2025/02/11 - 2025/02/11
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Mr.チャングムさん
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「早春の三大祭り」のタイトルに惑わされた方がいるかも・・・
群馬県の「玉村町」と言う小さな町で、毎年2月の11日に行われるお祭り
「すみつけ祭」「稲荷神社獅子舞」「神明宮・春鍬祭」
玉村町で見学ツアーを募集(定員30名)していたので応募してみたら当選!
72名の応募があり、町内10名・町外20名、もちろん無料です。
玉村町役場8:15出発、帰着は16:30でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
-
「玉村町早春の三大祭り見学ツアー」
皆さん情報通で3分の2が町外参加者でした。 -
役場から15分ほどで「すみつけ祭」会場の
上福島公民館に到着しました。 -
公民館に入り、すぐに始まりました。
「すみつけ祭」は町重要無形民俗文化財です。
祈祷から始まり、御神酒も配られます。 -
早朝、埼玉県騎西町にある玉敷神社から御神体と天狗(猿田彦)面を
借り受けてきたそうです。 -
オサゴ櫃には、昭和24年2月15日に新調と書いてあります。
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起源は江戸時代元禄年間といわれ、疫病が流行した当時、
武州騎西にある玉敷神社より御神体を借り受け祭りをしたところ
病気が終息したことから始まったと伝えられています。 -
天狗面をつけボンゼンをかざした先達を先頭に
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次にオサゴ櫃を担いだ人や
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太鼓を打ち鳴らす人
顔中に墨をつけた大人や子供が行列となり、地区内の家々をまわり
大根の切り口に墨をつけたものを家の人たちにぬりつけます。 -
それに対して各家では賽銭やお米などを供えます。
墨をつけられた人はその年一年無病息災で過ごせると言われています。
残念ながらコロナ以降、各家庭をまわることなく公民館だけで終わりです。 -
豚汁はおかわり自由なので寒い日にはありがたいです。
具だくさんなのに肉を食べてから写真を撮りました。 -
墨をつけるようになったことについては、
ある名家の下女が鍋を持っていて転んでしまい鍋墨が顔につき
その下女だけが病にかからなかったという言い伝えが残されています。 -
お子様には御菓子の詰め合わせが配られていました。
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「稲荷神社獅子舞」 町重要無形民俗文化財
9:30上新田公民館に到着。
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もう獅子舞が始まっていました。
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狐の面と稚児、獅子舞は3人いました。
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流派は稲荷流の一人立ち三頭獅子舞で
「稲荷」「稚子」「前獅子」「中獅子」「後獅子」の5人と笛 -
お囃子に合わせて舞っています。
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後獅子は小学校低学年、頑張っています。
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公民館を出発して「稲荷神社」へと向かいます。
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「稲荷神社」まで歩いて5分ほど。
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道路沿いにある「稲荷神社」
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氏子の安泰、五穀豊穣、悪魔払いを願います。
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役員さんが剣を準備しています。
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中獅子(女獅子)が剣をくわえ
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前獅子(男獅子)と
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神前で「剣の舞」を奉納します。
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狭いところなので獅子舞も見物人も大変そう。
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まだ終わっていませんが、ツアーなのでお先に失礼します。
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町主催ツアーなのでお祭りだけではありません。
玉村で一番有名かもしれない「玉村八幡宮」ガイドが6人でお出迎え。
3班に分かれて案内していただきます。 -
「玉村八幡宮由緒略記」
玉村八幡宮は、源頼朝が鶴岡八幡宮の分霊を角渕に移したのが始まりで、
江戸時代初めに伊那備前守が今の地に移したと伝えられている。 -
花手水は椿の花
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玉村八幡宮・拝殿 町の重要文化財
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ガイドさんからイロイロ説明を受けて
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言われるがままに写真を撮ったものの
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全くもって覚えていません・・・
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一番奥にある「本殿」は国の重要文化財となっています。
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左右の窓の違いなど説明受けたのになー・・・
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八幡宮の奥の方にパワースポットがあるというので行ってみました。
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たしかに、松が龍に見えるなー
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八幡宮から東に少し行くと和菓子のテイクアウト専門店「八幡茶屋」がある。
美味しいわらび餅で、いつも昼頃には売り切れてしまうらしい。
今回はツアーの予約でゲット!税込み888円でした。
全面きなこで絵(写真)になりません。 -
冬桜が1本
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ロウバイが1本有り、咲いていたのでパチリ!。
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昼食は自由昼食。
「道の駅玉村宿」の推しが「軍配山ラーメン」だったので
食べてみました。 900円 味は普通かな。
軍配山とは:神流川の戦いの時、滝川一益が軍配をふるったことに由来。 -
昼食後は国登録有形文化財の「重田家住宅」へ
「重田家」は江戸時代中期から代々医師を家業としてきた家柄
昭和25年3月まで開業していました。 -
100年経つというピアノは誰でも弾くことができます。
玉村町地域おこし協力隊が焼いてくれた焼き菓子とコーヒーをいただきました。 -
令和3年7月、所有者の重田家から玉村町に寄贈されました。
蓄音機、私の小さい頃家にあったなー。 -
昭和2年玉村地区で電話が開通したとき芝根村で唯一の加入者で
ちなみに役場が加入したのが昭和9年でした。 -
海外にもよく行ってたようです。
それにしても居抜きのような物の数々、よく残ってましたねー -
最後の「春鍬祭」が3時からと言うことで時間つなぎで
「玉村町歴史資料館」によります。
江戸時代に宿場として栄えた玉村町の姿や歴史、郷土芸能を紹介。 -
古墳が多かった地域だけに埴輪が多いです。
人物埴輪(女子・男子)町の重要文化財。 -
十一面観音菩薩立像
檜の寄木造り、室町~江戸初期のものと推定されます。 -
群馬にぴったりの馬の埴輪。
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14:50原森公民館到着。
風が強く寒いのでバスで待機しょうとしていたら、出発の合図。
「春鍬祭」は農耕開始の祭礼行事として、その年の豊作をあらかじめ祝うものです。 -
公民館から神明宮に向けて出発しました。
春鍬祭の起源は不明ですが、江戸時代以降伝えられてきたと考えられます。
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神主を先頭に、行列を組んで神明宮に向かいます。
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5分ほど歩いて県道の歩道から右に曲がります。
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石の鳥居の先に神明宮が見えます。
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紅梅の下を行列が通っていきます。
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咲き始めた紅梅がとてもきれいです。
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神明宮に到着。
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お祓いを受けてから祭典が始まりますが
見ている人にとってこれが非常に長く感じる。 -
祭典が終わるまで桑持ちと呼ばれる人たちもジーっと待ちます。
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四十分後、ようやく祭事本番です。
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樫の木の枝に餅をつけた桑に見立てたものを持ち
拝殿の前にコの字型に並びます。
「畦塗り」の所作を行い、さらに一升瓶の神酒を回し飲みし
「水をまわす」所作を行います。 -
頃合いを見て禰宜が「春鍬、よーし」と叫びます。
すると鍬持ちたちが「いつも、いつも、もも世ーし」と唱和し、
これを3回繰り返した後、餅の付いた鍬を投げそれを観衆が奪い合います。
最後に、お餅・ミカン・御菓子袋・カップラーメンなどを投げて終了。 -
全部で1時間半くらいでしょうか
私は後ろで見ていたのですが御菓子袋2つに薄いお餅1枚
ミカン1個・カップラーメン1個拾いました。
なんと御菓子袋の1つには500円の商品券まで入っていました。
8時間半のツアー疲れたけど楽しかったー
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