2019/05/28 - 2019/06/04
77位(同エリア594件中)
ともしびさん
ごく若い頃にロマンチック街道ブームがありました。夢を頭の片隅に時は流れ、2004年、新婚旅行以来やっと海外旅行に行ってみようか、という雰囲気が出てきました。まず選んだのがロマンチック街道でしたが、5月GWで生憎どこもキャンセル待ち。当時始まったばかりの北ドイツに行き、大満足!そしてそのままズルズルと15年。やっと決断し、念願が叶ったのでした。
到着した1日目はフランクフルト。2日目はリューデスハイムとライン川クルーズ。ザンクトゴアまで行き、古城ホテルに泊まったのでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ジャルパック
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フランクフルト国際空港。夕方6時頃です。風の為に30分遅れで出発したのでしたが、予定より少し早く着きました。気象が乱れていたのか、少し揺れました。フランクフルトに近づいた頃に左翼に落雷が。座席がちょうど翼の所だったので、光が見えて驚きました。でも、信頼感があるのか不安や怖さは感じませんでした。幸い出発前の天気予報どおりにはならず、青空で始まりました。
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ホテルに落ち着いた後、ライン川の支流マイン川沿いを歩き、レーマー広場へ。8時過ぎですが、まだ夕方くらいの明るさです。
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レーマー広場に着きました。
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市庁舎。真ん中の家は元はイタリア商人の館で、レーマーと呼ばれていたそうです。呼び名はローマから来ているようです。それが広場の名前になっています。
レーマー広場 広場・公園
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第二次世界大戦で失われた中世の建物を、80年代に当時の姿に忠実に再建したのだそうです。
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フランクフルトか。。。元気になったクララも歩いたかしら。
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フランクフルト大聖堂へ。
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途中に印象的な装飾をもつ建物が。一階はカフェのように見えました。ごく新しい建物でした。帰国後調べたら、フリードリヒ・シュトルツェという詩人として有名な地元の方の博物館なのだそうです。
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博物館のすぐ目の前が大聖堂です。
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かつてこちらで神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われていました。第二次大戦の時には建物の被害があったようです。
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レーマー広場のレストランで夕食をとりました。アプフェルヴァインと書いてあるのでしょうか。
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これは確か林檎酒だったか?シュパーゲルをこちらで初めて食べたのだったか?2004年の北ドイツは5月初旬で、まだシュパーゲルは出ておらず、食べられませんでした。でも、この時の食事の記憶がありません。多分まだ時差ボケで、胃の調子が整っていなかったのだと思います。
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夕焼け空は、いつどこで見ても心が安らぎます。
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マイン川に沿って、来た道を戻ります。この時、夜10時前。やっとたそがれ時という暗さになってきました。
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0時前。シティビューというのでしょうか。
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朝食前の散歩へ。歩行者と自転車の専用吊り橋を渡ってみました。少し揺れました。時々、自転車や徒歩の通勤者とすれ違いました。
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泊まったホテルです。この橋は夜間にライトアップされるようです。
インターコンチネンタル フランクフルト ホテル
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レーマー広場の大聖堂の塔でしょうか。ひんやりした空気が気持ちよかったです。
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北ドイツでは度々ソーセージ、マッシュポテト、オニオンスープ、ザワークラウトというメニューが出てきました。そのどれもが、特にソーセージが初めて知る美味しさで、感激しました。全く飽きることがなく、食事が楽しみでなりませんでした。食事は今回の旅の目的の一つでもありました。始まりのモーニングはその時とは少し様子が違いました。
