2025/05/22 - 2025/05/22
346位(同エリア942件中)
杏仁豆腐さん
日本で最初の建築家の一人である曾禰達蔵と中條精一郎が設計した図書館旧館が、慶應義塾の歴史を物語る展示館へと生まれ変わりました。1912年に慶應義塾創立50年記念の寄付金によって建設、関東大震災や戦災による被害も乗り越え、1969年に国の重要文化財に指定された建築は、ゴシック様式を取り入れた瀟洒な外観です。玄関ポーチを潜れば、精緻に整えられた階段とステンドグラスが出迎えます。
貴重な展示物も多く、カフェ八角塔でのランチも時が静かに流れて、ゆっくりできました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄
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慶応義塾大学三田キャンパス
三田の東館
下から見上げると壮観な建物です。 -
国道1号線、三田通りに面し、凱旋門のようなアーチ状の大きな開口部のアーケード。
東門です。 -
地下2階地上9階建
2000年03月に完成
東門からキャンパス内に入ります。 -
東門を通り、振り返ります。
門というには、恐れ多い建物です。 -
図書館が見えます。
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坂を上ります。アーチ型のトンネルをくぐり。
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慶應義塾図書館旧館です。
曾禰達蔵・中條精一郎の設計によるゴシック様式の建物です。
明治45年(1912)4月、慶應義塾創立50年記念の寄付金によって建てられました。 -
2025年5月17日(土)より、「東京建築祭」が始まりました。2回目を迎えます。
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この建物は、大正12年(1923)9月の関東大震災で大きく損傷し、八角塔は一度解体されました。また、昭和20年(1945)5月の米軍による空襲では、本館部分(大閲覧室や事務室、ステンドグラスなど書庫以外の部分)を全焼、書籍にも被害が出ました。
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そのたびに修復を重ねて建物は守られ、昭和44年(1969)には国の重要文化財に指定されました。昭和57年(1982)に図書館新館が開館したことに伴う改修工事で、戦後形状が大きく変わっていた屋根を復旧し、本館部分の用途を変更。平成28-30年(2016-19)にかけて免震化工事を実施し、あわせて外装も修復されました。
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玄関で立ち止まり、その雰囲気を味わいます。
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照明も雰囲気があります。
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北村四海《手古奈》
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精緻に整えられた階段とステンドグラスが素晴らしい。
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1915(大正4)年、和田英作の原画、小川三知の施工によるステンドグラスが正面の階段踊り場に完成しました。高さ6.45メートル,幅2.61メートルの大作で、甲冑を身にまとった武将が白馬から降り、ペンマークをかざした女神を迎えるところが描かれています。
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1945(昭和20)年5月に空襲で焼失しましたが,1974(昭和49)年12月に小川
の助手であった大竹龍蔵により復元されました。 -
幾多の知性が行き来した趣ある空間です。
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階段とステンドグラスとシャンデリア
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2階の常設展示室に入りました。
慶應義塾図書館旧館の旧大閲覧室です。常時100点以上の資料を展示、デジタルコンテンツ、模型なども見ることが出来ます。
福澤諭吉の紋付羽織・博多帯・足袋 -
福澤諭吉書「独立自尊」
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見上げると雰囲気のある照明
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福澤百助著「責善朋友之道也」
百助は、諭吉の父です。 -
福澤諭吉書「慶應義塾の目的」
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福澤諭吉遺品
サンフランシスコの写真館の少女と福澤諭吉
内緒で一人で写真館を訪れて、居合わせた少女と撮影し、帰国の海上でみんなに見せ、自慢した写真。 -
福澤諭吉「西洋事情」初編
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福澤諭吉は、海外で多数の個人写真を残しています。
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杉田玄白「蘭学事始」
明治2年(1869) -
ドアも重厚な雰囲気です。
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壁も窓枠もカーテンにも注目です。
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乳母車
福澤諭吉アメリカ土産
慶応3年(1867) -
訪れる人は、女性が大半です。
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早慶戦開始の挑戦状
明治36年(1903)11月5日
早稲田大学野球部から届いた挑戦状。
これに慶應義塾野球部が応え、同年11月21日に初の早慶野球戦が三田・綱町グランドで行われました。 -
塾生出陣壮行会での出陣塾生代表答辞
田中實(明治中・1944法)
昭和18年(1943)11月23日 -
臨時招集令状(田村眞太郎宛)
昭和16年(1941)7月 -
小泉信三 塾長訓示
昭和15年(1940)10月 -
学徒出陣の際しての寄せ書き日章旗(松井六郎宛)
昭和18年(1943)10月頃 -
犬養毅 慶應義塾創立75年記念式祝辞
昭和7年(1932)5月9日 -
慶應義塾制服
昭和16-18年(1941-43) -
カフェ八角塔でひと休み
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慶應義塾図書館旧館の1階にある、2021年8月にオープンした喫茶店です。
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ネオクラシックをテーマにした喫茶店となっています。
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カフェ八角塔がある部屋は、図書館旧館が建てられた当初は「雑誌室」として使用されていました。
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戦後は「図書館事務室」、1982年に新たに図書館新館が開館した時には建築家の槇文彦により内装も全面的に改装され「展示室」として使用されていました。
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天井や床の寄木張り、シャンデリア、天秤が描かれたクラシカルな壁紙などは、当時の展示室のレトロな雰囲気のままだそうです。
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2階、3階は解放されていません。
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タマゴサントセットをいただきました。
サラダが付きます。ドリンクはアイス珈琲。 -
日替わりスイーツのコーヒーゼリー。
雰囲気のよいカフェで時間を過ごす贅沢。 -
慶應義塾図書館旧館を出て、改めて建物を眺めます。
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平和来
朝倉文夫 -
還らざる学友の碑
1998年に戦没した学友を偲んで建立されました。 -
慶應義塾関係戦没者名簿が2014年にこの碑の側面に納められたそうです。
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少し離れた場所から見た、慶應義塾図書館旧館。
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塾監局
竣工は1926(大正15)年
「塾監局は、建物の名称であるとともに、義塾の事務全般を担う組織という意味も含んだ語である。ほかではあまり聞かないその名称は、若き日の福澤諭吉が学んだ緒方洪庵の適塾にあった塾監という管理組織に由来するとも考えられている。」とHPにあります。 -
三田演説館
演説講堂で、今日の慶應義塾において福澤諭吉の存命中から存在する唯一の建造物です。重要文化財指定建造物です。
1875年(明治8年)5月1日、福澤諭吉自らの資金によって日本最初の演説会堂として建設されました。
三田演説館前の福澤諭吉像は、昭和29年、福澤先生銅像建設会の寄贈で、柴田佳石制作の胸像です。合格祈願スポットとしても有名です。
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