2026/07/22 - 2026/07/22
58204位(同エリア87173件中)
ペコちゃんさん
- ペコちゃんさんTOP
- 旅行記466冊
- クチコミ115件
- Q&A回答1件
- 783,694アクセス
- フォロワー27人
7月の〇〇会は、目黒区駒場にある「旧前田家本邸」の見学です。
江戸時代、現在の東大がある本郷に上屋敷を構えていた加賀百万石・前田家・・・明治以降、隣接する東京帝国大学の敷地拡張に伴い、大正15年に駒場にあった東京帝国大学農学部実習地4万坪の土地と等価交換し、昭和4年に地上2階・地下1階、延床面積:906坪の鉄筋コンクリート造の「洋館」、昭和5年に木造2階建て、延床面積:140坪の「和館」が建てられました。
この「旧前田家本邸」は、前田家16代当主の侯爵・前田利為(としなり)の居宅として建てられたもので、滞欧経験が豊富で駐英大使館附武官も務めた利為は、「欧米諸国を歩いて常々残念に思うことは、わが国には外国からの貴賓を迎え得る邸宅がないということ」だと周囲に語っていました。
そのため、洋館は家族の生活の場であるとともに、迎賓館としても利用出来るよう、和館は外国からの賓客に日本文化を伝える空間として設計されました。
英国の貴族が田園地帯に住まう際に採用した「イギリス・チューダー様式」を取り入れた洋館の設計は、東京帝大教授の塚本靖と赤坂離宮や秩父宮邸も設計した高橋禎太郎が手がけ、竹中組(現在の竹中工務店)が施工を担当しました。
昭和17年に太平洋戦争で利為が戦死した後は中島飛行機の手に渡り、戦後は連合国軍に接収されますが、昭和31年に接収が解除され、昭和42年から東京都立駒場公園として整備され、昭和50年に公園の管理が目黒区へ移管されて現在に至っています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
今回は西武新宿駅から京王線経由で井の頭線・駒場東大前駅に向かいます。
10時17分に改札を出て階段を降りると、何やら賑やかな音楽が・・・ -
スマホで調べると、こんなページが・・・『UTAGE FES Vol.5』だそうです。
-
2022年に結成された日本の7人組アイドルグループ【UtaGe!(うたげ)】が、西武新宿付近の野外特設ステージで熱演中・・・「憂鬱な日々も忘れられる『宴』のような楽しさを」がキャッチコピーだそうで、多くのファンが詰めかけています。
-
たまに都心に出ると、こんなイベントに出会えるんですね。
-
京王線で新宿駅から明大前に行き、井の頭線に乗り換えて「駒場東大前駅」で下車。
-
西口から徒歩8分ほどで、駒場公園内にある旧前田家本邸に到着します。
-
線路沿いの右側にある目黒区立駒場小学校・・・開校は昭和8年で、卒業生には落語家・林家正楽や女優・水沢アキなどがいます。
-
明治期には当地一帯に駒場農学校がありましたが、東京帝大農学部となって本郷へ移転し、跡地は第一高等学校(現在の東大教養学部)と本郷から移住した前田家が分割使用することとなり、4万坪の敷地に昭和初期に旧前田家本邸が建てられます。
当時の駒場は草原が広がる、イギリスの田園のような風景で、利為侯も馬で遠乗りを楽しんだそうです。
マツ・ケヤキなどが茂る駒場の林をそのまま生かした奥庭や芝生の広場・・・使用人も100人以上いたという前田邸は、当時東洋一の大邸宅と人々の目を見張らせました。
現在は「目黒区立駒場公園」として敷地と和館は目黒区が、洋館は東京都が管理しています。 -
洋館の外観は、イギリス貴族の館であるカントリーハウス風の意匠とし、伝統的で重厚なイギリスのチューダー様式でまとめています。
-
圧倒的な存在感が感じられる外観・・・玄関ポーチを張り出し、南側には1階にはテラス、2階にはベランダが設けられています。
外装は石川県小松産の凝灰石「大華石」や、レンガ造りに見えるスクラッチタイルで装飾されています。 -
エントランスの幅広で平たいアーチと急勾配の切妻屋根が英国チューダー様式の特徴。
-
