2014/05/12 - 2014/05/12
883位(同エリア992件中)
リュックさん
5月12日
琴平金丸座を見学してから金刀比羅宮に
-
第2日目 5月12日
昨夜は高松市内を見下ろす露天風呂で疲れを癒し、
部屋からも高松市内の夜景を眺めながら部屋で夕食をとる。
夜景がきれい。でも少し明かりが少ないかな?
部屋いっぱいに開かれたガラス窓から早朝の高松市内。
瀬戸内海に突き出たような屋島が。 -
これから琴電で琴平に向かい金丸座を見学し、
金毘羅さんに参詣する。
ホテルから琴電高松駅までホテルの送迎バスで送ってもらう。
琴電高松駅は玉藻公園に面したところにある。
玉藻公園は旧高松城跡の公園。
生駒~松平と引き継がれた古い城だ。
堀は海水を利用し、満潮時の堀は海水で満たされいたのだが。
現在も海水を利用しているのだろうか。 -
琴電高松駅ホームから高松城の石垣、堀が
目の前に見える。松がきれいで静かな雰囲気だ。 -
9時30分琴平行電車の最前部の席に座る。
車内は乗客がゆったり座席に座り、
立っている乗客がいない程度の混みよう。
新緑がきれいな四国讃岐平野の風景を楽しむ。
正面には讃岐冨士の姿。今日は曇り。
何時雨になってもおかしくない空模様。 -
10時32分。琴平駅に到着。
お迎えをお願いしていたホテルのマイクロバスが
駅前で待っていてくれた。バスでホテルに向かう。
想像していたよりちょっと距離がある。
金毘羅さんの参道前の商店街を抜け、
しばらく走って丘陵斜面にあるホテルに到着。
ホテルに荷物を預け、
これから金丸座、金毘羅宮を訪れる。
ホテルの説明ではホテルの裏の山道を金丸座まで行き、
ここから金毘羅さんに行くのが一番近道とのことで
まずは金丸座へ。
ホテルで杖があったほうが楽とのことで借りた。
宿の裏手から山道に入る。
観光客が通らない地元専用道路。
舗装されず本当の山路。
足場の悪い道をしばらく歩くと広い舗装道路に出る。
目の前に金丸座が現れた。
金毘羅山参道から行くよりはるかに近道だ。 -
金丸座はひっそりとして人気がない。
今日は休みかな?
木戸を覗くといくつかの靴が並んでいる。
見学料を払い、「通り札」をもらう。
木戸をくぐって中に入る。
すでに数人がガイドの説明を聞いている。 -
入場券
-
「途中からでも結構。
一緒に説明を聞いてください。
この後また同じ説明をしますから、大丈夫です」
とのことでガイドさんのツアーに途中から加わる。
ガイドは入館した見学者がある程度まとまった人数になると
館内のガイドが始まるらしい。
短時間ではあるが要領よくわかりやすく説明してくれる。
金丸座(旧金毘羅大芝居)は
天保6年(1835年)に建てられ、
現存する芝居小屋としては日本最古。
その後金毘羅信仰が高まり、
歌舞伎などの興行が定期的に行われた。
小屋の名称は所有者が変わる度に変更されたが、
明治33年に金丸座と改名。
昭和45年「旧金毘羅大芝居」として国の重要文化財に指定され、
現在の昭和47年に現在の場所に移設された。
金丸座の木戸は身分によって使う木戸が異なる。
庶民、武家、大名の木戸が明確に分けられている。
二階席の正面は前船、中船、後船と別れ、
贔屓役者に声をかけたのであろう。
舞台にはまわり舞台などのいろいろな仕掛けがあり、
舞台の後ろにある松の幕の後ろは黒い幕が下がる。
世に言う「黒幕」だ。
ブドウ棚天井から下がっている提灯は
興行時に役者の番付を示している。
また当時照明が十分ではなかったので
役者の表情がよく見えるように濃い化粧や隈取をし、
その伝統は今でも受け継がれている。面白い。
舞台の左に花道、観客席は平場の桟敷。
二階の左右の桟敷席は武家、大名などの席。
かつて皇室が訪れた時は舞台に向かって
右側2階の桟敷席だった。
我々もその席に座ってみた。
館内の天井は竹で編んだ格子状。
ガイドさんの説明で歌舞伎で使われた言葉が
