2025/02/14 - 2025/02/24
2位(同エリア4件中)
NOBAXさん
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旅行社主催のツアーで西インドのグジャラート州、ラジャスタン州を回りました。
インダス文明の遺跡やマハラジャが築いた城塞、いくつかの階段井戸、ジャイナ教の寺院など、興味深い建造物や風物を見ることが来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エア・インディア・エクスプレス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
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成田からデリー経由でアハマダバードまで、17時間のフライト。
エアインディアには何回か乗ったのですが、今回は外れで、ほとんどの座席でディスプレイやコントローラが動作せず。
経営が苦しくて整備のカネがないのか、あるいはインド的なおおらかさなのでしょうか。 -
最初の観光地はジャマー・マスジットです。インド の オールドデリーにあるものが有名ですが、こちらはアハマダバード所在。
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アハマドバードはアフメド・シャー1世によって1424年に建造されたイスラム都市で、このモスクは彼が建立したものです。
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イスラム教の寺院なので女性は入り口までしか入れませんが、男性は奥まで入ることが出来ます。
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ロータル遺跡です。
インダス文明の都市遺跡で唯一の港町です。
ここはドッグヤードで近くのサバルマティー川と運河で結ばれていたそうです。 -
倉庫は高基礎の上に築いたようです。
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井戸
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説明板にはUperTownとあり、役人たちの住居だったようです。
インダス文明の遺跡は大部分がパキスタン側にあり、国境の近くという事で外務省は渡航注意にしており、一部の旅行会社経由でしか行くことはできません。
インド側の遺跡はインダス文明を垣間見ることが出来る貴重なものです。 -
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現在、近くに博物館を建設中とのことで休憩所みたいなところでパネルを展示していました。
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ダーダー・ハリの階段井戸です。
町中にあって、地味なのかあまり訪れる人はいません。
15世紀にスルタンの王妃ダーダー・ハリールによって、彼女自身の廟と合わせてつくられました。この名前が訛ってダーダ-・ハリとなったそうです。
一番深いところで深さ約15m、幅約6m、長さ約70mの切り通し状に、一直線に下りる階段井戸です。階段は途中に水平の床が4カ所あり、一番下は地下5階で、それぞれの水平部分の上には各階に中間床があり、この床で左右に突っ張って両側の垂直の壁が崩れないようにつくられています。 -
入り口には多数の手形が残されています。
手形には諸説あります。
1.建設者の手形説:井戸の建設に携わった職人たちが、完成を祝って自分たちの手形を残した
2.サティー(寡婦殉死)の伝説:夫の葬儀の際に、寡婦がこの井戸に飛び込む前に赤い手形を残した
3.守護の印説:邪悪な霊や災いから井戸を守るために、神聖な印として手形が残された
4.戦いの記念説:かつての戦いで命を落とした兵士たちの記念として手形が残されたという -
装飾は、サンスクリット語の法典や唐草模様の彫刻などヒンドゥー教の影響を受けたものと神々や動物を配したシンプルなイスラム教の装飾が混在している点が非常に興味深いポイントです。
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四角い井戸の先に丸い井戸が二つあります。
ここが終点ではないので、両脇の細い通路を通って奥に進みます。 -
一つめの井戸。
井戸には蓋がしてあります。 -
下から見上げた丸井戸。
この先に二つ目の井戸がありますが、彫刻もなくシンプルな作りでした。
階段井戸は他にアダーラジと後ほど紹介するラーニー・キ・ヴァーグ(王妃の階段井戸)を見学しました。 -
カッチ地方のいくつかの村を訪問しました。
村に限りませんがノラ牛が歩いているのに出くわします。
誰かが飼っているというわけでもなく、ただうろついています。
ヒンズー教徒が多いので住民は基本的に無視、追い払ったりはしません。
ある程度大きくなると、輸出するそうです。
輸出先でしばらく美味しいものを食べさせて太らせたのち肉になるらしい。 -
ニローナ村では二つの工房を訪ねました。
こちらはローガンアートの工房。 -
この地方で栽培しているヒマシから油を搾り、色粉と混ぜて、粘り気のある液体にしたものを棒を使って模様を描いていきます。
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棒の先から垂れた絵具を操って下書きなしで描画します。
大きな絵柄は女性も描きますが、こうした小さな模様が描けるのは限られた男性だけだそうです。
その後は、お約束の実演販売。 -
続いて、銅製の鐘を作る工房へ。
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こちらも実演販売。
溶接やロウ付けなしで板を叩いて幾つかの部品を作り、それを組み合わせて鐘にします。 -
あっという間に出来上がり。
つなぎ目などは分かりません。 -
続いてビリンディアラ村へ。
ブンガと呼ばれる円形の家がメルヘンチック。
丸くしているのは、吹き付ける砂が溜まらないようにするためだそうです。 -
女性たちが作った刺繍の布や着物。
思わず安いと叫んでしまうお値段なのですが
日本に帰って着る勇気のある人はいませんでした。