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ライン川沿いの小さな町リューデスハイムへ向かいました。この辺りの葡萄畑ではリースリングという白ワイン用の品種が栽培されていて、つくられるワインは香りが良いのだそうです。確かこの前年に行ったアルザス地方もそうだったような記憶が。
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ニーダーヴァルト記念碑。葡萄畑に囲まれた丘の上にあります。1871年に全ドイツが統一され、ドイツ帝国となったことを記念して建てられたそうです。ドイツという国や国民を人の形で表したゲルマニアと呼ばれる女神が、皇帝の冠を高く掲げています。左手には剣を持っています。向かって右は平和の、左は戦争の像です。下には馬に乗るヴィルヘルム1世とビスマルクも彫られています。
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軍神の如くどっしりと立っているように見えました。
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帰りはゴンドラロープウェイに乗リました。解放されていて、新鮮な空気を受けながら気分良く降りてきました。
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葡萄畑の上を移動していきます。左下のとんがり屋根は自動演奏楽器の博物館ブレムザー館でしょうか?行ってみたかった。中央の塔はボーゼン城かな。その近くにブレムザー城もあるようです。小さい町ですが、見たいものが多くあります。ドイツではライン川は父なるライン、リューデスハイムはラインの真珠とも呼ばれるそうです。
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リューデスハイムロープウェイの地上駅に着きました。オーバー通りに面しています。
セイルバーン リューデスハイム その他の交通機関
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すぐ横に可愛いケーテ・ウォルファルトがありました。おもちゃの兵隊さんが屋根の上にも。日本のお人形だって負けないくらい可愛いはずなんだけど。リアルなのがいけないのかしら。
ケーテ ウォルファルト (リューデスハイム) 専門店
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オーバー通りからマルクト通りへ向かいます。
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マルクト通りに曲がる角に、なんだかシュールにも見える可愛い形の家がありました。
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並んで素敵なレストランも。
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ブルンネンマルクト。こちらでクリスマスマーケットが開かれるようです。
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右手で掲げているのはワイングラスでしょうか。どなただったか。
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リューデスハイムで最も古い15世紀の家です。クルンクハルツという裕福な人の建てた家だそうです。建物の左側は裏側の通りに出られるトンネルのようになっていて、そこを抜けました。
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つぐみ横丁の隣筋のアムゼル通りを抜けてホテルポストの前に出てきました。つぐみ通りとアムゼル通りに挟まれ、目の前はライン川という、とても良い立地のホテルでした。リューデスハイムには宿泊しませんでしたが、ちょっと勿体なかったかなと今にして思います。
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ホテルの看板も洒落ていました。
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つぐみ横丁へ。15世紀からある通りなのだそうです。船から降ろした荷物を運ぶための道で、飲屋街でもあったそうです。今ではお洒落で女性に好まれる通りになっています。第二次大戦で昔の建物は失われ、再建されています。
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自由時間があれば、ここで、コーヒーにアスバッハというリューデスハイムのブランデーを注ぎ、照明を暗くして火をつけるという、リューデスハイマーコーヒーを飲みたかった。アルコールが効いていそうなので、全部は飲めなかったかもしれませんが。熱っつ熱の甘~いブランデーコーヒーが大好きなので、興味がありました。
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壁につぐみの浮き彫りが。
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つぐみと葡萄が、この横丁の至るところに。
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ここにもつぐみ。横丁の名前の由来になったツグミの装飾は、こういう感じだったのでしょうか?
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とても感じの良い場所でした。
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つぐみ通りを抜けオーバー通りに戻って来ました。
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オーバー通り。この先のワインセラーへ試飲会に行き、その後、この辺りのレストランに戻り昼食だったか?
