2026/01/27 - 2026/01/31
11380位(同エリア11600件中)
らぱぱ代さん
その2は、2日目に訪問したパールハーバーについて。
パールハーバー・・・何回ワイキキに来ても足を運ぼうとはしませんでした。それは真珠湾「奇襲」の後ろめたさゆえか、はたまた戦争を直視したくないためなのか。人生も黄昏になり、最後のハワイなんだから(いつもそう思っていたけれど)と重い腰を上げました。やっぱり、とくにアリゾナメモリアルは重たかったです。
Mission
①オーシャンフロントの部屋のベランダでまったりする(1日目にクリア)
②パールハーバーに行く
③ビショップミュージアムに行く(1日目にクリア)
④ハンバーガーを食べる
⑤ポケ丼を食べる(1日目にクリア)
⑥アサイーボウルを食べる(1日目にクリア)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2日目、現地1月28日、おはようございます。
ほんとは、アリゾナメモリアルのオープン8時に合わせて、7時前のバスに乗ろうと前の晩に相談していたのですが、朝、目が覚めて、は!と気づくと6時半。さすがに疲れていたようです。パールハーバーを翌日回しにするかとも思いましたが、初志貫徹で大急ぎで身支度を整えて、8時前には、Kuhio・Liliuokalaniのバス停から42番バスに乗りました。 -
人気観光地だけあって、ワイキキからはオプショナルツアーもいっぱい企画されていますが、ザバス(片道3ドル)で乗換無しで来ることができるので、個人で来ました。時間の制約無しで、好きなところをじっくり見学できますから。ただし、ザバスは地元民のアシですから、片端から停留所に停まって片道75分くらいかかりました(>_<)。。。 時間と気持ちに余裕が無いとできないことかもしれません。
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観光地としてのパールハーバーには、まず、パールハーバー・ビジターセンターがあって、その先に、
①アリゾナ記念館(アリゾナメモリアル)
②戦艦ミズーリ記念館(USSミズーリ)
③太平洋航空博物館
④ボウフィン潜水艦博物館(サブマリンミュージアム)
の4施設があります。①は無料ですが、他の3施設は、日本人の感覚からするとそこそこのお値段の入場料がかかります。3つ全部は疲れ果ててしまいそうなので、②の戦艦ミズーリ記念館と③の太平洋航空博物館を見学することにしました。 -
パールハーバー・ビジターセンターへの入場ゲート。手荷物は厳しく規制されていて、スタジアムバッグと呼ばれる透明なバッグと水以外は手ぶらを要求されます。手荷物は入場ゲート向かって右側に預かり所があるので、有料で預けます。私は、財布(クレジットカード、HOLOカード、ルームキー、10$札だけが入る薄っぺらいもの)をポケットに入れて、スマホは首から下げ、手には水の入ったペットボトルだけという軽装で行きました。セキュリティチェックのためのパスポートのことが少し心配でしたが、要求されることはありませんでした。
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入場してまずやったのは、アリゾナメモリアルへ行くボートの予約。事前予約が推奨されているようですが、現地登録でいけるだろうと、突撃しました。写真左端の白いテントの下で、
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タブレットを操作します。名前と、人数を入力。電話番号は入力しなくても大丈夫。(現地で使える電話番号を持っていないので、入力したくてもできないのですけど)
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番号が表示された画面を写真に撮る。
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そして、トイレに行って、パールハーバー・メモリアルシアターでどのくらい待つか、上の写真の画面を見せて聞くと、すぐに「入って、トイレは無いわよ」と言われ、少々注意事項の説明を受けた後、すぐにボートに案内されました。
白いモニュメントは、アリゾナメモリアルの象徴である「Tree of Life」。 -
150人乗りの船内。
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出航すると、右にアリゾナメモリアル、左に後で行くUSSミズーリが見えてきます。
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もうすぐアリゾナメモリアルに接岸。
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この下に戦艦ミズーリが沈んでいます。1,177人もの方が犠牲になったところですから、重苦しい厳粛な雰囲気が記念館の館内にただよっていました。
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そして、次に来たビートでビジターセンターへ帰って行きます。