車寄せのアーチや上部にも、細かい装飾が施されています。
前田侯爵家の使用人の数は136名を数え、すでに大正時代には自動車を数台所有していました。 -
1階は来賓をもてなすフロアで、階段広間、第一応接室、サロン、大小客室、26人が一堂に会食できる大食堂、家族が使う小食堂などがあります。
-
①階段広間
玄関から中へ入ると、寄せ木細工の床、深緑の蛇紋石の柱、チーク材の梁、シャンデリアで彩られた天井など、重厚で広々とした広間に圧倒されます。
洋風のお洒落なシャンデリアは、よく見ると唐草模様になっています。 -
②サロン
階段広間の右側にあるサロンは、お客様を最初にお通しする待合です。
意匠も玄関ホールと共通し、大きな梁を見せる天井と、黒緑色の大理石のダブルの柱が重厚さを演出し、チーク材のパネル壁、黒色大理石のマントルピースとその上に設えた大鏡など、内装も豪華です。 -
マントルピースの近くに、当時の呼び出しボタンが残っています。
上のボタン「雇」を押すと従者(使用人や書生)の部屋へ、下のボタン「女」を押すと女中溜まりへ繋がり、どの部屋から呼ばれているか、分かるようになっていました。 -
各部屋には暖炉が備え付けられていますが、これは装飾用・・・実際の暖房は、地階で温められた蒸気が、部屋の吹出口から出る仕組みになっていました。
-
③第一応接室
侯爵夫人や令嬢のお客様が通されていた応接室・・・白いタイルで作られた背の高いマントルピースが特徴で、床の寄せ木細工も華やかさを添えます。
当初は、ダマスク柄の壁紙に同じくダマスク柄の黄色いカーテンがかけられており、明るい雰囲気の部屋であったようです。 -
美しい照明も各部屋の内装に合わせたデザインになっており、天井レリーフも凝っています。
館内のシャンデリアは建築当時のもので、光源のみLEDに改修したそうです。 -
④小客室
大客室と続き間となっていて、必要に応じて引き戸で仕切ることが出来ます。
シャンデリアや壁紙の意匠は大客室と同じですが、マントルピースは小ぶりで明るい色調の大理石です。
バルコニーに面する南側の窓は、当時高価だった巨大な1枚ガラスの開戸になっています。 -
⑤大客室
お客様に寛いで過ごしてもらうための部屋で、部屋のそこここに座り心地の良いソファーやティーテーブルが配され、室内には前田家伝来の美術品や西欧絵画、温室で育てた珍しい観葉植物などが飾られていました。
小客室と同様の設えですが、天井の縁回しが豪華になっています。 -
黒い大理石のマントルピースにピンクの壁紙と照明の組み合わせが、何とも優雅な雰囲気を醸し出しています。
-
空調機の吹き出し口に取り付けられた透かし模様をよく見ると、前田家の家紋「加賀梅鉢」があしらわれています。
-
⑥大食堂
晩餐会のための部屋で、最大で26人のディナーが可能でした。
巨大な白大理石のマントルピースが部屋の中核で、その周囲を古典的な文様の金唐紙で飾っています。
マントルピースの向かいには円弧状の張り出し窓、腰板はチーク材のパネル壁で、落ち着いた雰囲気を醸しています。 -
マントルピース上部の金唐革紙は和紙に金属箔を貼ったもので、唯一、当時の面影を留めた貴重なものです。
また腰板には、晩餐会で交わされる会話を考慮して、チーク材のパネル壁を採用しています・・・木材には吸音性があり、室内に木材を使用すると不快な雑音が吸収され、音がまろやかになるとのこと。 -
これは、当時の大食堂の写真・・・華やかな晩餐会が想像できますね。
-
⑦小食堂
家族のための小食堂・・・前田家では夕食のみ家族全員で食べ、朝食は各々の部屋で摂っていたそうですが、大晦日と正月三ヶ日だけは正装して大食堂で祝宴を開いたそうです。
東庭にテラスを張り出し、全面にカットガラスをはめた扉にしているので、明るい部屋で会話しながら食事を楽しんだのでしょうね。 -
壁一面には食器棚が設えています。
-
(上)コーヒーカップはクラウン・スタフォード社製・・・同社は、英国スタッフォード州で1889年に創立した陶器工場。
