2024/12/26 - 2024/12/26
15位(同エリア168件中)
愛吉さん
報道によると荻窪にある荻外荘の復元工事が完成、12月9日より公開とあります。
荻外荘とは昭和戦前期に総理大臣を3回務めた政治家近衛文麿公の東京における別邸です。
当時近衛公はこの別邸で政治的な会談を何度も行い、特に著名なものは、第2次近衛内閣発足直前の昭和15年7月19日開催の荻窪会談です。
外務、陸軍、海軍の大臣就任予定者3人を招いて内閣の基本方針を話し合い、その席で日独伊三国の提携強化を決定します。
これが同年9月の三国同盟となり、太平洋戦争へと繋がって行くのです。
又終戦後の昭和20年12月6日、近衛公に対しGHQより逮捕令が発せられると、出頭日の12月16日早朝、近衛公はここ荻外荘にて自決しました。
その後近衛家の住宅として経過しますが、その間建物の一部が豊島区内に分譲移築されます。
平成3年、日本政治史上重要な転換点となった会議の場所として、国の指定史跡に認定されます。
これに伴い杉並区が、家族から土地建物を譲り受け、又移築部分を買戻し、復元工事を完成させました。
尚公開当初は混雑するであろうと、本日の訪問となりました。
帰途太田黒公園にも立寄ります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
-
荻窪駅より歩いて約15分、荻外荘門前に到着。
門には近衛の表札が。 -
案内板が在ります。
この屋敷は、昭和2年医師の入沢達吉氏が、建築家伊藤忠太に依頼して建て、それを昭和12年近衛公が譲り受けて東京の別邸としました。
詳細は案内板をお読み下さい。 -
屋敷に上がる前に、裏門を出て丘を下り、旧邸時代庭の一部として、池があった処から屋敷を見上げます。(当初の形状は案内板の写真をご覧下さい)
現在は芝生の公園として一般に開放されていますが、将来は近衛家の庭として復元される事を熱望します。 -
来た道を引き返し、屋敷に戻って来ました。
玄関部分です。
今回復元された部分になります。 -
表玄関、
内庭は立入禁止。
フェンスのぎりぎり迄寄って写したのがこの写真、正面からの写真はありません。 -
見学者用出入口はこちら、昔の内玄関です。
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入場料300円を払い屋敷に上がります。
表玄関の内側を横(荻外荘看板下)から写しました。
従い右が入口ドア、左が応接間(待合室)となります。 -
応接間(待合室)、玄関の正面にあります。
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部屋の中央に螺鈿の応接セット。
復元に当たり三越が作成納入しました。 -
格天井に天井画、それに照明器具。
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玄関入って左側。(正面は応接室)
長い廊下が続き、その上には荻外荘の額が掛かります。
最後の元老、西園寺公望公が命名揮毫しました。
それでは額を潜り荻外荘探訪に。
廊下の右側は女中部屋、来客にも直ぐに対応できます。
続いて台所。この2部屋は現在管理事務所となり非公開。
左側は手前に客間用次の間、通常は客接待の準備や用品格納場所、非常時には武者隠しにもなる小部屋、その奥が客間になります。 -
客間。
歴史に残る荻窪会談が行われた場所。
正面に写るドアが廊下に続きます。
(写真は庭に面した広縁より写しました)
室内は当時の写真を元に忠実に再現されています。 -
荻窪会談の写真。
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縦位置で天井と照明を入れて1枚。
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客間前の広縁より奥の客用食堂を望みます。
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廊下に架かる照明。
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客用食堂は現在ガイダンス室として解説TVを放映しています。
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近衛公の肖像画もあります。
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奥にお茶室。
炉が切ってあります、来客用ではなく、家族用でしょう。
お茶は気持ちが落着きますからね。 -
広縁の突当りは近衛公の書斎、殿様の部屋。
近衛公が自決した部屋です。 -
反対側(前の写真の右端に写る処)より見た処。
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座卓の位置に布団を敷き、展示される屏風を枕元に立てて亡くなりました。
北枕です。 -
長押には額が、床には軸が掛かっています。
両方共近衛公の書、文意から自決時に掛けていたものと思います。 -
北側には仏壇置き場。
自決時には何が置かれていたのでしょう。 -
書斎の隣は寝室。
通常はこの部屋で寝起きしていました。 -
家族用食堂(居間)
現在は資料展示室です。 -
写真が在りました。
吉田茂総理も一時仮住まいしています。
昭和13年、夫人室と子息室を別棟として増築しましたが、公開後はカフェとして利用、従い写真は有りません。 -
玄関横ロビーの明り取り窓。
これにて荻外荘に別れを告げます。 -
次に向ったのは太田黒公園。
荻窪に来ると必ず立ち寄る処です。 -
シンボルの銀杏並木もすっかり葉を落としました。
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庭木戸を入ります。
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庭に入ると右手にお茶室棟。
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奥には洒落た洋館、太田黒記念館です。
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庭を一周。
紅葉は既に終わりを迎えました。 -
太田黒記念館に立寄ります。
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1階ロビーの音楽室で椅子に座り、BGMとして流れるピアノ演奏に耳を傾け、疲れを癒します。
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部屋には太田黒さんが演奏したであろうピアノが置かれ、庭を眺めながら聞くピアノの音色、時の経つのを忘れてしまいます。
本日はこれで終了。
終
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この旅行記へのコメント (2)
-
- pedaruさん 2024/12/31 07:18:02
- 知りませんでした
- 愛吉さん おはようございます。
近衛文麿公の邸宅と太田黒公園をご紹介くださってありがとうございます。
4トラベルをやっていて、生涯知ることが無いと思われる素敵な所を知ることが出来て良かったと心から思っております。
邸宅の外観は華美な佇まいではありませんが、内部は驚くような家具や調度品で溢れています。さすが日本の貴族の館です。
太田黒元雄は子供のころからラジオなどで名前だけは知っておりました。個人の庭がこのような形で都営の公園として開放されるのは素晴らしいことですね。都税が潤沢なうちに他にもお金をかけて、歴史的な建物を保存してもらいたいです。
いつか行ってみたいと思いました。 良いお年をお迎えください。
pedaru
- 愛吉さん からの返信 2024/12/31 11:21:52
- RE: 知りませんでした
- >pedaruさん こんにちは。
旅行記お読み頂き有難う御座います。
荻外荘、日本歴史の転換点となった会議の場所として史跡に登録されています。
太田黒公園と合わせて一度お尋ねください。
返事を書くに当たり、pedaruさんの彦根旅行記読み返しました、電話から始まった英語教師さんとのお付合い良かったです。
そんなお付合いが出来ると良いですね。
来年も良い旅行を続けられます様にお祈りします。
愛吉
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