広尾を昼ぶら。

2022/12/23 - 2022/12/23

2022年もあと数日で暮れようとしている。そんな師走も押し迫った寒空の下、麻布や白金と並ぶ高級住宅地、広尾を散策した。広尾駅から祥雲寺に向かう広尾散歩通り（広尾商店街）は、かつては門前町として賑わっていた参道だった。

エリア 広尾(東京)

地下鉄日比谷線の広尾駅を出ると、目の前に広がる広尾橋交差点。

広尾散歩通りを突き当たると祥雲寺の山門がある。

山門をくぐると、ここが都会のど真ん中かと思うくらいの静寂な空間が広がっている。

鼠塚
明治時代に大流行したペストを抑え込むために、その感染源だった鼠が大量駆除された。東京市では懸賞金付きの駆除届出制度なる鼠買上げ作戦を実施。近所の交番に持っていけば、1匹5銭で引き取ってくれた。蕎麦が2銭、銭湯が3銭、天丼が7銭の時代に鼠一匹で5銭は大きい。それに懸賞金というのもあって、当たると5円～15円も貰えたそうだ。子供たちはこぞって鼠捕りを仕掛け、大人でもこの懸賞金で生活していた者までいたという。人間の犠牲になったそんな鼠たちを慰霊するために、明治33年に建造されたのが鼠塚である。
落語の「藪入り」では、金坊が鼠の懸賞に当たったお金を財布に入れていたことから、親子の間に疑念が生まれる。子を思う親心を面白おかしく描いた、泣ける古典落語の名作である。鼠の懸賞なんて落語でしか聞いたことがなかったので、この鼠塚を初めて見たときには、「藪入りだ！」と思わず声が出てしまった。

さあ、広尾散歩通りを歩いてみよう。

福田屋
まずはランチ。
鮮魚店が営んでいる定食屋は渋谷の「魚力」が有名だが、福田屋も1929年創業の老舗で、広尾で魚を食べるなら絶対ここ。冷凍ものでないマグロや、魚屋ならではの新鮮な魚介類が格安で味わえる。
今どきの東京ではなかなか見かけなくなったレトロな魚屋の横に、わかりにくい食堂の入り口がある。

店頭には新鮮な魚介が並ぶ。

入口に掛けられた手書きメニューが渋い。

入ると細長いカウンターがあり、一番奥の小上がりにテーブルがひとつ。平日の昼しか営業していないのが残念だが、今日は金曜日なので朝から楽しみにしていた。

とりあえず、なかおち小鉢をつまみにビールをいただく。このなかおち小鉢は、メニューにわざわざ「ある時だけ」と断り書きがあるが、今日はあったのでラッキーだ。

ビールで喉を潤し、定番の金目鯛煮付定食を注文。ところが今日は金目鯛は無いとのこと。それならば好物のさば味噌煮定食（1100円）をお願いする。

一口食べるとさばの旨味が口の中に広がり、いつもながらの絶品に思わず唸ってしまう。

魚の味わいが分かる日本人に生まれて良かったと口の中で幸せを噛み締めていると、隣の外国人が、「トッテモオイシカッタデス！ゴチソウサマ」と帰って行った。いやはや、美味しいものは世界共通でした。昼から極上のさば味噌煮とビールで、すっかりいい気分になった。

別日（2022年4月）に食べた金目鯛煮付定食も載せておく。これは超オススメ。なんとこれで、1200円。金目の鮮度と少し濃いめの味つけにビールやご飯がすすむ。

広尾プラザ

広尾プラザ1階にある明治屋。

広尾プラザ２階「OTO-YA HIROO」

ここでは、ほぼ毎週日曜日にジャズの無料ライブが開催されている。今週はクリスマスの特別企画として、金土日の3日間連続でライブがある。本日の出演者は
青木カレンさん、畑野圭慧さん、石川周之介さんのお三人。

青木カレンさんは、阿川泰子、真梨邑ケイらの系譜を継ぐ正統派美人ジャズシンガーだ。
初めて青木カレンさんを知ったのは、2011年にNHK 教育でオンエアされた「3か月トピック英会話・歌って発音マスター！～魅惑のスタンダードジャズ編」という番組だった。カレンさんは生徒役の森末慎二にジャズと英語の発音を教える先生として登場し、毎回選りすぐりのスタンダードナンバーを歌っていた。その正確で美しい英語の発声がとても心地好く、毎週楽しみにしていた。カレンさんはその当時から映画の挿入歌など歌っていたが、最近ではアニメ「ジョジョの奇妙な冒険」のオープニングテーマを大ヒットさせている。

今回初めて聴いた畑野圭慧（よしえ）さんの情熱的かつ繊細なピアノは掘り出し物だった。これから益々活躍するピアニストだろう。

廣尾湯
ファーストセットが終わりセカンドまで時間があったので、広尾プラザの目の前にある「廣尾湯」でひとっ風呂浴びることにした。ここは100年以上の歴史ある銭湯だ。