他に幾つかの村も訪ねたのですが、村の特産品は特徴不足でやや衰退していて、宿泊施設などに活路を見出しているようでした。 -
ホワイトランです。
ホワイト・ラン(White rann)は、例年10~2月にインドのグジャラート州とパキスタンのシンド州にまたがるカッチ湿原に現れる塩の平原のことです。「rann」はヒンディー語で塩沼の意味。
ホワイト・ランは、雨季の間水に覆われていますが、南西モンスーンが終わり乾季を迎えると、水が引いて塩分が土に残るため、辺り一面が白くなります。世界最大の塩性砂漠の一つで、約7,500平方キロメートルにわたる広大な平原です。
塩湖というから見渡す限り真っ白な平原が続くのかと期待したのですが、砂が覆ってしまっていて砂漠みたいになっていました。
白い平原を見たれば乾期の始めがいいようです。 -
砂を掻きわけると岩塩が出て来ます。
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展望台から一望できるはずだったのですが、他の施設で事故があり、この展望台も強度不足いう事で使用禁止になっていました。
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塩湖までは10分くらい歩くのですが、帰りはラクダ車に乗りました。
乗る人数によって料金は変わるようですが、今回は50ルピーでした。 -
ドーラビーラ遺跡はインド西部のグジャラート地方カッチ湿原のカディール島にあるインダス文明の巨大都市遺跡。
以前はブジから大回りして辿り着く必要があったのですが、コロナ過に全長25㎞の一直線の接続道路が建設されて便利になりました。
道の両側には塩湖が広がり、人が来ないので白さが際立ちます。
ホワイトランよりいいんじゃないのという声多数。 -
ドーラビーラ遺跡は約4500年前に栄えたとされ、インダス文明の時代に重要な交易の中心地でした。
「城塞」と「市街地」で構成された構造をもち、外壁で囲まれた範囲は東西方向770~780m、南北620~630m。
1967年に発見され、1989年以降、インド考古局によって大規模な発掘調査が行われています。
貯水池です。右側の丸い囲いは乾期で使う井戸、奥に井戸に行くための階段があります。 -
穀倉です。この穴のなかに穀物を入れて保存したようです。
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建造物は石灰岩を用いた石材造りがメインで、城塞に直径4mの巨大な井戸があり、半地下式の「沐浴場」に水路でつながっているのが特徴です。
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インドの大統領が視察に訪れるということで、清掃と整備が行われていました。
遺跡の石を適当に移動していいのでしょうか。 -
ビーズがたくさん出土したのでビーズ工場だそうです。
ビーズ店かも知れないし、ビーズ大好き女官の住まいだったかもしませんが、その辺は昔の事で手掛かりがありません。 -
隣接する博物館に出土したビーズが展示されていました。
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立て看板には運動場とありましたが、日本の城で言う馬出しのようなものではないでしょうか。
他部族との戦闘に行くときに、兵士たちをここに集めたのではというのが私の推測。 -
スーリヤ寺院です。スーリヤはヒンドゥーの太陽神です。
インドでスーリヤ寺院と言えば車輪の彫刻で有名なコナーラクのスーリヤ寺院がありますが、こちらはモデラーのスーリヤ寺院です。
11世紀にチャウルキヤ朝ビーマⅠ世がラーニー・キ・ヴァーヴを造ったウダヤマティ王妃の功績のお礼に建立しました。 -
本殿の前に置かれた階段池。
淋浴場です。
コロナ前は下まで降りられたようですが、コロナ過に柵が整備され近づけなくなりました。 -
本殿です。
この後ろに拝殿があります。 -
柱も天井もレリーフで埋め尽くされています。
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七頭の馬を引き連れるスーリヤ(太陽)神。
この彫刻は拝殿の周囲に12体配置されています。 -
パタンの王妃の階段井戸(ラーニー・キ・ヴァーヴ)です。
ラージプート諸王朝のひとつ、チャウルキヤ朝(ソーラーンキー朝)のビーマデーヴァ1世(在位1022年 - 1064年)の亡き後、彼を偲んで王妃ウダヤマティ (Udayamati) が11世紀中に建造したものです。
何やら白い布で覆われていますが、このときインドの撮影隊が女優を引き連れてロケの最中でした。
パタンは当時の王都でした。グジャラート州は水と結びついた女神信仰が盛んだった土地であり、この地には、王妃、大富豪夫人といった女性が建てた階段井戸がたくさんあります。 -
井戸と名が付いていますが、実際にはヒンドゥー教やイスラームとも結びついた「神殿」のような建物です。
奥行き約65 m、幅約 20 m、深さ約 27 mで、マル・グジャラ様式が採用された7層構造になっています。 -
壁も柱もレリーフで覆いつくされています。
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井戸は柵で行き止まりになっていて内部からは見ることが出来ません。
外に回って井戸の周りの柵から身を乗り出すと、こんな画が撮れます。 -
禁酒のグジャラート州からラジャスタン州に入ったら、さっそくWINE SHOPが出現。
インドは14億人の国ですが、州によって制度も違うし、主な言語も13もあって、国を一つにまとめるのは大変なようです。 -
ラジャスタン州第二の都市ジョドプールにあるメヘランガル城塞です。
1459年、マールワール王国の君主ジョーダーはマンドールから遷都し、5月12日に居城であるメヘラーンガル城の建設を開始しました。
その後、城塞が建設されたのちも、敵襲の度に拡大され、ジャスワント・シングの治世までそれは続きました。
1678年にジャスワント・シングが死亡すると、翌1679年に城はムガル帝国に接取されたが、1707年にアウラングゼーブの死によって返還されました。
その後、18世紀にはマラーターの襲撃にさらされたが城は持ちこたえ、1818年に王国がイギリスの保護下に入ったのち、1947年まで藩王の居城となっていました。
現在、マハラジャは退去し別の場所に居住しています。 -
ジャイポール(勝利)門から入場します。
