2023/11/17 - 2023/11/17
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旅四郎さん
台北旅行の最終日。午後のフライトなので、観光は午前中のみ。最終日は台北車駅から歩いて行ける博物館を見学することに決めていた。国立台湾博物館の本館と土銀展示館、鉄道部を回った。
11月17日(金)ホテルをチャックアウトしてMRTで台北車駅へ向かう。桃園国際空港へ行くMRTの駅の改札口を確認して見学を開始。駅を出て、博物館へい行く途中にある旧撫台街洋楼を見学。有名な店は混雑しているので、適当な店で朝食。まず、国立台湾博物館土銀展示館を見学、銀行関連の展示とともに恐竜の化石など古生物館もある。向かいにある本館は長い伝統があるので、さすがに見応えがある。最後に台北車駅に近い台湾博物館鉄道部を見学して、地下街で昼食。食後、桃園国際空港へ行って帰国。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ピーチ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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11月17日(金)喜客商旅三重館をチェックアウトして三重國小駅へ向かう。MRTで台北車駅に到着。桃園国際空港へは桃園機場捷運で行く予定なので、迷ったら困るので改札口を確認して、一番近いY11の出口から地上に出る。大稻埕米粉湯で朝食をと思っていたが、店が営業していなかったので、博物館に行くことにした。
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台北二二八和平紀念公園に向かう。桃園機場捷運の台北車駅の方向に戻って来たが、駅の背後の左に新光人寿保険摩天大楼、右に台北広場大楼の2つの高層ビルが見える。
台北駅(桃園空港MRT) 駅
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延平南路を南に行くと撫台街洋楼が見える。1910年頃に合資会社高石組社屋として建てられた石木混合建築。アーチ型のアーケード、採光・換気のためのドーマー窓を採用している。その後、1940年に創業した佐土原商事株式会社が所有した。唯一残存する日本統治時代の洋風の民間店舗だった。
臺北撫臺街洋樓 博物館・美術館・ギャラリー
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国立台湾博物館土銀展示館の近くにある朝食レストランの八芳早餐で食事をした。
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店に入って、指さしで写真のものを買った。恐らく黒胡椒麺加蛋ではないかと思う。黒胡椒の焼きそばの上に目玉焼きを追加したもの。75台湾元だった。
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少し歩くと国立台湾博物館土銀展示館が建っている。この建物は日本統治時代の1922年に台湾に進出した日本勧業銀行が1933年に台北支店として鉄筋コンクリート3階建てで建てたもの。戦後は台湾土地銀行へ移管され国立台湾博物館土銀展示館となった。
国立台湾博物館 土銀展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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開館時間の午前9時30分の少し前に、台湾博物館土銀展示館に到着。博物館の前には、すでに何人かの人が待っていた。入館して受付でシニアチケットを求めると、年齢を証明するもを要求されたので、パスポートを見せた。南門館と同じデザインの無料のチケットが渡された。裏には本館・古生物館と書かれていて、本館との共通券になっている。
国立台湾博物館 土銀展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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1階には土地銀行行史室がある。清代の台湾の金融から日本統治時代の台湾の銀行の状況や貨幣の統一、台湾銀行の成立、日本勧業銀行の台北支店や他の銀行について時代を追って、当時の写真、資料を使って解説している。ここには余り見学者はいなかった。
国立台湾博物館 土銀展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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旧日本勧業銀行の石膏の飾りの修復について解説。台湾の日本統治時代の建物については古蹟指定後に、再公開される前に行われた修復事業の過程が紹介されている。銀行時代の大型金庫も見学できる。
国立台湾博物館 土銀展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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入館者の目当ては古生物館にあるようで、子ども連れの入館者が多かった。古生代からの生物の進化を解説している。多くの恐竜の化石が展示されていて、子どもたちには人気がある。
国立台湾博物館 土銀展示館 博物館・美術館・ギャラリー
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国立台湾博物館土銀展示館の向かいに国立台湾博物館本館がある。1999年に現在の名称になった。イタリア産の大理石を使ったギリシャ風列柱が目立つルネッサンス様式の建物。野村一郎の設計で1915年に完成した。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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1908年、児玉総督後藤民政長官記念館として建てられ、台湾総督児玉源太郎と民政長官後藤新平を記念するためのものだった。1909年に台湾総督府博物館と改称された。館内に入ると天井には児玉家の家紋の軍配団扇と後藤家の家紋の藤を組み合わせた図案になっている。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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常設展示は台湾の歴史と自然をテーマに、歴史と諸民族、台湾の先住民の展示が行われている。写真は先住民のルカイ族の盛装である。彼らはルカイ語を話し、台東県、?東県、高雄市に約12000人が居住している。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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館内の3階のアルコープに児玉源太郎の像が建てられている。1915年に彫刻家新海竹太郎の制作で、戦前は1階ホールの東側のアルコープに置かれていた。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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後藤新平の像は1階ホールの西側のアルコープに配置されていた。現在は児玉源太郎像の横に置かれている。第二次世界大戦後は2体の銅像は撤去され、収蔵庫に保管されていた。「2008年、博物館設立100周年を記念して、当時の紀念館の扁額とともにこの2体の銅像も再び陳列」することになったと説明されている。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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台湾の生物、鉱物なども展示されていて、写真は台湾で2013年に絶滅が宣言されたタイワンウンピョウの剥製である。湖の宝石と呼ばれるマリモを発見・命名した川上龍弥について紹介し、マリモも展示している。「賜此旗者,為示順奉我皇國天威之證,切勿?之,明治七年九月十日」この旗を贈った者は神への服従のしるしである」 「我が帝国の力。汚してはならない。明治七年九月十日
