2026/06/10 - 2026/06/11
586位(同エリア619件中)
芦花さん
2026年6月、昨年の中部イタリアの続編として、北イタリアを目指すことに。以下5つのパートで展開します。
①イタリアまでの往路&中世の自治都市「マントヴァ・ヴェローナ」
②湖水地方「ガルーダ湖」
③ジロ・デ・イタリア(イタリア一周自転車レース)の舞台「ドロミテ」
④海洋国家としての自治都市「ジェノヴァ」
⑤カトリックの源流としての「ミラノ」→羽田までの復路
今回はチャットGPT、クロード、ジェミニの三つの生成AIを駆使して各種歴史や芸術・文化などを堪能。複数のAI活用することで複眼的な視点を保有しつつ「明確な根拠」をプロトコルに含有させることでその精度の確度向上にも努めました。
そうすると、まさにガイドよりも詳しい世界遺産や芸術・歴史・文化などがその場所で深く味わえる、まさに「AI旅行元年」ともいうべき感慨深い旅となりました。その成果をここでも再現したいと思います。
もちろん、この2年間早稲田大学オープンカレッジで三森のぞみ先生のイタリア史を勉強中であることやキリスト教の基礎の独学もそのベースにはありますが。。。
まずは、①イタリアまでのアクセスとイタリアならではの典型的なコムーネ(自治都市)として世界遺産になっている「マントヴァとヴェローナ」。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
-
今回選択したキャリアは「中国国際航空(エアチャイナ)」。台湾系の「チャイナエアライン」ではなく、中華人民共和国=大陸系の航空会社。
なぜなら今回はアメリカ・イスラエルによるイラン侵攻でいつもの中東系キャリアが使えず、中国系のキャリアに(実際には中東系も使えたみたい)。
大陸系は、ロシアのウクライナ侵略後もロシアとも関係が良好ということもあり、シベリア上空を飛行できるので実は短時間でのヨーロッパ旅行が可能。若干の罪悪感はあるものの。。。
行きは羽田から北京まで4時間、1時間半のトランジットで北京からミラノまで11時間と、搭乗時間は15時間で済みます。
往復のコスト単価も約17万円と割安ではあるものの、クオリティーはLCCとフルサービスの中間くらいで中国のフラッグキャリアとは到底思えない。 -
羽田から北京までの機材はエアバス321で、ほぼ国内線仕様のためか、ディスプレーもなし。
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食事も相当にしょぼい。出るだけマシか。
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ソウル市上空を通過しつつ、
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北京国際空港に到着。
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北京からミラノまでの機材はA350-900で国際便の定番機材。
ところが、映画は日本語が選択できず、日本映画も調べた限りなかったので、実質動画は使えない。
機内WIFIも閲覧可能のなのは許可されたサイトだけのようで実質こっちも使えません。
ちなみに写真の通りフライトマップは、軍事機密上の問題なのか、GPSが使えないのか、ロシア上空では機能せず、こっちも使えない。 -
一方で、長距離便ということもあってか食事はいたってスタンダードなもの。それでも日系や中東系などと比較すると一品足りない。
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そして早朝にミラノマルペンサ空港に到着。
11時間と欧州便にしては搭乗時間が短いので相当に身体はラクです。 -
イミグレーションは若干時間かかったものの、飛行機から降りて荷物も引き取って
「約1時間」でレンタカー受付にたどり着くことができました。 -
レンタカーで今回選んだのはブッキングドットコム経由でのバジェット。
前回フィレンツェでNoleggiareを利用して「燃料が満タンになっていない」など嫌な思いをしたので、今回はマトモだと想定されるバジェットに変更。
結果としてこれは大成功。対応もよく、受付も駐車場も空港内にあるので最短でレンタカーが利用できるなど、この辺りはケチってはいけないな、と実感。 -
車種は日産カシュガイMTまたは類似する車ということで、実際にはシトロエンC3エアクロスMTに。
4日間運転しましたが、この車、実際に欲しくなってしまうほどいい車で相当に気に入ってしまいました。いわゆるフランス社特有の「猫足」を現代に蘇らせたような車だったのです。
