2015/05/07 - 2015/05/16
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ともっそさん
2015年に、イタリアを旅した時の写真です。
5月7日~16日の6泊9日旅で、この時は全てローマ泊にし、そこを拠点にあっちこっち。
おそらくこれが、スマホに残っているもっとも古いイタリアでの写真。今でもあきらめきれず、この時のデジカメのメモリーカードは別に保管しているんじゃないか、と探しています。
関空を5/7の深夜に出発するカタール航空利用でしたが、出発の数時間前、フィウミチーノ空港の一部のターミナルで火事が。
乗り換えのドーハから先のフライトが決まらず、7時間ほど待機(ミールクーポンもらいました)したのち、カタール航空はなんと、フィウミチーノではなくミラノに行くことを決めました。火事の影響を受けていないフィウミチーノ空港の別ターミナルに飛ぶエアラインも多かったのですが、口を挟めるはずもなく。ホテル着時間が大幅に遅れるので部屋をキャンセルされたら困ると思い、空港の公衆電話からホテルに電話して事情を説明。「テレビで見たよぉ!困るよね~、でも全然大丈夫さ☆」といった、すっごく軽いノリの受付のお兄ちゃんで不安が増しましたが、部屋は無事、確保されていました。疑ってごめん。
ミラノに到着したら、そこからカタール航空が手配したチャーターバス(トイレなしなのに、休憩1回という恐ろしさ)で10時間ほどかけてフィウミチーノ空港へ届けられ、しかも到着したのは午前4時台。電車走ってないよ!で、バスの中で親しくなったアメリカ人女性と滞在先が近いことを知りタクシーを相乗り、しかし乗ったタクシーからストップオーバー手数料のようなものをとられ、「空港からローマ市内へは定額って決まりだよね」と応戦したものの、こちらは女性2人で何かされたら怖いので渋々払い、何はともあれ無事にホテル着。
ビジネスクラス以上の人は、バスではなく、大型のバンでミラノ到着後早々に出発していました。お金のある・なしによるサービスの違いを目の当たりにした旅でした。これって社会の縮図だなぁと、ちょっと面白かったです。
そういえば、カタール航空に対し、フィウミチーノ空港じゃなくてテルミニ駅までバスを出すべきだ!と最後まで戦っていた男性はどうなったのだろう。
今となってはこれも、楽しい旅の思い出。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
バスの中で睡眠をとったので、ホテルに着いて荷物をほどいたら、すぐに出発。
ディオクレティアヌスの浴場跡。
ローマに来たら必ず訪れる場所です。
ほとんど美術館になっているのですが、ここは観光客が少なく、駅前にありながら喧騒から切り離されています。 -
ベルニーニ作、「聖テレジアの法悦」
バロックの傑作と名高いこの像は、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会コルナロ礼拝堂にあります。
気絶寸前の修道女テレジアと槍を持つ天使。テレジアが天使と出会ったという神秘体験の様子ですが、官能的すぎる、と批判を受けたこともあったそうです。 -
おそらく、レモンとイチゴのジェラート。
だいたい、いつも選ぶ味は同じ。 -
フィレンツェの、えーっと?
だって、10年も前だしねえ。 -
サンタ・マリア・デル・フィオーレ。
「イル・マニーフィコ」で知られるロレンツォ・デ・メディチはここで洗礼を受け、葬儀もここで行われました。亡くなったのは、43歳という若さだったそうです。 -
壮大すぎておさまらない。
建設中、聖母マリアが現れて人々を救った伝説がいくつもあるそうです。 -
ヴェッキオ橋。
ウフィツィ美術館の予約時間まで、このあたりを散策しつつ、先に昼食をとりました。
裏道で、こじんまりとした、でも店員さんが終始にこにこしているお店を見つけて入りました。オススメの料理を教えてくれたのですが、セロリをふんだんに使ったサラダが絶品だった記憶があります。 -
ボッティチェリの春。
フラッシュは禁止だけど、写真撮影は許可されています。とはいえ、太っ腹だなぁ。
ロレンツォ・デ・メディチの政務室の戸棚の絵だったのでは、と言われています。 -
ボッティチェリの、ヴィーナス誕生。
この絵も、メディチ家の邸宅に飾られていたのでは、とのこと。
パトロンでしたしね。
5月は旅行シーズンだと思うのですが、覚悟していたより混んでおらず、ゆっくりと鑑賞できました。 -
長いギャラリー。
天上や壁の装飾も、とても美しいものばかり。どこに目をやっても美しいものだらけです。 -
ヴェッキオ宮殿。
フィレンツェ共和国の政府の本部として建てられました。
「ハンニバル」にも登場しますね。残酷なシーンだけれど。
ここの時計は1313年に最初に設置されました。当時は手動。 -
サンタ・マリア・デル・フィオーレのてっぺんにある、ランテルノ(黄金の球)が光り輝いてよく見えますね。
その上に十字架があるはずですが、それはよく見えない。でもあるはず。
フィレンツェへは日帰りなので、夕方のフレチャロッサでローマに戻ります。
帰りの列車は、ギュウギュウでした。
市場にある有名な「幸運の子豚」像を撫でて帰りたかったのですが、ジェラートを食べているうちにすっかり忘れてしまった。
とはいえ、本物は現在、バルディーニ美術館にて保管中。 -
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂のあたり。
たしか。 -
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂。
イタリア統一の父として知られる初代イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世を記念して建てられたもの。
上まで行くと見晴らしのいい景色があるそうです。 -
コロッセオ。
朝8時なのに、チケット売り場は長蛇の列。
日本から予約しておいて正解でした。 -
おお~~~~!
