2025/10/12 - 2025/10/13
260位(同エリア872件中)
大魔王さん
6泊8日のスペイン旅行。
いや~疲れました。 20回以上海外旅行行ってますが、南米以上に疲れたように思います。
直行便で行けるからと、「イベリア航空」を利用しましたが、機体が小さい・狭い・座った席が悪かったせいもあるのでしょうが、まったく眠れず約15時間後、ようやくスペインマドリードに到着しました。
とにかく最初から (。´-д-)=3 ぐったり
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- イベリア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
成田空港第2ターミナルから出発
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イベリア航空の機体は、Airbus A350-900 です。 横3列づつ9席ですが、ほかの航空会社のエコノミーと比較して狭いと思います。
行きは最悪の席でした。
後ろにトイレがあり、C席だったため、AとB席の人がトイレ行く時叩きおこされる。
横の通路は、トイレ待ちの連中で塞がれて、ご覧のように通路に立つ人間お尻があたったためか、ひじ掛けのカバーが取れていました。
(´口`)最悪↓↓ -
機内食は、不味いです。 眠れない食事不味い。 前途多難。 (。T_T。)
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到着までの15時間、ペットボトル200ml水だけ提供のため、出発前にお茶等を買っておきましょう。
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途中でおやつ。 味は期待しないほうか良いです。
コーヒーは薄くて不味い。
余談ですが、イベリア航空のプレミアムエコノミーは、確か40万円高なのですが、エコノミークラスとあまり変わりません。
ビジネスクラスが、前方に3列くらいありましたが、ニュージーランド航空のプレミアムエコノミーと同じくらいです。こちらは往復で80万くらい高かったかと・・・ ( ̄∇ ̄;) -
2回目の機内食。
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ようやくアドルフォ・スアレス・マドリード=バラハス空港に到着。 名前長くて覚えられない。
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このモノレールのような電車に乗って、荷物が流れてくる場合まで移動。
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添乗員によると、スペインは、とにかく「ロストバッゲージ」が多いとのこと。 乗り継ぎしていないのに、「何で?」と思いますが、それがスペインとのこと。
ロストした時のために、一泊分の着替えを持っていきました。 -
一泊目のホテル(セナターバラハス)に到着
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一応四つ星ホテルですね。
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フロント付近
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トイレ こんな感じ
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バスはありました。(°∀°)/
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コルドバまでのバスです。 400キロ 約5時間の移動。
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バスの配列。 大型ですが、席間が少々狭い。
異常に疲れたのは、このバス移動が原因の一旦かもしれません。
乗り心地は良くありません。 -
途中のドライブイン。
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阪急の旅行に注文したいのは、休憩時間が短いです。 女性陣が20名以上いたと思います。
トイレが混む。 休憩時間が無くなる。 ヨーロッパのバスは、水以外飲食不可の場合が多いので、アイスクリームなどを食べることが出来ません。
(‘¬’)オナカスイタ -
ようやくコルドバに到着
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レストランの食事。 スペインは毎回のように、この様な前菜がでます。 ドレッシングありません。 オリーブオイルと塩のみ。
可能であれば、携帯用のマヨネーズやドレッシングを持ってくるのも良いかと思います。
一回くらいなら良いのですが、毎度毎度ウサギのように、味無しレタスだと飽きます。 -
メインの鶏肉料理。 ポテトは冷め、鶏料理も美味くありません。
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見た目のようなスイカ。 多分、切ってから時間が経っているのか、なんか乾燥してました。( ̄ヘ ̄)
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レストランから徒歩で、世界遺産「メスキータ」まで移動。
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見えてきました。 西暦785年から建設が始まり、以後200年間増改築がされたとのこと。
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グアダルキビル川にかかるローマ橋
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メスキータが見えてきました。
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カラオーラの塔 イスラム時代の要塞
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この日は、暑くて大変でした。
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スタチューの大道芸人がいました。 暑いのに大変。 1ユーロ支払い。
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メスキータ入り口の「免罪の門」です。
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ミナレット(塔)
手前は、オレンジの中庭 右側にある木々はオレンジです。 -
スキータ(mezquita)は、スペイン・コルドバにある大モスクで、正式には「コルドバの聖マリア大聖堂」と呼ばれています。
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奥に「神輿」のようなものが見えますが、本来は飾られておらず、この日はメスキータのお祭りとのこと。
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メスキータの歴史は785年に始まり、後ウマイヤ朝のアブド・アッラフマーン1世によって建設されました。
元々は西ゴート王国の聖ビセンテ教会があった場所に建てられ、イスラム教徒はこの教会を破壊せずに改築してモスクとして使用しました。 -
その後、レコンキスタでスペイン軍がコルドバを奪回したのは1236年フェルナンド3世の時代、またその後15世紀になるとレコンキスタも完了。
スペインにいたイスラム教徒やユダヤ人は迫害をうけ改宗もしくは国外追放となり、コルドバも時代とともに徐々にかつての勢いを失くし衰退してしまいました。 -
この頃、街の支配権は変わりましたが、イスラム教徒が急にこの街を追われるようなことはありませんでした。
イスラム支配下にあった頃は街のユダヤ人たちは、街の壁の外へと住む場所を追われましたが、レコンキスタで街がスペイン軍の手に戻ると、迫害されていたユダヤ人たちも街の中に戻ることを許可され、コルドバの街は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教、文化が共存することになりました。 -
豪華な飾りの台座。 期間限定で飾られています。
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祭りの間だけ飾られる山車?
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円柱の森
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イスラム時代の礼拝の空間 850本の柱があるとのこと。
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美しいドーム天井。 ゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・。
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中央祭壇
キリスト教の礼拝堂です。 -
メスキータの外に出てきました。
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旧ユダヤ人街の「花の小道」
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人一人が通れるくらいの狭い道。 この道沿いに店があります。 ゆっくり見て回りたかった場所です。
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観光客で込み合っていますが、阪急交通の悪いところは、トイレ休憩15分だけ。
自由時間が全くありません。 -
スペインがスリが多いせいなのか、飲まず食わすで町中をみるだけ。
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これから「グラナダ」まで3時間移動があるせいで、ソワソワしている添乗員。
グラナダで、見たくもない「フラメンコショー」があるからです。 それも夜
20時半から、そしてホテル帰着は23時頃とのこと。 -
一旦、トイレ休憩。
この黄色いポスト前で、待ち合わせ。 33人は多すぎます。 -
グラナダに移動後、「フラメンコショー」があったので、急いでいたわけで、私たちは、ツアー料金でフラメンコショー代を取られていましたが、参加しませんでした。
参加せず大正解。 参加した他のツアー客の話では、舞台のそで部分を指定されたため、ダンサーの後ろ姿。 尻しか見えなかったとのこと。
旅行社の実力でしょうか? 日本人は、いつも隅っこを指定され、良い座席になったためしがありません。ヽ(`Д´#)ノ 明日は、朝から「アルハンブラ宮殿」観光です。
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