーセージカズィ(казы / kazy)。お味はうーん(というかそもそも麺の段階でぐちゃぐちゃ)だが完食。キルギスは果物はいいけど正直食事はグルメとはいいがたいようだ。とはいえカシュガル方面もあまりだったし、自分も年取って食欲落ちているのだと思う。
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最終日27日。またビシュケク2駅からのツアーで別のガイドさん。昨日は35歳きょうは30歳、法学部卒でドバイに2年ホテルフロントで出稼ぎと。キルギス、高学歴人材をガイドとかにつかっちゃっている状態で胸が痛い。出稼ぎ先は主にロシアというので戦争にもいっているのではないか。一見平和な伝統的生活の経済的基盤がこういうことなのであればやはり続き難いだろうと思う。
写真はキルギス国鉄(南北2線あり南はウズベク、北はカザフにつながるがオシュビシュケクは結んでいない)。先述のように現在の東西貨物回廊は、北側の阿拉山口(Alashankou/Alataw Pass)や霍爾果斯(Khorgos)を経てカザフスタンからロシア・欧州へ抜けるルートが主力で、キルギスはそこから外れている。現在建設中の中国―キルギス―ウズベキスタン鉄道は、キルギス自身をこの東西貨物回廊に直接組み込もうとするもの。現代の鉄道物流は古代シルクロードそのままでの復活ではないが、天山北路系の東西交通軸に接近してきているというわけだ。 -
途中のスーパーチェーンGlobusにあったpayment terminal。ATMではなく現金を入れる機械で、DemirBankに限らず多数の銀行口座への入金、ローン返済、公共料金や税金などまで扱う。小さな銀行まで一つの端末網に相乗りしているのが日本とかなり違う。
日本では、ゆうちょ・大手銀行・コンビニATMという全国的な「現金の入口」がすでにあり、その先は全銀ネットで銀行同士がつながっている。これに対してキルギスでは、小銀行まで自前の支店・ATM網を全国に持つのは難しく、ゆうちょのような圧倒的な全国共通窓口もない。そこで独立系のpayment terminalが、多数の銀行や各種サービスに共通する「現金の入口」を提供している、ということらしい。現金経済が強いからこそ発達した電子決済インフラ、と考えると面白い(中国だとアリペイや微信があるから不要)。
GPT先生によるとこれは旧ソ連圏で、銀行間決済はあるが日本の全銀ネット+全国ATM網ほど利用者側の入口が統一されていない国に発達した仕組みであり、ジョージアやロシアにもみられるという。日本では銀行向け送金だと業規制がかかるが、公共料金などにしぼればコンビニ収納代行などがある。
GPT先生:全銀システムのような銀行間決済網が弱く、CIS型のpayment terminal網もない国では、現金取引や個別の送金手段への依存が強くなる。途上国では銀行網を全国整備する前にモバイルマネーや電子決済が普及し、それが後に銀行など正式な金融サービスへの入口になる例も多い。 -
この日は午前はアラアルチャ、午後は市内観光で、この2つはバラバラにでも参加できる。観光シーズン終わりかけ平日8月下旬木曜日であるが前者は10人、後者は2人とガイドさんには気の毒なあつまりぶりだった。
アラアルチャは以前は平原や滝を片道数時間かけての本格的トレッキングができていたがいまはそちらにむかう道が変更・迂回され、ロープウェイが展望台まで結んでいる(そこから先もがんばればトレッキングできそうだが)。展望台あたりにヒュッテ等を建設中。ロープウエイの下あたり駅まわりにカフェとかがある。まず下あたりで1時間半、その後でロープウエイ(600ソム)を自由利用。1時間半そのあたりはつまらないのでトレッキング道をたどったら上のロープウエイ駅まで出てしまい、ロープウェイにのる理由がなくなった(ので下でぶらぶらしてガイドさんとおしゃべりしていた)。まあ運動になったし往復1時間かからないが、建設トラックがはいるので道がザレており、靴がよくないと滑るだろう。 -
市中ツアーのオシュバザール。そこで地元飲み物(小麦でつくった乳酸発酵飲料。あるいはジャルマという発酵のないものだったか?)をガイドさんがおごってくれた。このツアー安いし、ほかの客全然チップださないのでガイドさん大丈夫かとおもうのだが、なんだかもう親切にしてくれてこまるくらいだった。
飲み物も相当ローカルだし、とにかく昔の東南アジア一人旅みたいに日本人だとあちこちで日本人祭りになる感じだ。 -
ガイドさんとわかれて町中心のTSUMというソ連時代からの中央デパートの別館4階でお土産が充実しているのではちみつを4びん買った。これが白はちみつとかのブランドではないしプラスチックの小さなのが250ソムと他のお店とくらべて割高感があったが、日本に帰って食べると味がしっかりしていい感じにざらざらして実においしい。
TSUMをでてからヤンデックスで早めに空港にむかおうとした。ところが自分の位置を示すピンの操作が下手なためか、とにかく車が自分の指示したところにきてくれないことが3回重なった。どうしようとこまって(時間はたっぷりなのであせりはなかったが)周りの人にきいたら、大学出たばかりというお兄さんが英語ができて、自分のでやってあげるから現金で払えばいい、と言ってくれて車をよんで乗せてくれた。考えてみるとわたしがはらわないとかれが空港までの1200ソムとかを払うことになり大変な好意だなと申し訳なかった。
日本語であなたの旅行を祝福しますというのをなんというのかというので、日本語にはちょっとないといったら、こちらではАк жол!(アク・ジョル)というのだとおしえてくれた。お兄さん、Аман болу?уз(アマン・ボルングズ)!
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