語彙力が乏しいですが、もう、それ以外の言葉が見つかりません。
地下などを見学できるツアーがありますが、予約しておけばよかった! -
きれいな青空をバックに十字架を。
-
カステルサンタンジェロ。
この橋、大好き。 -
私には「夢の庭園」が2か所あります。絶対に訪れたい庭園です。
一つは、ランテ荘。
一つはボマルツォ怪奇公園。
そして、ここヴィッラ・アドリアーナです。2つちゃうんかい、という話ですが、ここは「夢の」と冠するほどではなかった。ポスト夢の庭園。言い訳。
Ponte Mammolo駅から出ている、COTRALバスのティボリ行き乗車で約50分で到着、とのことですが、このバス停にまず迷った、迷った。
C.A.T.バスがPonte Mammolo駅からヴィッラ・アドリアーナの前まで直通バスを出していると聞いていたのですが、駅の切符売り場で尋ねても、「なんじゃいそりゃ」って顔をされ、私も「なんじゃろね」って顔して諦めました。
乗ってからはバスの運転手さんに、着いたら教えてほしいことをお願いしておいたため無事に下りられました。が、バス停からヴィッラ・アドリアーナは少々遠く、歩行者は迂回しなければいけない場所もあったりして、40分ほど歩いたでしょうか。5月なのに汗だく。 -
カノープス。
何よりこの泉が見たかったのです!!
ハドリアヌス帝が訪れたアレキサンドリアと、カノープスを結ぶ運河を模して造ったのがカノープスです。一説によると、ハドリアヌス帝は、エジプト視察の際にお共に連れていった美少年アンティノウスが、ナイル川で事故で亡くなったのを偲んで造らせたものだとか。 -
カノープスの周囲には、ギリシア神話の神像や女神を象った柱・カリアティードが並べられており、ヴィッラ・アドリアーナの中で一番優雅な部分とも言われています。
当時は屋根があったのだそうです。 -
向こう側に、石で造られたワニがいます。
ばっちりとワニをカメラにおさめた写真がスマホに残っているのですが、自撮りなので、私の顔が半分入っており。。。とても見せられぬ。 -
ハドリアヌス帝の隠れ家的な場所として作られた海の劇場。柱を円形に並べ、その中央に池を造り、その中に島を浮かべて劇場を作りました。島には一本だけ橋を付けていて、ハドリアヌス帝は時々ここに渡り、島に入ると橋を上げさせて、一人だけの時間を楽しんでいました。
でももしかしてこれは、海の劇場ではなく、普通の劇場の方かも・・。ポスト夢の庭園とか言っていたくせに忘れる。 -
庭園というより、もう廃墟、と呼んだほうがしっくりくる場所なのですが、それがまた良い。
駅からヴィッラ・アドリアーナまでの途中、有名なエステ家の別荘があるのですが、個人的にはやはりこっちが好み。
ヴィッラ・アドリアーナ前からローマに戻るバスの路線はないので、来る時に下りたバス停のあたりで乗り換えます。
近くのバルでお店の人にバス停の場所とバスの時間を教えてもらい、それまでパニーニを食べながら待ちました。
しかも幸い、帰りはPonte Mammolo駅までノンストップのバスに乗れ、安心の帰路でした。 -
もう一度、カステルサンタンジェロ方面へ。
橋から、サン・ピエトロ大聖堂を眺めます。 -
この、バチカンに向かう緩やかな川のカーブも大好きです。
-
パンテオンにも寄ってみました。
有名な天窓からの光が眩しいですね。 -
ナヴォーナ広場にある、「四大河川の噴水」。
この噴水はベルニーニ設計で、ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラ・プラタ川の四大河川を象徴する彫像が飾られています。噴水の中心にはエジプトのオベリスクが立っていて、広場には他にも噴水や彫像がありますが、これが一番目立つ存在です。
噴水の向こうに見えるのが、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会。
ここには地下遺構があると聞いて訪れたのですが、誰に聞いても「そんなものはない」と言われて、???な状態のまま出てきました。
有名なカラヴァッジョの絵が飾られています。 -
カステル・サンタンジェロ。
お城というよりやはり、霊廟、要塞だった、というのがしっくりくる様式です。
夏だか金曜日だか、地下の通路なども見学できるツアーがあったような。 -
大天使ミカエル。
剣を鞘におさめる姿で、ペストの終焉をグレゴリウス一世に知らせました。 -
ローマに落ちる夕暮れ。
ローマにおとずれる朝も昼も夜も好きですが、個人的には、夕暮れがとても似合うと思います。 -
サン・ピエトロ大聖堂正面に敷かれた、このまっすぐな道も好きです。左右はお土産屋さんばかりだとしても!
