2026/04/26 - 2026/05/05
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セレブムリさん
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インドに行くのは4回目。久しぶりのインドは変わり種に行きました。
その旅のエポックな出来事だけダイジェスト的に旅行記にしたためます。
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インドのインパールを訪問しました。
詳細はまたの機会にして、大まかな概要などを記したいと思います。
インパールのあるマニプールは外国人には長く閉ざされていました。
民族的な対立などがあり中央政府には要注意地域という事です。
ですが数年前に解かれて外人にも開かれました。ですので、いろんな人の訪問記を目にすることができます。
ところが、迂闊でしたが外人特例が解除され、今はパーミッションが必要な元の状態に戻っていました。とはいえそんなことは気にもしない航空会社は普通に乗せてくれちゃいましたのでインパールには到着できました。
もともと外人は州政府チェックを受ける必要があり州コントロールに行きますが、許可証はないので、悶着、するほどでもなくその場で作ることになりました。本来は事前申請で、とてつもなく面倒な手続きが必要です。
まあ来てしまったから進めてくれるのですが、正直非効率極まりないので大変でした。セクションによって人が違うのか同じ質問を答え続けることになります。普通のインドビザ申請よりはるかに細かく、父親の個人情報やすぐには分からないホテルの住所電話番号などを調べつつです。電波があまり良くないので検索やメールボックスを開けないのも割を食いました。外人は同機で1人だけだったので空港に取り残されましたが、時間がかかるだけで追い返されそうなわけでなく、時間も昼過ぎなのでのんびりと構えられました。
そして無事証明書Cフォームを得ます。投宿にはこれの提出が必要です。
大変ですが、他空港でも入国審査の列に1時間並ぶなんてこともザラにあるので割り切ります。
では大変だったのは何か。
それはインドからの出国でした。
自分のチケットはカルカッタ(コルカタ)から昆明に出るものです。なぜかカルカッタは深夜未明の出発到着便ばかりです。ですので午前0時でも空港は賑わっています。何があるかわからないし早めに3時間前、と言っても22時過ぎですが、空港に着きました。チェックインカウンターも稼働していたので荷も預け早めに動きます。のる人が集まればすぐ出るので搭乗時間を当てにせずゲートに行くのがインド式でした。
さて、ビザに問題なく、滞在日数も余裕があり、不備は何もないのですが、いざ出国というときに管理官に、とても細かくしつこく聞かれました。
とにかくインド英語は聞き取りにくく何言ってるかわからないことが多かったのですが、この時はいってる意味が解らなかったです。
いつきた、そしてどこ行ったというので、入国した日と、ポートブレア(インパール行く前に行きました)に行って4日過ごした。と事実を述べました。この後何回も同じことを聞かれますが、なぜか訝っている管理官にたいしては「なに?」としか思えません。
行き先をポートブレアと答えたのに、インドでどこへ行ったと聞き返されたので、なおさらわからない。聞き間違えてインドからどこへいくのか?だったかなと、経由便で帰国すると答えましたが、どうも話がかみ合いません。
「こっちに来てしばらく待て」と、別室の前の椅子に向かわされました。
なんとも不可解ですが、そういえばサウジ入国の時、システムがバグってて証明書はあるのに記録されていないため、ずっと待たされたのを思い出しました。観光開国したてでのシステムトラブルだったようですが非がないのに不利益はいい迷惑でした。
早めに来ていたので搭乗にはまだ時間があったので精神的に余裕があったのは良かったです。いつ呼ばれるかわからない不安にさせられたら最悪です。
30分ほど放置されたあと別室に呼ばれました。先ほどの管理官ら3人の人がいました。上司でも集めたのでしょう。
1週間ちょっとの滞在、どこそこ行ったと同じ質問をされました。さらにマニプールに行ったかと聞かれやっとわかりました。インパールに行きましたがマニプールに行った意識などありませんでしたがマニプールは未だに紛争地域としてカルカッタではとらえているようです。
それはパーミットを取って記録されているので先方はわかってるでしょうが、なぜきかなかったのかも不思議です。正直、インパールがマニプールと気づきもしませんでした。
だから紛争地域に行く外人として認識したようです。たぶん。でもインパールは日本人が山ほど訪れています。個人でも結構いってるようでインパールの施設には記帳にたくさんの日本人来訪者名なども残っています。
一通り聞かれてから、携帯の提出を求められました。まあ写真のチェックでした。スナップ写真はカメラを使ってるので携帯にはあまり写真がありませんが・・。インドに友人がいるのか? これは誰だと人物の写真を見つけて聞かれたりしましたが、「知らんわ。歩行者だ」と言いたかったけどワカリマセンと言いました。でもメモリアルや記念塔の写真はあるので、裏取りはできたかなと思います。
話は前後しますが、何しにマニプールに行ったのかと問われ、WW2の激戦地を慰霊がてら訪れたと答えたわけです。すぐには通じない。ことほど左様にカルカッタでは日本軍のこと、インパール戦争のこと、チャンドラボウスのことも認識されていないのでした。
さすがにインパール空港では、戦地跡を訪れるというだけで理解されましたが、カルカッタでは、おまえは兵士あるいは元兵士なのかと問われる始末でした。
まあこれまではずっとパーミットが要らなかったので、マニプール入境の記録は残らなかったのでフリーパスだったのでしょうが、小生の人身御供によって、日本人にはとても有名で、インパールの激戦地を訪れる日本人がいるという認識が入管に共有されることを願いたいです -
小さなインパール空港。外人は入口が別
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でも中でつながってるからどっちもおんなじ
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この一角で待ち続ける
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日本軍限界点レッドヒルまでローカルバスで。
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到着。とんでもない大雨になる
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メモリアル
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泥になる。戦時中も泥だらけだったろう
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インパール展示館。インパール作戦関係の展示品はあまりないためパス。
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大雨は傘では歯が立たない
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日本軍はこの丘を越えられなかった
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路線バスがいわゆるトゥクトゥク
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当然牛は歩く
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空港前
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搭乗に並ぶ。
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当然のように割り込むインド人
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何度もチェックする。
インドは時計、ベルトはダメ。 -
カルカッタ
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チェックイン荷預けはまだ少ないうちに完了
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搭乗口。やっと出国してやって来た
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機内へ
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さらばインド
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灯りが少ない
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ここはチッタゴン上空。領空も出た
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インド脱出成功
改めてまた本体の旅行記を載せたいと思います。
ありがとうございました。よろしくお願いします。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 箱名さん 2026/05/20 11:00:38
- インパーr
- お疲れ様です
2017~19年にかけてインパールに仕事で3回行きました。
中国とのあやふやな国境、中国とはかなりもめてる感じでした。
同行の同僚1名が中国籍であったため、インパール迄せっかく着いたのにインパール入管に上陸を拒絶され、その同僚はデーリー迄戻され待機となった思い出があります。
その時は3人の入管が全員パスポートチェック、とインパール企業の招聘状のチェック、めんどくさかったです。
3回で都合7週間程度居ましたが、もういいかなって感じです。
- セレブムリさん からの返信 2026/05/20 13:42:12
- RE: インパーr
- コメントありがとうございます。
まだまだ「開放」もされていなかったころお越しになったのですね。
今は肌感覚では形骸化した昔ながらの手続きが残ってるだけで、銃装備の兵士をよくみかけはするものののんびりした地方都市といった感じです。ただインパールはそうですがコヒマなどに行くと緊張感があるようです。
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