2022/11/11 - 2022/11/11
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2022年11月 秋の北陸3県の旅の第5日目は福井県のあわら温泉から岐阜県の飛騨高山までの旅です。北陸3県の旅でしたが、平日にもう一泊で帰路に岐阜県にも泊まることにしました。
その2は永平寺を出て勝山の平泉寺白山神社に行きます。国道158号線を走り沿道にある九頭竜湖を見ながら飛騨高山を目指します。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日は、高山に泊まるので時間があり平泉寺白山神社にやって来ました。
駐車場
下の方に広い駐車場がありますが、歩くのでこちらが便利です。
右奥にも広い駐車場があります。 -
平泉寺白山神社の全体図
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平泉寺白山神社
創建は717年です。明治時代までは比叡山延暦寺の末寺で霊応山平泉寺でしたが、神仏分離令により寺号を捨て神社となったものです。 -
手水舎
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杉木立の中の苔むした参道を進みます。
静かです。 -
二の鳥居
権現造という神仏習合時代のものです。
初めて見ました。 -
拝殿へ向かう参道の周りには木々の間に見事な苔が広がります。
苔寺とも別称される苔で有名な神社です。 -
拝殿
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本社は冬支度です。
ご祭神はイザナミノミコトです。 -
左奥に大国主命を祀る大汝社、本社の手前こちら側が天照大神の子でアメノオシホミミノミコトを祀る別山社です。
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更に奥へと歩きます。
静かです。
永平寺と比べて際立ちます。 -
奥に進むと三宮社があります。
安産の神様が祀られています。 -
三宮社から戻ります。
苔と杉木立の中の雰囲気の良い神社でした。 -
民家も冬支度です。
豪雪地帯ならでは雪囲いです。
この後、国道158号線を南下します。 -
紅葉の名所・九頭竜峡沿いの湯上発電所
54,000kwの発電所です。
紅葉は終わりです。 -
鷲ダム
高さ45.0m、堤体長277.0m、堤体積113,000立方メートルのコンクリート重力式アーチダムです。
1965年に着工し、1968年に竣工しています。 -
鷲ダムの水は発電に要するため下流の湯上発電所へトンネルで送られます。
ダム湖は上流の長野発電所の揚水発電の下池にもなっています。 -
九頭竜ダム下流面
下に広がるのは鷲ダムの調整池です。
高さ128.0m、堤体長355.0m、堤体積6,300,000立方メートルの傾斜土質遮水壁型ロックフィルダムです。
1962年着手、1965年から本格工事が始まり1968年に竣工します。
ダムは発電と洪水調節を目的とした多目的ダムです。
当初の計画が発電で後に旧建設省の洪水調節が参加します。負担割合も大きかったので電源開発会社が施工を担当しましたが、竣工後の管理は国土交通省です。
このダムも御母衣ダムと同様で大型ダンプはアメリカから会社が輸入し、建設会社に貸与して施工しています。(コマツが大型ダンプを供給するようになるのは70年代中盤以降です)
この後、1970年代に入ると大型ダンプを所有する建設会社が出て来ます。山〇建設とか一時期世間を騒がせた水〇建設などです。
一般にはなじみがないですが、大手建設会社の下請けとして大量土工事を請け負っています。
ダムの施工業者は鹿島建設(現鹿島)です。この業者選定には大きな事件が絡みます。
石川達三の映画化もされた金環食のモデルになった事件です。
ストーリーは、竹田建設が受注をもくろみ、これまでに会社のダムを施工してきた実績のある青山組(本社が青山にあった)を押す総裁を、通産を抱き込んで追い落とす。邪魔者がいなくなった会社と組んで受注に成功する。そして一緒になって工作した政治家に賄賂が贈られるというものです。
業者選定の事件は、指名競争入札で5社が参加する。会社の目途額に対して、最低落札額が設定される。
入札の結果、5社すべてが目途額を下回るも最低落札額を上回ったのは最高金額で札を入れた鹿島建設1社のみです。
他の4社は下回り失格となって同社が受注しました。
この経緯が問題だとして国会でも追及されました。更に関係したり追求したりしたものが不可解な死を遂げるなどしたが、うやむやになりました。
ここで?指名競争入札なので会社から指名を受ける必要があります。
