2024/04/07 - 2024/04/07
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馨さん
幕末・明治維新期の歴史が大好きな新選組ファンが、土方歳三の遺髪公開に合わせて、東京は日野市を散策してきました。
当初ブログを書くつもりはなかったので写真は少ないですが、旅の記録にと思いブログを始めました。
ブログの公開なんて初めてなので至らないことが多いかと思いますが、ご覧いただけると嬉しいです!
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八王子で前泊していたにもかかわらずしっかり電車を一本逃し、佐藤彦五郎新選組資料館に到着したのが9:30頃。
遺髪公開の整理券の配布は9:30~とのことでしたが、既に資料館の前には人が並んでいました。
そして無事に整理券ゲット!
私は12:00の回でした。
あと2時間強あるな…まずは日野宿本陣へ向かいます。 -
江戸時代に整備された五街道の一つ、甲州街道の宿場町だった日野宿。
日野宿の名主 佐藤彦五郎は土方歳三の従兄弟で、土方の姉のぶの旦那さんでもありました。
天然理心流の門人で新選組の支援者だった方です。 -
長屋門に道場があり、江戸からここへ近藤勇、沖田総司、土方歳三といった試衛館の面々が出稽古に来ていたようですね。
道場跡は今は駐車場になっています。 -
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立派なお屋敷だぁ。
日野宿本陣は大学時代にゼミのフィールドワークで訪れたことがありました。
みんな「おばあちゃん家に来たみたい」って座って寛ぎ始めた記憶が… -
思い出した、絶対この部屋だわ。
こちらはボランティアガイドさん曰く、別名「歳三お昼寝の間」
京都から帰った土方歳三が風通しが良いからとこの部屋で昼寝をしていたそうです。
正式な名称は失念しましたが…
ここはお殿様など身分の高い方が入る部屋。
正面に駕籠を付けて、外のつやつやしている式台に降りて屋敷に入ったそうです。
偉い人が入る部屋で昼寝するとか…さすがだぜ…
そして私たちゼミ生が寛いでいたのもこの部屋でした。
風がよく通って「昼寝したくなる気持ちわかるー」とか言ってたなぁ。
この日は遺髪公開ということもありもの凄い人でとても寛げる感じではありませんでしたが、
それでも横になって写真を撮っている方はいました(笑) -
某TV番組でジャッキーさんが読み取った「うさぎ」
ガイドさん、本当ですかね?なんて言ってた(笑)
それは言っちゃいかんやつ…笑
写真は撮り損ねましたが、有名な土方歳三の写真、そして今回初公開された遺髪を函館から持ち帰り、
日野の佐藤家へ届けた16歳の新選組隊士 市村鉄之助が2年間匿われていた部屋があります。
土方歳三の命を受けて文字通り命を懸けて届けたのでしょう。
そんな彼が命が危険だから、と2年間も匿われて生きねばならなかった。なんとも切ないです。 -
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お庭も綺麗でした。
幼くして母を亡くした土方歳三を母親代わりとなって育てたのが姉ののぶ。
そのため土方は生家である土方家とのぶの婚家である佐藤家をよく行き来していたんだとか。 -
この縁側で土方歳三や佐藤家の人達が談笑したりしてたんですかね。
日野宿本陣を後にし、JR日野駅に向かって少し戻ります。
駅から佐藤彦五郎新選組資料館へ向かう途中、気になる看板を発見していました。 -
それがこちら。
八坂神社の入り口に立てられた「天然理心流奉納額」の文字。
よく見ると佐藤彦五郎の他、沖田惣次郎(後の沖田総司)、島崎勇(後の近藤勇)の名前があります。
新選組の創立メンバー井上源三郎の兄、井上松五郎の名前もありますね。
天然理心流が地域に根ざしていたことが感じられます。
八坂神社の社殿は今はコンクリート製なのね、と思いきや、
コンクリは社殿を風雨から守るためのもので、本当の社殿は中にありました。
遠目からではありましたが、彫刻が鮮やかな社殿でした。
この後、日野宿交流館に立ち寄ってお土産を見て(土方歳三うどんめちゃくちゃ気になった)、時刻は11:00。
あれ、意外と時間がない…?
もう1カ所見学に行きます!
