2025/02/14 - 2025/02/14
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zenkyou01さん
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江東区散策(3)三好・清澄・森下 東京都江東区 全行程 3時間24分
清澄白河駅~(15分)勢至院・済生院雙樹寺・攝心院・照光院 (12分)~(9分)善徳寺・雲光院・良信院 (15分)~(26分)宣雲寺(2分)~(20分)常照院墓所・常照院・清澄公園(24分)~江月院・臨川寺 (6分)~(29分)芭蕉稲荷神社・正木稲荷神社・隅田川テラス・八名川公園(22分)~(6分)長慶寺(3分)~(4分)森下駅
「日時」2025年2月14日 「アクセス」地下鉄大江戸線または半蔵門線清澄白河駅
「参考案内書」東京都23区地図
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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勢至院本堂 浄土宗の一寺で、創建は不詳、十七世期、開山は本誉太巌上人、ご本尊は勢至菩薩坐像です。山門すぐ前に本堂があります。山門の右手に水墨画家桜井雪館・雪保親子の墓の標柱が建っています
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勢至院桜井雪館・雪保墓標柱 山門の右手に水戸生まれ、十八世紀に活躍した水墨画家桜井雪館・雪保親子の墓の標柱が建っていますが、墓がどこにあるのかわかりませんでした
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済生院雙樹寺本堂 済生院は浄土宗の一寺で、創建は1775年、ご本尊は阿弥陀三尊像です。1954年済生院と雙樹寺が合併して済生院雙樹寺となる。山門すぐ前にお寺の本堂とは思えない本堂があります。山内には詩人、政治活動家の福士幸次郎の墓の標柱が建っています
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済生院雙樹寺福士幸次郎墓標柱 山内には青森県出身の明治・大正・昭和時代の詩人、政治活動家の福士幸次郎の墓の標柱が建っていますが、墓がどこにあるのかわかりませんでした
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攝心院本堂 浄土宗の一寺で、創建は1655~1658年です。山門を通ると唐破風屋根を持つ本堂があります
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潮江院入口・本堂 浄土宗の一寺で、創建は1629年、開山は照誉光心和尚です。道路が工事中で近づくことはできません
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照光院本堂 浄土宗の一寺で、創建は1631年、開山は専誉貞残和尚です。山門の前に本堂がありますが、お寺には見えません
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善徳寺本堂 曹洞宗の一寺で、創建は1629年、開基は孤渓秀頓老和尚です。山門を通ると本堂があります。本堂前にしだれ梅が咲き始めていました
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雲光院本堂 浄土宗の一寺で、創建は1626年、開基は阿茶の局(雲光院殿公正誉周栄大姉)、開山は環蓮社往誉潮呑上人、ご本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると本堂、本堂横には法然上人像があります。境内には後藤三右衛門の墓、庄司甚右衛門の墓、水かけ不動があります。墓地には徳川家康の側室阿茶の局の墓(宝篋印塔)があります
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雲光院後藤三右衛門の墓 信州出身の江戸時代後期の商人で、金座・銀座を支配していた後藤家の養子となり二代目後藤三右衛門を名乗る。以降、貨幣鋳造・改鋳を統括、「水野忠邦の天保の改革」の中枢を担う
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雲光院庄司甚右衛門の墓 江戸時代前期の町人で、幕府許可のもと、江戸に散在していた遊郭を吉原一か所に集め吉原遊郭を創設し、惣名主になる。以降甚右衛門の子孫が惣名主を継いだ
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雲光院阿茶の局の墓 区有形文化財の宝篋印塔の墓です。阿茶の局は徳川家康の側室となり、家康に重用され、秀忠の養育、大坂夏の陣では和睦の使者を務めています
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良信院入口・本堂 浄土宗の一寺で、創建は1646年、開山は法蓮社然譽無垢阿良信上人です。お寺には見えず、入れません
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松林院・華厳院 浄土宗の一寺で、創建は不詳、十七世期前半、開山は壇蓮社来譽上人です。1929年華厳院を合併し、表札が松林院と華厳院と二つかかっています。山門は閉まっています
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宣雲寺本堂 臨済宗妙心寺派の一寺で、創建は1666年、開山は慧然禅師、ご本尊は釈迦如来像です。画家英一蝶が寄寓したことから一蝶寺と呼ばれています。山門を潜ると、平和観音、石造七重塔、大きな本堂があります
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本誓寺墓所呂一官の墓標柱 呂は中国生まれで、日本に帰化し、薬草や薬学に精通していたため徳川家康に御朱印地を拝領する。後に同地において、紅や白粉を製造・販売する。寺務所に声掛けとあったので墓所には入りませんでした
