2023/09/06 - 2023/09/06
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ペコちゃんさん
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コロナの前まで、毎年足を運んだ国立演芸場での落語鑑賞・・・開館して50年以上経った隣接の国立劇場と共に10月末で閉場し、2029年に新劇場がオープンすることとなりました。
従って、久し振りの今回は「さよなら公演」・・・建て替え期間中は紀尾井ホールや内幸町ホールなどで落語を続けるそうですが、現在の国立演芸場には建物や展示物に『味』があり、少々残念な思いですが新演芸場の誕生を楽しみにしたいと思います。
落語は午後からなので、午前中は国会議事堂の前にある北庭を散策し、その後は事前予約しておいた最高裁判所の見学です。
これまで何回も訪れた国立演芸場の隣が最高裁判所だとは気が付きませんでした・・・貴重な体験です。
写真は、最高裁判所の大法廷。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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10時に東京メトロ・有楽町線の桜田門駅に到着・・・1番出口から地上に出ると、左側には皇居のお濠、右側は日本橋から続く国道20号線(甲州街道)。
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1980年に竣工の警視庁本部庁舎・・・この建物を見ると、都心に来たことを実感します。
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警視庁の右側は国土交通省が入る合同庁舎。
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新宿方面に目を向けると、国会議事堂前にある北庭と時計塔が見えます。
議事堂前公園となっているこの場所は、江戸時代の初めに熊本藩主・加藤清正の屋敷があり、1632年(寛永9年)から明治維新までは彦根藩主・井伊家の上屋敷がありました。
幕末の大老・井伊直弼は、1860年月にこの屋敷から外桜田門へ向かう途中、水戸藩士らに襲撃された訳です。 -
北庭の中央にある「日本水準原点標庫」・・・日本の土地の標高を測定する基準となる「日本水準原点」を保護する施設で、明治24年(1891)に造られました。「日本水準原点」があるこの辺りは古くからの台地上にあり、地盤沈下の影響が少ないことから日本の標高原点として130年近くに亘り、我が国の測量の歴史を支えてきました。
しかし、24.5mだった当初の標高は、関東大震災で24.414mとなり、東日本大震災によって再び沈下したため、原点標高は24.39mに改正されています。 -
石造りの小規模な建物(高さ:4.3 m)ですが、ドーリア式のローマ風神殿建築は日本の建築家により設計された明治期の数少ない近代洋風建築として、建築学的にも貴重なものです。
屋根の下には左右の菊紋と共に、右から「大日本帝國」と刻まれています。 -
正面には「水準原点」の看板と菊花紋章をあしらった黒い蓋・・・この中に、台石に取り付けた水晶板があり、目盛りの ” ゼロ標示 ” の所が高さの基準(日本水準原点)になっています。
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これは、GPSを利用して位置を正確に連続して測定するための「電子基準点」・・・データは測量の基準や地殻変動の観測などに用いられ、日本全国に約20km間隔で1,300ヶ所に設置されています。
高さは7mで、日本水準原点と同様、約10mの深さにある台地層までパイルを打ち込み、最上部にアンテナを、その下にはソーラーパネルを搭載しています。 -
公園の中心にある「三権分立の時計塔」・・・この時計塔は、尾崎記念会館(現・憲政記念館:改修工事中)建設時に、その施設の一環として噴水池・花壇とともに昭和35年(1960)に造られました。
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三つの柱が合わさった形の時計塔・・・権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障する立法・行政・司法の三権分立を象徴しています。
時計塔から鳴り響くチャイムは、「椰子の実」を作曲した大中寅二(1896~1982)によるもので、10:00、13:00、17:00に鳴らされ、衆参両院の本会議時刻、退庁時刻を告げます。 -
塔の高さは31.5m・・・噴水池と美しく調和しています。
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現在の時計は国産時計になっていますが、最初の時計は、時間を厳守した尾崎行雄を称えてスイスから贈られました。
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北庭を出ると、目の前に国会議事堂が・・・
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現在の建物は、昭和11年(1936)に帝国議会の新議事堂として建設されたもの・・・建物は中央塔を中心に左右対称で、左側が衆議院、右側が参議院。
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国会議事堂から最高裁の方に歩いて行くと、時計塔と警視庁の建物が見えます。
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国会図書館の前を通り・・・
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内堀通りから青山通り(246)が分岐する三宅坂の交差点にある「三宅坂小公園へ。
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最高裁判所の南東の角にある三宅坂小公園・・・後に見える建物は最高裁判所。
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公園に建つ「広告記念像」・・・日本電報通信社(現・電通)の創立50年を記念して昭和25年(1950)に建てられた日本最初の街頭裸婦像です。
平和を象徴する広告記念像だそうで、三人の女性が愛情・理性・意欲を表しています。 -
三宅坂には戦前は陸軍参謀本部があり、かつてここには寺内正毅・陸軍元帥の騎馬像がありました。
因みに江戸時代には、愛知の渥美半島を治めていた田原藩の屋敷がありました。 -