(下)右はフルーツ皿、中央はグレープスタンド、左はぶどう鋏・くるみ割り・ナッツピッカー。 -
ティーサービス・セットなどの銀食器類は、英国王室御用達のマッピン・ウェッブ社で誂えました。
同社は、1775年にイギリスのシェフィールドで創業された銀製品・宝飾品メーカーで、現在も世界各国の王室で愛用されています。 -
食器棚の向かいにある扉の中は小型エレベーター・・・食堂の下は厨房になっており、エレベーターで1階の社交場や2階の家族の場に料理が運ばれました。
食堂らしく、上部にはフルーツなどの彫刻が施されています。 -
小食堂から階段広間に戻ります。
-
⑧イングルヌック
イングルヌックとは、暖炉脇の暖かな小さなスペースのことで、ここでは、大階段の窪みを利用した小さな談話室のような空間にマントルピースとステンドグラスの窓を備え、造り付けのソファの背上に三連アーチの飾り棚を設けています。 -
右側の造り付けのソファは創建時からのもので、当時はティー・テーブルが置かれ、親しい訪問者との会話を楽しんだそうです。
-
重厚な手すりには職人による緻密な浮き彫りが施されています。
-
階段にも細かな装飾。
-
2階の階段広間。
-
中庭に面した窓のステンドグラスは濃さの違う黄色を使い、フンワリとした優しい採光になっています。
-
1階の見学を終え、階段を上がって2階へ。
真っ先に視界に入ってくる大きな部屋が長女居室、ベランダ側には書斎・次の間・次女居室・夫人室・寝室が横並びに配置されています。
階段広間を挟んで、長女居室の反対側に三女居室があります。 -
⑨長女居室
玄関車寄せの上部にあり、第一客用寝室として計画されましたが、長女の居室として使われました。
2室に仕切ることもできる広い部屋です。 -
デザインが特徴的な照明・・・天井の照明飾りは星型です。
-
⑩次の間
書斎の前室になり、内装も書斎とほぼ同じで、洋間の造りに合わせた床の間を備えています。 -
入口右側の本棚には、「金沢市史」通史編・全3巻と資料編・全19巻が並んでいます。
-
⑪書斎
利為侯の書斎で、邸内で最も重厚な雰囲気の部屋です。
壁はチーク材のパネルと金唐紙で装飾され、天井もチーク材の鏡板を用い、床は寄木モザイクに絨毯を敷き込み、机の背後には書棚が造り付けられています。
机も応接セットも、利為侯が愛用していた実物。 -
マントルピースのグリルには龍が浮き彫りにされ、ここが高貴な人物の部屋であることを示しています。
-
壁に飾られた肖像画は菊子夫人。
群馬県富岡市にあった旧七日市藩知事・前田利昭子爵の5男として生まれた前田利為(1885~1942)は、前田利嗣の婿養子になって家督を継ぎ、陸軍将校を目指して陸軍士官学校・陸軍大学校を卒業・・・陸軍士官学校の同期には東条英機がいましたが、前田は軍内で東条と折り合いが悪く、前田は東条を「頭が悪く先が見えない男」と評し、東条は前田を「世間知らずの殿様」と評したそうです。
後に先妻の死に伴い、伯爵・酒井忠嗣の次女・菊子と結婚しました。 -
マントルピースの上には夫妻の写真。
明治17年に発令された華族令で、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の爵位が定められ、前田家は侯爵に・・・公侯爵の爵位保有者は30歳以上になると全員が終身の貴族院議員になりました。
有爵者への敬称は「閣下」または「卿」・・・物凄い身分だったのですね。 -
今回の参加者は5名。
-
⑫次女居室
書斎の附属室(図書室)として計画された部屋で、壁一面に書棚が造り付けられましたが、なぜか次女・智意子の居室で使われていたそうです。 -
青いタイルが特徴的なマントルピース。
-
シャンデリアも12角形の変わった形で、中心飾りは星形になっています。
-
⑬夫人室
菊子夫人の居間で、家族団欒の場でもありました。
鏡付きの優美なマントルピースや三連アーチの窓、格子天井もやさしい雰囲気です。
カーテンや絨毯は紫色で、壁紙も華やかなダマスクの大柄を用い、邸内でもっとも華麗な部屋であったといいます。 -
