2025/03/21 - 2025/03/21
46位(同エリア168件中)
杏仁豆腐さん
荻窪駅南側には、芸術家や文化人等が暮らした建物が今でも残されています。
杉並の文化的・歴史的資源に親しんでもらえるようにと、公園として3つの庭園が整備されています。
その3つの庭園、大田黒公園・荻外荘公園・角川庭園を訪れました。
特に、荻外荘(てきがいそう)は、内閣総理大臣を3度務めた政治家・近衞文麿が、昭和12年(1937年)の第一次内閣期から20年(1945年)12月の自決に至る期間を過ごし、昭和前期の政治の転換点となる重要な会議を数多く行った場所です。約10年にわたる復原整備が完了し、昨年12月に一般観覧が始まりました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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中央線荻窪駅で下車。
ここから歩いて、太田黒公園に向かいます。 -
太田黒公園に着きました。
大田黒公園記念館(旧大田黒家住宅洋館)があります。
公園の入口は、築地塀と切妻造り棧瓦葺の立派な門です。 -
大田黒公園は、音楽評論家・大田黒元雄(1893-1979)の屋敷跡を杉並区が回遊式日本庭園として整備し、1981年に開園しました。
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並木を歩くと木戸があります。
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休憩室と茶室
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管理棟です。
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中庭
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西洋風建築物は、1933年に大田黒氏が仕事部屋として建てたもので、現在は記念館として公開しています。
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音楽評論家・大田黒元雄の仕事場だった建物で、国の登録有形文化財に指定されています。
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1階の広い室内には、こだわりの調度品が当時のまま残っています。
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大田黒元雄が愛用していたスタインウェイ社の1900年製造のピアノ。
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外の風景を取り入れ、開放的な空間となっています。
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隣の広場から見た旧大田黒家住宅洋館。
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上部には勾配のある切り妻屋根に和風の瓦が用いられています。
和洋折衷を感じます。 -
敷地の東には回遊式庭園があります。
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結婚の前撮り写真でしょうか。
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大田黒元雄のご遺族が杉並区に寄付し、杉並区が区立公園として初めて回遊式日本庭園として整備し、昭和56年(1981年)に大田黒公園として開園したそうです。
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池には立派な錦鯉が泳ぎます。
杉並区と自治体交流している新潟県小千谷市から寄贈された錦鯉だそうです。 -
太田黒公園から荻外荘(近衞文麿旧宅)に向かいます。
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荻外荘に到着。
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総理大臣を三度務めた近衞文麿の別邸です。
国の史跡に指定されています。 -
約10年にわたる復原整備が完了し、 2024年12月9日から一般観覧開始となりました。
団体客が来ていました。 -
来客用手洗い
当時としては珍しかった温冷水の洗面台と洋式トイレは衛生陶器の初期型を復原したものです。 -
応接室です。
荻外荘は、1927(昭和2)年に大正天皇の侍医・入澤達吉の別邸として建てられ、その後本邸として住まわれました。設計は建築家の伊東忠太です。1937(昭和12)年に入澤達吉より譲り受けた政治家・近衞文麿が移り住み、さまざまな政治の舞台となりました。2016(平成28)年に国の史跡として指定されました。 -
龍の天井画が見事です。
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天井には書画家・王一亭が描いた龍の天井画が4枚貼られています。
王一亭は上海出身の書画家で、入澤の日記には上海在住の知人を通し、王に龍画の揮毫依頼をしたことが記されています。 -
入澤達吉は、漢詩を趣味としていたそうです。
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床には龍の敷瓦が敷かれています。
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玄関です。
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玄関を入ったところには、荻外荘の名付け親となった西園寺公望の筆跡による「荻外荘」の扁額が掛けられています。
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尚武太鼓です。
昭和15年(1940年)7月19日に、第二次近衞内閣組閣の記者発表の際に打ち鳴らされたとか。 -
客間です。
第二次近衞内閣組閣時の昭和15年(1940年)7月19日に行われた「荻窪会談」をはじめ、戦前期の重要な会談が行われた部屋です。 -
壁紙や絨毯の色、文様は古写真のカラー化分析から推定して復原したそうです。
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広縁です。
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広縁と外部を仕切るガラス戸には、伊東忠太の特徴的な意匠がほどこされています。
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のんびりできそうな場所です。
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デザインも素敵です。
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食堂です。
入澤達吉は、この邸宅を、客人を招くための場所にしたいと考え、食堂には、来客をもてなすための大きなテーブルと多くの椅子が置かれました。床は寄木張りとなっています。 -
食堂に掛かっていた近衛文麿の肖像画。
