2023/09/17 - 2023/09/17
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与方 藤士朗さん
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この旅行記スケジュールを元に
1991年夏に起きた、風の子学園事件。
その舞台となった広島県三原市の小佐木島に、32年ぶりの訪問。
前回は22歳の大学生でした。
今回は、54歳になって間もない時期です。
去る2023年6月に残置・残存物が撤去されたという、事件の現場となったその地に、やってきました。
今回は、当時の状況を踏まえながら現況をご紹介しましょう。
なお、その前後の旅行記は別建にしてご紹介いたします。
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まずは、岡山駅から三原駅まで新幹線で移動。
こちらは九州新幹線ですが、私は、この後のレールスター「こだま」で移動。
今や各席にコンセントがつく時代ですが、レールスターは2001年に運転を開始した列車のため、コンセントはありません。
この日は充電が十分でなかったので、結構困りました。
しかし、あの事件が起きた当時はまだパソコンどころか携帯電話もほとんど普及していませんでしたからね。岡山駅 駅
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こだま号で移動し、三原駅から歩いて数分先の三原港まで徒歩移動。
城跡のある山側ではなく、海側に出ます。三原駅 駅
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以前のようなフェリーではなく、小型高速艇。
これも、少子高齢化の影響です。
なお、この船舶にトイレはありません。三原港 乗り物
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フェリーもとい高速艇から望む小佐木島。
確か、あの砂浜あたりに、あったはず。 -
高速艇で十数分。
小佐木島へ。
若い男女の観光客が、島の民家を改装した宿舎へ案内されて移動している模様。
島民は1991年当時でも12名程度、2023年現在ではもはや4名とのことです。
しかし、観光客ばかりでなく、元住民の方の親族なども休日には帰ってきて何かしているとか。案外といえば失礼で申し訳ないが、この島にはなぜか無人島化しつつあるようなさびれた感はなく、むしろ活気があることを実感。 -
今回は、以前の逆側から現地へ向かいます。
~ 実は、どっちから行ったかを覚えていなかっただけです。
後で気づきました(苦笑)。
追記:ここから見える灯台は、地元用のものです。
明治時代からあるという灯台は、また別の場所です。 -
スマホの時計を気にしつつ歩くこと20分弱。
ようやく、当時の現場に到着しました。
こちらが、1991年当時の風の子学園の案内板。 -
三叉路(さんさろ)のこの写真向かって右手が、かつて風の子学園の案内板のあった場所。
~その案内板が、上の写真です。
明らかに重機が出入りした跡が残っています。 -
1991年当時の「風の子乗馬場」。
当時でさえ、既に草むしていました。 -
そしてこれが、この度解体された国鉄のコンテナ(C-18624)。
元園長・坂井幸夫氏がJR東福山駅で購入したとのこと。
ご本人は野菜の保管に使用すると言っていたが、実態は事件を起こしかねない使い方をしており、ある意味起こすべくして起こしたといえる事件でした。
~事件及び裁判のの件については、ここではこれ以上述べません。
これは裁判が始まった頃の光景です。
その後私は32年にわたり訪れていないため、このコンテナの緑色の国鉄時代の姿を見たことはありません。 -
そして、32年後。
32年もたてば、木は生え草も生え。 -
この建物も、取壊されていました。
フィルム段階では真っ黒でしたが、色合いを変えて分析してみると、室内の様子がくっきりと見えるようになりました。 -
しばらく、その周辺を。
かつてこの辺りの海沿いは、海洋演習用のカッターや、「風の子乗馬場」と称された乗馬のできる場所などが設けられていました。 -
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海を望む光景は、昔も今も変わらないですね。
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こうしてみると、ちょっとした海水浴場のようにも見えます。
確かに、風の子学園ができる前は、海水浴場でした。
当時はまだ、100円で利用できるシャワーを備えた建物も残っていました。
~私のほうでは、写真が残っていません。申し訳ありません。 -
コンテナがあったのは、このあたりか。
かなり記憶があいまいで、重ね重ね、申し訳ありません。
この後自宅に戻って、当時の報道写真なども含めて再検証しております。 -
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こちらの砂場にも、先日のコンテナ等の解体のため重機の入った跡がありました。
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以前来た道、今回は帰り道から現場を望む。
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ここからしばらく、登り道。
先ほどの現場を俯瞰できます。 -
この構図は、週刊誌などでも当時よく撮られていたアングルです。
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帰りは、おそらく以前来た時に通った道。
こちらの旅行記では省略しますが、スッカリ、当時の記憶がなくなっていました。
写真が残っているいないの問題ではなく、それだけ、あの現場の印象が強烈だったということでしょう。 -
港の休憩所に着き、しばし、帰りの船の待ち時間。
三原港 乗り物
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こちらが、当時のフェリー。
角度から見て、小佐木島の港で撮影したものです。 -
今は、これ。
多分、上の写真とほぼ同じアングルではないかな。
これで、三原港まで戻ります。 -
帰りは、在来線乗継で岡山へ。
32年前に比べて、直通列車が減っていますね。
結果、糸崎と福山で乗換となりました。三原駅 駅
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15時30分岡山着。
岡山駅 駅
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1991年、22歳の頃の私です。
同地を訪れた日の夜の姿です。岡山駅前停留場 駅
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岡山に戻り、着替えて少し休んでから、夕方にはすし屋に行って打上げ。今回はエビスビールです。
こちらは、その日の私。すでに54歳になっています。すし舟 グルメ・レストラン
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最後に、こちら。
32年前の小佐木島の同じ場所からの遠景。
眼前にはまだ、カッターなどが残されていました。
~ 当時写真を撮影しておりましたが、データが壊れて掲載できません。あしからずご了承を。
先日のコンテナ等撤去により、今や、もう何も残されておりません。
撤去後間もない頃に行かれた人のYOUTUBE動画では、写経された紙が残されていたと言われていましたが、今回は、そのようなものは目視できませんでした。
~私の探索不足かもしれませんが。
ともあれ、これでこの地の負の遺産が撤去され、言うなら、ゼロに戻ったと言えましょう。
現段階で私が言えるのは、そこまでです。
それにしても、この地から遠景、昔も今もそう変わりませんね。
もっともこの地の周辺は、この島に人がいなくなったこともあってか、完全に変わり切っておりました。
そのあたりも、次回行く機会があれば追ってみたいと思っております。
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