下足箱の鍵は松竹錠。四角い木の札は日本独特の巨大な鍵だが、銭湯が減った今、なぜか居酒屋チェーンで見ることのほうが多くなった。何でも飲食店で初めて導入したのは、すかいらーく系の「藍屋」らしい。

数年前にリニューアルしたので、新しくて綺麗なお風呂は気持ちいい。また洗い場は都会の銭湯の割りには、比較的広めにとってある。井戸水を汲み上げて沸かしているそうだ。
東京都の入浴料は480円だと思っていたが、最近500円に値上げしたようだ。500円で身も心も温まり、リフレッシュできるなら安いものだ。
一番風呂は地元の老人の憩いの場になっており、熱過ぎないお湯をゆったり楽しんだ。火照った身体にはコーヒー牛乳だ。

セカンドセット。
のんびりお湯に浸かっていたら、演奏は佳境に入っていた。季節柄クリスマスソングも楽しかったが、逆に季節外れの「SUMMER TIME」が迫力があって素晴らしかった。

それでは、広尾のお気に入りの店をいくつか列挙しよう。
ハンバーガー専門店「Homework's」（別日撮影）

1985年創業。広尾にハンバーガー専門店は多いが、ここはグルメバーガーの先駆け。アメリカのダイナーのような店内は雰囲気抜群。

オーソドックスなチーズバーガーはなかなかの実力。

明るい陽射しが差し込むテーブルで飲むビールも最高。

これはまた別日。この日はクラフトビールとフライドポテトだけ。ハンバーガー屋なのに、僕の場合ビールだけで利用させてもらうことも多い。

つばき食堂（別日撮影）
日曜に魚が食べたい時は前述の福田屋（日曜定休）を諦めて、山門の並びにある「つばき食堂」に行く。福島の高級干物店「伴助」の干物が食べられる店としても有名だ。

割烹着姿のおねえさん達が振る舞うおふくろの味は、都会のど真ん中にいることを一瞬忘れさせてくれる。

この日は、真さば味噌煮定食@980円を注文。
文句なしの旨さでした。

広尾のカレー （別日撮影）
つばき食堂の先を左に曲がったところにある「広尾のカレー」は、松本潤、相葉雅紀が「嵐にしやがれ」で来店して以来、嵐ファンの聖地になっている。

広尾でカレーが食べたくなったらcoco壱もあるが、ここの黒毛和牛のテールカレーがオススメ。松潤や相葉君が絶賛したというテールカレーの奥深い味に、インド人もびっくりだろう。

CANVAS TOKYO（別日撮影）
このカフェ、一見広そうに見えるが中は狭い。隠れ家みたいな2階のイートインスペースは居心地がいい。

オーストラリア流儀のロングブラックコーヒーを注文。お湯を先に注いでからエスプレッソを入れるので、上の方に香り高さを感じられる。

人気だとオススメされたオートミールチョコレートクッキーもいただく。

広尾散歩通りを見下ろせる窓が大きいので、ぽかぽかして気持ちいい。

かつ膳（別日撮影）
地元に愛される小さなとんかつ屋。

ヒレカツをあてにビールを飲む。

すると迷い込んだように若いカップルが入店。店主のお姉さんや常連さんはそんないちげんさんにも優しい。店内のテレビを見ながら、ほっこりできる気取らない店だ。

The restaurant
2020年7月に広尾商店街入口にオープンした新参者だが、名店17店が集結したレストランビルの実力は高い。

イタリア料理、メキシコ料理、スペイン料理、寿司屋、とんかつ、蕎麦屋、焼鳥屋、中華料理まで何でもござれ。

1階のブルーボトルコーヒー以外は全店舗キャッシュレスオンリーなので注意が必要。

「豚そば月や 東京」（別日撮影）
the restaurantの中でも特に人気のラーメン屋。
本店は博多の中洲にあり、東京進出第一号店だそうだ。

豚豚そば900円。
店のコピーには、「“豚骨”の概念を突き崩す透き通ったスープ。クリア豚骨ラーメン」とあるが、確かに豚骨のコクはしっかりあるのに、全く豚骨臭くない。豚骨の苦手な人でも大丈夫。最後の一滴まで飲み干しても罪悪感がさほど感じられない。

さ和長（別日撮影）
広尾駅のある広尾橋交差点を越えて、有栖川宮記念公園の方に向かうと、庶民派蕎麦屋「さ和長（サワチョウ）」がある。戦前のレトロな日本家屋はこのあたりでは珍しい。庶民派と言っても、蕎麦前もしっかり堪能できる本格的なお蕎麦屋さんだ。蕎麦前というのは蕎麦を食べる前に蕎麦屋のつまみでお酒をいただく、江戸っ子の粋な蕎麦の楽しみ方だ。つまみは板わさや玉子焼きが定番で、他にその店のお勧めでお酒をいただき、仕上げに蕎麦を手繰ってさっと帰る。店によっては蕎麦よりつまみの方が充実しているところもある。また大概の蕎麦屋には「天ぬき」なる裏メニューが存在しており、この「天ぬき」をつまみにお酒を飲むのも堪らない。「天ぬき」とは天ぷら蕎麦の蕎麦無しのこと。今よりだいぶ若かったころ、会社に軽妙洒脱な上司がいて、「かんだやぶそば」や「室町砂場」、銀座の「泰明庵」等によく連れて行ってくれた。その上司はウンチクを傾けるような野暮なことはせず、実践で蕎麦前文化なるものを教えてくれた。火事で建て替える前の「かんだやぶそば」で初めて「天ぬき」を頼んだ時は、大人の仲間入りが出来た気がした。

