2025/05/01 - 2025/05/06
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gyachung kangさん
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5泊6日の日程で組んだ中国甘粛省への旅。初日と最終日は往復の飛行機移動のため実質は4日間の旅程になる。蘭州の市内散策とチベット族が住む夏河への訪問のあと、残るは1日。その1日を使って日本ではまだそれほどメジャーではない甘粛省の隠れた石窟に行ってみることにした。その名は炳霊寺、へいれいじ、ビンリンスー。名前の響きがいいなあ。旅愁をそそる石窟である。甘粛省旅行記エクストラ篇、ビンリンスーへのツアーをお届けします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 中国南方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
-
旅の4日目
甘粛省のチベット文化圏である夏河から再び蘭州の市内に戻った。この日の宿は蘭州大学の近くにあるヒルトン蘭州。通常あえてこのホテルに泊まることは無い私だが予約サイトでチェックしていたらロケーションが良くて一泊590元。明らかに割安で予約を入れてみた。レセプションは51階、男性スタッフの応対には英語のレベルも含めて全くスキがなく33階の部屋にチェックイン。室内環境も文句のつけどころが無い。 -
部屋からは蘭州のビル街が真下に見渡せる。
この部屋はフツーに2倍の宿泊料でもおかしくないと思うんだけど。お得度ではここ数年間でトップクラスであった。 -
この日の夕食はこじんまりとした街角の家族経営の店に入ってみた。青椒肉絲ライスと卵スープをオーダー。このメニューは日本でも簡単に口に入るけど、やっぱり本場のほうが美味い。たびたび書いているがスープの味はほぼ例外なく敵わない。これはもう旅先での特典ですよ。
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夕食をとった食堂のすぐ近くでウイグルの店が串焼きとパンをワイワイ談笑しながら焼き上げていた。明日も朝早くからバスで長距離移動する。移動食用にウイグルパンを焼いてもらって帰宿。
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旅の5日目
この日私がやってきたのは蘭州汽車西駅。甘南方面に発着便のある南駅とは打って変わって入口の場所さえ発見するのが難しい繁華街の中にあるターミナルであった。
朝7時前だが、バス待ち客は私と少し後からやってきた地元のおばちゃん2人連れのみ。
チケット売り場の気配すらなくこれはいったい? -
締め切っていた建屋のドアがようやく開いて中から中年の女性が一人。手に箒をもちながら入っていいと手招きされた。このチケット売り場ブースに入って私の行先のチケットを発券。この時間帯はワンオペなの?大丈夫かよ、と他人事ながら心配になってくる。
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私の行先は劉家峡 蘭州からは南西に100キロ。
情報では5月から夏ダイヤで第一便8時だったがこの日は9時発。中国ではこんなことはまああるっすな。チケット確保ができればラッキー、このくらいに構えてないとこの国の個人旅行は成立しないかもです。そしてバスはやっぱり満員に。 -
私を乗せたバスは終点の劉家峡のバスターミナルに到着。劉家峡は黄河を水源に開発した中国有数の大規模なダムと水力発電所がある街だった。
さて、本日の私の目的地はその黄河上流の岩壁に古代に彫られた石窟群、炳霊寺 へいれいじ である。
この劉家峡のバスターミナルで炳霊寺までの情報を得ようとウロウロしていると一台のタクシーから声がかかった。『炳霊寺でしょ?行きますよ。往復300元で。どう?』タクシーのドライバーはベテランの女性だった。元々、炳霊寺に行くためには劉家峡のダムにある船着場から水路ボートで行くのが唯一のアクセスと言われていたが最近になって陸路アクセスが可能になったらしいことはネット情報で知っていた。が、こういうタイミングは旅の妙、ドライバーのおばちゃんの信頼度を瞬時に判断、『んじゃあ炳霊寺までお願いします』このタクシーのオファーに乗ることにした。 -
私のタクシーは炳霊寺に向かって険しい景色が迫る舗装された道を進んで行く。
おばちゃんの運転するタクシーは白タクではない許可された営業会社の車だった。だが実際にはメーターを止めて貸切チャーター車として私を乗せている。こういう臨機応変なところがいかにも中国らしい。よく言えば実用最優先、日本とは違うんだよな。 -