指名を受けたのはこれまでの実績があった青山と北陸系の2社、これに竹田と他の1社です。
なぜ、竹田が指名されたのでしょうか? -
九頭竜ダム上流面
正面奥に見えるのは長野発電所の取水口です。
総貯水容量3億5千3百万立方メートル、有効貯水容量2億2千3百万立方メートル
日本の総貯水容量は上から、徳山、奥只見、田子倉、夕張シューパロ、御母衣と続き6番目が九頭竜です。
日本では屈指の大規模貯水池です。 -
国土交通省の九頭竜ダム管理所と洪水吐です。
九頭竜ダムのかつての名は長野ダムです。ここの地名を取って名付けられたのですが、長野県と混同するのではということから変えられました。
従って発電所は長野発電所です。 -
慰霊碑
ダム管理所脇にありました。
九頭竜ダムを始め発電所や鷲ダムなどの電源開発会社が関わった工事で亡くなられた方々人たちを慰霊するものです。
裏に名が記されていますが、100名近くだったと思います。
かつては大きな工事があるとこのような尊い犠牲があったのです。
合掌 -
ダム管理所でダムカードを貰います。
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ダムカード、国土交通省も電力会社も同じ仕様でした。
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管理所にあった九頭竜ダムのパネル写真です。
下流側からの写真が逆光だったので拝借しました。
ダムを造るのに適地だったことがよくわかります。
天から与えられた地です。 -
紅葉は終わりかけていますが、きれいなところです。
下に見えるのは長野発電所です。
九頭竜川の電源開発には電源開発会社と北陸電力が競合します。
結果、長野発電所と湯上発電所が電源開発会社、北陸電力は下流の西勝原第三発電所を担当することになりました。
長野発電所は、当初は貯水池を運用して発電する計画でしたが、揚水発電を加えた混合揚水の発電所に切り替わります。
戦前戦後は水力が主で石炭火力が従でしたので、御母衣などの開発が急がれました。
しかし、この時代は高度成長期に入り、家庭での電化製品の普及もあって多くの電力が必要となります。
また、石炭から石油へと変わり、旺盛な電力需要を賄うため石油火力発電所が建設されていきます。
更に、夜間の電灯需要から日中に電気を多く使う形態へと変化します。
これに伴い、昼間のピーク負荷を担うため、火力発電所の夜間の余剰電力を使って下池から上池に水をくみ上げ、昼間にこれを使い発電する揚水発電所が建設されます。
中部電力の高根第一発電所も同様の観点から同年代に作られた発電所です。 -
長野発電所
有効落差192.1m、最大使用水量130立方メートルを得て2台のポンプ水車発電機で220,000kwの電気を生み出します。
九頭竜ダム湖を上池、鷲ダムの調整池を下池とする混合揚水発電所です。地下発電所で発電した電気は、湯上発電所で発電された電気とこの開閉所で合わされ岐阜県の開閉所を経て中京圏へ送られます。
発生した電力は中部電力と北陸電力に引き取られます。
発電所の施工業者は〇〇工業です。ちなみに下の鷲ダムは前田建設です。どちらも北陸が創業の地です。
庄川水系のダム(民間ですが)の多くは富山が創業の地である佐藤工業です。
では、ダムの入札に指名された福井が創業の地の〇谷組は?
ここより少し前に同社の他の大きなダムを請け負っています。 -
箱ヶ瀬橋
九頭龍ダム湖にかかる国道158号線から対岸に渡るためにかけられた橋です。
全長266mのつり橋です。
本州と四国を結ぶ瀬戸大橋のプロトタイプとして1967年に建設されたものです。 -
橋の周辺も紅葉の美しいところですが、終わりかけていました。
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国道沿いのあちこちで中部縦貫自動車道の工事が見られました。
現在、この先の油坂峠まで完成しています。
今回、九十九折れの難所だったのがトンネルでスムーズに越すことが出来ました。
何年かすると九頭竜湖沿いのこの道も殆ど車が通らなくなるのでしょう。
油坂峠を越え、東海北陸縦貫道を通り、飛騨高山へ向かいます。 -
国道沿いのメタセコイアの綺麗な紅葉に思わず車を止めました。
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一帯が公園となっていてふるさとの碑がありました。
九頭竜ダム湖の湖底には530戸もの民家が没しています。
ここでも大きな犠牲が伴っていました。
九頭竜ダムは1962年に着手しますが、水没家屋の補償問題は1964年までの3年で解決されます。
国や地方自治体のダムにおいて補償問題がなかなか解決せず前に進まないのとは大きく異なります。何故でしょうか?