ハンドルを切った時のぐっと沈んだ後のコーナリングの入り方もスムーズだし何よりもシートが包み込まれるような感じがして非常に気持ちいいし疲れにくい。高速走行もエンジンが1.2lと小排気量にも関わらずそれなりに回転を回せば過不足なし。
一方で今時ACC機能が速度固定しかないなど、貧弱なのが難点だしダッシュボードの操作性もイマイチなど、日本車と比較すると相当に車内の操作性や先進技術で劣っている印象ではありますが。 -
そして200kmの距離を一部下道走ったこともあって3時間ちょっとでマントヴァに到着。
侵入すると罰金取られるZTL(Zona Traffico Limitato)を恐れてマントヴァ郊外の人工湖のほとりの公共無料駐車場に駐車しましたが、日差しの強い中、若干歩く羽目に。 -
なので、ZTL対象外だったドゥカーレ宮そばの有料駐車場に駐車しても良かったかも。さて、写真はサン・ジョルジョ城。
なぜマントヴァにきたかったかというとルネサンスの君主の痕跡を見たかったから。ここマントヴァではゴンザーガ家という傭兵隊長上がりの成り上がり支配者がルネサンス期を中心に約380年間、家が断絶するまで支配します。
基本的にミラノのスフォルツァ家も、去年紹介したウルビーノのモンテフェートロもゴンザーガ同様、傭兵隊長の成り上がりで、傭兵で稼いでその土地の君主になったルネサンス君主。 -
ドゥカーレ宮は、サンジョルジョ城や国立考古学博物館と一体化しており、中ですべて繋がっています。
というのも、ゴンザーガ家が過去の建築を建て増し増築・改築などによって拡張させていったから。 -
ドゥカーレ宮の最も重要だという間「新婚の間」はサン・ジョルジョ城内にあります。
ここは、ドゥカーレ宮とは別に別途チケットが必要でした(共通券も可)が、必ず訪れるべき場所です。
ゴンザーガ家のルイージ3世(=ルドヴィーコ2世:1412-1478)が権威付けとして三顧の礼で迎え入れたパドヴァの天才画家アンドレア・マンティーニャに描かせたのがこの新婚の間。 -
このフレスコ画はルイージ3世の息子のフランチェスコ(赤いマントの中央の男性)が枢機卿に昇進した際の再会の場面。左のグレーの衣装がそのお父さんのルドヴィーコ2世。
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そして天井をみると、天井画のだまし絵で、
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当時最先端だった遠近法を取り入れたドゥカーレ宮で最も重要だと言われている絵画。
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肖像画はルイージ・ゴンザーガ。ルイージ3世の三男ジャンフランチェスコ(サッビオネータ領主・分家)の孫で、1527年に発生した大規模な戦乱「ローマの略奪」の際、神聖ローマ皇帝側の軍人でありながら、包囲されたローマ教皇クレメンス7世(=ジュリオ・デ・メディチ)を救出し、安全なサンタンジェロ城へと避難させたという英雄。
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この天井フレスコ画は「トロイの間」にあるジュリオ・ロマーノ(=ジュゼッペ・ピッピ:1538-1539)の作。
ロマーノはラファエロの死後、未完成だったラファエロの作は、みなロマーノが完成させたというほどの腕利きの一番弟子。
このフレスコ画は、マニエリズムの傑作の一つで「トロイア戦争」を描いた超大作。
この絵もだまし絵になっていて。下から見上げて言えるのに上から見下ろすかのような視点になっているという。 -
このようにキリスト教世界において、ルネサンス期に一見異教徒の神話とも言える多神教のギリシア神話が題材に選ばれているのは、領主ゴンザーガ家の権威を知らしめるための格好の題材だったからだとか。
一応ここもゴンザーガ家のプライベートな空間だったし、教会自体も「支配者の教養の一環」ということで容認していたらしい。 -
というか当時のローマ教皇自体もルネサンス期にはギリシャ・ローマの題材を教養の一環として楽しんでいたので全く問題ない、といった方がいいか。
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さて、屋外の廊下を辿って
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古代ローマ皇帝の胸像が並ぶ間を見学。ルイージ三世が古代ローマ帝国の復活をここマントヴァにおいて夢想した、というだけあります。
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ゴンザーガ家が断絶した後、北イタリアはベネツィア含めオーストリア・ハプスブルク家が侵略・占領し、ここマントヴァもハプルブルク家の領土となります(1707年)。