が、Googleマップさんにしてやられました。 -
なんだこの階段は…!!!
いや、意外と時間無いし近道したいとは思ったけど、これ登れって???
しかしどう考えても遠回りしてる時間ない…
登るしかない!!
日頃運動不足の体に鞭打ち登った先には… -
満開の桜が!ものすごく綺麗!
Googleマップ、許す!笑
満開の桜並木と住宅街を通り抜けて向かったのは、新選組ふるさと歴史館。 -
入口では爪楊枝アートの土方歳三が出迎えてくれました。
一本一本色をつけた爪楊枝が刺さってます。すご…
八王子千人同心と天然理心流の関わりや、天然理心流がどのように興って継承されたのか。
新選組の成り立ち、京都、鳥羽・伏見、甲州・勝沼、箱館、戊辰戦争後…と新選組の歴史が分かりやすく展示されていました。
展示の他に天然理心流で実際に使用されている木刀の素振り体験や、だんだら羽織を来て写真が撮れるフォトスポットがあったりと、ちょっとした体験も楽しめます。
こちらもボランティアガイドさんが説明をしてくたり、フォトスポットでは写真も撮ったりしてくれていました。
おひとり様の私にも「撮りますから言ってくださいね!」とお声がけくださいました。
ちょっと恥ずかしくて断念しちゃいましたが…笑
ここはもっと時間をかけて見たかった…!
始めは2時間もある…なんて思いましたが経ってみればあっという間。
次に向かいます! -
帰りも桜並木を通り
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この階段を下ります。
漏れなく翌日は筋肉痛になりました。翌日で良かった… -
さて、今回の旅の最大の目的、佐藤彦五郎新選組資料館です。
12:00からの回を待つ人たちの列ができていました。
実はテレビで遺髪が公開された際、
土方歳三はどんな思いで自らの髪を市村鉄之助に託したのか。
市村鉄之助はどんな思いで日野を目指したのか。
佐藤彦五郎やのぶはどんな思いで遺髪を受け取ったのか…
いろんな思いが込み上げてしまいボロ泣きに泣いてしまったのですが…
実物を目にした際に公衆の面前で醜態を晒さないか不安で仕方ない待ち時間です…笑
1回の見学時間は10~15分程度、人数は30人前後でしたでしょうか。
靴を脱いで上がります。
中では館長の佐藤福子さんが
「市村鉄之助の功績と佐藤家の歴史を正しく伝えたい」
と今回の遺髪公開に踏み切った思いを話してくださいました。
いよいよ土方歳三の遺髪の前に進みます。
おお、ホンモノだ…
いざ目の前にすると、写真のようなクセはあるの?150年前の人の髪って保存状態はどうなの?
等々、感傷よりも興味が勝ってしまって泣くとかそんな感じじゃありませんでした。笑
今回は遺髪の他に、両雄士傳補遺(通常は小島鹿之介資料館所蔵)、土方の愛刀 越前康継の刀身が特別展示されていました。
両雄士傳補遺には市村鉄之助が函館から持ち帰った写真、遺髪についての記載に赤い線が引いてありました。
土方歳三は確かにいた。
そして市村鉄之助が確かに日野へ届けた、という証ですね。
名残惜しいですが時間となりましたのでバスに乗って次の目的地、土方歳三の墓所である石田寺へ向かいます。
地図で見ると石田寺は浅川を渡る手前にあります。
車窓からも浅川が見え始めたのでそろそろ下車するバス停でしょうか。
私が降りるバス停はなんだったか…Googleマップを開いたその時。
「次は町屋、町屋です」 -
町…屋…?
そんなバス停ありませんが!?
急いで現在地を確認すると、石田寺とはてんで違う方向に向かっています。なんで!?
後で調べたら、どうも1分前の同じ高幡不動駅行きのバスに乗ってしまったようですね。
出発時間1分違いで行き先同じのバスて…難易度高…
当時の私はそんなことに気づきもせず、プチ混乱のまま石田寺をすっ飛ばして最終目的地だったはずの高幡不動尊へ向かったのでした(笑) -
土方家の菩提寺でもある高幡不動尊です。
ご本尊へお参りしようと思ったら、手前に花に囲まれた小さなお釈迦様の像が。
翌日4/8は花まつりということで、お釈迦様に甘茶をかけてお参りしました。
続けてご本尊へお参り。
すると本堂の中に座っている方がちらほら。
私もつられて入ったはいいが、何が始まるんだ?
