2026/01/07 - 2026/01/07
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ペコちゃんさん
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1月の〇〇会は、恒例の七福神めぐり・・・今回は「浅草名所(などころ)七福神めぐり」で今年の初歩きです。
室町時代から始まり、江戸時代に庶民の間で広く普及した七福神めぐりですが、七福神の中で日本の神様は恵比寿様だけで、大黒天・毘沙門天・弁財天はインド、福禄寿・寿老人・布袋尊は中国がルーツの神様・・・インバウンド全盛の現代に相応しい神々とも言えますが、浅草寺を除いて外人客は殆ど見かけませんでした。
写真は鷲神社での「鷲の舞」。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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浅草名所七福神は、浅草界隈の9社寺を回る七福神めぐりで、寿老人と福禄寿を祀る社寺がそれぞれ2社あります。
なぜ七福神なのに九つの社寺かというと、
・九という数字は、数字の中でもっとも大きく、究極の数字とされている
・九という字は鳩の字に使われ、鳩の字は “ 集まる ” という縁起のいい意味を持つ 等の理由によります。
今回は【矢先稲荷神社 ⇒ 鷲神社 ⇒ 吉原神社 ⇒ 橋場不動尊 ⇒ 石浜神社 ⇒ 今戸神社 ⇒ 待乳山聖天 ⇒ 浅草神社 ⇒ 浅草寺】の順で、約7㎞の距離を3時間ほどかけて回りました。 -
東京メトロ銀座線・田原町駅から七福神めぐりのスタート・・・田原町駅からかっぱ橋道具街の通りに入り、約10分ほど歩くと矢先稲荷神社があります。
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<1>矢先稲荷神社(福禄寿)
矢先稲荷神社は、寛永19年(1642)に徳川家光が武術興隆の目的で創建した浅草三十三間堂の守護神として隣接地に祀られた稲荷大明神が起源で、射術稽古場の的先にあたる場所に神社が建てられたことから、矢先稲荷と名付けられました。
その後、元禄11年(1698)の大火で三十三間堂も稲荷大明神も焼失し、三十三間堂は深川へ移転しましたが、稲荷大明神はこの地に残りました。 -
境内にある浅草三十三間堂の案内板。
京都の三十三間堂にならって建立された浅草三十三間堂・・・弓の射技練成のために通し矢が行われ、先人に勝てば堂に掲額され、武士の名誉の一つになっていました。
深川に移転した三十三間堂は、廃仏毀釈の影響から明治5年に廃寺となりました。 -
手水舎。
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旧社殿は東京大空襲で焼失し、昭和35年に鉄筋コンクリート造で再建されました。
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拝殿の格天井には、神武天皇の御世から今日に至る日本馬乗史を描いた100枚の絵が奉納されています。
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天井絵には、那須与一・源義経・曲垣平九郎・乃木希典・金メダリストのバロン西など、誰もが知っている歴史人物の姿も・・・午年の今年に相応しい天井絵です。
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拝殿向かって右側に奉安されている福禄寿。
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矢先稲荷神社を後にして、かっぱ橋道具街を進みます。
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文化年間(1804~1818)の頃、商人として財を成した合羽屋喜八は、私財を投げ出して水はけが悪いこの地の治水工事を始めますが、難工事でなかなか進みません。
これを見ていた隅田川の河童達が夜な夜な工事を進めてついに完成しましたが、河童を見た人達は、それから運が開け、商売が繁盛したそうです。
この故事に因み、合羽橋道具街が誕生してから90年を迎えるに当たって合羽橋商店街振興組合が、平成15年にこの「かっぱ河太郎像」を建立しました。 -
<2>鷲神社(寿老人)
国際通りに面して朱塗りの大鳥居が印象的な、江戸下町を代表する鷲(おおとり)神社・・・創建時期は不明ですが、江戸時代には隣接する長国寺の境内社である鷲大明神として存在し、明治時代に神仏分離により独立して鷲神社となりました。
天日鷲命(あめのひわしのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀り、11月の「酉の市」では開運を願って熊手を求める70万人~80万人の人出で賑わいます。 -
天保10年(1839)建立の小鳥居。
鷲神社の発祥は、景行天皇の御代(西暦370~386年頃)に日本武尊が東夷征討の時、鷲大明神社に立ち寄って戦勝を祈願し、志を遂げて帰途の際に境内の松に武具の「熊手」をかけて勝ち戦のお礼参りをしたそうで、その日が十一月の酉の日だったことから、この日を鷲神社の例祭日と定めたのが「酉の市」の起源・発祥と伝わります。 -