この結果、ハプスブルク家のマリア・テレジアはマントヴァにマントヴァ美術学校を開設。そのディレクターとして招聘されたのがこの絵「ディドの死」の作者「ジュゼッペ・ボッターニ」。
彼のマントヴァへの到来によってマントヴァに新古典主義の芸術がもたらされたとのこと。 -
この絵に描かれたディドの表情がいかにも印象的で、アップで撮影してしまいました。
剣で刺されて血の気が引いていくディドの表情が、鮮烈な赤いマントを伴ってなんとも言えなかったのです。 -
ハプスブルク家は、ゴンザーガ家が収集した当時絵画よりも遥かに高価だったというタペストリーで、しかもラファエロがデザインしたという超一級のタペストリーを展示するためにこの辺りの部屋を再設計したという。
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ラファエロ「使徒言行録」シリーズの「アテネでのパウロの説教」。ラファエロの原画をもとに作られたタペストリー。
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ここは「ピザネッロの間」。
左側にフレスコ画のための下絵があり、正面にはここで描かれたフレスコがが残っているという、不思議な部屋。 -
というのも、この左側の15世紀の下絵(ピザネッロ=アントニオ・デ・プッチョ作)は、1960年代に再発見されたものだそう。
つまりここは「一度は壁面の下に隠されていた500年以上前の中世の天才画家のデッサンが蘇った歴史」の証明。 -
いやいやゴンザーガ家のコレクションは尋常ではない充実さでした。といっても彼らが収集したものの大半はハプスブルク家などが領外に持ち出してしまった、というからこれでもその一部だとか。
さてソルデッロ広場にて、ジュリオ・ロマーノが内装を設計したというサン・ピエトロ大聖堂(ファザードはバロック様式、本体はロマネスク様式)を横目に見つつ -
ランチでミシュラン2026掲載のシュカル・ブルスク(Sucar Brusc)」へ。
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ここでマントヴァの名物料理「2種のトルテッリ(=ラビオリ)の盛り合わせ(かぼちゃとセージ風味の二種)。20ユーロ。
左側のカボチャのトリテッリは苦手なんですが名物料理ということで食べてみましたが、かぼちゃの甘味が強くてイマイチ。この強い甘さには、マントヴァ伝統のレシピならではの隠し味出そうで、マントヴァでは、ペーストしたカボチャに砂糖だけでなく「アマレッティ(アーモンド風味の甘いクッキー)」を砕いて混ぜ込んでいるから。
側の緑色のトルテッリは、マントヴァの特定の地域(カステル・ゴッフレードなど)の伝統的なハーブである「バルサミータ(Balsamita/別名:コストマリー)」という薬草を使った、通好みのパスタ(Tortelli Amari)だそう。 -
もう一品は「Pork belly roasted, served thin and fresh, pears in Lambrusco del Viadanese, escarole and lemon」。19ユーロ。
薄くスライスされたロースト豚バラ肉にヴィアダーナ地方産ランブルスコ(赤い発泡性ワイン)で煮た洋梨とエスカロール(キクヂシャ/フリゼに近い苦味のある葉野菜)。
特に豚肉の旨みが程よく、こっちは非常に美味でした。 -
ソルデッロ広場の石はなぜか他のイタリアの石畳(火山岩や玄武岩をカットしたもの)と違って丸石なんですね。
なぜなら、ミンチョ川を堰き止めた人口の湖に囲まれたマントヴァの周辺は広大なパダナ平野(ポー川流域の平野)であり、建築に適した石材が採れる山が近くになかったから。
そこで目をつけたのが「ミンチョ川やポー川の川床から採れる河川礫(かせんれき)」、つまり川の流速で自然に削られて丸くなった頑丈な石(川砂利の巨大なもの)でした。身近で大量に手に入る天然の丸石をそのまま敷き詰めることが、マントヴァにとって最も合理的で経済的な選択肢だったのです。 -
AIとともに旅すると本当に深いです。そのマントヴァの人工湖の間の橋を渡って駐車場に戻ります。
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そして車でまたマントヴァ市街に戻り、
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ゴンザーガ家の離宮でジョルジュ・ロマーノが設計したという世界遺産「テ宮殿」へ。
