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 十四日目。<br /> 午後三時、多治見を出発。土岐川沿いの道を外れ、中央本線のガードをくぐり左折すると池田宿である。ここからは内津峠に向って緩やかな上り道が続く。四車線道路の国道19号線と合流、内津峠手前で旧国道に入り、峠を越えて下り道の勾配が緩やかになると内々神社が現れる。ここで給水、体操、小休止。<br /> 社殿を参拝し庭園を散策した後、隣接する内津宿を通過し、緩やかに下る街道を進み、川幅の広がった内津川を渡り、旧国道と分かれると坂下宿である。ここからは上り道。再び国道19号線と合流し、側道を上り切り国道を陸橋で跨ぐと道は国道から離れ旧道となる。尻冷し地蔵尊、退休寺、鳥居松を経て、みたび国道19号線と合流すると勝川宿である。庄内川を渡り、旧道に入り、水屋、山田八幡宮を経て名鉄瀬戸線森下駅を過ぎるとここからは大曽根宿である。<br /> 十車線に広がった国道19号線に入り、代官山交差点で右折。この辺りで日は完全に沈み、街灯の点る旧街道を進み、久屋大通を越えて、中日病院を左折、国道19号線との交差点を越えると下街道の終点、伝馬町札ノ辻である。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里十五町也。<br /> 桜天神社手前のスペースで着替えた後、近くの世界の山ちゃん本丸店に入店。名物の手羽先と生ビールの大ジョッキで下街道走破の余韻に浸ったのでした。

憧れのお伊勢参り【十四日目】 多治見→名古屋

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2025/05/18 - 2025/05/18

191位(同エリア210件中)

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22

かくちゃんさん

この旅行記のスケジュール

2025/05/18

この旅行記スケジュールを元に

 十四日目。
 午後三時、多治見を出発。土岐川沿いの道を外れ、中央本線のガードをくぐり左折すると池田宿である。ここからは内津峠に向って緩やかな上り道が続く。四車線道路の国道19号線と合流、内津峠手前で旧国道に入り、峠を越えて下り道の勾配が緩やかになると内々神社が現れる。ここで給水、体操、小休止。
 社殿を参拝し庭園を散策した後、隣接する内津宿を通過し、緩やかに下る街道を進み、川幅の広がった内津川を渡り、旧国道と分かれると坂下宿である。ここからは上り道。再び国道19号線と合流し、側道を上り切り国道を陸橋で跨ぐと道は国道から離れ旧道となる。尻冷し地蔵尊、退休寺、鳥居松を経て、みたび国道19号線と合流すると勝川宿である。庄内川を渡り、旧道に入り、水屋、山田八幡宮を経て名鉄瀬戸線森下駅を過ぎるとここからは大曽根宿である。
 十車線に広がった国道19号線に入り、代官山交差点で右折。この辺りで日は完全に沈み、街灯の点る旧街道を進み、久屋大通を越えて、中日病院を左折、国道19号線との交差点を越えると下街道の終点、伝馬町札ノ辻である。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里十五町也。
 桜天神社手前のスペースで着替えた後、近くの世界の山ちゃん本丸店に入店。名物の手羽先と生ビールの大ジョッキで下街道走破の余韻に浸ったのでした。

旅行の満足度
3.0
観光
3.0
グルメ
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 多治見駅<br />人は少なかったですがコンコースは広く、きれいでした。

    多治見駅
    人は少なかったですがコンコースは広く、きれいでした。

    多治見駅

  • 下街道池田宿<br />緩やかに上る道沿いに古い街並みが残っています。この辺りが宿場町の中心だったと思われます。

    下街道池田宿
    緩やかに上る道沿いに古い街並みが残っています。この辺りが宿場町の中心だったと思われます。

  • 内津(うつつ)峠<br />旧国道19号線になりますが、こんな狭いところをかつては車が頻繁に通っていたんですね。

    内津(うつつ)峠
    旧国道19号線になりますが、こんな狭いところをかつては車が頻繁に通っていたんですね。

  • 内々(うつつ)神社。神社はなぜか同じ読み方なのに「内津」ではなく「内々」となっています。<br />旧国道19号線の下り道が緩やかになると現れます。創建は古く平安時代ですが、現在の社殿は文化年間(19世紀初頭)に建立されたのだそうです。<br />立派な神社で「すべり止め松」もあり絵馬もたくさん掲げられていますが、夕方だからか私以外に訪れている人はいませんでした。

