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続百名城の鳥越城にやってきました。

No.136 続百名城(7/100)の鳥越城~加賀一向衆の城~

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2026/04/13 - 2026/04/13

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スネフェル

スネフェルさん

続百名城の鳥越城にやってきました。

旅行の満足度
4.0
観光
3.5
交通
1.5
同行者
一人旅
交通手段
自家用車
  • 国道360号線を走っていて、原町に入ったところで、案内板を発見

    国道360号線を走っていて、原町に入ったところで、案内板を発見

  • 案内板の近くには「仏御前」の屋敷跡が

    案内板の近くには「仏御前」の屋敷跡が

  • 仏御前屋敷跡外観

    仏御前屋敷跡外観

  • 屋敷跡ではありますが、メインは墓石。<br />地元の方が大切に管理しているようで、綺麗に保たれています。

    屋敷跡ではありますが、メインは墓石。
    地元の方が大切に管理しているようで、綺麗に保たれています。

  • 碑文のようです。<br />かろうじて「仏」の字は読めます。

    碑文のようです。
    かろうじて「仏」の字は読めます。

  • 仏御前の説明文。<br />仏御前は元々、ここ原町の生まれだったようです。<br />十四歳で京都で白拍子になり、平清盛の寵愛を受けた。<br />ただ、寵愛の切っ掛けが、それまで寵愛を受けていた祇王の紹介だった。<br />清盛の寵を仏御前に奪われ、祇王自身は出家して尼になってしまう。<br />そのことを知って仏御前自身も出家。<br />この辺の心理は当人しか知りえないだろうが、祇王と仏御前の関係性、行動は現代の「なろう系小説」の悪役令嬢モノに通じるものがある気がする。<br /><br />結局、日本のサブカルのストーリーは日本の歴史・文化に引きずられている、というのを改めて感じます。<br />

    仏御前の説明文。
    仏御前は元々、ここ原町の生まれだったようです。
    十四歳で京都で白拍子になり、平清盛の寵愛を受けた。
    ただ、寵愛の切っ掛けが、それまで寵愛を受けていた祇王の紹介だった。
    清盛の寵を仏御前に奪われ、祇王自身は出家して尼になってしまう。
    そのことを知って仏御前自身も出家。
    この辺の心理は当人しか知りえないだろうが、祇王と仏御前の関係性、行動は現代の「なろう系小説」の悪役令嬢モノに通じるものがある気がする。

    結局、日本のサブカルのストーリーは日本の歴史・文化に引きずられている、というのを改めて感じます。

  • 地図上の「仏御前阿弥陀堂」には何もなかったけど、少し山側に行ったところに「仏御前」と看板のある建物が。

    地図上の「仏御前阿弥陀堂」には何もなかったけど、少し山側に行ったところに「仏御前」と看板のある建物が。

  • 仏御前の説明文。<br />墓所と同様の説明文ですが、恐らく、ここに仏御前の像があるのでしょう

    仏御前の説明文。
    墓所と同様の説明文ですが、恐らく、ここに仏御前の像があるのでしょう

  • 碑文が立っています

    碑文が立っています

  • 全く読めません・・・

    全く読めません・・・

  • 国道360号を走り、道の駅までやってきました。<br />その名も「一向一揆の里」

    国道360号を走り、道の駅までやってきました。
    その名も「一向一揆の里」

  • 砦を意識したオブジェ

    砦を意識したオブジェ

  • 二曲城跡の看板があるので、そちらに向かいます。

    二曲城跡の看板があるので、そちらに向かいます。

  • 二曲城跡もよりの駐車場に到着

    二曲城跡もよりの駐車場に到着

  • 駐車場から城跡に向かう小道

    駐車場から城跡に向かう小道

  • 川はいい感じに整備されています

    川はいい感じに整備されています

  • 「入口」ではなく、「登り口」となっているのが怖いですね・・・

    「入口」ではなく、「登り口」となっているのが怖いですね・・・

  • 登り口手前は公園になっていました。<br />墓地公園だそうです。<br />墓地が公園???

    登り口手前は公園になっていました。
    墓地公園だそうです。
    墓地が公園???

  • 田原中隊の顕彰碑です。<br />田原中隊は日中戦争で玉砕した部隊のようです。<br />説明文によると味方を救わんとして騎兵突撃を敢行したものの、四方を囲まれて全滅したようです。<br />その後、連隊規模の攻撃を敢行し、全員の遺体を収容っした、とも記載があるので、突撃による撃破はできなかったものの、味方の救援はできた、ということで、戦術目標達成に大きく貢献した、ということでしょう。<br /><br />全滅した騎兵の数43、とあるものの、彼らが救った将兵の数は残念ながら記載されていません。<br />救った数を記載するのは軍隊としては「恥ずかしい」ことなのかもしれませんが、現代的視点では「救われた」将兵の感謝の念こそ貴重だと思いました。<br />

