1997/02/27 - 1997/03/02
10037位(同エリア10453件中)
バウトさん
1997年2月、フリーランスとして働いていた27歳の私に、取引先からイギリス行きの話が舞い込んできた。飛行機に乗って荷物を運ぶアルバイトを引き受けて欲しいと言うのだ。そう聞いて、何か危ない橋を渡らされるのではないかと身構えたが、これはエア・クーリエというれっきとした仕事で、その内容は電子機器に使う大量の部品を手荷物として預かり、目的地で待つ現地の担当者に手渡すだけだと説明を受けた。しかも荷物の重量の関係で用意される座席はビジネスクラスで、さらに着いた日のホテルまで用意されているという。そんな嘘のような話があるのかと驚いた。断る理由などない。突然だったので旅先の下調べもできないままだったが、その2日後にロンドンに向けて出発した。
カメラは持って行かなかったので、持ち帰ってきていた資料を元に当時を振り返ってみたい。
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ブリティッシュ航空の快適なビジネスクラスでは、ワインの産地を選ばせてもらえたりと手厚いもてなしを受けた。
ロンドン・ヒースロー空港で乗り継いでグラスゴーに着くと、現地の担当者がゲート前で待っていてくれた。段取り良く申告を済ませて荷物を引き渡したら任務は完了。その日は空港近くのホテルが手配されていて、何の手間もかからなかった。 -
その後の行動は自由だ。しかし、お金に余裕は無くて納期が近い仕事も残してきたので、せっかくのオープンチケットを手にしていたのに、ロンドンに戻って1泊するだけの強行スケジュールにフィックスしてしまった。
今思えば本当にもったいないことをした。 -
その頃は雑誌が情報源の主役だった時代で、ロンドンの情報誌と言えば Time Out ということはよく知られていた。
行きのヒースロー空港での乗り継ぎ時間に早速入手してクラブのスケジュールをチェックしていたと思う。さらに、先ずはパブでビールだろうと思って1パイントのビールを注文したのだが、支払い時に使うべきお金のチョイスにまごついていると店員さんにキレられた。あぁ、こういう所は親切なフランスと違ってちょっと差別的なのかなと感じた。 -
グラスゴーからロンドンに戻り、空港のホテル予約カウンターで、この辺りのお手頃な部屋をお願いします、みたいな事を地図を指差しながら言った記憶がある。ということは、その日の予定をいつのまにか決めていたのだろう。
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地下鉄の路線図を改めてよく見てみると、いくつかの駅名が丸で囲まれている。ピカデリーサーカスを歩いたことは覚えているけど、その他のフィッシュアンドチップスを買った店や、広い公園や、イベントフライヤーをもらいにいった店の記憶は場所が結びついていない。
そういえば道端でロンドンブリッジの場所を聞いた時もなんとなく冷たい対応で、この時イギリスにはいい印象を持たなかった。 -
ロンドン地図にメモが残っている。エンジェルという駅で降りてイズリントン地区の丸で囲った通りのクラブに行ったのだ。
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フライヤーを見ると、そこは COMPLEX というクラブだった事がわかる。
エントランスではガムを出せと言われて、足元を見るとダンボール箱の中にガムが山盛りになっていたのをよく覚えている。それでもトイレに行けば何人もの人が床に転がっているのを目撃して、さすがにロンドンはすごいなと感じた。 -
そんなことで、宿の朝食の時間には起きられなかった。せめてパンだけでももらえないだろうかと窓口で交渉してみても受付係は一歩も譲らず、お茶さえも飲ませてくれなかった。
そこに通りかかった宿泊客に、日本人かと尋ねられた。彼はヨーロッパのどこかの国から来ていて、日本に居たこともあるみたいだった。宇都宮に住む XXX さんを知っているかと聞かれたのだけど、そんなの知るわけがない。でも朝食を食べ損ねたのもあるし、空港に向かう時間まで彼と一緒に近くの店に行って話を聞いた。その内容は全く覚えていないけど、地下鉄の行き先が空港ではないことに気付くのが遅れて、空港で息を切らせて全速力で走ったことはよく覚えている。
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