2023/12/06 - 2023/12/06
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キャンサー50さん
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半世紀も前、子供の頃、江東区の枝川というところに住んでおりました。
門前仲町はそこからバス1本ですぐのところにありました。
門前仲町にある富岡八幡宮では月数回縁日が立ち、日が暮れてからそこに家族で出かけるのは一大イベントでした。
通りに出店が立ち並び、人があふれ、とても活気があったのを記憶しています。
縁日以外の記憶はほとんど消えてしまっていますが。昔行ったであろう富岡八幡宮と隣接する深川不動堂などを巡ってきました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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まず、富岡八幡宮を訪問。
永代通り沿いにある大鳥居です。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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大鳥居を抜けてすぐ左手にある伊能忠敬像。
近代日本地図の始祖、伊能忠敬(1745~1818)は、事業に成功した後50歳の時江戸に出て、この辺りに隠宅を構えていました。
その後、寛政12年(1800)4月19日、富岡八幡宮に参拝して蝦夷地測量に出かけました。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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伊能忠敬像の脇にある三角点。
地図繋がりということでしょうか。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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伊能忠敬像の右手に大きな石碑群があります。
いづれも相撲関係の石碑なのですが、こちらは「大関力士碑」。
富岡八幡宮は江戸勧進相撲発祥の地です。
「大関力士碑」は昭和58年(1983)に建てられた碑で、歴代の大関を顕彰するものです。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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「大関力士碑」の後ろにある2つの黒い碑には歴代大関の名が刻まれています。
向かって右手の碑には第一代大関からの古い大関の名が刻まれています。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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向かって左手の碑には昭和や平成期などの新しい大関の名が刻まれています。
小錦や霧島など、おなじみの名前も見えました。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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こちらは「巨人力士手形足形碑」。
数人の力士の手形足形が残されているのですが、知った名前はありませんでした。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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「強豪関脇力士碑」。
プロレスに転向した力道山の名もありました。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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こちらは「釈迦ヶ嶽等身碑」。
釋迦ヶ嶽(1749~1775)は江戸時代の力士で、身長226cm、体重172kgと江戸相撲では並外れた巨体の持ち主でした。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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こちらは「巨人力士碑」。
前出の釋迦ヶ嶽に負けない巨漢力士はかつて他にもおり、その背比べを一つの石で示してみたいという趣旨で造られたようです。
そのため、歴代の巨人力士の四股名と身長が刻まれています。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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石碑群の少し先にある神楽殿に収まれてていた、黄金の神輿。
日本一の大神輿と謳っています。
富岡八幡宮には江戸時代に紀伊国屋文左衛門より奉納されたといわれる3基の神輿がありました。
関東大震災で全てを焼失しましたが、平成になって復活させたそうです。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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神輿殿の前にあった1対の灯篭。
江戸時代関東郡代を世襲した伊奈家十代伊奈忠宥より宝暦年間(1751~1764)に寄進されたものです。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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灯篭の少し先にある、立派な台座の上にたつ、神馬(しんめ)像。
富岡八幡宮 寺・神社・教会
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社殿に向かう前に社殿東側のエリアに向かいました。
その広場的なところにもさまざまな石碑が置かれていました。
こちらは「木場の角乗」碑。
木場の角乗りは300余年の昔、徳川幕府から材木渡世の免許を与えられた業者の木材を扱う川並の祖先の余技として進展し、若者の技術練磨の目的をもっていました。
水辺に浮かべた材木を、鳶口ひとつで乗りこなします。
今でも観光イベントとして、江東区民祭りで行われています。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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こちらは「木場木遣之碑」。
木遣りとは、大木など運び出す時、その力を一つにまとめるための掛け声、合図として唄われたものです。
江戸時代、木場では伊勢神宮の改築用材を五十鈴川より木遣りの掛け声で水揚げをしていました。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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こちらは「森羅亭万象歌碑」。
森羅亭万象(1756?~1810)は、江戸時代の医者・戯作者・蘭学者、狂歌師、平賀源内の門人でした。
「ふしの嶺 世におおへとも もろひとに 笠きてくらす すがたみせたり」。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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富岡八幡宮の東側には小さい朱色の橋を配した弁天池があります。
富岡八幡宮 寺・神社・教会
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弁天池の中のある、七渡神社。
御祭神は市杵島姫命で、富岡八幡宮が創建される前からお祀りされていたと云われています。
地元では七渡弁天と親しまれ、美と芸術、財運の神様です。七渡神社 寺・神社・教会
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七渡神社の参道脇にあった庚申塔。
昭和初期のものと思われますが、情報は少ないそうです。
江東区の文化財です。七渡神社 寺・神社・教会
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七渡神社社殿。
