2024/02/15 - 2024/02/15
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ペコちゃんさん
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2月の〇〇会は、水害から都民を守る巨大トンネル・環七地下調整池の見学です。
14時からの見学会なので、午前中は中野坂上にある宝仙寺と方南町にある東運寺(釜寺)を参拝し、その後は昼食を兼ねて調整池近くにある立正佼成会大聖堂に行ってみました。
写真は、立正佼成会の大聖堂。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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今回の参加者は8名。
西武新宿線・中井駅で都営地下鉄・大江戸線に乗り換え。 -
2000年に全線開通した大江戸線は、後発路線のため、どの駅も地下深くにあり、最深の六本木駅は約40m、中井駅は第4位で35m・・・改札口が遠い!
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2駅先の中野坂上駅で下車。
これは、改札口の所に飾られたパブリックアート『未来への扉をひらく』。
新しい中野をつくる10か年計画のサブタイトルが「未来への扉をひらく8つの戦略」。 -
青梅街道を西に進んで「宝仙寺」へ。
真言宗豊山派の宝仙寺は、源義家によって平安後期の寛治年間(1087~94)に阿佐ヶ谷の地に創建され、室町時代に当地へ遷されました。 -
阿・吽一対の仁王像が納められた山門(仁王門)。
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手水舎・・・独特の吐水口が面白い。
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平成28年に再建された鐘楼と「中野町役場跡」の碑。
明治期以降、境内には中野町役場が置かれ、1932年に中野区が発足した際には初代・中野区役所として利用されました。 -
「石臼塚」・・・江戸時代に神田川には水車が設けられてソバ粉が挽かれ、中野は製粉の一大拠点でしたが、機械化が進むと石臼は道端に放置されたため、当山の住職が供養のために石臼塚を建てました。
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寛永13年(1636年)に建立された三重塔は江戸六塔の一つで、江戸庶民にも親しまれましたが、昭和20年5月25日の空襲により焼失しました。
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現在の三重塔は、平成4年に飛鳥様式で再建され、塔内には胎蔵界五仏が安置されています。
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本堂。
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本尊は、義家が後三年の役の際に護持していたと伝わる不動明王像・・・左右に4体の明王が安置された五大明王像です。
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本堂手前の左にある弘法大師像。
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御影堂・・・弘法大師の尊像が安置されているお堂です。
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墓所入口に並ぶ六地蔵と見送り地蔵。
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堀江家の墓所・・・越前からこの地に来た堀江家は、1555年から中野の開拓を行い、江戸開幕後、歴代の当主は中野村の名主を務め、中野区の発展に尽力しました。
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中野坂上から丸ノ内線に乗車し、方南町駅で降りて東運寺に向かいます。
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「釜寺」の通称で親しまれている浄土宗の東運寺・・・1573年に備前の僧・一安上人が当地に念仏堂を創建したのが始まりで、大正11年に下谷入谷町にあった東運寺と合併し、念仏山東運寺と改称しました。
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山門は、港区芝にあった一関藩主・田村家下屋敷の脇門が、明治末期に三井家の所有となり、昭和30年に当寺に移されました。
因みに、田村屋敷は忠臣蔵の浅野内匠頭が切腹した場所です。 -
境内には見事な竹林と満開の河津桜。
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よく見ると、桜の花をインコが食べています。