    田原中隊の顕彰碑です。
    田原中隊は日中戦争で玉砕した部隊のようです。
    説明文によると味方を救わんとして騎兵突撃を敢行したものの、四方を囲まれて全滅したようです。
    その後、連隊規模の攻撃を敢行し、全員の遺体を収容っした、とも記載があるので、突撃による撃破はできなかったものの、味方の救援はできた、ということで、戦術目標達成に大きく貢献した、ということでしょう。

    全滅した騎兵の数43、とあるものの、彼らが救った将兵の数は残念ながら記載されていません。
    救った数を記載するのは軍隊としては「恥ずかしい」ことなのかもしれませんが、現代的視点では「救われた」将兵の感謝の念こそ貴重だと思いました。

  • 田原中隊の慰霊碑

    田原中隊の慰霊碑

  • 銘に「鎮まり給え」としかない慰霊碑<br />おそらく一向衆にむけたものでしょう

    銘に「鎮まり給え」としかない慰霊碑
    おそらく一向衆にむけたものでしょう

  • 任誓という人の墓のようです。<br />碑文は読みずらいですが、任誓はここ鳥越村出身の仏僧のようです。<br />庶子(妾の子)だったので、実家は裕福であったでしょうが、農村での庶子の扱いは奴隷同然であったはずです。<br />11歳で本願寺の下僕になり、天和年間(1681~1684年)にここに戻ってきているので、一向一揆とは直接関係は無い人のようです。<br /><br />鳥越は辺地で、小松の寺の配下にあったようですが、僧が常駐することなく、寺務を地元の人にやらせていた形式だったようです。<br />そこに任誓が入り、「僧」として活動したことで、小松などの大寺院と対立することになったようです。<br /><br />最終的には大寺院の「僧」の讒言により、加賀藩にとらわれて獄死。<br />加賀藩が讒言に乗った一向宗につながる本願寺の出身だった、ということもあるのでしょう。<br /><br />とはいえ、獄死してから400年経てもなお、地元の人に愛される人というのは知られざる偉人だとは思います。<br />

    任誓という人の墓のようです。
    碑文は読みずらいですが、任誓はここ鳥越村出身の仏僧のようです。
    庶子(妾の子)だったので、実家は裕福であったでしょうが、農村での庶子の扱いは奴隷同然であったはずです。
    11歳で本願寺の下僕になり、天和年間(1681~1684年)にここに戻ってきているので、一向一揆とは直接関係は無い人のようです。

    鳥越は辺地で、小松の寺の配下にあったようですが、僧が常駐することなく、寺務を地元の人にやらせていた形式だったようです。
    そこに任誓が入り、「僧」として活動したことで、小松などの大寺院と対立することになったようです。

