2026/01/03 - 2026/01/03
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noelさん
令和8年1月3日七福稲荷巡りに出かけました。
実は京浜急行の電車広告を見たのがきっかけです。
全部巡って、約2時間という無理のないコースでした。
実際には寄り道や諸事情があって3時間でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
1月1日から1月3日まで行われていました。
今回は37回目だそうです。 -
順路図です。
この図の順番で参拝しました。 -
これは糀谷駅前の地図です。
駅の南口から環八を渡ります。 -
駅から10分とありましたが、約5分で到着です。
まずは萩中神社に参拝します。 -
いつ創建されたかは不明のようですが、江戸時代後期には「神明社」としてありました。
明治維新後村社に列格されましたが、大正6年の風水害の際に被害を受け再建されました。
「天照皇大神」「豊受姫大神」を祀っています。
狛犬が迎えてくれています。 -
こちらが羽田七福めぐりの「萩中 東官守稲荷神社」です。
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赤い鳥居が並んでいます。
この稲荷神社は昔は萩中町7番地(旧番地)辺りにあったようです。
今は萩中神社の境内に移されましたが、当時はもっと敷地も広かったようです。
海に向かって建てられていました。
当時の村人は半農半漁の生活だったため、海での漁などの安全のため信仰されていました。 -
萩中神社の神輿も飾られていました。
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お百度石です。
こちらには算盤玉が設置されています。
境内入口の礼拝石の上で一礼し、鳥居をくぐり、手水舎で清め、本殿で参拝し、自分の名前と住所を述べ願い事を唱えた後、お百度石の前に戻ります。
下段の一の位の算盤を1つ左に弾きます。
そして再び鳥居を出て、(手水舎は省略可)本殿で参拝します。
再び算盤玉を1つ左に弾きます。
これを9回繰り返します。10回目には上の段の十の位を1つ左に弾きます。
これを百回繰り返し、「お百度参り」となります。
さて、この後は「いなめぐDX」が設置されているNFCタグにスマホをタッチするとデジタルしるし帳になります。
8つの稲荷神社で達成すると記念品がもらえます。
入口付近にスタッフの方がいて、教えてくれます。 -
身体安全「東官守稲荷神社」の御朱印です。
この御朱印はスタンプ型式です。
公式集印帳(色紙)も購入しました。
実はその色紙、写真に乗せられない理由が・・・。 -
2番目の稲荷神社は「妙法稲荷神社」です。
享和元年9月(1801年)に建立されました。
大洪水の被害からの復興のため、京都伏見大社の分霊を賜り建立されました。
大きな松の木の下に社殿を建立したのですが、この松の根元には白蛇が住んでいました。
神の使いと言われ蛇稲荷とも呼ばれ信仰を集めていたそうです。
大正12年の関東大震災の際に、残念ながら大きな松も社殿も焼失してしまいました。
ただ、有志の方々によって松の切株の上に、八角堂が建立され、「妙法稲荷」と呼ばれ信仰を集めました。
ただ、昭和20年には今度は戦災によってその八角堂も焼失してしまいました。
昭和31年崇敬者の方々や地元の有志の方々によって現在の社殿が建立されました。
数々の苦難を乗り越えて現在に至っていることがわかります。 -
参拝の後は、御朱印をいただきました。
最後にお声かけいただき、お神酒と飴もいただきました。
実はこちらに辿り着く途中で、公式集印帳(色紙)がリュックから落ちてしまったようなのです。
道路に落ちてないか戻って確認したのですが、残念ながらありませんでした。(-_-;)
正月早々残念なことです。そもそも持参した御朱印帳だけで良かったのかもしれません。 -
「正一位 妙法稲荷神社」
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招福厄除「妙法稲荷神社」の御朱印です。
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重幸稲荷神社
この周辺はかつて大野と呼ばれていました。
多摩川のほとりでは、たびたび洪水の被害がありました。
そのため田畑を護り、五穀豊穣を祈願して社を建立しました。
社の前の道路は旧六郷土堤です。
現在の社の高さが、旧堤防の高さでした。
境内には昭和20年4月の大空襲で焼失してしまった楠の大木がありました。
樹齢400年、幹の回りは3.5mでした。
前の道路が一部ふくらんでいるのは大木があったためです。 -
開運長寿「重幸稲荷神社」の御朱印です。
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「中村天祖神社」
こちらも萩中神社と同様に御祭神は、天照皇大神・ 豊受姫大神です。
創建年代は不詳です。
文化文政年間(1804-1829)には既に創建されていたようです。
(新編武蔵風土記稿が編纂されています。)
ここに来るまでの間、途中に「コーナン」があったのでトイレタイムにしました。(実は以前はこのホームセンターのコーナンに、ペットグッズを買いに来てました。) -
高山稲荷神社
かつて、この周辺は中村と呼ばれていたようです。
社殿は名主橋爪家の前にありました。(本羽田3丁目の辺り)
昭和4年に六郷土堤の改修工事の際に移転となりました。 -
