2026/08/03 - 2026/08/03
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jambarayaさん
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肝心の古城遺跡は、保存状態は悪くないが、別に世界遺産登録されているわけではないから、そんなに手をかけられている印象はない。そのわりには、保存状態は良い方だと思う。
カラ遺跡
https://youtu.be/hQoFuwOZmEA
アヤヅカラ
https://youtu.be/hg46HRHikQY
途中でカメラの調子が悪くなり、写真が前後しているかもしれません。
かもしれません…というのは、後から写真を見ても、どれがどれだかわからないくらい似たような遺跡ばかりだからです。
軽く参考程度に見てくださいまし。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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紀元前4世紀から7世紀くらいまであった古代ホルムズ王国の古城遺跡ツアーに参加してきた。同行メンバーは、香港出身の若者たちだった。私が日本人だとわかると、こぞって知っている日本語を口にしていた。アバンギャルディーが好き、と言われて、やはり日本は文化外交にもっと力を入れていかなきゃならないなあ、と改めて感じた。
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ウズベキスタンのキジルクム砂漠に眠る古代の城塞遺跡、「カヴァト・カラ(Kavat-kala)」にある現地解説ボード
1か所目はここ。 -
この地図を写メしていったが、さっぱりわからん。
だって3か所目からスタートやし。
だから改めて、調べてみた。 -
歴史:紀元前4世紀~3世紀、および11世紀~13世紀に栄えた約2.7ヘクタールの広さを持つ城塞です。
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これだけ見ても、何にもわからん。
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特徴:110m × 125mの長方形の形をしており、かつては周囲に5つの防御タワー(見張り台)がありました。当時は周囲に高度な灌漑システムが張り巡らされ、豊かな集落に囲まれていたそうです。
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悲しい歴史:1220年にチンギス・ハーン率いるモンゴル帝国の侵略を受け、周辺の集落も含めて徹底的に破壊されてしまいました。多くの住民が命を落とし、若者たちはモンゴルへと連行されたという歴史が記されています。
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出土品:1950年代の発掘調査では、当時の暮らしを物語るアプリコットや桃の種、綿の種、11~13世紀の美しい陶器、当時の支配者のコインなどが見つかっています。これらの出土品は、ヌクス(Nukus)にあるカラカルパクスタン共和国国立美術館に展示されています。
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みんな何にもわからないから10分も滞在しない。
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次いこ、次、みたいな感じ。
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解説は英語もあったかな。
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次行きましょ。
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5つの城塞(遺跡)めぐりツアーの一番奥(5番目)に位置する、「大キルキズ・カラ(Big Kirkkiz-Kala / カッタ・キルキズ・カラ)」の現地看板
2か所目 ここ -
ここが暑すぎて、ガラケーが動かなくなる。
アイフォンに切り替え。
ガラケーってこういうことになるからいやや。 -
ウズベク語(Katta Qirqqiz Qal'a)やカラカルパク語、そして英語で「BIG KIRKKIZ-KALA」と書かれており、「国家保護下にある(Under the state protection)」という旨が記されているらしい。
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大キルキズ・カラとは?
