2006/08/29 - 2006/12/01
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こめつきさん
58歳で体調を崩して、早期退職を選択。
体調が良くなり、家でゴロゴロしているより、新しいことを始めようと、ソウルに語学留学をすることにした。59歳の一大決心だった。
体調を考慮して、期間は3ヶ月。季節の良い、9月~11月にした。
書類選考の為の、大学の卒業証明書や、飛行機のチケットの手配など、バタバタしている内に、ソウルに飛ぶ日が来た。
今から、18年前の事だ。
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私が入学した学校は、韓国政府が在外同胞の母国語修学教育機関として設立した、国立の学校で、この年から日本人を含む外国人も聴講生として入学出来るようなった。私を含む4人の日本人は、第一期生として入学ができた。
アルゼンチン、イスラエル、南アフリカ、ドイツ、ウズベキスタンなどから、韓国にルーツをもつ、80人の若者が韓国語の能力選別テストで4つのクラスに分けられた。
もちろん、ハングルのハの字も分からない私は、下から2番目のクラスへ。
歳を食ってるからと配慮してくれて、寮のゲストルームへ一人で入ることができた。
10代、20代の若者と、3ヶ月同居は、ありえないので、大変ありがたかった。
写真は、マイルーム。 -
短期教育課程入学式。
予想はしていたものの、若者達に交じっての勉強は楽ではなかった。体力、暗記力は思っていた以上に落ちていて、黒板の文字一つ見るにも、眼鏡をかけたり外したり。
もっと余裕を持って、ソウルの生活を楽しめば良いものを、若者に負けじと、毎晩12時まで勉強に没頭し、体調を崩して留学中3回も病院のお世話になった。
最初の1ヶ月は、先生の韓国語がほとんど聞き取れず、毎日寮に帰ってからスーツケースに荷物を詰め、明日は絶対帰国すると決めたが、我慢。
2ヶ月目に入ると、先生の言葉が聞き取れるようになって、授業が面白くなってきた。 -
授業には、伝統文化を学ぶ時間もあり、韓服を着て私と肩を組むドイツの若者。
びっくりした事は、ドイツから来ている学生は、お母さんが韓国人なら、お母さんは看護婦さん。お父さんが韓国人なら、お父さんの仕事は、大抵が炭鉱夫。
昔、韓国政府は、沢山の韓国人若者を看護婦と炭鉱夫として、ドイツに送り出した歴史があるからだ。
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