いまでも沢山あることに感心した。 -
舞台の裏は楽屋でここでも役者、花形役者、
女形、座長などの部屋がはっきり分けてあった。
ここから階段を下りて舞台の下に行く。
舞台や花道の床下は廻り舞台やセリ、
すっぽん(忍者、妖怪などがせりあがる装置)を
動かす場所で当時はすべて人力で行っていた。
暗い場所で地獄の奈落に連想して「奈落」と呼んでいる。 -
昭和60年から「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開かれ、
往年の大歌舞伎役者が名を連ねた看板が内木戸にかけられている。 -
昭和60年の開催された「四国こんぴら歌舞伎大芝居で演じた
役者が記された額は内木戸にかけられている。
懐かしい役者は先代の方々。
予想していた以上に実りのある館内見学であった。
ガイドさんにお礼を言って外に出る。
空模様が一段と怪しくなってきた。
金丸座から狭い住宅街を抜けて金毘羅参道に出た。 -
初夏の四国路の旅第2日目。
金毘羅宮の参詣に挑戦する。
挑戦するとは大げさかもしれないが、
最近少し歩いたり、立っていると右脚がしびれと
痛みに悩まされている。
整形外科でMIR検査で脊柱内の神経を検査したが、異常なし。
でも痛みは起きる。
医師から痛み止め薬リリカを処方され
服用しての金毘羅宮への挑戦。
昔、若いころに金毘羅宮を訪れ、
785段を一気に上り本宮まで行ったことがある。
夏の暑いころで汗びっしょり、息絶え絶えの苦行だった。
今回は持病もちの老体では一気上りは無理。
ゆっくり、休みながら上ることにした。
金毘羅宮参道には数多くの見どころ、
史跡があるので急ぐ旅ではないあちこち寄りながらの
参詣になった。
金丸座を見学し裏手の道を進むと参道に出る。
参道の道しるべにはここは294段で
本宮まであと491段とある。
参道のお土産屋街を抜けたところ。
ここから本格的な急こう配の石段が続く。
宿で借りた杖を突きながら、ゆっくり上る。
気のせいか石段の幅が狭くなったかな。
351段 青銅大灯篭 -
重要有形民俗文化財。
金比羅宮に奉納された青銅の灯篭に中で最も豪華。
同型の灯篭が山形県山寺、宮城県 金華山黄金山神社に
一対奉納されているとのこと。 -
鼓楼
朝夕時刻を知らせる時太鼓を備えた高閣で
1710年(宝永7年)に建てられた。
長い急な石段も休息を兼ねてあちこち見学しながら行く。
息切れしないように足元に気を付けながら。 -
431段 桜馬場
水戸光圀の兄である松平頼重から寄贈された
二層入母屋造瓦葺の大門に到着。
365段目。
大門をくぐると大きな赤い傘をさした5軒の
露天の飴売り屋の前を過ぎ、
431段の桜馬場に入る。
長いまっすぐな石畳の山道で
無数の石灯篭が立ち並ぶ。
春であれば桜のトンネルになるであろう、
ほっとする場所。 -
小林一茶の句碑
桜馬場の途中宝物館に入る脇道にある。
寛政6年(1794年)当時32歳の一茶が金毘羅詣での際に読んだ。
春うらら、磴道につづく人波の 北の南の国訛りかも -
こんぴら狗の銅像
桜馬場西詰鳥居の横にある。
イラストレーター、湯村輝彦さんのデザインだそうだ。
こんな由来がある(引用:金刀比羅宮参拝ガイドブック)
「江戸時代、庶民は旅行を禁止されていましたが、
神仏への参拝の場合はその限りではありませんでした。
数ある神社仏閣のなかでも、
伊勢神宮への参拝の旅は特別で、
庶民にとって一生に一度の夢であり、
「お伊勢参り」と言われました。
それに並び「丸金か京六か」と言われ、
讃岐の金毘羅大権現(今の金刀比羅宮)と、
京都六条の東西本願寺への参拝の旅も
人生の一大イベントでした。
当時、江戸を中心とした東日本の各地から
これらの社寺への参拝の旅は大変なことで、
当人に代わって旅慣れた人が代理で参拝に行くことがありました。
これを「代参」と言いました。
旅を途中で諦めることにした人が、