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日本語の看板があるワインセラー。こちらで試飲しました。感じの良い日本人のスタッフが丁寧に対応してくれて安心でした。何より、幾種類も試飲した全てのワインが美味しかったです。アイスワインと貴腐ワインを注文しました。
プロストワインハンデル 専門店
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地下はひんやりとして気持ちの良い空間でした。ここで試飲しました。
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近くのレストランに移動。ビールを。
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イェーガーシュニッツェル(きのこソースのカツレツ)。ボリューミィでした。
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ライン通りに沿って走る鉄道の踏切を渡って、ライン川クルーズの乗り場へ。近くに白い古そうな塔がありました。鷲の塔でしょうか。
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この船に乗りました。いよいよライン川クルーズが始まります。満席というほどでもなく、殆どの方がデッキの座席にいました。物心ついた頃からライン川下りという名で知っていましたが、遥か遠い世界のお話でした。まさか自分がここに来られるとは、小学生の私には思えませんでした。
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右手に最初に見えてきたのが、午前中に見たニーダーヴァルト記念碑でした。ライン川の両脇は殆どが斜面になっていました。所々でカーブを描いて、日当たりの良い側に葡萄畑、あとは美しい小さな集落と森と古城、これらが代わる代わる現れました。
ROTTLANDというのは『森を切り開いた土地』という意味のようです。 -
左手、細長い中洲メウセットゥルム島(ねずみの塔島?)の端っこにねずみの塔があります。14世紀に建てられた、航行する船からの徴税を行うための建物です。右岸のエーレンフェルス城と対だったそうです。かつてここはほぼ直角に曲がり、岩礁のある難所でした。その為、監視塔の役割を負っていた時期もありましたが、岩礁を爆破して整備され、その役割は解かれました。
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真横から撮りました。対岸にも鉄道の、ライン川左岸線が通っています。これは、Wikipediaによると、ケルンからボン、コプレンツ、ビンゲンを経由して、マインツへと至る1844年開業のドイツ鉄道の路線なのだそうです。後ろの細長いのが駅かと思っていたら、オクトーバーフェストも行われるイベント会場のようです。古城を見ながら、素敵です。
この塔には伝説があります。
マインツの大司教ハットー2世は農民から税として穀物を取り立てていた。飢饉が起こった年、農民は食物の施しを求めて大司教の邸宅に押しかけたが、大司教は彼らを穀物蔵に閉じ込めて火を放った。その時ネズミだけが逃げ出して大司教の邸宅を襲い、塔に逃げた大司教を食い殺した。
というものです。時代は10世紀とのことです。ねずみの塔は何度か建て替えられているようなので、少なくとも今現在の塔ではないでしょう。流域には同じ名前の塔が、木造のものも含めて、いくつかあったとも言われています。また、本当のハットー2世の人柄とも違うようです。 -
右岸。向かいのエーレンフェルス城。1211年。ねずみの塔と共にマインツ大司教の支配下にあり、こちらが先に徴税所となっていましたが、数々の戦争のうちに荒れ果て、17世紀か18世紀位には完全に廃墟となりました。葡萄畑を作るために周辺の土台なども撤去されていったようです。
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少し進んで同じく右岸の、アスマンスハウゼンという町。こちらは珍しく赤ワインの醸造で有名なようです。川に面して素敵なホテルが並んでいました。
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その向かい、左岸のラインシュタイン城。こちらも徴税所ですが、13世紀には裁判所でもあったようです。所有者が亡くなると、廃墟化の一途を辿っていましたが、17世紀フランスの攻撃により完全に廃墟となったそうです。プロイセンが買い取り1825年に復元。20世紀半ばに売り出された時は道が悪いこともあり、中々買い手がつかなかったそうです。現在のオーナーは元オペラ歌手で、ホテルになっています。美しい古城でした。墓所兼礼拝堂もあって、結婚式も行われると。口コミを見ると評価も良く、泊まってみたくなりました。
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同じく左岸トレヒティングスハウゼンという町のライヒェンシュタイン城と、12世紀の聖クレメンス礼拝堂。クルーズ中に見た中で、最も古い城です。立派な姿ですが、盗賊の巣になっていたことでも有名です。
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他の城と違い色に赤みがある上に、とても大きく、独特の威容を誇っていました。現在は博物館となっています。騎士が盗賊になるなんて、どういうことだったのでしょう。その後、人を変えて一度は正常化しますが、再び盗賊の巣と化したそうです。そうなった背景というものがあるのでしょうが、それを知らないので騎士が賊に?と頭の中がハテナでいっぱいです。
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左岸。大きめの音と土埃が。採石場だったかな。その近くにゾーネック城がありました。
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ライヒェンシュタイン城と関連した城で11世紀に建てられましたが、こちらも盗賊の巣化。13世紀、盗賊一掃の後、焼き払われたと。14世紀に再建されたものの、17世紀、フランス軍の攻撃により再び廃墟化。19世紀にプロイセンの所有となり、国有化され、現在はプファルツ州が管理する博物館となっているそうです。小さめの城ですが、こちらも素敵な雰囲気でした。