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砂岩や大理石で作られた建物からは当時のマハラジャの絶大な権力が伺えます。
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内部は博物館になっており、マハラジャが使用した調度品などが展示されています。
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鏡が張り巡らされた寝室。
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タカツィン王お気に入りの部屋。マハラジャには30人の妻と数十人の愛人がいたそうです。
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テラスからはジョドプールの街が眺められます。
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ジョードプルは「ブルーシティ」とも呼ばれ、旧市街の家屋の壁が青く塗られていることが特徴ですが、最近は青く塗る家も少なくなり、少し寂しくなっています。
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隙間なく積み上げられた擁壁
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ラジャスタン州の州都ジャイサメール中央部の丘の上にあるジャイサメール城塞。12世紀にラーワル・ジャイサル王によって城が建設。他の城塞に比べても古いというのが特徴です。
マハラジャは王政の廃止に伴って退去しましたが、城塞内に家臣や関係者が住み続けることが許されたため、今でも多くの住民が暮らしています。 -
4つの門を潜って入場します。
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豪壮な作りのエントランス。
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人気の観光地なのですが、住民もいるので大変混雑しています。
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城塞の建物にテラスと窓が付いているのは男性用。
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テラスや窓がないのは女性用となります。
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内部は博物館になっていて、マハラジャの家具や当時の暮らしを伝えるものが展示されています。
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王の間
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王の寝室
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ジャイサルメールはフォートと呼ばれる城壁に囲まれた都市を中心にした街で、フォートの中に、ジャイナ教の聖地の一つと呼ばれる、計7つのジャイナ教寺院群があります。
ジャイナ教はほぼインドにしか信者がいない宗教で、インド全体でも人口の0.3パーセントくらい。
ヒンドゥー教の元になった、バラモン教から派生した宗教で、成立時期も仏教と同じとされています。
ジャイナ教寺院内部はカメラ撮影禁止なのですが、一つだけ公開されている寺院があるので入ってみました。 -
内部は2階建てになっています。
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壁面や柱にはレリーフがたくさん。
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2階から階下を見下ろすとこんな感じ。
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ジャイナ教の神様は眉毛が太くチャーミングなお顔をしています。
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ジャイサメール城塞を出て、歩いてパトワン・キ・ハヴェリに向かいました。
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途中、現地の路上商売人が、壊れたジッパーのカバンをぶら下げている旅行者を目ざとく見つけ、100ルピーで直してあげると言って、確かに5分くらいでジッパーの先端を繕うところまで鮮やかな仕事をみせました。
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ハヴェリは伝統的な大邸宅、領主館のこと。
ここはジャイサメールで最初に建てられた裕福な商人の邸宅です。
1805年建造の5階建ての建物です。 -
前掲の写真がよく使われますが、建物は道を挟んだ両側にあります。
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建物は中央が吹き抜けで周りが部屋になっています。
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鏡の間
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調度品などが展示されています。
今となっては骨董ですが、当時は入手が難しい、贅を尽くした品々だったのでしょう。 -
最後に西インドに行かれる方にご忠告。
当地ではダールカレー、ベジタブルカレー、チキンカレーが毎日出て来ます。
バターナンも美味しいです。
ついつい食べ過ぎるのと旅行後半に疲れがたまると、お腹を壊します。
胃や腸の粘膜がはがれ、腸内細菌も死滅したのでは、と思うほど消化不良になります。
ダイエットをしたい方にはお勧めですが、現地のインド人でも2,3カ月に一度くらいは下痢をするという事なので、注意しましょう。
ただし、帰国後、お腹が正常になるとすこぶる調子が良くなるので、現地で体験するのもいいかもしれません。
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