この日は「かきあげせいろ」だったが、蕎麦焼酎のそば湯割りもしっかり忘れていない。

BGM（別日撮影）
こだわりの珈琲が飲める小さなカフェ。

ロングブラックを注文。
内装も素敵だが、いかんせん狭い店なので入れないことも多い。

ひら匠（別日撮影）
中華の定食をがっつり食べたかったらここ。小洒落た店が多い広尾で、ボリューミーで濃いめの味付けにほっとする。豊富なメニューにリーズナブルな価格設定のため、ついつい利用してしまう。

炒飯セット。炒飯に半ラーメンがついて940円。半ラーメンと言っても結構な量なので、腹いっぱいになる。

セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ（別日撮影）

有栖川宮記念公園の入口手前にある珈琲チェーン店。スターバックスを始めとするシアトル発のチェーンは多いが、セガフレード・ザネッティ・エスプレッソはイタリア発なので店名通りエスプレッソ系が充実している。

とは言っても、僕はいつもビールかワインだが笑。

これもまた別日。この日もワインを飲んでる。

NATIONAL AZABU スーパーマーケット
広尾のセレブ御用達のインターナショナルスーパーマーケット。何しろ客の6割が外国人だと言うだけあって、海外の商品の品揃えが凄い。

権八西麻布（別日撮影）
西麻布の交差点に位置する権八は広尾じゃないと言われそうだが、広尾から歩いて行くことが多いので広尾カテゴリーに入れる。

東京を代表する居酒屋として、かつてはブッシュ大統領と小泉首相の居酒屋会談が行われたことでも有名。また、「キルビル」の青葉屋のモデル（美術監督：種田陽平）になった店として特別な存在だ。だから権八に入る時は、いつも頭の中で布袋寅泰の「キルビル」のテーマが鳴っている。この超有名な曲は「キルビル」の為に書き下ろされたと思われがちだが、実は布袋寅泰主演の「新・仁義なき戦い。」（阪本順治監督・2000年公開）の為に、布袋自身が書いたものだ。それをタランティーノが大いに気に入って、「キルビル」のテーマとしてそのまま使い世界中で大ヒットした。いくらタランティーノが日本映画好きとは言え、こんな映画まで観ているとはオタクにも程があるゾ。

夜は友人やクライアントと来ることが多かったが、ひとりでランチ使いにも重宝する。
特に新蕎麦の季節の天ぷらせいろそばは絶品だ。

バーガーマニア（別日撮影）
ここも好きなハンバーガー屋なのでよく訪れるが、この日は息子と来た。

僕はいつもチーズバーガーを頼むが、息子はチェリーバーガーがいいという。いやいや、甘いチェリーソースが肉に合うのか疑問だっだが、息子いわくめちゃくちゃ美味しいとのこと。

広尾プラザで毎週のように開催されているジャズのフリーライブは数えきれないくらい通っている。
過去に聴いたミュージシャンの画像を一部ではあるがランダムに貼付けてみよう。

明治屋がスポンサーとなり、TA高木氏をプロデューサーに迎えて、一流ミュージシャンをブッキングしている。

TA高木氏自身もジャズボーカリストで、ウッドベースやピアノも操る才人だ。

ここで初めて知ったジャズプレイヤーも多い。

ここは飲食禁止だが、いつもランチでアルコールを少々体内に入れるので、昼下がりのライブをいい心持ちで聴くことができる。

コロナで一時期休止していたが、8年前から毎週続いているのは凄い。太っ腹の明治屋に感謝しかない。

ストールをまとっている女性ミュージシャンが多いのは、同フロアにあるストール・ショールの専門店「アドリアナエポカ」が宣伝を兼ねて衣装として貸しているから。

広尾はかつては祥雲寺の門前町として発展したが、いつの間にか外国人だらけになってしまった。その理由としては、まず大使館がやたらと多いこと、そのためインターナショナルスクールが次々とできて外国人のコミュニティが確立していった。彼らにとって暮らしやすい街であることは間違いない。オープンカフェのテラス席は犬連れの外国人で埋まり、有栖川宮記念公園で遊ぶ子供たちの間では英語が飛び交っている。
また聖心女子大学や東京女学館などのお嬢様学校が広尾のイメージアップに貢献し、広尾ガーデンヒルズや広尾ガーデンフォレストの2大マンションはセレブの街・広尾の象徴だろう。
セレブには全く縁がないが、広尾にアンナミラーズがあった頃（1977年～2006年）から好きな街だった。近年は広尾プラザのジャズライブに来たついでに、天気がいい日は有栖川宮記念公園でのんびりし、気が向くと恵比寿を経由して代官山まで歩くこともある。