歴史:紀元前4世紀~3世紀、および西暦4世紀、6~7世紀(11~13世紀とする説もあります)の異なる時代に栄えた、非常に歴史の古い城塞です。 -
名前の意味:「キルキズ(Kirkkiz)」とはウズベク語で「40人の乙女」を意味します。敵の襲撃から城を守るために勇敢に戦った40人の女性戦士の伝説が、名前の由来になっています。
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見どころ:ツアーの最奥地ということもあり、観光客が少なく、砂漠の中にポツンと残された巨大な粘土の壁が、非常に神秘的で荒涼とした美しさを醸し出しています。
確かに人はいなかったな。 -
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さて、次いこう。
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途中、25000スム よくわからないけど遺跡料?みたいなものを取られた。
徴収ばばぁが車によって来る。 -
この特徴的な2つの並んだ丘は「アヤズ・カラ2(Ayaz Kala 2)」(およびアヤズ・カラ3)と呼ばれる、6世紀~8世紀のアフリグ王朝時代に建てられた封建領主の城塞跡。
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この景色は好きやった。
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地形:円錐形の急な丘の上に、楕円形の形をした城塞の壁が静かに残されています。
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城塞の役割:左側の丘の斜面には、かつて城内へと続いていた傾斜のある頑丈なスロープ(通路)が綺麗に残っているのが見て取れます。
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位置関係:この丘の上からは、さらに巨大な丘の上にそびえ立つメインの「アヤズ・カラ1(紀元前4世紀建築)」を見上げることができ、眼下には大砂漠の絶景やアヤズ湖が広がっています。
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麓にあるユルタ(伝統的なテント宿)のキャンプから歩いてすぐの場所にあり、このツアーの中でも最もフォトジェニックで見応えのあるエリアと言われている。
このユルタから、徴収ばばぁが出てきて、よくわからない金額を請求される仕組み。
で、このユルタに、この地域の宿泊所がある。ここを予約したらゲルに宿泊できるよ。 -
似たような遺跡で、あまり判別がつかない。
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それも崩れかかっているし。
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砂漠の城塞(カラ)自体は、まだユネスコの世界遺産には正式登録されていない。ただし、世界遺産の「一歩手前」である暫定リスト(Tentative List)に、「古代ホレズムの砂漠の城塞群(Desert Castles of Ancient Khorezm)」、または「アラル海地域の古代都市と城塞群(Ancient towns and fortresses of the Aral Sea region)」 という名称で登録されており、将来の世界遺産登録を目指している段階なんだ。
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だから、保存に関する熱心さはない。
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ともかく、え?写真前後してない?とかいうのがあるかもしれないけど(カメラの不調で)
そこは許してくださいまし。 -
5つの城塞ツアーのハイライトである「アヤズ・カラ(Ayaz-Kala)」を遠くから見上げた全景。先ほど近くから撮影されていた2つの小さな丘(アヤズ・カラ2)ではなく、こちらはその背後にそびえ立つ、最も巨大なメインの砦「アヤズ・カラ1(Ayaz Kala 1)」がそびえる丘になる。
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難攻不落の自然の要塞:紀元前4世紀~紀元前3世紀(クシャーナ朝時代)に建てられたこの城塞は、高さ約60~100メートルの平らな丘の頂上に建設された。下から見上げると、砂漠の敵から身を守るためにどれほど有利な場所だったかがよく分かる。
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頂上の平らな城壁:丘のてっぺんの縁に沿って、ずらりと横に長い粘土の城壁が綺麗に残っているのが見える。あの上まで登ると、360度広大なキジルクム砂漠とアヤズ湖を見渡す絶景が広がっています。手前のスロープ:丘の中腹に向かって、白い道のようなスロープが伸びているのが見える。
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この時が一番暑かった。
水は1リットル持って行った方がいいよ。 -
「砂漠の真ん中に突如現れる巨大な要塞の丘」の姿こそ、アヤズ・カラの代名詞とも言える景色
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こういうのすき。
「アヤズ・カラ(Ayaz-Kala)」の城壁の内部、またはそのすぐ近くに位置する「トプラク・カラ(Toprak-kala)」の王宮跡内部に残る、非常に有名な粘土のアーチ(穹窿・通路)構造 -
