2024/07/05 - 2024/07/05
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mirukuさん
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この旅行記のスケジュール
2024/07/05
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電車での移動
予讃線 詫間駅 6時33分発 JR特急いしづち。
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電車での移動
新居浜駅 7時22着 8時16分発のマイントピア別子行のバスに乗車。。
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この旅行記スケジュールを元に
高松から松山に行く道中、新居浜にある別子銅山を見つけました。
銅山は行ったことがないので、この機会に訪れてみようかと。
端出場と東平エリアからなっていて、東平エリアは道幅が狭く、危険なため、ツアーがありました。
ただ、今月は13時からのコース、一日一便しかなく、新居浜の駅からマイントピア別子まで、バスで移動。
詫間駅を出る時、6時台の予讃線に乗車するつもりが、券売機の所で時刻表を見ていたら、電車が行ってしまいました。
見ていたのは特急の時刻表。
仕方なく、特急で新居浜まで移動しました。
ガイドさんが付いてくれたので、とても詳細な説明を受け、仲良しになって、帰りも新居浜の駅までバスをご一緒されてもらいました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 JRローカル
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詫間駅から予讃線、6時2分に乗ろうとしたら、たまたま見つけた時刻表、特急の時刻表でした。
見ている間に予讃線は行ってしまい、6時33分発、JR特急いしづちに乗車。
特急料金1,200円、余分にかかってしまいました。
suicaは使用できません。詫間駅 駅
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新居浜駅には7時22分に到着。
マイントピア別子行のバスは8時16分発。
少し遅れてきて、マイントピア別子へは20分くらい。
料金は390円。新居浜駅 駅
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駐車場に到着してから、マイントピアの建物内の券売機で券を購入。
コード決済が使用可能です。マイントピア別子 端出場ゾーン テーマパーク
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鉱山鉄道に乗って、鉱山観光をします。
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鉱山鉄道。
当時の蒸気機関車を再現。 -
鉱山鉄道の内部。
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全長約333mの観光坑道へ。
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坑道の内部は湿っていて、ひんやりしています。
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江戸ゾーン。
採鉱を人形を使って再現されています。 -
女の人達は岩、石を手作業で砕いています。
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白黒で撮ったのではなく、そのままの石です。
削った跡がそのままになっています。 -
内部の奥には山神社がありました。
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明治から大正にかけての別子銅山のジオラマが置かれています。
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古い電話が置かれていました。
無線機などもありました。 -
ひんやりした所から暑い外へ。
川が流れていて、涼しげ。 -
端出場鉄橋。
ドイツ製の鉄橋で明治26年に架けられ、岸に対して少し斜めに架かり、左右非対称の構造物だそうです。 -
丁度、トロッコ電車が通って行きました。
13時まで時間が余っていたので砂金取りもしてきました。
30分の時間制限なのでほんの少ししかとれませんででした。 -
旧端出場水力発電所。
1912年(明治45年)から、1970年(昭和45年)までの約59年間運用され、別子銅山の近代化に大きく貢献。
操業開始時の出力は3,000kWと当時の日本国内では最大級の設計であり、1923年(大正12年)には、さらに設備を増強して最大4,500kWの出力で、銅山事業の発展を支えたそうです。 -
13時発の東平エリアへのバス。
外人の方二人とガイドさん、運転手さん、私で5人でした。
小人数でしたので、随所で止まってくれたので、窓からパチリしながら、ガイドさんから話聞きながら。 -
遠くに清滝が見えます。
とても細い道が続き、時折、道路に水が流れてきています。
雨が多いとツアーも中止、道路も通行止めになるそうです。 -
1916年から1930年まで鉱山の町として別子銅山がありました。
段々となった所に長屋が建ち、最盛期には5,000人が住んでいたとか。
小学校あり、山の上なのにプール、運動場、演劇場があり、偉い人が住む接待館などがあったそうです。 -
残されていた建物。
東平歴史資料館をざっと見て、外へ移動。マイントピア別子 東平ゾーン 名所・史跡
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鍰レンガ。
銅を精製する際に出る不要物を再利用して作られたもので普通のレンガの大きさで60kgあり、とても重たいでです。 -
トンネルの中には当時、使用されていたものが残されていました。
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新居浜と別子銅山を結ぶ電車が開通。
かご電車。
当時、子供たちもこのかご電車に乗って移動していました。 -
トンネルを出てきました。
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別子銅山の山頂である銅山越えから、新居浜の町と瀬戸内海が見渡せます。
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元禄3年(1690年)、標高1,000mを超える別子山村に発見された露頭を手がかりに、ここに良好な鉱脈があることを確認した住友は、翌年、採掘を開始。
全国各所から採鉱や運搬にあたる稼人を募り、急速に採掘体制を整えていく。
記録によれば、発見からわずか5年後の1695年には、別子銅山山中に2,700人もの店員と稼人が暮らす鉱山町が形成されていたという。
以来、200年近く江戸時代を通じて、別子銅山は日本、あるいは世界でも有数の銅鉱山としてその名を天下に轟かせてきた。 -
上から見た鉱山跡。
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220段の階段を下りて行きます。
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宿舎跡。
手前にかまどがあります。。 -
今は廃墟になっていますが、いろいろな方が手入れをされていました。
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今は封鎖されてしまっている入口。
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歴史を感じる古びたねじ。
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花崗岩でできた壁。
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レンガも所々、欠けています。
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花崗岩で均一に並べ、建てられている中で元気よくしだが育っています。
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ダム。
すごい勢いで流れ落ちる水。
新居浜駅の帰りのバスの時間まで仲良しになったガイドさんとソフトクリームを別子温泉前の所で食べながら、お話をしてきました。
住友グループの躍進がここ、別子銅山に関わりがあったことなど初めて知ることばかりでした。
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