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可愛い家と青空がよく似合っています。その上にも小さい城が。こちらも左岸です。
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14世紀はじめに完成したハイム城です。周辺の軍事的脅威が無くなった後は徐々に顧みられなくなり荒廃。17世紀、フランスによって破壊されたと。現在は所有者がお住まいになっており、見学不可だそうです。
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現役で走る古い外輪蒸気船ゲーテ号。検索してみたら100年を超える船だそうです。外輪がシャバシャバと、元気に音を立てていました。
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ゾーネック城、ハイム城と続いて、葡萄畑の斜面の中腹に、フリュステンベルク城址が小さく見えてきました。
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1219年建造の城ですが、1689年フランスに爆破され、ほぼ塔以外は残っていません。こちらは修復されることはなかったそうです。廃墟にもかえって心惹かれるものがあります。
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右岸。向こうの丘に、クレメンス礼拝堂が小さく見えています。下は聖ボニファティウス教会です。ロルヒという町でしょうか。とても美しく印象に残る場所でした。私に行動力があれば、ぜひこちらの礼拝堂まで歩いてみたいです。それだけでなく、船から見た全てのお城を、宿泊しながら訪れてみたいです。
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左岸に見えるシュタールエック城。12世紀。その頃プファルツの領地を巡って争いがあったが、元の領主の息子が敵方に捕らえられてシェーンブルク城で殺害。その父も間もなく亡くなったのだそうです。こちらも1689年フランスに爆破されていますが、莫大な量の爆薬が貯蔵されていたこともあり、完全な破壊を招き、後に再建された城です。現在はユースホステルです。
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シュターレック城の丘の裾。真ん中はヴェルナー礼拝堂の廃墟、右は聖ペテロ教会。バッハラッハという歴史ある美しい町のようです。礼拝堂はフランス軍によるシュタールエック城の大爆発の破片で、多くの部分が破壊され、その後、自然災害による崩壊を回避するために更に残った部分も撤去され、現在のような外郭だけの状態になったそうです。
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急斜面の葡萄畑も多かったです。昔は葡萄の収穫中に、転がり落ちて亡くなる方もいたそうです。上に見えているのはルートヴィヒ四世が好んで滞在したグーテンフェルス城です。こちらは右岸です。
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グーテンフェルス城も13世紀始めに建てられた徴税所でした。14世紀になりルートヴィヒ四世が中洲にプファルツ城を建て、その役割を移転させます。その後、四世はグーテンフェルスを更に堅固なものとし、度々逗留したのだそうです。こちらもホテルになっています。
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すぐ目の前の中洲にプファルツ城が。ここまで見てきたのは皆、お化粧がはがれたような、古さを感じさせるお城ばかりだったのですが、こちらは白地に赤のアクセントの外壁でした。水の抵抗を弱めるため、16世紀に土台の川上側を尖らせ、舟形にしました。川上側の写真を撮りそびれ、これは川下側です。
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川の水は藻によって独特の緑色に見え、陽光を受けてキラキラと輝いていました。その反射が、ちょうど良く葡萄の栽培を助けるのだそうです。左岸のオーバーヴェゼルの丘の上に特徴のあるシェーンブルク城が見えています。とても素敵な、こちらも泊まってみたいホテルです。
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10世紀に建てられた城です。シェーンブルクとは美しい城という意味なのだそうです。守りが堅固で、17世紀のフランスの攻めでも、一度では落城させられなかったそうです。結局はかなりの部分が失われ、当時のものは外壁と一部の塔のみのようです。
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角度によっては塔が林立しているように見えます。城主の全ての息子が相続権をもつ時代があったそうですが、これらの塔もその名残りのようです。
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続いて13世紀の城壁といくつかの塔が見えてきました。中央の塔はクーヒルテン・トゥルムと読むのか?牛飼いの塔という意味か?時計台にもなっています。これは再建されたものだそうです。左右の塔は当時のままに見えます。
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こちらもその並び。中央はオクセントゥルム。雄牛の塔という意味のようです。左手の小さめのはカッツェントゥルムで猫の塔でしょうか。
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川の見通しが悪くなっています。右手の出っ張りは、あのローレライです。通りかかると、崖の上から少女の美しい歌声が聴こえてきて船乗りを誘惑し、気付くと船は川の底へと、という少し恐い伝説です。
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ローレライは岩山でした。歌声が聴こえるか?怪しい雰囲気はあるか?と集中してみました。
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オカルト好きとしては残念ですが、何の憂いも無い青空の下、ただただ爽やかに通り過ぎました。川が何度か曲がりくねり、丁度ここで細くもなっているように見えます。昔はライン川で最も細い場所で、流れが早く、水面下には多くの岩もあり、操舵が難しく水没する船が多かったそうです。現在は拡幅工事が行われ、大型の船でも安全に航行することができるようになっています。