-
始発列車で、ポンペイへ。
乗り換えのナポリ駅が広大で少々まごつきますが、わりとスムーズにたどり着けました。案内標識がとてもわかりやすくて安心しました。
Pompei Scavi駅で下車すると、遺跡はもう目の前。
オーディオガイドを借りて、出発。できれば日本語のオーディオガイドがあると、私はなお嬉しいです。 -
ここに昔は人がたくさん暮らしていたんだなぁと、歩いては立ち止まり、ちょっと進んでは浸り。
有名な箇所だけでも、ゆっくり見るには1日で足りないほど広大。
そしてやはり暑い。5月とはいえ、ローマやポンペイは25度を超えます。
私は機内持ち込み可能なサイズのキャリーで旅をするので、結果的に軽装の時期になります。
ローマはやはり暑くなくちゃ!と思うのですが、汗臭くなるのは気になる。 -
轍の跡が今も残っています。
すでに歩道と車道に分けられていた、というのがすごい。
日本では、平城宮跡に歩道跡が発見されていますが、ポンペイが壊滅したのは79年。ずっと文明が進んでいましたね。 -
秘儀の間。
左から、ディオニュソス秘儀に参加する女性が、右にいくに従って秘儀を終え、最後はゆったりとしている姿が描かれています。とはいえ、この絵の解釈には諸説あり。 -
この窓を開けるとヴェスヴィオ山が見えるそうです。
この部屋があるのは、個人の家ではなく、施設だったそうです。当時の人は、ここからヴェスヴィオ山を眺めたでしょうか。 -
飛び石。
雨の日、車道にたまった水で足が濡れないように設置されていたそうです。そして、馬車はこの飛び石の間を通れるように設計されたとか。
考え抜かれた都市計画ですね。 -
昔の門。確か、Porta Marina。
人と、馬車などが通る門は分けられていたのだそうです。 -
Porta Marina全景。
主要な門は4つあり、この門は港に近いため、Marina、とつけられたそうです。 -
きれいなボディですね。
TRENITALIAは、EX早特28ワイドなんて目ではないくらい、事前購入の割引率が高いです。 -
ナポリから、フレチャロッサでローマに帰ります。疲れ切って記憶なし。
-
カラカラ浴場。
のはず。
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂の帰りに寄ったんだったろうか。。
もう10年も前のことだし、間違えていても許されるだろう。 -
ローマ帝国第22代皇帝カラカラが造営したローマ浴場。けれど当時は、アントニヌス浴場とも呼ばれていました。なぜなら、カラカラ帝の正式な名前は、マルクス・アウレリウス・アントニヌスだから。
カラカラは、あだ名だそうです。好んで来ていたカラカルスというフード付きマント姿が印象的だったから、とか。 -
サン・ピエトロ大聖堂。
の、どこだったっけ。
装飾が美しいですね。両側にたっているのは、天使でしょうか。羽が見えます。 -
サン・ピエトロ大聖堂には、歴代教皇の名前が刻まれた「教皇名銘板」が設置されています。この銘板には、教皇の名前と在位期間が記されているのです。
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アレッサンドロ6世の名を発見!
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サン・ピエトロ大聖堂に入ると、まず正面に見えるのは、バルダッキーノと呼ばれる大きな青銅製の祭壇で、これもベルニーニによって設計されたものです。法王の祭壇を覆う形で設置されています。
大理石の床全体に美しいモザイクが敷かれています。サン・ピエトロ大聖堂の全てが芸術ですね。
この地下には、聖ペテロのお墓があるとされています。
地下遺構ツアーがあるのですが、そのお墓を見ることはできませんが、地下聖堂やローマ時代の遺構を多く見られます。 -
スイス衛兵。
毎年、「ローマ略奪」があった5月6日にバチカンのパウロ6世記念ホールで入隊式が執り行われています。
チャプレン「私は信仰深く、忠実に、そして尊敬の念をもって教皇何某とその正当な後継者らに仕えること及び、必要とあればそれらを守るために命を投げ出す強さと、自己犠牲をもって自身をささげることを宣誓す。使徒座空位のときの枢機卿団についても同様である。さらに私は司令官と上位者にたいして、尊敬、忠誠と恭順を約束する。ここに宣誓す!神と守護聖人が私を助けますように!」
新衛兵「私、何某は、勤勉かつ敬虔に、ここに読み上げられ、神が私に与え、守護聖人が私を支えるすべてを遵守することを宣誓す」
という、やりとりが行われるとか。 -
サン・ピエトロ大聖堂とオベリスク。
ここを訪れる度に、このオベリスクを眺めて、何度目かの「ローマにいるんだなぁ」と、嚙みしめすぎるほどに噛みしめます。
再訪を願って、トレビの泉にコインを投げて帰ってきました。
2025年の今。
一体、次にいつまたイタリアに行くことができるのか、見当もつきません。物価的に。はい。
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