この鳥はインド・スリランカなどにいる「ワカケホンセイインコ」で、逃げ出したものが野生化し、杉並区では普通に見れるのだとか。 -
竹林の先に本堂。
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本堂は第二次大戦で焼失し、昭和27年に再建。
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本堂の左側には当寺の文化財の写真。
右の写真は、江戸の鋳物師として名高い田中丹波守重行が鋳造した「半鐘」・・・大東亜戦争中に供出され、戦後世田谷粕谷消防団に払い下げとなっていたが、当寺の刻銘があったため返納されました。
中央は、「釜寺」の由来となった「身代わり地蔵尊」・・・安寿と厨子王の守り本尊で、山椒大夫に釜ゆでにされそうになった厨子王を、お坊さんの姿になって助けたという言い伝えがあります。 -
「身代わり地蔵尊」の言い伝えに因んで屋根に置かれた釜・・・現在の大釜は本堂焼失後、檀家の皆さんが寄進したもので、米一俵を炊くことが出来るそう。
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方南銀座商店街を歩いて方南町駅に向かいます。
これといった特徴はない商店街ですが、昭和の下町っぽい雰囲気が漂っています。 -
方南町駅を通り過ぎ、環七通りを北に進むと、約10分で立正佼成会大聖堂に着きます。
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東京ならではの、紙のように薄いマンション。
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環七に架かる和田堀橋の下を流れる善福寺川・・・左側に見えるのは、立正佼成会を母体とする中高一貫校の「佼成学園」。
宗教に関した教育や授業はほとんど無く、立正佼成会は「他の宗教を否定しない」という教えがあるので、無理な勧誘や他の宗教団体とのトラブルは少ないようです。 -
環七通りの大聖堂交差点を右に曲がると・・・
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立正佼成会の関連施設がズラリと並んでいます。、
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見えてきたのは、立正佼成会総本山の大聖堂・・・この巨大ドームは、法華経の世界観を体現する修行道場として1964年に落成し、立正佼成会の経典である法華経が円経(円満なる教え)と言われる事から建物も円形になったそうです。
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宗教施設と聞いて「信者でないと入れない」「激しい勧誘があるかも」と思う人も多いでしょうが、ここは一般の人達も気軽に立ち寄り出来る施設です。
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立正佼成会は仏教系の日蓮系・法華系の宗教で、信者数は約200万人。
大聖堂の左側にある法輪閣は大ホールとして教団の集会などに用いられます。 -
スロープを上り、3階入口へ向かうと、目の前には東京都庁や新宿の高層ビルが・・・いい眺めです。
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7階建の大聖堂・・・屋上には庭園もあります。
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1階入口横には売店・・・仏具や飲料・食品などが並んでいます。
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丁度、12時になったので、2階の食堂で昼食。
メニューは、ドリンク付日替り定食:880円、ワンコインランチ:500円、唐揚げ定食:800円などなど。 -
広い円形の食堂なので、席は大丈夫です。
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真ん中には喫茶コーナー。
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ドリンク付日替り定食をチョイス。
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環七地下調整池の見学は14時からなので、1時間ほどフリータイム。
ここは3階のホール・・・皆さん、靴を脱いで寛いでいます。
かつては自民党推しだった立正佼成会ですが、ライバルでもある創価学会が支持母体の公明党が連立与党になった事で、野党支持に鞍替えしたようです。 -
4階の入口が大聖堂の正面玄関で、上部の壁面には三菩薩の漆画が・・・左から白牛に乗った慈悲を象徴する弥勒菩薩、白象に乗った実践(行)を象徴する普賢菩薩、獅子に乗った智慧を象徴する文殊菩薩。
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そこから続くホール・・・7階までの吹き抜けと、聖壇上部には菩提樹の彫金とパイプオルガン・・・まさに荘厳の一言!!