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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館内には「蕃社保護旗第53号」が展示されている。牡丹社事件での日本の派兵を「人民を守るための正義の行為」と清国は認めた。中山の崙南社の指導者芭諾仔に「この旗を賜った者は我が皇国の神の力への服従の証しである。これを汚すな」という意味のことが書かれていて、左下に降伏券が貼られた旗を授けた。第53番目の降伏保護旗である。
国立台湾博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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台北車駅に向かって歩くと国立台湾博物館鉄道館が見えてくる。日本統治時代には台湾総督府鉄道部庁舎と鉄道工場があった。1920年に1階部分は赤レンガ、2階部分は木造でヴィクトリア様式を取り入れられている。2階にはバルコニー、屋根にはドーマーが設置されている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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2007年にオープンした博物館で、庁舎と呼ばれる赤レンガのメインの建物に入口がある。館内に入ると豪華な正面玄関がある。中央のエントランスと階段の柱や天井の美しい装飾が眼を引く。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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正面玄関には入場券売り場がある。ここでシニアチケットを求め、年齢確認をすると国立台湾博物館本館とは違うデザインの無料チケットが渡された。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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1階には台湾の鉄道の歴史を学べるコーナーがある。台湾の鉄道の歩みを清朝時代から日本統治時代、戦後までの進化と発展、現在運行されている路線、すでに廃止された路線などについても紹介している。精巧な車両の模型や急行列車「莒光號」の車内を再現したものが展示されている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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改札口を再現している。屏東にある日本統治時代に建てられた木造駅「竹田車站」である。中に入ると、駅員室を再現した展示になっていて、実際に昔使用されていた道具なども配置されている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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2階には台湾初の洋式ホテルの台湾鉄道ホテの模型が展示されている。太平洋戦争末期に台北大空襲で焼失したが、近代的な設備を有し、華麗な内装で、日本統治時代の台湾を代表するホテルだった。著名人が宿泊したほか、盛大なパーティーなども開かれ、政治、経済、文化面で大きな役割を果たしていたホテル。台北駅周辺が地上線だった頃の様子を再現したジオラマも展示されている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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建物は1階部分が赤レンガ、2階部分が木造となった折衷型の建築様式で、明治後期から大正時代に流行した。1階の外壁はレンガのアーチ状になっている。2階には外廊下があり、主要な柱や梁は台湾南部の阿里山の台湾桧を使っている。この様式の建物が残されている例は非常に少なく、貴重なものになっている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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食堂かつて職員食堂と経理課会計係の事務室だった。木造の建物は1932年に建設されたもの。下見板の外壁は台湾の木造建築でよく見られるもので、ここでもその姿は健在です。現在1階は売店になっていて、台湾らしいお土産や鉄道関連の書籍やグッズ、博物館のオリジナル商品なども購入可能です。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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電気室は1925年に建てられたもので、発電機やバッテリーなどが置かれていて、機械に電力を提供している。レンガ造りの壁を付け柱で支え、屋根に換気用の天窓が取り付けられている。現在は多目的ホールとレストランが入っている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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庁舎の外には1934年に建設された木造和風建築の公務室がある。現在は子ども向けの展示施設として利用されている。室内には蒸気機関車の仕組みが模型を使って分かりやすく展示されている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館の敷地内には清朝時代の機械局の遺構が残されている。2006年MRT松山線の工事中に19世紀の終わりに造られた石造りの壁が発見された。これは劉銘伝によって建設されたもの。台湾巡撫として赴任した劉銘伝は洋務運動の一環として台湾の鉄道事業を推進した。1887年に台北駅を設置し、基隆から台北、その後新竹まで鉄道で結んだ。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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博物館の敷地には1943年に建設された上下二層の円錐形の鉄筋コンクリート造りの防空壕がある。上層は高さ7mの防空壕で、外には防護壁があり国共内戦の時に造られた。鉄道部の高官が避難するためのもので、下層は地下室になっていて、戦時作戦指揮センターとして使えるようになっている。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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国立台湾博物館鉄道部を出て、台北車駅の地下街で昼食。地下街をぶらぶら歩いて適当な店がないかと探して、豪品食尚料理会館で食事をすることにした。
台北駅地下街 観光名所
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店のメニューを見て、海鮮麺を注文した。
台北地下街 ショッピングセンター
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昼食後に桃園機場捷運の改札口に行き、桃園国際空港行きのトークンを購入。午後12時15分発の電車に乗車。
台北駅(桃園空港MRT) 駅
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午後12時51分に桃園国際空港の第一ターミナルに到着。チェックインして空港の免税店でパイナップルケーキを購入。
桃園空港第1ターミナル駅 駅
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B6の搭乗口に行き、待合室で出発時間まで待機。桃園国際空港を午後2時28分発の飛行機に搭乗。午後5時47分に関西空港に到着。この日の歩数は半日の観光だったが1万6119歩だった。
桃園空港第1ターミナル駅 駅
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