道中で知り合った旅人に旅費と初穂料(お賽銭)を
託し代参してもらうこともあったようです。
金毘羅大権現への代参で有名なのが森石松です。
清水次郎長(山本長五郎)の代わりに参拝し、
預かった刀を奉納したと伝えられています。
実は、代参をしたのは“人”だけではなかった。
「こんぴら参り」と記した袋を首にかけた犬が、
飼い主の代参をすることもあった。
袋には、飼い主を記した木札、初穂料、道
中の食費などが入っていた。
犬は、旅人から旅人へと連れられ、
街道筋の人々に世話をされ、
目的地にたどり着いた。
金毘羅大権現へたどり着いた犬も、
そんなのどかな風習により、
立派に務めを果たしたのでしょう。
この「こんぴら参り」の代参をした犬は、
特に「こんぴら狗」と呼ばれた」 -
477段 社務所
門をくぐると正面に堂々とした書院がある。
丸山応挙の襖絵などが公開されている。
見学を考えたが、
今にも降り出しそうな雲行きなので、
先を急ぐことにした。 -
628段 旭社
嘉永7年(1854年)建造、
明治34年(1901年)改築。旭社の装飾
上層の屋根裏には巻雲が、
そして柱間・扉には人物・鳥獣・草花が彫刻されている。
どれも稀に見る華麗な装飾で、
旭社は、天保時代の芸術の精華を集めた建物とある。
が、装飾そのものが色あせ、当時の面影を残したまま。
修復はしないのであろうか。 -
652段 御前四段坂
真須賀神社から左折すると、
うっそうとした木々の覆われた急な石段が現れた。
そろそろ足腰が痛くなってきた。
ここを上りきれば御本宮。
最後の力を出して、
ゆっくり足元に気を付けながら上る。
それにしても長い石段! -
785段 御本宮
当初は途中で断念して引き返すことも考えていたが、
やっと本宮までたどり着けた。
ただひたすら一気に本宮目指して登ったら途中で
バテてギブアップであったであろう。
参道の途中の名所を見学しながらであったので
、精神的にも、体力的にも疲れを感じなかった。
足の痛みも大人しくしてくれている。
旭社を過ぎたあたりから降り始めた雨は
本宮に着いた時にはかなり雨脚が強くなった。
本降りに近い。
本宮社殿で今回も無事に参拝できたことを感謝した。
本宮前の見晴台から雨に煙る讃岐平野を眺め、
絵馬殿などを散策し、下向道から帰途に着く。 -
113段 備前焼狛犬
雨に濡れて滑りやすい石段を注意しながら下る。
宿で借りた杖は下りも活躍している。
下りは早い。
いつの間にかお土産屋が並ぶ参道まで下りてきてしまった。
113段目に備前焼狛犬が目に入る。
一之坂鳥居の傍らにある重要有形民俗文化財。 -
113段 一之坂鳥居
ここ113段の一之坂鳥居から365段の大門まで
急な石段が続く。
体力的に自身のない参拝者は駕籠のお世話になる。
お昼過ぎに琴平商店街にたどり着く。
お腹が空いた。
宿で教えてもらったうどん屋さんに行く。
この辺りの観光地でも立ち並ぶ商店街も
歯が抜けたようにでもあちこちに空地が目につく。
こぎれいなうどん屋で天ぷらうどんを食べた。
丸亀よりおいしい。
一休みして徒歩で商店街を雨の中を歩いて宿に戻る。 -
屋根のある鞘橋(さやばし)
宿への道は金倉川(かなくらがわ)に沿って歩く。
山手にある宿ののすぐ下に鞘橋がある。
刀の鞘のような外観なので「鞘橋」と呼ばれている。
橋には屋根があり、橋脚のない浮橋。
屋根は銅葺唐破風、両岸よリ組み出しの遣のため
「浮橋」とも呼ぱれている。
毎年10月10日の金刀比羅宮御大祭の際に
神輿が渡ることができるだけで、
一般の旅行客は渡ることが出来ない。
急な坂道を上り今宵の宿、琴平花壇にたどり着いた。
雨で傘をさしていたこともあり、
借りた杖はうどん屋に忘れてきてしまった。
宿のフロントにお詫びした。
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