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4~7階の巨大ホールには約4千人が収容出来ます。
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7階に上がると、天井の広がり・美しさに目を奪われます。
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そして、周りを飾るステンドグラスにも。
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神秘的かつ荘厳な空間・・・2018年には本会創立80周年記念式典が各地の教会で行われ、大聖堂には約4千人が参集したそうです。
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次々に信者の方が参拝に来ます。
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聖壇には、立ち姿をした全長6.8mの金色の仏像。
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7階から階段を登って大聖堂の屋上へ・・・大聖堂の中央に聳え立つ大尖塔は、インドの寺院を模して造られたもの。
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宝塔は法華経観を表したもので、四隅には三頭の獅子の像があります。
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大尖塔の周りにある8つの小尖塔は、「八正道」の教えを表しています。
八つの教えとは、正しい見解(正見)・正しい意志(正思)・正しいことば(正語)・正しい行い(正業)・正しい生活(正命)・正しい努力(正精進)・正しい意識(正念)・正しい精神統一(正定)。 -
春には美しい花で飾られるでしょう。
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そして、眺めも素晴らしい。
東側には新宿の高層ビル群。 -
北側は中野の高層ビル群。
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西側には佼成病院。
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立正佼成会大聖堂から環七地下調整池までは歩いて10分ほど・・・環七通りに案内標識があるので分かりやすい。
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環七地下調整池の善福寺川取水施設・・・ここに管理棟や地下に通じる機械棟があります。
この近くには神田川・善福寺川などがあり、かつては台風や大雨による洪水で被害が多発していたので、東京都は昭和63年から環七の50m下に巨大なトンネル池を作り始め、平成20年に完成したのが「神田川・環状七号線地下調節池」です。 -
管理棟の入口。
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14時から約90分の見学会・・・最初に映像を見ながら概要説明。
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中野区を流れる妙正寺川と杉並区を流れる善福寺川・神田川は合流して神田川となり、新宿区を通って隅田川に注ぎます。
平成5年の台風11号では、3,117棟の浸水被害がありましたが、同規模の平成16年の台風22号では、護岸整備と地下調整池のおかげで僅か46棟と激減しました。 -
地下調整池は1997~2023年の26年間で46回の流入があり、下流域の浸水被害軽減に大きな効果を発揮しています。
善福寺取水施設では、施設の南側を流れる善福寺から水を取り込み、立坑から57mの地下にある減勢池に落とし込み、連絡管渠から地下調整池に水を送り込みます。 -
これがその模型。
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川の水位が上ってオレンジのラインを越えると施設に流入し、渦を巻きながら減勢池へ落ち、連絡管渠を通って調節池へと流れます。
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監視モニターで流域内の6個所をモニターしています。
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中央監視操作盤により、3か所の取水施設を遠隔操作します。
普段は無人施設ですが、大雨の予報があると職員が駆けつけて操作します。 -
また調整池では、12月~5月までの間、約6万立方平方mの河川水を貯留し、消防用水として活用できるようにしています。
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事前説明を受けた後、管理棟の左側にある機械棟に移動して地下トンネルの見学へ。
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エレベーターもありますが、元気印の私達(?)は階段で下ります。
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多くの人はエレベータで地下43mへ・・・ここには立坑機械室があります。
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主排水ポンプ電動機(4台)・・・川の水が引いた後、貯水池の水を川に配水するための設備で、貯水池が満タンでも48時間で排水できます。
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主排水管。
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ハッチを開けて取水施設へ向かいます。
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ハッチから出て上を見ると、増水した善福寺川の水が流れ落ちる「流入孔」。
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その下の減勢池(深さ57m)。
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そこから貯水池につながる導水連絡管渠のトンネル(直径:6m)。
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導水連絡管渠を進んで、環七の真下、神田川・環状七号線地下調節池へ。
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環七の地下深くに設けられた地下貯水池・・・勿論、今は水が入っていませんが、豪雨時には神田川・善福寺川・妙正寺川からの洪水約54万m3の水を貯留します。
こちらは妙正寺川の方向(北側)。 -
こちらは神田川側(南側)・・・内径12.5mで、環七の下に4.5kmに亘って造られた貯水池です。
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2025年度に石神井川と白子川まで延伸する工事が完成すると、更に68万m3を貯留でき、総延長は13.1kmとなります。(しかし掘削する地盤が想定より固いので、数年遅れるようです。)
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これが掘削に使われたシールド機の模型・・・外径13.45m、長さ12.91mもあり、右下の人間と比べたらその大きさがが分かります。
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シールド機で掘削した後の工事写真を見ると、スケールの大きさが伝わってきます。
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我々埼玉県民には直接関係はありませんが、東京都民には大事なインフラだと実感しました。
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管理棟と善福寺川取水施設の流入口。
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川の水位が下がると、右下の排水口から貯水池の水が排水されます。
貴重な社会科見学の半日でした。
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