「茅の輪くぐり」で心も身も清らかになるように・・・
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拝殿で参拝。
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社殿の左側には渡殿と神楽殿(神札授与所)・・・屋根飾りは鷲でしょうか。
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左側の駐車場には大勢の人の列・・・甘酒が無料で配られています。
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境内でテレビ局の取材・・・夕方のニュース番組で放送されたようです。
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鷲神社の地舞「鷲舞」が始まりました。
鷲の面と三番叟の衣装を身につけた奉納舞で、参拝者の邪気を払い、福運を招き、新しい年を迎えることを願う舞です。 -
鷲が大きく羽ばたくような躍動感と古典的な優雅さを兼ね備えた鷲舞・・・1月7日や酉の市などに披露されます。
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今回の参加者は9名。
集合写真を撮って、この後は吉原神社へ向かいます。 -
<3>吉原神社(弁財天)
江戸時代に吉原神社の周辺は吉原遊郭(新吉原)があった場所で、廓の守護神として、入口(大門・おおもん)と廓内の四隅に5つの稲荷神社が祀られていました。
吉原神社は、これら5つの神社と遊郭に隣接する吉原弁財天を合祀した神社で、5つの神社の御祭神である倉稲魂命(うがのみたまのみこと)と、弁財天の御祭神である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祀っています。
両神とも吉原遊郭の遊女等による信仰を集めたことから、現在でも女性の様々な願いを叶えてくれることで知られています。 -
境内入り口の狛犬。
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境内にある逢初桜の写真・・・逢初とは恋焦がれている人に初めて会うという意味があり、かつて当社の縁結びの御神木として崇信され、廓の三雅木(見返り柳・逢初桜・駒繋の松)として知られていました。
その逢初桜(枝垂桜)が2013年に縁結びの御神木として復活し、境内左側に植えらて春には見事な花を咲かせます。 -
これは、新吉原入口の「見返り柳」。
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商店街の通りには、大河ドラマ「べらぼう」の旗。
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<4>橋場不動尊(布袋尊)
橋場不動尊の正式名は砂尾山橋場寺不動院・・・天平宝字4年(760)に法相宗寺院として創建され、宝亀4年(774)に当寺住職だった寂法相宗昇和尚が開山したと言われます。 -
現在の本堂は江戸時代(1845)の建立で、関東大震災や東京大空襲の際にも、不動院を中心とした橋場の一角だけは災禍を免れたことから、「霊験あらたかな火伏せの橋場不動尊」として現在も広く尊信されています。
現在は天台宗・比叡山延暦寺の末寺となっています。 -
本堂に祀られた布袋尊。
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縁起物の福笹。
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本堂脇に祀られた御授地蔵尊。
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橋場不動尊から石浜神社に向かいます。
石浜神社の手前には「石浜城址公園」の石碑(荒川区南千住三丁目)。
かつてこの地にあった石浜城の築城年代は不明ですが、中世には江戸氏一族である石浜氏の居館があり、1400年代に千葉城を追われた千葉実胤が入城して本拠としますが、豊臣秀吉の小田原征伐で1590年に廃城となりました。 -
<5>石浜神社(寿老人)
石浜城址公園に隣接して建つ石浜神社・・・724年に聖武天皇の命で創建したと伝えられ、昔は吉原帰りに立ち寄る人も多かったそうです。 -
境内の左側には「石濱茶寮 楽」・・・石浜神社の鎮座1300年記念事業の一環として2021年境内にオープンし、豆腐田楽・団子・焼鳥が人気だとか。
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1780年に建立された第一鳥居。
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第二鳥居は1749年の建立。
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狛犬。
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手水舎。
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現在の社殿は、本殿が昭和12年に、拝殿が昭和63年に落成しました。