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書斎です。
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GHQより戦犯容疑で出頭命令を受けた近衞は、出頭期限である昭和20年(1945年)12月16日早朝、この部屋で自決しました。
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書斎中央に置かれたケヤキ製の座卓(杉並区指定有形文化財)は、近衞の貴族院議長就任時〔昭和8年(1933年)6月〕に政治家・河原田稼吉から贈られたものです。
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茶の間です。
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茶の間は8畳間で、造りつけの棚を持ち、入澤達吉邸時代から炉が切ってありました。
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居間です。
書院造となっています。 -
10畳間となっています。
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荻外荘のミニチュアが展示されています。
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和室です。
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立派な箪笥です。
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庭があります。
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別棟にはカフェがあります。
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カフェには客がいませんでした。
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近衛文麿長男の近衞文隆の自画像です。
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庭が見える席に座りました。
別棟は近衛文隆が母・千代子さんのために建てたといわれています。 -
小さな庭を眺めながら、ひと休みです。
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抹茶と最中をいただきました。
繁田園の有機抹茶と三原堂の最中です。 -
近衞文隆は昭和15年(1940年)に出征し、終戦後はシベリアに抑留され同地で死去しました。
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別棟の手前には2階建ての蔵があります。
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ガラス越に、立派な長持ち箪笥や近衞文麿の大礼服が見えます。
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荻外荘を出て、外から建物を眺めます。
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設計の伊東忠太は、日本の建築史学の創始者であり、築地本願寺や平安神宮などを設計しました。
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木々に囲まれ、静かなたたずまいの荻外荘。
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道路を挟んで、「展示棟」を建設中です。
「展示棟」は、史跡に指定されている荻外荘では整備することが難しい「展示スペース」「休憩スペース(カフェ)」「案内所」などの機能を持つ建物で、荻外荘公園の公園施設として整備しています。運営開始は、令和7年(2025年)7月の予定です。 -
芝生広場から荻外荘を見上げます。
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角川庭園に来ました。
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角川庭園は、角川書店の創業者で俳人だった角川源義氏(1917-1975)の邸宅を寄贈された杉並区が2009年より一般公開している庭園です。
邸宅「幻戯山房(旧角川家住宅主屋)」は2009年に国の登録有形文化財として登録されました。俳句仲間でもあった建築家の加倉井昭夫(1909-1988)の設計で、近代数寄屋建築です。 -
応接・書斎が展示室になっています。
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春雪みたび とけゆくごとに 老いゆくか
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老の坂 春の筍 家づとに
四月の雪 女神に詣で 余生感 -
昔の表札
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角川源義の歩みや建物についてのパネルが展示してあります。
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茶室です。
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坪庭
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外に出て、庭園に回ります。
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石仏もありました。
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茶室
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建物の南側にある庭園は、400本ほどの樹木と四季折々に楽しめる草花を角川が俳句のための植えたといわれています。
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芝の手入れをしていました。
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つくばいと水琴窟
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南阿佐ヶ谷駅方面に歩き、フォーハノイ 南阿佐ヶ谷でランチです。
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春巻きのセット
生春巻きと揚げ春巻き -
生姜とネギの玄米フォーをいただきました。
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玄米のフォーは、初めていただきました。
美味しいフォーです。生姜が効いています。
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