かつての社は、飛騨高山の大工によって建築されたため高山稲荷と呼ばれるようになったそうです。
戦前の初午祭には芝居も行われて賑わったようです。
この周辺の親たちは、初午の日に社前に小屋を作り、おこもりさせて寺子屋に入門させたようです。 -
学業成就「高山稲荷神社」の御朱印です。
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稲荷神社の向かい側は本羽田公園です。
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高山稲荷神社を左にまっすぐ進んでいます。大師橋手前の付近です。
進行方向を左に見たところです。
正蔵院です。 -
まっすぐ進んだところです。首都高横羽線を越えた先にありました。
「玉川屋」さんです。
1919年創業の和菓子屋さんです。
美味しそうなお菓子がたくさんありますが、お正月で甘いものを食べすぎたので、今回はスルーさせていただきました。 -
次は路地を入ります。わかりやすいように←の表示がありました。
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「鷗稲荷神社」
この付近には鷗が多く、大漁の兆しとして祀られたことから、このように称されるようになったそうです。
創建年代は不詳です。
ただ、境内の鳥居には弘化2年乙巳年3月吉祥日と記されています。
つまり弘化2年(1845年)には創建されていたようです。 -
大正13年頃に社屋を新築したのですが、昭和20年の戦災で焼失してしまいました。
その後は町の人たちによって再建され、現在も初午の夜は篝火を焚いて太鼓を打ち鳴らしているのだそうです。 -
羽田道についての謂れを記してあります。
江戸時代から羽田弁才天等への参詣に利用されたようです。 -
開運招福「鷗稲荷神社」の御朱印です。
こちらは「鷗」ではなく「鴎」の文字が使われています。
ちなみにこれは、スタンプです。
※ 「鷗」も「鴎」も同じ意味を持つ漢字ですが、使用される文脈や法的な地位に違いがあるようです。
現代の標準表記は「鴎」ですが、歴史的な文献や人名・固有名詞には「鷗」が混在するようです。 -
別格「玉川弁財天」
ここから、階段を下って行きます。 -
「羽田村の南も洲の先にあり、故に羽田弁財天と称せり。本尊は江の島本宮巌屋弁財天と同体にして、弘法大師の作なりといへり。宝永八年(西暦1711年)四月此地に遷し奉る云々」と江戸名所図会にあるのだそうです。
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社頭は、江戸新堀の小西九兵衛という酒問屋が全て造ったとされています。
境内の一部に常夜灯があり、沖を行く舟の目標であったそうです。
まるで灯台のようです。
また、この弁財天にまつわる様々な版画も残されています。
かつては、現在の羽田空港内(要島・鈴木新田)にあったのですが、昭和20年9月に、連合軍の強制立退命令により現在地に遷されました。 -
金運長寿「玉川弁財天」の御朱印です。
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多摩川です。
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この先は羽田空港です。国際線ターミナル方面です。
そして多摩川スカイブリッジが見えます。 -
多摩川五十間端水死横死諸霊位追善供養
五十間鼻無縁仏堂で行われる供養活動です。
この供養は関東大震災や東京大空襲の際に漂着した水難者や死者を祀るために行われています。
こちらは昭和53年の護岸工事に伴い、ここに移転されました。
毎年元日の日の出とともに供養が行われているようです。
この左側が海老取川で右は多摩川です。ここは突端の合流地点にあります。
そのため日の出の絶景スポットでもあるようです。 -
大鳥居が見えます。
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羽田平和の大鳥居です。
弁天橋を渡って来ました。
かつては羽田穴守町の穴守稲荷神社の象徴だったのですが、その後の昭和20年に進駐軍が飛行場の拡張のため、周辺の住民の強制退去を命じ、その結果、約3000人の人がこの土地から離れざるをえなくなりました。
そして、その後、米軍が撤去を試みましたが、作業員が鳥居から足を滑らせ落下、米兵も機械に挟まれ亡くなってしまうという事故が相次いだため、撤去を免れました。
そして「祟りの赤い鳥居」とされていました。
後に米軍から施設が日本に返還された昭和27年7月、東京国際空港として再出発した後も、この大鳥居は旅客ターミナルビル前面の駐車場の一隅に残されていました。
それから昭和59年に着手された東京国際空港沖合展開事業が進められることにより、滑走路や旅客ターミナルビル等の空港施設が沖合地区に移転されました。
そのため撤去を余儀なくされることとなったのですが、元住民だった方々から大鳥居を残してほしいとの声が強まりました。
ちょうどこの頃、この周辺で仕事していたので、よく覚えています。この大鳥居のかつての出来事なども聞いていました。
そして結果的に、平成11年(1999年)に、旧羽田穴守町から、この弁天橋横の地に移設されました。
同年、羽田の先人たちの偉業と平和への願いを込めて、「平和」の文字が刻まれた額が奉納されたのです。 -
氏神 鈴木弥五右衛門
穴守稲荷神社を勧請した生みの親です。