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浅草名所七福神の復活(昭和52年)に際し、奉安された寿老神。
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1758年に建立さえた「富士遙拝所」・・・当時、江戸庶民の間に広まった富士信仰・講の記念の一つです。
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拝殿の左手にある亀田鵬斎の詩碑。
亀田鵬斎(1752~1826)は江戸後期の儒者で、碑面には石浜城や頼朝、道灌の歴史のあとを切々と偲ぶ2首の詩が刻まれています。 -
<6>今戸神社(福禄寿)
1063年に源頼義・義家父子が奥州討伐の折に祈願し、鎌倉の鶴ヶ岡と浅草今之津(現在の今戸)に京都の石清水八幡を勧請したのが今戸八幡(現在の今戸神社)の創建で、昭和12年に白山神社を合祀して今戸神社と改称されました。 -
日本で初めて夫婦となったとされる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が祀られている今戸神社は、縁結びスポットとして人気の神社・・・この大量の願掛け絵馬を見て下さい!
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参道の両側の幟にも『縁結び』の文字。
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また、今戸神社は招き猫発祥の地とされ、手水舎にも招き猫。
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関東大震災や東京大空襲など、何度も被災の憂き目に遭った今戸神社ですが、氏子崇敬者の浄財によって昭和46年に現在の社殿が造営されました。
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境内には大小多数の招き猫の人形が置かれ、招き猫をモチーフにした絵馬やお守り、おみくじなどもあります。
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本殿横の「石なで猫」・・・神社に祀られている神様と同じ「いざなみ」「いざなぎ」という名前のカップルだそうです。
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境内の至る所に招き猫。
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可愛い猫風鈴。
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「今戸焼発祥之地」の石碑・・・江戸を代表する焼き物・今戸焼は、この地で焼かれてきた日用品の土器類で、狛犬台座には宝暦2年(1752)に奉納した42名の陶工らの名が刻まれており、数多く軒を並べていたことが窺えます。
「沖田総司終焉之地」の石碑・・・新選組の剣の達人・沖田総司(1842~1868)は、当地に住んでいた御典医から結核の治療を受けますが、その甲斐もなくここで亡くなりました。 -
<7>待乳山聖天(毘沙門天)
標高約10mの丘に鎮座する待乳山聖天(まつちやましょうでん)は、推古天皇の時代(595年)に一夜にして湧き出たとされる霊山で、その際、金龍が舞い降りて山を守護したと伝えられています。
それから6年後、大干ばつに見舞われた際に、十一面観世音菩薩が大聖歓喜天の姿で出現し、人々を苦しみから救ったのが起源とされています。 -
待乳山聖天は、正式には本龍院・・・浅草寺の支院のひとつで、本尊は歓喜天(聖天)と十一面観音。
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手水舎。
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寺務所では、お供え用の大根が販売されています。
大根をお供えすることにより聖天様が心の毒を清めてくれるそうで、その功徳によって心身が健康なり、良縁を成就して夫婦仲良く、末永く一家の和合を加護してくれるとのことです。 -
待乳山聖天の本堂は、昭和36年に再建されました。
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向拝には二股大根、本堂の前には大量のお供え大根・・・今日・1月7日は「大般若講・大根まつり」で、風呂吹き大根と御神酒が参拝者に振る舞われ、大いに賑わっています。
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毘沙門天像。
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大量に仕入れられた三浦大根。
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お供えされた大根は、聖天様に清められた後、参拝者への「お下がり」として配られます。
有難く頂いて、家で美味しく食べました。 -
当山は寺院なのに神楽殿があります。
神楽殿は神社で神楽を奏するための建物ですが、待乳山聖天は本堂を「聖天宮」と称しているように神仏習合の色合いを残しています。 -