地形と建築の崩れ具合から、こちらはかつて古代ホレズム王国の首都であった宮殿遺跡、「トプラク・カラ(Toprak-kala)」の内部にある地下通路、あるいは部屋を繋いでいたアーチ構造の遺構
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驚異の泥レンガ技術:西暦3世紀頃に建てられたこの巨大な宮殿は、すべて日干しレンガと粘土(泥)で作られています。何千年も前の泥の建物が、このように美しいアーチの形を保ったまま今も見られるのは、砂漠の乾燥した気候のおかげです。
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迷宮のような内部:外側から見るとただの大きな土の塊のように見えますが、一歩中に入ると、このように複雑に組み合わさった通路や部屋の跡が迷路のように入り組んでおり、かつてここに王や王妃、兵士たちが暮らしていた息吹を間近に感じることができます。
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光と影のコントラスト:砂漠の強い日差しがアーチの隙間から差し込み、崩れかけた泥壁のテクスチャを浮かび上がらせる、現地でも非常にフォトジェニックな隠れた名スポットです。
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ヨルダンのワディラム砂漠を思い出した。
あそこほど、迫力はないけど。 -
でも、ここが一番楽しかったかな。
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何にもない光景が、また贅沢。
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トプラク・カラ(Toprak-kala)」の王宮(城塞)の上部、または内部の通路跡
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高台から見下ろす迷宮:トプラク・カラは丘の上にそびえ立つ巨大な3階建ての王宮でした。写真の奥には、城壁の向こう側にうっすらと砂漠の地平線(または干上がった塩湖の跡)が見えており、かなり高い位置から撮影されていることが分かります。
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立体的な部屋や通路の区切り:日干しレンガと泥で仕切られた迷路のような空間は、かつて王の居住区や儀式を行う広間、兵士の詰所などが細かく分かれていた宮殿の「部屋」の跡です。床の一部に穴が空いているのも、多層構造だった宮殿の歴史を物語っています。
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「キジル・カラ(Kyzyl-kala)」の城壁の内部
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特徴的な縦の溝(狭間 / 銃眼):分厚い粘土の壁に、等間隔で縦に長いスリット(溝)が何本も深く刻まれているのが見えます。これは、城壁の内側に隠れた兵士たちが、外の敵に向かって弓矢を放つために作られた「狭間(さま / 矢狭間)」という防御のための構造です。
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圧倒的な壁の厚み:内側から見ると、敵の攻撃や砂漠の厳しい風雨に何百年も耐えられるよう、どれほど頑丈で分厚く壁が作られていたのかが非常によく分かります。
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腹減っているのか。
ステーキに見えて仕方がない。 -
あぁ、この時点で13時過ぎ。
午前中結構回ったな。 -
ランチ会場まで移動します。
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「アクチャクル湖(Akchakul Lake)」、あるいはアヤズ・カラのすぐ目の前に広がる「アヤズクル湖(Ayazkul Lake)」
ここがランチの場所 -
海がないから、この国の人は噴水か湖で泳ぐんだ。
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まるで海水浴や。
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大きいから海っぽく見えるでしょ。
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ボートもあるよ。
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非常に塩分濃度の高い広大な塩湖
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湖の家はゲル?
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さて、ご飯です。ランチは自腹。
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レモネード
若い兄ちゃんたちが誘ってくれて、みんなでいただく。 -
よい英語の勉強の時間。
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よーくわからんものを食べていた。
まぁ肉だな。 -
私もこの肉。
いやー、塩がきつくてね。湖の塩か?