女性的な曲線のマントルピース・・・グリルは菊子の菊に因んで小菊をモチーフにしています。
-
シックな感じのシャンデリア。
-
⑭寝室
侯爵夫妻の寝室で、壁紙は金銀の色彩です。
枕元の壁龕(へきがん)には前田家当主の守り刀が置かれており、その両脇の小窓は透かし彫りを施した豪華なものです。
ベッドやキャビネット等の家具の多くは、ロンドンの高級家具店であるハンプトン社で誂え、船で運ばれました。 -
南側の出窓のようなスペースには、大きなドレッサー。
-
ベッドの反対側には、ライムストーンのマントルピース。
-
⑮三女居室
菊子夫人のための化粧室で、広い押入が2つあり、そのためかラジエーターグリルのみでマントルピースはありませんが、円弧状の張り出しに三連アーチの窓を配した優美な部屋で、後に三女の居室として使用されました。 -
天井の縁廻しシャンデリアも優美なものです。
-
三女居室前の廊下の透かし彫りには、架空の植物である宝相華(ほうそうげ)が描かれています。
中国の唐代に広まった唐草文様が起源とされ、奈良・平安時代の仏教美術を中心に盛んに用いられましたが、蓮の花や牡丹、架空の花などを組み合わせ、豊かで荘厳な雰囲気を持つのが特徴です。 -
これは展示室にある、前田利為がボルネオに出征する直前の家族写真。
前列左より菊子夫人/彌々子(3女)/本人/利祐(利建長男)/朗子(第15代当主・利嗣夫人)/和子(利建長女)/政子(利建夫人)/綾子(利建次女)、後列左より智意子(次女)/美意子(長女)/利弘(3男)/利建(17代当主で先妻との間に生まれた長男)。 -
廊下に設けられたガラスケース内には、金沢の伝統工芸品が展示されています。
こおれは「赤絵金彩瓢形大徳利」・・・九谷焼の名手と言われる浅井一毫(いちもう 1836~1916)の19世紀・江戸後期の作品。 -
17世紀・江戸前期に作られた加賀・前田家の「銀象嵌桐文鐙」。
金沢の伝統工芸は、加賀藩主・前田家による工芸振興政策で深められ、特に三代目・利常によって設けられた「加賀藩御細工所」が大きな役割を果たしてきました。
御細工所の役割は武器や武具の補修管理でしたが、世の平安と共に美術工芸の制作へ転換し、藩主の身の回りから、家中の調度品や茶道具を制作しました。 -
⑯女中室
廊下の突き当たりに、こじんまりとした女中室が2つあります。
ここには、金沢の名家の娘さんが行儀見習い(花嫁修業)の一環として、住み込みで働いていたそうで、茶の訓練などのために床の間付の部屋になっています。 -
⑰会議室
北側の大きなホールで、前田家の評議員が集まって会議を行った部屋ですが、利為公が陸軍中将という要職だったため、部下を招いて宴会なども行われました。
現在は当邸宅や金沢に関する映像を上映しています。 -
2階の廊下から見た中庭・・・この煙突は暖房用のダクト。
-
⑱従者室
侯爵邸で働く男性の使用人や書生が使った部屋です。 -
⑲図書室
もとは三男の居室でしたが、現在は図書館として利用されています。
前田家の男子は先妻との間に長男と次男、後妻との間に三男がいましたが、男子は大久保別邸にあった敬義塾で教育を受けたため、本邸にはあまり居なかったそうです。
因みに、長男・利建は本家の家督を継ぎ、次男は夭折、三男・利弘は分家の家督を継いでいます。 -
南側から洋館を見ると、1階は外回廊のような空間に、左からサロン・小客室・大客室と続いています。
2階のベランダには、左から書斎・次の間・次女居室・夫人室と続き、右角が夫妻寝室の窓です。
屋根裏もあり、右側の6角形は洗濯所、左側のとんがり屋根部分はナース室として使用されました。 -
2階ベランダの両サイドには、大華石製の羽の生えたライオン(ガーゴイル)が。
ガーゴイルは、ヨーロッパの教会や城の屋根や壁に取り付けられた怪物の姿をした石像で、雨どいの吐水口として雨水を外へ流すものですが、魔除けの意味も込められた建築装飾です。 -
洋館の次は和館を見学します。
和館門は唐破風が両側面につく平唐門という形式。 -
唐破風頂部の鬼瓦には、前田家の「幼剣梅鉢紋」があります。
