2024/09/27 - 2024/09/27
3位(同エリア231件中)
松本伸雄さん
江戸中期に甲州流築城術で大改修
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手前の橋を渡ると霞門(搦手)。築城は室町時代後期の永享年間(1929~41)ごろ。常陸守護八田知家の一族にあたる小田氏に属する今泉三郎が築いたのが始まりだとされる
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利根川水系で活躍した高瀬舟。土浦から米、醤油などを運び江戸から塩、古着を持ち帰った
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西櫓。1949(昭和24)の台風で損壊し解体されたが、残っていた部材を使い復元された
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ここでスタンプをいただきます。菅谷勝貞が今泉五郎左衛門を滅ぼし、その家臣が入城。菅谷氏が3代にわたって土浦城を守る
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本丸御殿が有りました
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霞門、本丸の裏門。外枡形になっている
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二の丸堀
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天正18年(1590)江戸城に入った徳川家康は、土浦城を次男結城秀康の配下に置く
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霞門と東櫓
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位の低い人は、小さい出入り口から
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年輪、土浦城の歴史と合わせている
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東櫓から西側を見る
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東櫓の天井
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本丸土塀
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礎石
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鉄砲狭間のついた塀
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本丸
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太鼓門内側、関東で唯一本丸に現存する櫓門
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太鼓門外側、市中に時を知らせた。ニ階の四面に窓があるのは櫓門としては珍しい
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旧前川口門。かっては前川口にあった門。現存は二の丸二の門跡に移築されている
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旧前川口門外側
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土浦城は霞ヶ浦に注ぐ桜川河口付近に城域を持つ城で、河川と沼を内堀、外堀として巧みに巡らせ、低湿地帯も城の守りに生かした水城であった。本丸の形が水に浮かぶ、亀に見えることから、亀城の別称がある。ベンチに亀が。 おわり
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