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常照院本堂 臨済宗妙心寺派の一寺で、創建は不詳、十七世紀初め、開山は光蓮社照誉常阿校善和尚です。山門を通ると正面に本堂があります。少し離れた墓所には女流歌人油谷倭文子の墓があります
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常照院墓所油谷倭文子墓碑 江戸時代中期の女流歌人です。賀茂真淵の弟子です
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清澄公園 遊具はありませんが、広場、芝生広場、池、ベンチ、時計台等がある都の公園です
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江月院本堂 浄土宗の一寺で、創建は不詳、十七世紀前半、開山は正蓮社観誉吟察上人です。山門を通ると本堂があります
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臨川寺本堂 臨済宗妙心寺派の一寺で、創建は1653年、開山は冷山和尚です。山門を通ると左に本堂があります。奥に芭蕉に関係する芭蕉由緒の碑、墨直しの碑、玄武仏碑、梅花仏碑建っています。本堂軒下にはカエルのオブジェが見られます
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臨川寺芭蕉由緒の碑等 開山冷山和尚の弟子仏頂禅師は深川に住んでいた松尾芭蕉と親交が深く、芭蕉ゆかりに寺として芭蕉に関連する石碑が残されています。玄武仏は神谷玄武坊という美濃派の俳人で、墨直しの碑や梅花仏碑を臨川寺に建て、芭蕉をしのんだといわれています
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臨川寺カエルのオブジェ 本堂軒下にカエルのオブジェが見られます。「古池や カエル飛び込む 水の音」
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大嶽部屋 日本相撲協会所属の相撲部屋で、第四十八代横綱大鵬が興した部屋で、大鵬部屋でしたが、大鵬引退時、娘婿第十六代大嶽親方(力士名貴闘力)に部屋を譲り大嶽部屋と改称する。その後、十六代は賭博事件で、引退させられ、現在は十七代大嶽親方(力士名大竜)が継いでいる
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高田川部屋 日本相撲協会所属の相撲部屋で、大関前の山が高砂部屋から独立して興した部屋です。現在は安芸乃島が高田川部屋を継いでいます
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川船番所跡 隅田川と旧中川の間を東西に結ぶ徳川幕府時代に建設された運河の小名木川を船で通行する荷物や人の検査をする番所で、万年橋の北岸に置かれていました
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芭蕉稲荷神社社殿 創建は1917年、ご祭神は宇迦魂命です。鳥居をくぐると直ぐ奥に社殿があります。社殿のとなりには芭蕉庵跡碑が建っています
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芭蕉庵跡石碑 1694~1711年まで、ここ深川芭蕉庵を本拠として、全国に旅出ていました。芭蕉没後は武家屋敷になっていましたが、1917年、地元有志に寄り芭蕉稲荷が祀られました
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正木稲荷神社鳥居と社殿 創建年は不詳、1830年頃には存在していたと推測される。ご祭神は宇迦魂命です。鳥居をくぐると直ぐに社殿があります
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隅田川テラス 防波堤を補強するための護岸基礎を開放した水辺テラスです。遊歩道になっています。芭蕉庵史跡展望庭園の傍のテラスには芭蕉句碑が建っています
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正一位稲荷大明神社殿 創建年は不詳、ご祭神は宇迦魂命です。鳥居をくぐると直ぐに社殿があります
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八名川公園 面積2,500㎡の複合遊具、ブランコ、砂場、トイレ、広場のある公園です
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長慶寺本堂 曹洞宗の一寺で、創建は1630年、開山は一空全鎖和尚です。山門を通ると本堂があります。山門右手には、宝井其角、服部嵐雪の墓や芭蕉の句塚があります。戦災で損傷したため、三基とも再建です
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長慶寺宝井其角の墓 江戸時代前期の俳諧師で、松尾芭蕉の門人です。戦災で破壊され、一部残骸が残っています。今あるものは再建です
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長慶寺芭蕉句塚 江戸時代前期の俳諧師です。芭蕉死後、弟子たちが集めた区短冊や歯を埋めて建てた芭蕉翁句塚跡です。戦災で陀破壊され台石のみ残っています。再建された石碑です
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長慶寺服部嵐雪の墓 江戸時代前期の俳諧師で、松尾芭蕉の門人です。戦災で破壊され、今あるものは再建です
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長慶寺壊れた古い墓 制戦災で破壊された残骸です。左は其角、右は芭蕉句塚です
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深川小学校誕生の地標柱 1870年、長慶寺に東京府小学第六校(現在の深川小学校の前身)が設置された
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