13時半から神楽殿で「天孫降臨」の奉納神楽が始まります。
この演目は、日本神話にある天孫邇邇芸命(ににぎのみこと)が高天原から日向国・高千穂の峰へ天降る場面を描いた神楽です。 -
笛と太鼓に合わせて、初めに天孫を出迎えようとする猿田彦命が現れます。
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その後、天鈿女命(あまのうずめのみこと)が現れ、猿田彦命とともに天孫の降臨を待ちます。
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天孫は二人を夫婦とし「相生の舞」を舞わせます。
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初めて神楽を観た、貴重な体験でした。
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待乳山聖天から歩いて言問橋西交差点に差しかかると、スカイツリーが・・・
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<8>浅草神社(恵比寿)
二天門から境内へ・・・かつて浅草寺の境内にあった東照宮の随身門として1618年に建てられた二天門ですが、その後、東照宮は焼失し、1649年頃に浅草寺の東門として現在の門が再建されました。 -
5月に行われる三社祭りが有名な浅草神社は「三社さま」の愛称で親しまれる浅草の総鎮守。
檜前(ひのくま)兄弟の網にかかった観音像を、土師真中知(はじのまなかち)が自宅を改めた寺に祀まつったのが浅草寺の始まりで、その三人を祀ったのが浅草神社です。 -
まだ正月なので、境内では猿回しのお猿さんが活躍中。
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天保7年(1836年)に奉納された、岩の上に座る凛々しい姿の狛犬。
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手水舎。
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現在の社殿は、1642年に浅草寺諸堂と共に焼失した後、1649年に再建されました。
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恵比寿神の案内板。
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<9>浅草寺(大黒天)
浅草寺は1400年近い歴史をもつ東京最古の寺院で、創建は飛鳥時代(628年)とされています。
江戸幕府が関ヶ原の戦い時に祈祷を行って勝利したことや、江戸城の鬼門に当たるなどから浅草寺は祈願所に定められ、江戸の鎮守として将軍家から絶大な崇敬を受け繁栄しました。 -
現在の「雷門」は鉄筋コンクリート造で、1960年に松下幸之助の寄進で建てられ、今や浅草のランドマークになっています。
正式名は「風雷神門」で、門の両側には風神像と雷神像が立っています。 -
大勢の観光客で賑やかな仲見世通り・・・浅草寺の年間の参拝者数は約3千万人と、全国の寺院の中でもトップクラス。
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仲見世を進むと、前方に浅草寺山門の「宝蔵門」があります。
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もともと仁王門と呼ばれていた宝蔵門の左右には、仁王像が奉安されています。
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本堂前のおみくじ販売所。
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手水舎には、かって本堂裏にあった噴水に安置されていた高村光雲作の龍神像(沙竭羅龍王像)が祀られています。
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旧本堂は昭和20年3月10日の東京大空襲で焼失し、昭和33年に現在の本堂が再建されました。
宗派は浅草寺を本山とする仏教の宗派・聖観音宗・・・本尊が聖観世音菩薩であることから浅草寺は「浅草観音」とも呼ばれています。 -
お守りも厄除けや交通安全など種類も豊富。
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大黒天が祀られているのは、本堂の左奥(北西)に立つ影向堂(ようごうどう)。
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これで9ケ所すべて回り終え、神谷バー2F「レストランカミヤ」で遅い昼食。
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久し振りのデンキブランとハンバーグ・メンチカツの盛り合わせ。
今回は、矢先稲荷神社の馬の天井絵や鷲神社の「鷲舞」、待乳山聖天の「奉納神楽」など、新年のスタートに相応しい七福神めぐりとなりました。
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