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ここの目玉はなんといっても、ルネサンス版3Dと言われる「巨人の間」。これは相当に異空間です。全てフレスコ画で壁面と天井が埋め尽くされ、角の部分は丸く処理してどこが境界線かわからないくらいの異空間。
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題材はギリシア神話の巨人たちがオリュンポスを攻撃し、ゼウス(ユピテル)に撃ち倒されるという様子。正確にはギリシア神話をベースに書かれたローマの詩人オイディウスの『変身物語』から引用されたフレスコ画。
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このフレスコ画も見事!
テ宮殿ははフェデリーコ二世の愛人イザベッラ・ボスケッティのために作られたという理由のほか、当時の最高権力者ハプスブルク家のカール五世(1550-1558)がマントヴァ来訪の際の接待の目的も。
カール五世がフェデリーコ二世を侯爵から公爵に昇格させたその感謝の意からフェデリーコ2世の侯爵→公爵への昇格(1530年)を記念する、まさにその目的のために造られた特別な部屋だとのこと。 -
この方がジュリオ・ロマーノ。なんとヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ作。
この絵画は、1573年に作成されたティツィアーノの娘ヴィルジニアの財産目録に記載されていた作品。その後ゴンザーガ家の所有となり、1627年のマントヴァ家(ゴンザーガ家)の目録にもその存在が確認されたそう。
1650年以降、行方が分からなくなっていましたが、1991年に再び美術市場に姿を現し、1996年、ロンバルディア州とマントヴァ県が共同で、さらにカリプロ財団(Fondazione Cariplo)の資金援助を得てこの作品を購入し、現在のテ離宮(パラッツォ・テ)美術館に寄託・展示されることとなったという。 -
ここも有名な馬の絵で有名な「馬の間」。マントヴァは名馬の生産地。
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ジュリオ・ロマーノとその工房の画家たちは、フェデリーコ2世の最高級の厩舎(きゅうしゃ)から、彼が特に気に入っていた6頭の駿馬を選び、その特徴(毛並み、骨格、額の模様など)を驚くほど忠実に、立体的に描き出したという。
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この部屋も尋常ではなかった。「プシュケーの間」。
フェデリーコ2世ゴンザーガ侯爵は、ジュリオ・ロマーノに対し、アプレイウスが『変身物語』で語ったクピドとプシュケーの物語を表現するフレスコ連作で部屋を装飾するよう依頼。 -
圧倒的な空間に相当に疲弊したので、テ宮殿のカフェで一服。
それにしてもテ宮殿はほとんど拝観者がいなくて「本当にこれでいいの」という感じでした。
マントヴァは、是非とも訪れることをお勧めします。ローマやフィレンツェのように混んでいないのが中小コムーネ(イタリア中世の自治都市)のいいところ。しかも世界遺産にも認定されるお宝満載ですから。 -
テ宮殿の旧敷地内にあるカルチョのクラブ「マントヴァ1911」のホームスタジアム「スタジオ・ダニーロ・マルテッリ」を横目に見つつ、ヴェローナに移動。
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宿は、3 Amici al Castelloというカステルヴェッキオ橋そばのコンドミニアム。
旧市街からはアディジェ川を挟んで反対側にあり、ZTLにも引っかからないので選んだのです。駐車場も建物の地下に有料で借りられます。15ユーロだったか。 -
早速カステルヴェッキオ橋を渡って旧市街へ。この辺りもイタリア中世にタイムマシンで訪れたような感じで実に楽しい。
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アレーナに隣接するヴィットリオ・エマニュエーレ二世広場。この人はイタリア統一時の象徴たる王様で実質権力はなかった人なので、近代イタリアにおける日本の明治維新の明治天皇や戦後の昭和天皇みたいな存在。
ちなみにイタリア各地に彼を記念する通りや広場・建物はあります。 -
そしてこれが世界遺産、アレーナ。ローマのコロッセオのような高さはないのですが、面積自体は相当にデカい。
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さらに旧市街を進むと、高級ブランド街になる。
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通りをなにげに歩いていると、フレスコ画のだまし絵を活用した建物があったりして、いかにもイタリアです。
