2026/04/22 - 2026/04/22
283位(同エリア1567件中)
愛吉さん
世田谷生涯大学OB会の仲間達と横須賀猿島砲台跡と記念艦三笠を訪ねました。
天気予報は午後から雨、予報に違わず午後から降雨となり、時間と共に激しさを増します。
猿島は横須賀軍港の沖に浮かぶ東西二百米、南北四百五十米の無人島。
幕末から明治、昭和の三代に渡り、砲台が築かれた要塞の島であり、現在もその痕跡を色濃く残します。
記念艦三笠は日露戦争、日本海海戦の立役者、連合艦隊旗艦として活躍したあの戦艦三笠です。
世界の三大記念艦の一つとしてその栄光を今に伝えています。
では大日本帝国夢の跡を訪ねる旅、スタートです。
表紙は猿島要塞跡
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 私鉄
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集合は横須賀中央駅、午前10時30分。
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歩いて約10分、三笠公園に到着。
記念艦三笠を保存展示する公園です。 -
マストのモニュメントが建っています。
帆船日本丸のマスト、手前には可愛い女の子。 -
広場に到着、戦艦三笠をバックに東郷元帥の銅像。
傍に”皇国興廃在此一戦”の碑。 -
艦尾には”みかさ”の文字。
マストには軍艦旗がはためきます。 -
猿島への連絡船は新三笠桟橋から出発します。
(三笠が係留されている桟橋の反対側)
猿島への連絡船、黒船と白舟がありますが、今回は白船使用です。 -
乗船しました、ブリッジです。
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出航、正面に猿島。
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猿島に上陸。
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要塞の島です。
通路は全て、トンネルか切通し、外部からは窺い知る事は出来ません。 -
ガイドに案内して貰います。
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幕末から明治に掛けて造られた砲台跡です。
全て人力で造られました。 -
第2砲台跡。
右側煉瓦積みの上部に、明治14年から17年に砲台4基が築かれました。 -
1階の兵舎部分にも特別に入れて貰います。
20畳程の煉瓦造りの部屋で、内部は漆喰仕上げ、通路に面し小さな窓が2っ有ります。 -
トイレ跡。
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島の中央、見張所への登り口。
海を照らす探照灯、見張所等が在った場所。
今回は年配者が多く、登りませんでした。 -
長さ90米のトンネル。
総煉瓦造りです。 -
トンネルを抜けると弾薬庫。
上は第1砲台。 -
右の煉瓦造りが兵舎、正面のトンネルが砲台入口。
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トンネル内部。
左は兵舎に連なり、上部は砲台になります。 -
砲台の台座址。
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砲台構造図。
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第一砲台跡からの眺め。向うに見えるのは観音崎。
幕末から昭和に続く”つわものどもが夢の跡”です。
当時の兵(ツワモノ)は何を想ってこの景色を眺めたのでしょうか。
ここは島の北端、これで島を縦断したわけです。 -
来た道と同じ道を戻ります。
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三笠桟橋に戻って来ました。
これから三笠に乗艦見学します。
写真の右端に写る白い砲弾は、大和の46糎砲弾、大鑑巨砲時代の名残。
尚この写真は猿島渡航前に写しましたが、三笠乗艦時には豪雨に近い降雨、折畳の傘では役に立たない位でした。 -
三笠に乗艦、舷門から艦首方向。
排水量 15,140t、全長122m,幅23m、速力18ノット、乗員859名
主砲 30cm砲4門、副砲 15㎝砲14門、魚雷発射管4門。 -
艦橋から前方。
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前部主砲。
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上甲板。
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副砲。
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吊り床。
兵員は持ち場がそのまま寝室となります。 -
無線室。
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日本海海戦パノラマ模型。
上が日本艦隊、手前2列がバルチック艦隊。 -
日本海海戦、航路図。
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中甲板中央展示室。
当時の品々が展示されます。 -
三笠の艦首を飾った菊の御紋。
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長官公室。
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長官寝室。
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後部砲塔に張られた、三笠の戦歴プレート。
前に砲弾。
これで艦内一巡、退艦します。 -
東郷元帥の見送りを受けながら雨の三笠公園を後にします。
つわものどもが夢の跡を訪ねた一日、これで終了です。
お疲れ様でした。
終
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