-
洋館の東側に設けられた和館は、周囲を和風の門や塀で仕切り、南側には和風の庭を配した和の空間を作り出しています。
和館塀は上部を格子に、下部を竹割張りとする形式で、格子から和館が見え隠れします。 -
1階の間取り図・・・畳敷きの大廊下や広い続き間のほか、茶室も設けられ、隣接する洋館とは渡り廊下で繋がっています。
-
和館は当初計画になかったのですが、外国からの賓客に日本文化を伝えるための空間として建てられました。
-
広々とした玄関。
-
左右に広がる大廊下。
-
大廊下と茶室を繋ぐ杉戸絵には松が描かれており、その裏側は秋の花鳥図として、萩と紅葉が描かれ、杉戸絵から様々な季節を感じるようになっています。
橋本雅邦(1835~1908)が描いたこれらの絵は、本郷の前田邸から移設されました。
杉戸絵の引手には前田家の家紋、加賀梅鉢が付けられています。 -
「御客間(主室)」と「御次之間」は約40畳ある続き間で、部屋境は筬欄間(筬欄間)と襖障子で穏やかに仕切られています。
-
透かし彫りの欄間は、木材とは思えないほど繊細で、まるでレースのような美しさです。
-
上座である「御客間」は、大振りの床の間、鳥居型の違い棚、明障子付きの付書院を備えた、いわゆる書院造となっており、大・大名家であった前田家の高い格式を示しています。
-
「御次之間」から見た庭園・・・洋館のような派手さはなくても、上質な落ち着いた空間です。
-
縁側から庭を望みます。
-
「和館庭」は、和館の南に面した、流れを中心とした池泉庭園で、燈籠や景石の一部は本郷邸などから移されました。
滝をあえて左奥に設置し、池というよりも流れを楽しむようになっています。 -
和館西側の茶室の向かいには露地(茶丹羽)が設けられ、また、東側の煎茶室(金沢市に移築)周辺には中国趣味の庭が設けられるなど、多様な景色を楽しむことが出来ます。
-
現在は水が張られ鯉が泳いでいますが、もともとは来客時のみ水が流れる仕組みだったそうです。
-
庭園側から見る姿は、京都の銀閣寺に似ているとも言われます。(写真はパンフレットより)
洋館の華やかさとは対照的に、静けさの中に息づく日本文化の美に触れることができました。 -
旧前田家本邸の見学を終え、東大駒場キャンパスで昼食を。
東大駒場キャンパスの象徴である正門と、安田講堂にそっくりな一号館・・・1933年に完成した旧制一高時代の建造物です。
時計台の一号館では、現在もここで授業が行われています。 -
正門の大扉に、今も当時のまま残る「柏葉」の透かし模様は、「柏(オーク)」の3葉と「橄欖(オリーブ)」の3葉6実を組み合わせた一高の校章だったものです。
-
正門から左に進むと「駒場博物館」 があります。
この建物は、1935年の旧制一高と農学部との校地交換を機に建てられ、図書館として使われていましたが、従来あった美術博物館(1951年設立)と自然科学博物館(1953年設立)が統合され、2003年から駒場博物館となりました。 -
その少し先にあるのが、交流施設の「駒場ファカルティハウス」。
-
東側の1階は「ルヴェ ソン ヴェール駒場」、2階はレストラン「橄欖」。
レストランと反対側(西側)には、セミナー室や宿泊室などがあります。 -
1階の「ルヴェ ソン ヴェール駒場」で1,700円の日替わりランチを楽しみます。
-
いつも満席の、知る人ぞ知るフレンチの名店ですが、今日は猛暑日のせいか、すぐに入れました。
-
左側に並んだサラダバーで、好みの野菜とパンをセルフサービスで。
-
メインは肉・魚・野菜の中からチョイス・・・これは魚。
-
キャンパスと直結した「駒場東大前」から帰ります。
-
西武新宿駅に行くと、【UtaGe!(うたげ)】のステージがまだ続いています・・・もう14時ですが、熱中症は大丈夫でしょうか?
前田家の素晴らしい邸宅と東大駒場でのフレンチを楽しんだ1日でした。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
98