やはり、タシュケントの市場の串のほうがうまいな。
ジュースと串1本で、61000スム。
高いで。 -
ここにはこのレストランしかなく、このレストランで注文したものは、ゲルの中でも食べることができる。
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冬場ならいいけど、今の時期は暑いで。
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ここしかないから、客は多い。
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お兄さん方は、湖で遊んでいた。
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ここからの写真は、ちょっと欠けています。なぜか知らんが。
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先ほど遠景や2つの並んだ丘(アヤズ・カラ2)をご紹介したが、こちらはメインとなる一番巨大な砦「アヤズ・カラ1(Ayaz Kala 1)」の丘を、ちょうど真下から見上げた景色
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遮るもののない大要塞:丘の頂上に沿って、日干しレンガと泥で造られた強固な城壁がずらりと横にそびえ立っています。紀元前4世紀頃からキジルクム砂漠を見下ろしてきた歴史の重みが、この迫力ある佇まいから伝わってきます。
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左上の緑の四角:写真の左上に緑色の四角い加工が見られますが、これはおそらく画像の一部を隠すために編集されたものですね。
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過酷な登り坂:ここから頂上の城壁へ向かって、斜面を自力で一歩一歩登っていくことになります。下から見上げると、当時の敵にとってもいかに攻め落とすのが難しい「難攻不落の城」であったかがリアルに実感できます。
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確かに上るのがしんどかった。
私は足が遅いからいつもグループのメンバーを待たせていた。 -
そーりーそーりーばっかり言っていたよ。
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少しよじ登らなきゃならない箇所があり、掴まったら、土壁が落ちてきて、足元を踏外し落ちせそうになる、、焦った瞬間だった。
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トプラク・カラ(Toprak-kala)」の王宮遺跡。
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王宮の立体的な構造:手前には日干しレンガで平らに区切られた部屋の土台の跡(先ほど見下ろしていた迷宮部分)があり、その奥に一段と高くそびえ立つ宮殿の主城(高台)が見えています。
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頂上の人々のスケール感:てっぺんに集まっている観光客の大きさと比較すると、この泥の宮殿がいかに高く、巨大な塊であるかがよく分かります。左上の緑の四角:こちらも1つ前の写真と同様に、左上に2つの緑色の四角い加工が施されていますね。
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儀式のための大階段:かつて3階建ての巨大な王宮だったこの場所には、王や貴族たちが上り下りしたとされる中央階段の跡が、このように立体的に残されています。
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立体的な多層構造:階段の右手前には仕切られた部屋の壁が並び、階段の右下には奥へと続く暗い通路(地下構造)の入り口も見えています。
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ここからの景色はよかった。
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大学のサークル?研究チーム?みたいな人たちもいた。
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「キジル・カラ(Kyzyl-kala)」
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美しいギザギザの城壁(銃眼):右側の壁の上部を見ると、ヨーロッパのお城のようなギザギザの形(狭間)が綺麗に残っています。その下には、先ほど内側からの写真でもご紹介した、矢を射るための縦長の穴(銃眼)がずらりと等間隔で並んでいるのが外側からもよく分かります。
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復元された堅牢な姿:中央から左側にかけては風化した当時のままの泥壁ですが、右側の壁は当時の要塞の姿が分かりやすいように美しく修復(復元)されており、新旧の壁のコントラストが見どころです。
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ここがね、形はしっかり残っているんだけど、かなりボロボロだった。
壁を触るとすぐに砂になるの。 -
こういうアナ、好きだなぁ。
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ね。
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だから記念に1枚。
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世界遺産登録はされていなくとも、見ごたえはある。
ただ、崩れつつある遺跡。
はよう、登録してやって!そうじゃないと崩れるたい。。。。とめぐりながら思ったツアーだった。 -
43度の中、五箇所ほど回ったツアー。まあ、暑かった。宿の水シャワーでも苦にならなかったのは、この気温のせいだ。
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砂漠の中の古代遺跡ツアーに参加する。
ついてくるのはドライバーだけ。食事、水、ガイドなし。3100円。
9時スタート、17時30部終了のシェアツアー。非常に大満足のツアーだった。 -
宿に戻ってきて、水シャワーを浴びた後、(なぜが宿はもうお湯が出なかったんだわ。)最後の、イチャンカラ遺跡見学。毎晩通ったなぁ。
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きょうはずっと歩いてこなかった裏道を歩いた。
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こういう夕日もいいなぁ。
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こういう家もいい。
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この遺跡の中の宿もよかったかもしれない。高かっただろうが。
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ウズベキスタンのポスト。
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よい散歩でした。やはり19時台になったら涼しいなぁ。
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この日の夕飯は、焼きラグマン。スープのやつのほうがうまいかもしれない。
45000スム。
もうこの時になったら、ヨーグルトドリンクで下痢はしなくなっていた。
なれたんだな。
ともかく疲れ切って、爆睡。
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