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崖の上にはローレライセンターがあり、ローレライについて知ることができるそうです。展望台もあるとのことでした。
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同じく右岸に日本でも有名なネコ城が見えてきました。正式名はノイカッツェンエルンボーゲン城。現在も日本人が所有しています。ホテルにするために、その方が修復されましたが、この区域がライン渓谷中流上部として世界遺産登録されたことによって、許可が取れなくなったそうです。公開もされていません。
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二つの尖った塔が猫の耳に見えてしまいます。
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この日の宿泊先のラインフェルス城が見えてきました。ネコ城の反対側、すぐ目と鼻の先くらいの近さです。
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もう一度、ネコ城を振り返って。
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ザンクトゴアで船を降りました。ラインフェルス城が上に見えています。
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対岸のネコ城です。
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道路の工事で通常の道が通れず、なかなかホテルに辿り着けませんでした。ホテルへの道を求めてかなり走り回りました。
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でもそのおかげで、見る予定のなかったネズミ城が見られました。
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本当の名はペテルスエック城。トゥルンベルクという名もあるようです。1388年建造。1806年にフランス軍に爆破され、廃墟となりました。20世紀初めに再建されています。メキシコ人の個人所有と何かで見たことがあります。今もそうなのでしょうか。普段は公開されていませんが、ガイドツアー付きでの内部見学が時々行われるようです。
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左岸の鉄道のトンネルに塔が。気になって探しました。ザンクトゴアの近くのカメレックトンネル。19世紀始めの開業当時のデザインのままなのでしょうか?素敵です。見た限りでは近くにもう一つありましたが、車中からの撮影でブレブレでした。どちらも反対側の口は塔ではなく平らなデザインでした。たまたまかもしれませんが。
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無事、到着しました。
Hotel Schloss Rheinfels ホテル
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かなりの部分が壊れていました。でも、雰囲気があります。
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下に見える建物に宿泊しました。
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部屋のナンバープレートです。ジュニアスイートルームでした。このクレメンス・ブレンターノという方が気になって調べてみました。wikipediaによると、1778年コプレンツ生まれの文学者、小説家、詩人なのだそうです。色々と私にはわからないことが書かれていましたが、一つだけ面白い話が。1803年に出会っていたグリム兄弟に、彼らが収集していた童話集の出版をすすめていたが、預かっていた草稿を紛失し、グリム童話の出版が遅れてしまったと。20世紀に入ってこの草稿はエーレンベルク修道院で発見されたそうです。このエーレンベルク修道院はフランスのアルザス地方にあるのだそうです。
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特別に広くはないけど、華やかな部屋でした。
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バスタブに可愛いアヒルさんが。
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意外な演出でした。
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良い眺めです。ネコ城も見えます。
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同じ窓から左側を撮った写真です。今見ると、何とねずみ城が小さく見えています。この時、全然気付いていませんでした。自分がうっかりなのですが、勿体無いことをしたような気になっています。
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夕食の後、少し城内を歩きました。
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奥の方へも行ってみました。
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振り返って。ピンクの花は石楠花でしょうか。
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奥にも同じホテルの宿泊棟がありました。私達のところより上級のようです。
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2日目までが終了しました。ノルマになりかけていた長年の念願を、一つずつ果たしていく楽しい時間でした。最後までお読み頂き、ありがとうございました。 3日目はビュルツブルクのレジデンツを見学し、恋焦がれたローテンブルクへ。
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