    内々(うつつ)神社。神社はなぜか同じ読み方なのに「内津」ではなく「内々」となっています。
    旧国道19号線の下り道が緩やかになると現れます。創建は古く平安時代ですが、現在の社殿は文化年間(19世紀初頭)に建立されたのだそうです。
    立派な神社で「すべり止め松」もあり絵馬もたくさん掲げられていますが、夕方だからか私以外に訪れている人はいませんでした。

  • 内々神社庭園。本殿の裏にあります。<br />南北朝時代の13世紀前後の夢想礎石の作と伝わるそうですが、石組み等の様式から実は江戸時代に作庭されたとの説もあるのだそうです。<br />趣向の凝らした立派な庭ですが、灰色の水が目を引きます。水が滞留して澱んでいるわけでではないのでしょうが。

    内々神社庭園。本殿の裏にあります。
    南北朝時代の13世紀前後の夢想礎石の作と伝わるそうですが、石組み等の様式から実は江戸時代に作庭されたとの説もあるのだそうです。
    趣向の凝らした立派な庭ですが、灰色の水が目を引きます。水が滞留して澱んでいるわけでではないのでしょうが。

    内々神社庭園 公園・植物園

  • 下街道内津(うつつ)宿<br />内々神社の門前町として栄え、江戸中期には内津銘茶が江戸で宇治茶と肩を並べて販売されていたほどお茶の栽培も盛んだったのだそうです。写真右手に見える鵜飼邸などかつて栄えた宿場町の面影が残っています。

    下街道内津(うつつ)宿
    内々神社の門前町として栄え、江戸中期には内津銘茶が江戸で宇治茶と肩を並べて販売されていたほどお茶の栽培も盛んだったのだそうです。写真右手に見える鵜飼邸などかつて栄えた宿場町の面影が残っています。

  • 下街道坂下宿<br />一見普通の住宅街ですが、所々に立て札がありここがかつての宿場町であったことを示しています。

    下街道坂下宿
    一見普通の住宅街ですが、所々に立て札がありここがかつての宿場町であったことを示しています。

  • 尻冷し地蔵尊<br />台石の下から清水が湧き出して尻を濡らしていたことからこの名が付いたのだそうです。お地蔵様は屋根に守られており、戦前は、万病の霊験あらかた諸願がかなえられると、多くの参詣者で賑わったのだそうです。隣には駐車場まであります。

    尻冷し地蔵尊
    台石の下から清水が湧き出して尻を濡らしていたことからこの名が付いたのだそうです。お地蔵様は屋根に守られており、戦前は、万病の霊験あらかた諸願がかなえられると、多くの参詣者で賑わったのだそうです。隣には駐車場まであります。

    尻冷し地蔵尊 名所・史跡

    変わった名前の由緒あるお地蔵様 by かくちゃんさん
  • 下街道の古井戸<br />退休寺の対面にあります。退休寺を創建した小野沢五郎兵衛が掘らせた井戸で、恩恵を受けた人たちから「諸人助けの井戸」と呼ばれていたのだそうです。

    下街道の古井戸
    退休寺の対面にあります。退休寺を創建した小野沢五郎兵衛が掘らせた井戸で、恩恵を受けた人たちから「諸人助けの井戸」と呼ばれていたのだそうです。

  • 春日井市郷土資料館<br />江戸末期の酒造家飯田重蔵の離れ屋敷が郷土資料館として利用されていますが、毎月第三土曜日の午前9時から正午までしか公開していないようです。立場があり、間の宿の役割を果たしていた鳥居松の貴重な文化財となっているようです。

    春日井市郷土資料館
    江戸末期の酒造家飯田重蔵の離れ屋敷が郷土資料館として利用されていますが、毎月第三土曜日の午前9時から正午までしか公開していないようです。立場があり、間の宿の役割を果たしていた鳥居松の貴重な文化財となっているようです。

    郷土館(愛知県春日井市) 美術館・博物館

  • 下街道勝川宿<br />JR勝川駅から離れた国道19号線沿いにあります。勝川宿で唯一残った旅籠住吉屋の建物が近代化された街並みの中に不思議と残っています。現在は個人の邸宅なのだそうです。