    最終的には大寺院の「僧」の讒言により、加賀藩にとらわれて獄死。
    加賀藩が讒言に乗った一向宗につながる本願寺の出身だった、ということもあるのでしょう。

    とはいえ、獄死してから400年経てもなお、地元の人に愛される人というのは知られざる偉人だとは思います。

  • 任誓の碑とあるから正しくは墓では無く、顕彰碑でしょうか

    任誓の碑とあるから正しくは墓では無く、顕彰碑でしょうか

  • これはストレートな一向一揆衆への慰霊碑ですね

    これはストレートな一向一揆衆への慰霊碑ですね

  • なにやら庵が

    なにやら庵が

  • いわくのある庵のようで碑がありましたが、いかせん、説明文はありません<br />名前は平吉庵というようです

    いわくのある庵のようで碑がありましたが、いかせん、説明文はありません
    名前は平吉庵というようです

  • 二曲城跡への登り口。<br />雨が降ってたので、登ることはしませんでした。<br />まぁ。「クマ出没注意」にビビった、というのもありますが・・・

    二曲城跡への登り口。
    雨が降ってたので、登ることはしませんでした。
    まぁ。「クマ出没注意」にビビった、というのもありますが・・・

  • 二曲城跡の説明文

    二曲城跡の説明文

  • マンホールは「白山市」ではなく「鳥越」でした。

    マンホールは「白山市」ではなく「鳥越」でした。

  • 二曲城跡の碑

    二曲城跡の碑

  • 道の駅まで戻ってきました。<br />何やら碑文が。<br />田原中隊の碑がここにも。<br />

    道の駅まで戻ってきました。
    何やら碑文が。
    田原中隊の碑がここにも。

  • 田原中隊の別面には任誓の墓ともあります。<br />やはり、あの碑は碑文ではなく墓なんですね。

    田原中隊の別面には任誓の墓ともあります。
    やはり、あの碑は碑文ではなく墓なんですね。

  • 水が出ていましたが、任誓に由来する水のようです。

    水が出ていましたが、任誓に由来する水のようです。

  • さて、鳥越城に向かいます。<br />右手のうっそうとした山が鳥越城跡です

    さて、鳥越城に向かいます。
    右手のうっそうとした山が鳥越城跡です

  • 入口にある碑と説明文

    入口にある碑と説明文

  • 天守の途中にある熊神社。<br />熊に遭遇しない様、お祈りしました

    天守の途中にある熊神社。
    熊に遭遇しない様、お祈りしました

  • 駐車場に到着

    駐車場に到着

  • 駐車場エリアにああった鳥越城跡の説明文と地図

    駐車場エリアにああった鳥越城跡の説明文と地図

  • 駐車場にあったトイレの掲示。<br />熊と蜂に注意・・・・<br />最強の害獣・害虫がいるエリアっすね・・・

    駐車場にあったトイレの掲示。
    熊と蜂に注意・・・・
    最強の害獣・害虫がいるエリアっすね・・・

  • 鳥越城跡の解説文

    鳥越城跡の解説文

  • 鳥越城跡の地図<br />熊が怖いので、本丸エリア付近から外れない様にします。

    鳥越城跡の地図
    熊が怖いので、本丸エリア付近から外れない様にします。

  • 本丸へ向かう途中のあやめが池。<br />城の水場だったようです

    本丸へ向かう途中のあやめが池。
    城の水場だったようです

  • 本丸への道は一部舗装されています

    本丸への道は一部舗装されています

  • 一向一揆の碑でしょうか・・・<br />衆生苦しみ、を表しているような気が・・・

    一向一揆の碑でしょうか・・・
    衆生苦しみ、を表しているような気が・・・

  • 碑を越えて本丸エリアに向かいます

    碑を越えて本丸エリアに向かいます

  • 後曲輪に通じる土塁

    後曲輪に通じる土塁

  • 空堀脇を通って本丸へ

    空堀脇を通って本丸へ

  • 左手が本丸の土塁

    左手が本丸の土塁

  • 本丸の西側には郭があったようです。<br />遺構は殆ど残っていません

    本丸の西側には郭があったようです。
    遺構は殆ど残っていません

  • 桝形門(再現)

    桝形門(再現)

  • 桝形門の左右の石垣は再現でしょうか。<br />石のサイズが小さく、防御力は低そうです。

    桝形門の左右の石垣は再現でしょうか。
    石のサイズが小さく、防御力は低そうです。

  • 災害で土塁は破壊されたようです。<br />地震なのか、大雨なのか・・・

    災害で土塁は破壊されたようです。
    地震なのか、大雨なのか・・・

  • 桝形門から本丸に入ります。

    桝形門から本丸に入ります。

  • 本丸門跡<br />土塁と土塁の間に門があったようです

    本丸門跡
    土塁と土塁の間に門があったようです

  • 本丸の遺構

    本丸の遺構

  • 本丸の説明文。<br />炭化したコメと粟が出土した、とありますので食糧庫もあったのでしょう。<br />炭化は落城時によるものでしょう。<br />出土品に中国製の磁器もあった、とあります。<br />一揆というと貧しい農民が食い詰めて反乱を、というイメージになりがちですが、一向一揆はこの構図とは違うようですね。<br />

    本丸の説明文。
    炭化したコメと粟が出土した、とありますので食糧庫もあったのでしょう。
    炭化は落城時によるものでしょう。
    出土品に中国製の磁器もあった、とあります。
    一揆というと貧しい農民が食い詰めて反乱を、というイメージになりがちですが、一向一揆はこの構図とは違うようですね。

  • 本丸からの眺め。<br />大日川が形成した平野部が良く見えます。

    本丸からの眺め。
    大日川が形成した平野部が良く見えます。

  • ここの土塁も損傷していました

    ここの土塁も損傷していました

  • 望楼台跡。<br />櫓があったのでしょう。<br />この高さにさらに櫓を立てると遠くまでよく見えそうです。

    望楼台跡。
    櫓があったのでしょう。
    この高さにさらに櫓を立てると遠くまでよく見えそうです。

  • 二の丸方面に向かいます。

    二の丸方面に向かいます。

  • 二の丸。<br />それほど大きくはありません<br />堀も深くなく、本丸と二の丸が独立した防御拠点ではなく、連携した防御拠点だったのでしょう。<br />とはいえ、一方が陥落すると他方も簡単に陥落する構造ですね。

    二の丸。
    それほど大きくはありません
    堀も深くなく、本丸と二の丸が独立した防御拠点ではなく、連携した防御拠点だったのでしょう。
    とはいえ、一方が陥落すると他方も簡単に陥落する構造ですね。

  • 中の丸門

    中の丸門

  • 中の丸門の表示。<br />小さい!

    中の丸門の表示。
    小さい!

  • 中の丸門を外側から。<br />草木に埋もれているのが良い雰囲気です

    中の丸門を外側から。
    草木に埋もれているのが良い雰囲気です

  • 二の丸

    二の丸

  • 二の丸の説明文

    二の丸の説明文

  • これ・・・が気になります。<br />早々に退散します。

    これ・・・が気になります。
    早々に退散します。

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