調べれば、ヴェローナは「フレスコ画の街」だとか。 -
そしてヴェローナの中心、エルベ広場。かつて古代ローマの時代はフォロ・ロマーノのあった場所。
ヴェローナは、ルネサンスと古代ローマが見事に調和した街なんですね。 -
ヴェローナの旧市街にあるシニョーリ広場(Piazza dei Signori)のダンテ像(Statua di Dante Alighieri)。
フィレンツェを追放されたダンテがヴェローナの領主スカラ家(特にカングランデ1世・デッラ・スカラ)を頼ってこの街に身を寄せていた歴史にちなんで建てられたという・
この像は1865年に建立。1865年はダンテ生誕600年にあたり、イタリア統一運動(リソルジメント)の時代に「イタリア民族の象徴」として各地でダンテ顕彰が行われた時期だそう。
台座の正面には「A DANTE LO PRIMO SVO RIFVGIO(最初の亡命地となったベローナより、ダンテへ)」といった言葉が刻まれています。 -
このシニョーリ広場は、ベローナの政治の中心地で日本の霞ヶ関みたいな場所。
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ジュリエットの家は時間切れで中に入れなかったので、檻の外から撮影。
ヴェローナといえばシェイクスピアのロメオ&ジュリエットですが、シェイクスピア自身はヴェローナを訪れたことはなかったらしい。元々のシェイクスピアのネタ本がイタリアにあって、それを題材にしたとか。 -
こんな感じです。
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アレーナに戻り、
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ヴィットリオ・エマヌエーレ二世広場でディナー。ピッツェリアda Pino。
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サラダはたっぷりのローストビーフ。
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ピッツアは、ダブルプレートでしたが、これは二人分の量だったので、ちょっと多すぎました。
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日が長く21時過ぎの日の入りでしたが、食後に夕暮れになずむヴェローナの旧市街を歩いて宿に向かう。
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再び中世を実感できるカステルヴェッキオ橋に戻り、
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橋からのアディジェ川。カステルベッキオってそのまま日本語にすると古城橋(カステル=城、ヴェッキオ=古い)。
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その古城橋の夜景もライトアップで美しい。
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朝早く起きて朝焼けをカステルヴェッキオ橋から望む。
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宿にはネスレのネスプレッソがあって高級旅館のよう。さすがイタリア。
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このような充電機器も備えるなどは気が利いていてよかった。
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客室バルコニーからの景色はヴェローナの日常生活が艦が見えてこれもよし。
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地下の駐車場の様子です。これなら安全。
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地下駐車場から出発。コムーネならではの歴史と文化を学べたマントヴァ&ヴェローナ。イタリアはどこに行っても楽しい。さすがの観光国。
次回は、毎年10年以上、ジロ・デ・イタリア(イタリア一周自転車レース)のほぼ全てのステージをTV観戦しているわたしが、最も行きたかった場所の一つ。イタリアで最も大きな湖ガルーダ湖の周遊です。
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