2026/07/05 - 2026/07/08
17752位(同エリア28006件中)
nekosaruさん
- nekosaruさんTOP
- 旅行記60冊
- クチコミ7件
- Q&A回答3件
- 47,116アクセス
- フォロワー5人
【初日】
夕方、金浦空港に着いてATMでJCB でウォンをキャッシング。JCB はATM 手数料がかからないし、数日後にネットで繰上返済できる。またイオンカードと同じく使用時の海外手数料が1.6%で他カードの3.6%と比べ安いから便利だ。交通系カードtマネーに2000円分チャージし地下鉄で東大門のサミットホテルにチェックイン。ツアーだと地下室になることもあるようなのでHIS のセールでホテルだけで予約、小綺麗で交通の便もいい。
夕食にサムギョプサルを食べに河南テジチッ東大門店へ。
日曜日の20時過ぎだったが少し待っただけですぐに入れた。
大阪で何度も食べたサムギョプサルだがソウルでは初めて。ただ昨今の物価高でか脂ばかりのサムギョプサルでちょっと残念でした。周りは観光客ばかりなんでしょうがないか(会計51,000w)。
帰り道にサダキンパで明日の朝食用にキンパ(9000w)を買ってホテルに帰った。
【2日目】
午後から妻は明洞へ買い物、私は韓国国立中央博物館へ行った。
すごく見ごたえがあった。
百済の金の王冠や高麗の青磁の香炉、白磁の月の壺、そして二体の半跏思惟像。その半跏思惟像の展示スペースはまるで宇宙のようで思惟の世界を五感で感じる素晴らしい空間だった。本当に見事な展示だった。
入場料も無料、日本語の無料ガイドツアーも行われていた。
夕食にオダリチプ カンジャンケジャン 明洞直営店に行った。17時45分くらいに行ったらすぐ入れたけどそのあとは行列ができてた。
生のワタリガニが醤油漬けされたカンジャンケジャン 、身も柔らかくまろやかな漬けダレでとても美味しい。甲羅に詰まったオレンジのカニミソも濃厚で絶品だった。
かぶりついてべとべとにはなるけどこのおいしさにはかなわない。また食べたいと思った(カニサイズMM二人前setで計65,000w)。
【3日目】
朝粥を食べに喜粥喜粥ヒズクヒズクへいく。11時すぎに入店、そのあと昼ご飯にかお客さんが増えてきた。
生アワビ粥を注文、やさしい味とやわらかなアワビがとてもおいしかった(2杯計40,000w)。
このあとまた別行動で私は国立古宮博物館へ行った。
ここは朝鮮王朝の遺物や文化遺産が展示されている。興味深かったのは王によって少しずつ違う国王の印、亀などの形、王妃のはまた違う。そして地下一階の大韓帝国の展示では最後に日本によって併合された記述があり胸が痛い。
博物館を出て行こうと思った景福宮は火曜日で休み、昌徳宮へ行った。パスポートのコピーでシニア割になった。
昌徳宮は元々は景福宮の離宮として建てられたが秀吉の侵攻で焼失したあと1615年に再建され約270年間、王の正宮として使われたそう。
ここも建物がとても多く見ごたえがあった。
仁政殿(インジョンジョン) ※国宝の前の広場はよく韓流ドラマでみる百官整列してチョナー(王様)とお辞儀をする場面がよみがえる。
建物の中は規模は違うけどラストエンペラーの紫禁城を彷彿とさせる玉座が残っている。天井も高い。
宮内の建物を巡って行くと楽善斎という建物がある。webによるとここには寿康斎(スガンジェ)があり、ここは朝鮮の最後の皇女として日本統治時代の痛みを最後まで心に刻んだ徳恵翁主(トッケオンジュ)の居場所であった、とある。
日本の植民地支配下で朝鮮王朝最後の王高宗の娘として強いられた波乱の人生を歩んだ徳恵翁主の最後の住みか、と初めてその人のことを知った。
殴った方は忘れても殴られた方はその痛みを忘れることはない。その痛みに対しては贖罪を忘れてはいけないとあらためて思う。
後苑(ピウォン・秘苑)の入口に到着してチケット売場へ行くと、ここはガイドツアーでないと入れない、空いているのは1時間後と言われて引き返した。
ここ昌徳宮は見所が多くおもしろかった。
よく歩いたのでホテルに戻り少し休憩後、夕食にポッサムを食べに明洞で待ち合わせ。
6時過ぎにウォンハルモニポッサム明洞に入店。