程なくすると境内にアナウンスが。
「これより13時の回の護摩修行を行います。」
護摩修行ってあの火がボォーってなるやつか!見れるの!?
知らなかったのですが、高幡不動尊では1時間半~2時間ごとに護摩修行を行なっており、護摩祈祷をお願いしなくても、参詣客は見学ができるんです。
しかも、火がボォーってなるやつ(護摩焚き)の最中、ご本尊の不動明王の目の前まで進んでお参りができました!
間近で見る不動明王像、デカくて綺麗で、威厳がありました。
護摩焚きの煤で天井も真っ黒です。
思いがけず貴重な体験ができました!
バスを乗り間違えたおかげだー!笑 -
本堂に向かって左手に近藤・土方両雄の碑があります。
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それにしてもこの日は桜が満開、天気も良くて気温も暖かく、絶好の花見日和でした。
どこをどう切り取っても、綺麗が過ぎる…
「絵葉書みたい」と呟いてる方がいましたが、本当にその通りでした。 -
大日堂にやって来ました。
入るか迷ったのですが、鳴り龍の天井画という文字に惹かれてお参りすることに。
天井画の龍の下で手を叩くと龍の鳴き声のように音が響くというもの。
私の他に誰もいないのを良いことに思いっきり手を叩いたところ、リンリンリン…と涼やかな音が響きました。
調子に乗ってもう一度…笑
鳴り龍を後にして順路を進むと左甚五郎の彫刻がありました。
大日堂、内部は新しそうな建物なのに、歴史的な文化財が残ってるんだなぁ。
裏手に回ると近藤勇と土方歳三の位牌が安置されていました。
こちらに安置されているとは知らなかったので驚き!
後で知りましたが、今回は入らなかった奥殿には土方歳三の書簡が展示されているそうです。
完全に勉強不足でした…
しかし護摩修行といい大日堂の位牌といい、バスを乗り間違えてなかったら時間的に見学できなかったかも。
まず菩提寺をお参りしてからお墓参りに来なさいね。
と呼ばれたような気がしました(笑)
花の見頃の高幡不動尊を後にして、駅前の日高屋で遅い昼食。
多摩モノレールに乗って最後の目的地、石田寺へ向かいます。 -
モノレールの万願寺駅から少し遠回りして浅川沿いに出ました。
川の水は綺麗だし、その水に白鷺は浸かってるし、鳥の声も聞こえて来るし、風も心地良く。
最高のお散歩になりました!
最近漠然と抱えていた自然に触れたい欲が少し満たされました(笑) -
石田寺に到着です。
入ると「土方歳三義豊之碑」と墓所の案内板がありました。
私がお参りした際は他に誰もいませんでしたが、綺麗なお花が供えられて、お線香が供えられた跡もありました。
この日に見学した場所、物、感じたことに思いを巡らせながら墓前に手を合わせ、今回の旅は終了です。 -
話が前後しますが、高幡不動尊で土方歳三の像を見つけた少年が、
「あれ、お侍さんじゃない?」と像に駆け寄る姿にちょっとじーんと来てしまいました。
かつてこの日野の地で武士になることを目指した青年は、時代に揉まれながらも仲間と共に自らの手で道を開こうとし、幕臣となり名実共に武士となり、そして函館に散りました。
新選組結成から160余年経った今、彼は誰が見ても「お侍さん」の姿で、生まれ育ったふるさと日野を見守っています。
今回の旅ですごく感じたのは、新選組、土方歳三はふるさとに愛されているな、ということ。
日野市に点在する新選組関連の資料館は、その多くが子孫の方々が運営されています。
また各施設で案内してくださったボランティアガイドの方々も皆さん熱心で、来てくれた人により新選組のことを知ってほしい、楽しんでほしい!という思いが伝わって来ました。
今回訪れることが出来なかった資料館や史跡も、また改めて見学に伺いたいと思います。
恐ろしく長くなりましたが、最後までご覧いただきありがとうございました。
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