おばちゃんドライバーはやおら車を止めて道沿いの店に駆け込み水と蒸しパンを買い私にトス。炳霊寺まで1時間以上かかるので私に食べろと促した。おばちゃん英語は話せない。たまに中国語で話しかけてくるがネイティブ中国語には私が着いていけない。運転中に翻訳アプリを使うわけにもいかず、わかる単語にのみ反応する、旅道中の典型的なコミュニケーションである。
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窓から寺院が見えた
やはりこのエリアはチベット様式なのか、いやいやウイグル様式と中華様式折衷のモスクらしき感じもあり。多民族が日常で共存する国、中国は広いよ。 -
山道を降り始めた。炳霊寺が少しずつ近づいてくる。
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そして!何の前触れもなく現れたよ
あああ~!なんだここは! -
おばちゃんドライバーが指を指した。
遂に到着、あそこが炳霊寺だ。
中国語では ビンリンスー であります。
おばちゃんに見学2時間の約束をして待機してもらう。
さあ、行くぞ。 -
右手にボートの船着場。ダムから黄河の水路を使うとここが発着点になるんですね。
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チケットを購入
一人100元
シルクロード長安−天山回廊の交易路網の構成物として世界遺産に登録されております。 -
まず目に飛び込んでくるのがこの大パノラマ
タクシーの車窓から瞬間チラッと姿をのぞかせていた黄河の岩壁奇岩が屏風絵のように前方に立ちはだかる。
水面には観光客を乗せたモーターボートが次々とやって来る。 -
黄河に浮かぶ奇岩群の景観だけでもう舞い上がってしまいそうだが大石窟はこの先にある。
行ってみましょうぞ。 -
最初にお出迎えしてくれるのがこの尖った巨岩
名前はやっぱりあって姉妹峰
岩石は砂岩で1億4,500万年前に形成され、その後およそ4,000万年の地殻変動により隆起し風化などで浸食が進みこのような景観になったとのことです。高さ150メートル。 -
ちなみにこの見学導線は進行方向右手側が巨岩屏風絵になっている。なんと豪勢な笑
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足元はしっかり整備されているので心配なし
ちなみに高架の下は今は枯れているが黄河の支流域である。 -
ん?岩壁のかなり高い位置にある扉は石窟だろうか?スタッフの待機場所?笑
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いよいよお出まし。
石窟をいくつかご紹介致します。
これは第3窟。8世紀の盛唐の時代の石塔。緑系の彩色が残っている。 -
第4窟。制作期は7世紀の初唐。これも彩色あり。仏像がスレンダーなのが特徴。
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第6窟。こちらは遡って北周の時代の制作。6世紀の後半らしい。顔がラウンドだと解説あり。
ここでちょっと待てよ~となる。中国王朝史において唐はあまりにも有名な漢族による統一政権、対して北周だと?知らんがな~泣
北周とは。Wiki先生によると南北朝時代に鮮卑系民族によって打ち立てられた政権で都は長安。鮮卑とは中国の東北部にルーツを持つ騎馬民族だそうである。
この石窟が彫られた時期は日本ではヤマト政権、古墳時代の中期にあたる。飛鳥時代のちょっと前くらいか。そんな時代の彩色がよく残ったものだ。特に緑の顔料は経年に強いということなんだろうなあ。 -
第11窟。唐代の制作。こちらも仏陀はかなり痩身だ。そして飛天が描かれている。背景にオアシスを彷彿させるような椰子の木が配されているのも珍しい。
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小さな作品は木枠のフレームで区別されている
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第70窟。唐代の作品。
腕は8本の11面観音像。仏衣の彩色が素晴らしい。背景の壁画は明代に上書きされたとの解説あり。 -
第82窟。北周代の作品。6窟と同じく北周期での仏陀は顔と体型がややふっくらだ。彩色は明代にリペイントされている。飛天有り。
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第125窟。これは北魏の統治時代の制作。
また出たぞ。今度は北魏。
北魏とは。