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あれよあれよとボートに乗ってしまったため、ビジターセンターの中をあまり見ていません。手入れされた芝生が美しい(ハワイの公園は全部そうですけど)公園です。ところどころに説明板があります。
アリゾナメモリアルを上から写した写真。戦艦アリゾナとメモリアルが垂直に交差して十字架のかたちになっています。撃沈された戦艦アリゾナからはいまだに重油が漏れ出ているのがわかります。 -
ビジターセンター内には、無料のミュージアムも2つあって、「Road of War」も「Attack」も内容が深いものでした。
「1941年12月7日に真珠湾を攻撃した」としか学習しませんでしたが、真珠湾に停泊していた戦艦に多大な被害を与えただけでなく、オアフ島にある空軍基地を全て攻撃したのです。しかし、被害者意識だけに偏ることなく、淡々と事実を残していこうとする姿勢には感銘を受けました。
パールハーバー・メモリアルシアターでの映画の上映も見ればよかったなぁ。 -
有料の見学施設の戦艦ミズーリ記念館と太平洋航空博物館は、沖合のフォードアイランドにあります。
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フォードアイランドのシャトルバスは、ビジターセンターの端からでています。15分間隔で回っているようですね。
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どんなバスが来るのかと思っていたら、りっぱな観光バスでした。
フォードアイランドへは1998年に完成した橋が架かっています。陸続きになったのは、結構最近なんですね。フォードアイランドの中は、かつて滑走路があったとおぼしき平地や、のどかな住宅地がありました。軍関係者の方のお住まいでしょうか。 -
はい、戦艦ミズーリに到着。逆光で残念ですが、ニミッツ海軍元帥像がお出迎えしてくれています。ダニエル・K・イノウエ空港の前を通っているニミッツ・ハイウェイはこの方のお名前を取ったもの。この艦上で行われた降伏調印式にも、マッカーサー元帥に次ぐナンバー2として参加されています。
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当たり前ですが、近くで見るとおっきいです。
戦艦ミズーリは、全長270メートル、幅33メートル(これは、パナマ運河の幅が33.5メートルなので、通航可能な最大幅にしたとか)。最大速力時速55㎞~60㎞。でかいのに速い。
1944年に進水、就航、太平洋戦争に参戦し、日本では室蘭やひたちなかを砲撃、日本がポツダム宣言受諾後、艦上で降伏調印式が行われました。
その後朝鮮戦争に参戦、1955年退役しますが、約30年後の1986年再就役、湾岸戦争に参戦し1992年退役。1998年に戦艦ミズーリ保存協会に寄贈され、1999年1月29日からここで公開されています。 -
戦艦ミズーリの登録番号「USS BB 63」が見えます。BBは「戦艦」。63は製造順に振られた番号。64もあるそうですが、実質上、この戦艦ミズーリが、アメリカ最後の戦艦です。今は原子力空母とドローンの時代。。。
主砲が、閑散期でメンテナンス作業のため覆いがかけられているのが残念。 -
11:50から、無料の日本語ガイドツアーがあるそうなので参加することにしました。
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ツアーマップ。メインデッキを案内していただけるようです。
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メインデッキの上には国際信号旗がはためいています。国際信号旗は1枚1枚がアルファベットや数字を表わしていて、一番上の黄色と青のストライプは「G」。今たなびいている旗たちは、お祝いのため(公開記念?)飾られていて言語的な意味はないそうです。(大昔に行ったディズニーシーのアメリカンウォーターフロントに繋留されているボートには、この旗があって、ちゃんと「D」「I」「S」「N」「E」「Y」になっていたことを思い出しました。今もあるのかな?)
船首にある大きな鎖の先には錨が2つあります。鎖1つが50㎏なんて、びっくり! -
機関銃?
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のぞいてみたくなる。
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こんな感じ。
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湾岸戦争のとき、この主砲から289発撃ったよ、の表示。
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主砲の仕組み。ちっともわかりません。。。
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16インチガンを30秒でどうやって撃つか?