    下街道勝川宿
    JR勝川駅から離れた国道19号線沿いにあります。勝川宿で唯一残った旅籠住吉屋の建物が近代化された街並みの中に不思議と残っています。現在は個人の邸宅なのだそうです。

  • 庄内川<br />土岐川、愛知県に入ると庄内川と名前を変えます。大河川となっています。

    庄内川
    土岐川、愛知県に入ると庄内川と名前を変えます。大河川となっています。

  • 水屋<br />庄内川と矢田川の間に挟まれたこの地域は「瀬古村輪中」と呼ばれた低湿地帯で、洪水時の一時的避難場所として石垣を高く築きその上に建物を建てその建物を水屋と呼んだのだそうです。

    水屋
    庄内川と矢田川の間に挟まれたこの地域は「瀬古村輪中」と呼ばれた低湿地帯で、洪水時の一時的避難場所として石垣を高く築きその上に建物を建てその建物を水屋と呼んだのだそうです。

  • 山田天満宮<br />文教政治を重視した尾張藩主徳川光友公が太宰府天満宮より菅原道真公の御神霊を奉祀したのが始まりとされ、名古屋城の鬼門に位置していたことから禍福を取り除く守護神としても多くの人たちの崇敬を集めたのだそうです。<br />夕方にもかかわらず参拝に訪れている人がいました。

    山田天満宮
    文教政治を重視した尾張藩主徳川光友公が太宰府天満宮より菅原道真公の御神霊を奉祀したのが始まりとされ、名古屋城の鬼門に位置していたことから禍福を取り除く守護神としても多くの人たちの崇敬を集めたのだそうです。
    夕方にもかかわらず参拝に訪れている人がいました。

    山田天満宮 寺・神社・教会

  • 大曽根の道標<br />18世紀の中頃に建立され、善光寺道(下街道)と飯田道(瀬戸街道)の追分にあったもののようです。現在は駅につながる地下道のE6出入口にあります。

    大曽根の道標
    18世紀の中頃に建立され、善光寺道(下街道)と飯田道(瀬戸街道)の追分にあったもののようです。現在は駅につながる地下道のE6出入口にあります。

  • 名鉄瀬戸線森下駅<br />この高架をくぐった先が大曽根宿だったと思われます。<br />なお、この駅のある町名は「徳川」で、近くに徳川園があります。

    名鉄瀬戸線森下駅
    この高架をくぐった先が大曽根宿だったと思われます。
    なお、この駅のある町名は「徳川」で、近くに徳川園があります。

    森下駅

  • 下街道大曽根宿<br />通り奥には大木戸があり、ここが名古屋の出入り口だったようです。

    下街道大曽根宿
    通り奥には大木戸があり、ここが名古屋の出入り口だったようです。

  • 平田温泉<br />10車線道路の国道沿いの大都会に普通の銭湯があります。

    平田温泉
    10車線道路の国道沿いの大都会に普通の銭湯があります。

    平田温泉 温泉

  • 久屋大通から見た名古屋テレビ塔<br />ライトアップされた塔が大通りにきれいに映えています。

    久屋大通から見た名古屋テレビ塔
    ライトアップされた塔が大通りにきれいに映えています。

  • 丸の内の道標<br />ここは、かつてのおしろ(名古屋城)とあつた(熱田神宮)を結ぶ道と美濃路につながる五条橋への道の交差点だったようです。中日病院の脇にあります。

    丸の内の道標
    ここは、かつてのおしろ(名古屋城)とあつた(熱田神宮)を結ぶ道と美濃路につながる五条橋への道の交差点だったようです。中日病院の脇にあります。

  • 世界の山ちゃん本丸店<br />日曜日の午後7時30分過ぎに伺いましたが、お客はそれなりに入っていました。ビジネス街なのにすごい!山ちゃん恐るべし。

    世界の山ちゃん本丸店
    日曜日の午後7時30分過ぎに伺いましたが、お客はそれなりに入っていました。ビジネス街なのにすごい!山ちゃん恐るべし。

    世界の山ちゃん 本丸 グルメ・レストラン

  • 名物の手羽先と生ビール大ジョッキ。<br />スパイスの効いた手羽先にビール、最高でした。

    名物の手羽先と生ビール大ジョッキ。
    スパイスの効いた手羽先にビール、最高でした。

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