386年~535年鮮卑族の拓跋氏(たくばつし)によって建てられた国家。首都は盛楽(今のモンゴル自治区あたり)→平城(今の山西省大同)→洛陽。
詳しくはwiki先生に委ねますが、つまり同じ鮮卑族による北周よりも古い時代の王朝ということになる。
中国で私が一番最初に訪ねた石窟は大同にある世界遺産、雲崗石窟であるが、雲崗石窟こそが北魏統治時代の460年頃に始まった仏教復興の大プロジェクトであった。北魏が国家を挙げていかに仏教を奉じたか、その証左となる貴重な石窟と言えるかもしれない。 -
そして、進行方向に現れたのが炳霊寺の象徴である大石窟
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弥勒大仏
制作期は唐代。高さは27メートルの巨大な大仏。 -
正体して見るとこうなる。
この弥勒大仏、実はかなり修復の手が入っている。修復前の記録写真を見れば一目瞭然だが、右手と両足首から先の損壊が復元され、風化が進んだ顔面がスッキリと整えられた。
私は中国に現存する大石窟の双璧である雲崗石窟の第20窟大仏と洛陽にある龍門石窟の盧舎那仏、これを両方とも見学した。いずれも長い年月による風化と損壊は免れず、自然な状態で今にある。が、その佇まいが凄みと神々しさを放っており、その上で弥勒大仏に対面すると修復の善し悪しについてはおそらく両論あるだろう。 -
そんな弥勒大仏だが。
最大の魅力は何か?その答えはロケーション、だと私は思う。
大同も洛陽も地域の大都市でアクセスは良好だ。大勢の観光客が訪れる。対してこの炳霊寺、黄河の支流域に聳え立つ岩壁に彫られた石窟群でそこに到達する難度はずば抜けて高い。地の果てのような秘境度合いで雲崗や龍門を圧倒しているのだ。
全国津津浦浦の石窟ファンの皆様、ぜひともこの3つの大石窟に足を運び、確かめて欲しい。きっと私の感想がお分かりいただける筈! -
実際につい数年前まで陸路車で来ることは不可能だった。
この唯一無二の遺構に修復の手を入れたことで弥勒大仏の寿命が2000年伸びたと考えれば異議はない。 -
おっと。こんなのもあったね。
第16窟。涅槃像。まるでタイのアユタヤやカンボジアのシェムリアップ、スリランカのポロンナルワで見たような寝姿の仏陀。中国では最大、8.6メートルある。
オリジナルは違う場所にあったが劉家峡ダムの建設で水没することを免れるため日中の共同作業で9分割し弥勒大仏の対岸にある岩壁に移設されたという。制作は512年、北魏時代になる。ゆるゆるな表情が際立ってイイ。 -
石窟の見学ルートをぐるっと回って入口方向に戻って行く。
岩の景観は武陵源で痺れるくらい見たが、一味違いのある炳霊寺、似て非なり。 -
ココ、ロッククライミングの聖地になってもなんらおかしくはないなあ。
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帰り道、岩にかけられた楼閣を発見。
あの楼閣からの景色を見ておなかいと。 -
案の定、楼閣には私ただ一人。この大迫力の自然を独占鑑賞した。
これだけのパノラマは日本中どこを探し歩いても間違いなく手に入らない。ごっつぁんです。 -
おばちゃんドライバーが待つタクシーに戻る時間がやってきた。水路モーターボートで来ていたら黄河の水上からあの猛々しい岩の壁を見上げることができたかもしれない。ちょっと惜しいが、求め過ぎず余韻を残して去る、それでよし。私のいつもの旅の流儀です。
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おばちゃんタクシーは劉家峡の街中にあるバスターミナルまで私を送り届け、路線バスに乗り継いで蘭州汽車西駅へと無事に帰ることができた。
実は炳霊寺には食事を提供する店が無かった。おばちゃんからもらった蒸しパン以来、何も食べていない私はお腹ぺこぺこ。この日も前日発見した宿近くの家族経営の食堂に行きようやく食事にありつけた。頼んだのは麻婆豆腐と酸辣湯。この絵どうすか?炳霊寺の奇岩屏風に負けず劣らずの絶景かと!笑 -
好吃了! いやあ今日も最高のお味で。
私は満足、マスターも喜びメデタシメデタシと。
今回の中国甘粛省遠征。個人ではなかなか行き難いと思っていた夏河と炳霊寺を訪ね記憶に残る実に良い旅になった。そして漢族だけが中国に非ず。チベタンもウイグルも存在感を放っていた。これは北京や上海の繁華街を巡っているだけではなかなか気がつかないだろう。異なる民族が交錯したシルクロード、その面影がクッキリと現在に残る中国甘粛、麻婆豆腐とバター茶と蘭州牛肉麺をいっぺんに楽しみたい方は是非ともこちらまで~。
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