公園の一角にある「渡辺崋山誕生地の掲示板」・・・渡辺崋山は寛政5年(1793)に田原藩の上屋敷で生まれ、田原藩の家老として藩政改革などに業績を残す一方で蘭学者・画家としても活躍しましたが、天保10年(1839)に執筆した「慎機論」で幕府の対外政策を批判したため、蛮社の獄で捕縛され、その2年後、48歳で自決して生涯を閉じました。
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最高裁の正門の前を通り、見学集合場所の南門に向かいます。
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最高裁判所は日本国憲法の施行と共に昭和22年に創設され、当初は霞が関にあった旧大審院の建物を利用していましたが、昭和49年に米国駐留軍のパレス・ハイツ宿舎の跡地に現庁舎が竣工。
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11時に南門に集合し、受付を済ませます。
今回の定員は40名で、中にはベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い女性も。 -
建築に当たってデザインを公募し、応募総数217点の中から岡田新一の設計案を採用・・・地上5階・地下2階の鉄骨鉄筋コンクリート造で、外壁と内壁は御影石貼りで、茨城県の稲田石が使用されています。
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重厚感が漂う広々とした「大ホール」・・・稲田みかげを使った荘厳な雰囲気に圧倒されます。
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床には建物の竣工年が刻まれた定礎石が埋め込まれ、左右の線の延長は国立劇場の中心と国会議事堂の中心に繋がっています。
定礎石の下には「定礎の辞」を記した銘板や「庁舎新営の記録」を収納した鉛の箱が、タイムカプセルのように埋められています。 -
大ホールに飾られた2体のブロンズ像。
これは富永直樹:作の「椿咲く丘」・・・椿の花が咲く丘のベンチに、男の子と女の子が仲良く座り、そこに鳩が集まっている風景で、公平な裁判によって正義を実現し、世の中のもめ事をなくし、皆が仲良く平和に暮らせるようになれば、 という願いが込められています。 -
ギリシャ神話の法の女神「テミス」をイメージして作られた圓鍔勝三(えんつば・かつぞう)作の「正義」像・・・左手の天秤は「公平・平等」を、右手の剣は「公平な裁判によって正義を実現するという強い意思」を表しています。
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女神が左手に持つ天秤は、弁護士バッジ(弁護士記章)のマークになっています。
バッジは金メッキされた純銀製で、16弁の向日葵は正義と自由を、秤は公正と平等を意味します。 -
大ホールの正面奥にある「大法廷」・・・天井は大きな明るい吹き抜けになっており、15席の裁判官席が並んでいます。
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最高裁の法廷には証言台や被告人席がありません。
最高裁判所の審理では、高等裁判所までの裁判手続や判決内容に憲法や法令の違反がないかどうかを判断することが中心となるため、証人や被告人から話を聴くことはないからです。
また双方の訴訟関係人は、法律的な主張を裁判所に対して述べるにとどまるため、お互いの席は向かい合わずに、裁判官の方を向いています。 -
裁判官の席が並んだ後ろの壁には、京都西陣織のタペストリー・・・これは「太陽」を表しています。
また石の壁は音が響きやすいので、石と石との間に僅かな隙間を設け、この隙間に余分な音を閉じ込めるようにしています。 -
15名の最高裁判所判事は、後ろにある観音開きの自動扉から入場・・・中央が最高裁判所長官の席です。
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天井の中心にある直径14mの円筒形の吹き抜け・・・最上部のガラスまでの高さは床から41mで、ガラスの天井から自然の光が差し込んできます。
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左側のタペストリー。
日本の裁判所は最高裁判所の下に8つの高等裁判所(札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・広島・高松・福岡)があり、各都道府県には地方裁判所と家庭裁判所、そして少額の民事事件や軽い罪の刑事事件を扱う438箇所の簡易裁判所が置かれています。 -
右側のタペストリー。
最高裁は最終の裁判所で、高等裁判所の裁判に対する不服申立て(上告・特別抗告)を取り扱い、法律や政令が合憲か違憲かについて最終的に判断を下すので「憲法の番人」とも呼ばれます。 -
裁判官席と反対側(入り口側)にある傍聴人席は166席。
後ろに見えるタペストリーは「月」。 -
左側のタペストリー・・・タペストリーは空間的な広がりを感じさせるだけでなく、吸音効果の意味もあるそうです。
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右側のタペストリー・・・正面にある太陽の「動」とは反対に「静」をイメージしたタペストリーで、静かな月を眺めながら裁判官は冷静な判断をするのでしょう。
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小法廷の裁判官は5人で傍聴席は44席。
最高裁判所は年間に数千件の上告申立や上告受理申立を受け付けますが、数十件の事案が3つある小法廷の判断で審理され、大法廷が開かれるのは年に2~3回程度です。 -
最高裁の見学が終わり、全国町村会館の7階にある「さいかち」で昼食。
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今日の定食は中華丼(1,050円)。
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午後は、歩いて数分の国立演芸場へ・・・この建物が取り壊されるのは、残念ですね。
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この素晴らしい緞帳は、どうなるのでしょうか?
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仲入り休憩の時に、1階の演芸資料展示室を覗いてみました。
これは、伊藤晴雨(1882~1961)作の「明治時代の寄席」・・・江戸時代に生まれた落語ですが、この絵を見ると、多くの庶民に愛されてきた芸能だということが伝わってきます。 -
仲間6名で過ごした、楽しい初秋の一日でした。
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