弁天池の半島のような位置に建つ、小さいが朱色の美しい社殿です。七渡神社 寺・神社・教会
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七渡神社のすぐ近くにあるのが、永昌五社稲荷。
朱色の鳥居の列が美しい。 -
永昌五社稲荷社殿。
永昌五社稲荷神社は、深川の肥料業者の信仰を集めているお稲荷様です。
深川は、古くから肥料問屋が軒を並べ、ホシカ(干鰮)を中心とする肥料の流通センターでした。 -
永昌五社稲荷神社の裏手にも相撲関係の石碑群があります。
こちらは「横綱力士碑」。
歴代の横綱力士と強豪大関雷電爲右エ門を顕彰しています。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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「横綱力士碑」の裏面には歴代の横綱の四股名が刻まれています。
富岡八幡宮 寺・神社・教会
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「横綱力士碑」の後ろの碑には、「横綱力士碑」の裏面に刻みきれなかった新しい横綱の四股名が刻まれています。
若貴兄弟や曙の名も見えました。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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こちらは「横綱力士碑」の向かって右手にある、力士像が刻まれた碑。
陣幕久五郎(1829~1903)は第12代横綱で、「横綱力士碑」建立の立役者です。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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「横綱力士碑」の向かって左手にある、力士像が刻まれた碑です。
こちらの力士は、第11代横綱、不知火光右衛門(1825~1879)です。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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この碑は、「超五十連勝力士碑」。
大相撲の本場所で50連勝以上を記録した力士を顕彰しています。
該当する力士は、谷風、梅ヶ谷、太刀山、双葉山、千代の富士、白鳳です。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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富岡八幡宮の参道に戻って、富岡八幡宮社殿です。
寛永4年(1627)、菅原道真公の末裔といわれる長盛法印が神託により、当時永代島と呼ばれた小島に創祀したのが始まりとされます。
八幡大神を尊崇した徳川将軍家の保護を受け、庶民にも「深川の八幡様」として親しまれました。
広く美麗な庭園は人気の名所であったといいます。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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富岡八幡宮の裏手にある「力持ち碑」。
江戸時代から深川に食料物資を入れておく倉庫が立ち並び、そこで働く人たちが力自慢の曲技を公開するようになりました。
それを記念した碑です。
力持ちを記録した力石が奉納されています。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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富岡八幡宮の裏手の塀に架かっていた、「富士塚跡」の説明板。
かつて富岡八幡宮の裏には富士塚があったそうです。富岡八幡宮 寺・神社・教会
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永代通りに戻って、今度は深川不動堂に向かいます。
永代通りに面してある、深川不動尊赤門。深川不動堂 寺・神社・教会
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赤門から不動堂へ続く参道、人情深川ご利益通りです。
約150mの間に、和菓子店・甘酒店・京漬物店・江戸小物店・宝飾品店など40ほどの店舗が並び、仲見世らしいにぎわいを満喫できます。人情深川ご利益通り 名所・史跡
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人情深川ご利益通りの入口にある和菓子屋、深川伊勢屋本店。
深川餅や各種団子が人気。
食事処も併設されており、あんみつなどの甘味や、ラーメンなどのお食事もいただけます。深川 伊勢屋 本店 グルメ・レストラン
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参道途中にある永代寺。
寛永元年(1624)永代島に創建、江戸時代には富岡八幡宮の別当寺、江戸六地蔵の一つとして栄えましたが、明治初年の神仏分離により廃寺となりました。
現在の永代寺は、明治29年に旧永代寺の塔頭の吉祥院が名称を引き継ぎ、再興されたものです。
かつての永代寺は、広大な寺域をほこり、京都の仁和寺の直系の寺として、江戸を言うに及ばず、関東でも格の高いお寺でした。永代寺 寺・神社・教会
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永代寺境内にある地蔵堂。
中には子育て地蔵尊や取持地蔵尊などが祀られています。永代寺 寺・神社・教会
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参道の真正面にある、深川不動堂旧本堂。
千葉・成田にある成田山新勝寺の別院で、江戸時代中期に開創されました。
厄除けのスポットとして多くの参拝客が訪れています。深川不動堂 寺・神社・教会
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旧本堂の向かって左手にある新本堂です。
開創310年記念事業として建立されました。
外壁はお不動様のご真言に包まれた「真言梵字壁」、梵字で包まれた外観は異様な雰囲気です。深川不動堂 寺・神社・教会
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深川不動堂入口近くにある、小さな深川龍神。
ここで「龍神願い札」を水鉢に浮かべて祈願をすると、龍神に届いて願いが叶うといわれています。深川不動堂 寺・神社・教会
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旧本堂脇にある祈祷殿。
車の交通安全祈願を執り行います。深川不動堂 寺・神社・教会
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旧本堂右手にある、開運出世稲荷。
本山である大本山成田山新勝寺境内の出世開運稲荷の分霊を、平成4年に勧請したお稲荷様です。
御本尊は「吒枳尼天尊」です。深川不動堂 寺・神社・教会
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旧本堂裏手にはいくつもの石碑が並びエリアがあります。
その中の一つ、「五代目尾上菊五郎の碑」。
五代目尾上菊五郎(1844~1903)は、幕末から明治にかけて大活躍した名優で、九代目市川団十郎とともに「団菊時代」を築きあげました。深川不動堂 寺・神社・教会
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深川不動尊の西に隣接する深川公園。
深川公園 公園・植物園
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深川公園の入口には江戸時代のこの辺りの図絵があります。
もとは富岡八幡宮や別当永代寺の境内地で、信仰を兼ねた行楽地として大変にぎわっていました。
明治6年に当時の東京府が初めて整備した公園のうちの1つです。
富岡八幡宮も深川不動尊も規模が大きく、石碑などの史跡も多く、参拝するに楽しいスポットでした。
特に富岡八幡宮の相撲関係の石碑は、相撲ファンでなくても興味をそそられ、しばらくじっくり見てしまいました。
富コア八幡宮は毎月1日、15日、28日が縁日で、この日に行くのも良いと思います。深川公園 公園・植物園
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