サムギョプサルのゆでバージョンのようなポッサム。あっさりしている。物価高の時節柄、包む葉っぱが小さかったが、店のおねいさんが言ったとおりお肉の量は一皿で十分な量だった(会計46,000w)。お腹は満たされた。
【最終日】
11時過ぎの金浦国際空港発の飛行機なので朝8時過ぎにホテルをチェックアウト。
地下鉄で約50分で空港に到着して予定どおり帰国できた。
何十年かぶりのソウル。以前来ていたときの夕食といえば、明月館の焼肉か韓国宮殿料理、プルコギかサムゲタン、だったことを思えば今はまたいろいろなおいしいものが気楽に食べられる。
また、時間に余裕があるので行けていなかった博物館や宮殿にゆっくり行くことができた。
日韓の暗い過去はあるけど、現在は楽しめる隣国どおしだと感じた。また気軽に行きたい。
-
サムギョプサル、スタッフがカットしてくれる
-
近代的な国立中央博物館
-
博物館からソウルタワーを望む
-
半跏思惟像、日常を忘れさせてくれる空間だった
-
カンジャンケジャンMM2人前セット、おいしかった
-
明洞は平日でもすごい人
-
スーパーでは活アワビが並んでた
-
国立古宮博物館から火曜日休館の景福宮はすぐ横
-
昌徳宮の仁政殿。チョナーの合唱が聞こえてきそう
-
正面広場にある位の順を示す石標
-
階段には龍ではなく狛犬?が控えている
-
ラストエンペラーのような玉座
-
宮殿の高い天井
-
説明文には
大造殿は国王と王妃が生活した空間で、王室の大きな行事も度々行われた。大造殿は昌徳宮の 寝殿で。中央の広い板の間を挟んで両側に王と王妃のオンドル部屋を配置している。本来ここに あった興福軒は、1910年、朝鮮王朝最後の御前会議が開かれた悲運の場所であり、行閣や回廊 で多くの付属の建物が繋がっていた。1917年火災で焼けた跡地に景福宮の交泰殿を移し建て、 現在の姿になっている。朝鮮最後の王妃である純真孝皇后の居所だったので、固有の装飾や壁画、 障子の組子などがよく保存されている。裏側には4段の階段式庭を作って後苑にし、建物の後ろ側の 突出した縁側から景色を観賞できるようになっている -
ここにも狛犬が。
-
各説明文には当然ではあるが『日帝強占期には』の記載がある
-
韓流ドラマのセットのようだが本物だ。
-
徳恵翁主(トッケオンジュ)の最後の住まいだった楽善斎、異母兄で最後の皇太子李垠の妃だった李方子とともに過ごしたという
-
楽善斎、最後の皇太子李垠(イウン)に、梨本宮家から嫁いだ方子(まさこ)も晩年を過ごした場所という
-
宮廷の中のオンドルの炊き口
-
朝鮮王朝第3代国王太宗は、1405年に第2の王宮として昌徳宮を創建した。その結果、首都漢陽(ソウル)の西側には景福宮が、東側に は昌徳宮が位置し、均衡のとれた都市空間が構成されることになった。壬辰倭乱(文禄の役)によって漢陽の宮殿が全て焼失し、景福宮 はすぐには建て直されないまま、270年余の間昌徳宮は朝鮮王朝の第1宮殿として役割を担当した。また、最後の国王である純宗の時 代まで使われた宮殿でもある。東側の昌慶宮と一緒に一つの宮殿を成し、東關という別称もつけられた。中国をはじめ東洋の宮殿は、 南北中心軸に沿って配置されるのが一般的で、景福宮もこれに従っている。しかし、山裾に位置した昌徳宮はそのような人工的な配置 法には従わず、周りの自然地形と調和・変化しながら、最も韓国的な宮殿となっている。 王室の生活に便利でありながら親しみが感じられる間取りは、慶照宮、徳壽宮など他の宮殿の造りにも影響を与えた。1917年、大造殿 をはじめとする諸内殿が焼失すると、景福宮の内殿を移建するなど、多くの建物が変形、毀損、撤去され、1991年から復元事業が進め られている。それにもかかわらず昌宮は、朝鮮時代の宮殿の原形がわりと忠実に保たれており、東闘の後苑は韓国の伝統的な造園の特性と美しさを最も見事に具現した例として評価されている。1997年12月ユネスコ世界遺産として登録された。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ソウル(韓国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
21