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1945年9月2日に、この艦上で行われた降伏調印式のようす。このとき、戦艦ミズーリは、かつて東京湾でペリーが日米和親条約調印の際に旗艦ポーハタン号を停泊させていたのと同じ位置に停泊していました。こまかい演出。
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ここに調印式のテーブルが置かれました。
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アメリカ側。マッカーサー元帥。「for freedom,tolerance and justice」
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日本側、重光葵外務大臣と梅津美治郎参謀総長。
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調印文書のレプリカ。
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ペリーが当時使用した国旗をわざわざ取り寄せてここに掲げたとか。手の込んだ演出。(もちろん、国旗はレプリカ)
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艦長室? 来賓室?
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1945年4月11日、日本の特攻隊1機が戦艦ミズーリに突撃しました。(写真が残っているのがすごいと思いましたけど)
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操縦士は亡くなっていましたが、遺体を手荒く扱おうとした海軍兵たちを艦長はたしなめ、翌日手厚く水葬で弔ったようす。
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「カミカゼ」が衝突した際にできた窪み。
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葬礼の際の立ち位置。
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後部の主砲。ここでガイドツアーは終了して、あとは、セカンドデッキや、上の方の甲板を自由に見学します。
いやぁ、1月といえど、甲板上は暑かった。ちょっと手を抜いた首回り、うすく日焼けしちゃいました。
セカンドデッキへは、主砲下の出入り口から。 -
セカンドデッキは、乗組員たちの居住空間です。甲板上と違って冷房がきいていて快適。
食堂ですね。 -
厨房。
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スナックショップ。「マイティ・モー」とか「ビッグ・モー」は戦艦ミズーリの愛称。
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寝室。2段ベッドだし、ロッカーもあるし、ちょっと上級の乗組員用かな。
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3段ベッドの寝室。
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事務室。パソコンとかスチール製のデスクを見て、1990年代に在職していた会社を思い出しました。
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歯医者さん。
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郵便局。
ほかに、原爆に関しての資料の展示もあって、見応え十分でしたね。一方通行なので迷子にはならないはずですが、あっちへ行きこっちへ行きで、結構歩きました。 -
このあと、一度外へ出て、上層にある艦橋の見学。艦橋は戦艦の操舵と指揮の中枢で、操舵室、司令塔、海図室、気象室などがあります。
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ここからは、こんな展望が開けます。
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13時をおおきくまわり、朝ろくに食べていないので腹ぺこです。戦艦ミズーリの横のフードトラック、スライダーズグリルでランチを購入。
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ガーリックシュリンプタコセットと水を買って、シェア。おいしかったですよ。
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戦艦ミズーリ横のバトルショップ。ビジターセンターには置いていない物がたくさんありました。気になったら即購入しましょう。
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もうこの時間になると逆光になってしまいますね。戦艦ミズーリにお別れ。
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またシャトルバスに乗って、次の太平洋航空博物館にやってきました。この太平洋航空博物館は、メインの展示施設と、79番格納庫、そして紅白の管制塔の横のルーフ・トップ・テラスと、3箇所見学できる場所があるようです。
ここはメインの展示施設。戦闘機が展示されています。
こちらでは、無料の日本語のオーディオガイドを借りたので、展示内容の説明はわかりました。覚えきれませんでしたが。 -
三菱製の零戦。
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ボーイングのステアマン。複葉の練習機だそう。
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戦艦アリゾナから引き上げられた艦体の一部(だったかな?)
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ところ狭しと置いてありました。
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隣(といっても、ちょっと歩きます)の79番格納庫にも展示されているということで、行ってみました。でっかい体育館のようなところに、世界の軍用機が展示されています。
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窓には太平洋戦争当時に日本軍が空撃した跡がそのまま残されています。
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コスプレして写真を撮るコーナーもありました。さすがにコスプレはしませんでしたが、すぐ乗り込んでみたくなる性分。
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コクピットの中。
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最後は、管制塔横のルーフ・トップ・テラス。
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ごく最近整備された施設のようですね。
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この先に、戦艦アリゾナや戦艦オクラホマなど、真珠湾攻撃で撃沈された戦艦が並んでいましたよ、とのこと。
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シャトルバスでビジターセンターへ戻り、ショップをのぞいて、パールハーバーにはお別れ。結局、6時間半くらいの滞在となりました。
Kamehameha Hwy ・Kalaloaのバス停から42番バスでまた75分かけて、ワイキキへもどりました。
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