開祖は猟師町、農村の町3町、羽田鈴木町、羽田穴守町、羽田江戸見町を干拓し築き上げました。
ここは、羽田空港一丁目二丁目羽田鈴木新田跡大田区指定文化財(史跡)となっている場所です。
この地は、数十年もの長い間遊歩道は閉鎖されていました。
でも現在は多摩川八景遊歩道が開通しました。
この日も散歩している人、ジョギングしている人など見かけました。
きっと喜んでくれているでしょう。 -
白魚稲荷神社
弁天橋通りから右に曲がった所にあります。
鳥居からはみ出すほどに並んでいました。
混んでいたので、2列に並んでいました。
左は参拝、右は御朱印用です。
小さな階段で、2列になると戻る人が通れません。
また、小さな階段で立っているだけでも危険かな~と思い、階段下で待つことにしました。 -
創建年代は不詳です。
ただ、江戸時代初期以降に創建されたと推測されます。
それは、旧称羽田猟師町の成立が正保(1645-1648年)から元禄(1688-1703年)にかけての間と考えられているためです。
武蔵風土記に「漁士白魚を初めて得しときは、まず此の社に供ふる。故にかく云へり」と起源が記されているようです。
多摩川の砂利砂採取が行われるようになった頃、この事業に従事する人たちの信仰を受け、社頭は盛んでした。
この周辺は昔は藁葺屋根が多く、建て込んだ家並みから火事が起こらないように祈願する人も多かったようです。
火伏の神様としても信仰があります。
そのおかげかもしれませんが、この社は戦火を免れることができました。 -
無病息災「白魚稲荷神社」の御朱印です。
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南側の鳥居から向かいました。
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飛龍明神がありました。
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穴守稲荷神社です。
先ほどよりも混み合っていました。
まずは、手水舎の行列、そしてその後は拝殿参拝の行列です。
私が目指したのは稲荷神社ですが、せっかくなのでこちらにも参拝します。
ちなみに混んでいるからか手水舎も柄杓ではなく、水が流れるタイプでした。 -
御祭神は豊受姫命です。
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お稲荷さん
稲荷神は、稲を象徴する穀霊神・農耕神です。
稲荷大神、稲荷大明神、お稲荷様、お稲荷さんとも言います。
本来は穀物・農業の神様です。
ただ、現在では商工業を含め産業全体の神とされ、日本で最も広範に信仰されている神様の1つです。
稲荷神は神仏習合思想において仏教の女神とも習合したために、お寺で祀られることもあります。
ちなみにお稲荷様は赤い服(前掛け)を召してますが、これは魔除けの効果があるそうです。この前掛けは子どもを守ってもらうため、子どもの装身具である前掛けをさせる説があります。 -
千本鳥居です。
朱色の鳥居が美しく続いています。 -
右には「御神砂」そして「必勝稲荷」があります。
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可愛らしい小さな鳥居です。
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開運鳥居だったかと思います。
他にも「出世稲荷」「繁盛稲荷」などもありました。 -
奥之宮
穴守稲荷信仰の核心を担う場所です。
羽田の鈴木新田開発の際に、海岸の堤防へ繰り返し開いた穴を鎮めるために、祠を築いて稲荷大神を祀り、この土地の守護を願ったのが始まりです。
この「奥之院」の扁額の書体は丸みのある暖かな文字です。
左右には狐様が整然と並んでいます。 -
この右には「穴守の砂」があります。ただ、順序よく参拝すると、最終的にこちらに着きます。
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登って来ました。「御嶽神社」です。
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このゴツゴツした岩の上に「稲荷山」が築かれています。
上には「航空稲荷」「末廣稲荷」「幸稲荷」「築山稲荷」がありました。 -
御神穴
こちらでは砂をいただけます。
砂を入れる袋までありました。
こちらは、他とは違いうっすらと暗く、キツネさまが鎮座して、祠を守っているかのようでした。 -
奥の宮の先は御覧のようになっています。
この右側で御朱印をいただきました。 -
小さな鳥居です。
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航空安全・家内安全・商売繁盛「穴守稲荷神社」の御朱印です。
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最後にプレゼントをいただきました。
他に今回の稲荷神社でいただいた御福銭などです。
13時30分頃になっていました。
10時30分頃に糀谷駅を出発しましたので、3時間位かかりました。
途中、引き返したり、寄り道したり、最後の方でちょっと混んでいました。
前日の夜には雪がちらつきましたが、この日は天気に恵まれて気持ち良く参拝できました。
今年も一年よろしくお願いします。m(__)m
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