この時代はまだ環境問題が起きていなかったので、その辺を差し引かねばなりませんが、一つに開発には効果=便益/費用が1を越える必要があります。開発期間が長くなると費用は膨らみます。しかし、国などの場合は被害想定を膨らませれば便益が大きくなるので必ずしも早期に打開しなくとも困らない。これに対して、電力会社の場合は便益=料金となりますので長引かせられないと言う事情があります。
また、国などは交渉に際して多くは業者に委託しますが、電力会社の場合は殆どが社員で対応します。
社命を背負って解決しようとする努力があってこそ受け入れられたのでしょう。 -
今日の宿は高山市内のかみなか旅館です。
平日にもう一泊で、帰路の途中で宿を求めました。
当初、帰路の途中にある郡上八幡付近で探しました。
補助金目当てで、実質安く上げようと考えましたが、思うような宿が無かったり、奥に入ったりでよい宿が見つかりません。どうせならと言うことで高山にしました。
これが10月16日、そうこうしているうちに楽天トラベルの割り当て数が達したのか割引になりません。
翌17日にじゃらんで探すと旅行支援が受けられましたので、宮川沿いの宿を予約しました。
この後、駐車場を確認するためストリートビューを見てみますと宿全体が狭そうです。
バストイレ無しの宿ですので、コロナ禍考えるとと言うことで、少し料金が高くなりますが、こちらへ20日に変更しました。翌21日にはじゃらんも割当額が一杯となったようです。 -
中に入りました。
衝立があって、後ろが階段です。
右横に小部屋があって、奥が大広間です。 -
建物は国の有形登録文化財です。
この建物は明治時代の遊郭だったそうです。
2階に上がって文化財を見ます。 -
1階から2階に上がってきました。
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2階です。
右手前が階段、左側に部屋が並びます。
こちらは道路側に面した一般の部屋になります。
部屋数は楽天トラベルでは8室、じゃらんでは10室となっていましたが見て回った限りでは10室あるものの実際は8室で運用されているのではないかと思われました。
廊下は、絨毯が敷かれていますがかなりきしみますので、他の客がいると気になりそうです。 -
部屋の入口が変わっています。
翌日朝に撮影しているので部屋前の電灯が消えています。 -
入口の上に庇が載っているのですが、それぞれ異なります。
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奥にも部屋があります。
天井が変わっています。
今日泊まるのは、この先の奥まったところです。 -
正面が松の間、右の開き戸が竹の間です。
泊りは竹の間なので、名からすると格下です。
入口も名と同様、窮屈です。 -
文化財の部屋、純和風です。
建具は全て木材です。但し、古いのでおさまりが今一つです。
名は格下ですが角部屋です。
贅沢なことに外の紅葉が正面と横の二方向で見られます。
バス、トイレ、洗面台は有りませんので、これらは離れた共同のものを使います。一番遠い部屋です。 -
天井も変わっています。
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今では珍しい電話、テレビが大きすぎて窮屈です。
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クーポン券を貰いました。
ぎふ旅コインで、スマホにアプリを入れQRコードを読み取ります。
支払もスマホで決済します。
スマホを持たない人はもらえない仕組みのようです。
最も、紙ベースより効率化になっていると思うので、これもありかなと考えます。
年寄りには・・・ですが。 -
文化財の部屋から下の庭が見られます。
紅葉は終わりですが、まだ鑑賞に堪えられます。
この特権は隣の松の間と二部屋だけになります。
もちろん料金も高めです。 -
夜はライトアップされます。
紅葉は盛りが過ぎていましたが、ライトアップすると関係なく美しいです。
実は、今夜は一組の客しかいません。
即ち、この客ためだけのライトアップです。
何と贅沢な事でしょう。 -
風呂
文化財ではありません。
2ヵ所で男女別ではありません。貸切風呂となるのです。
今日はどちらも使用できましたので、別々、同時に入浴しました。
ここでも贅沢です。 -
風呂は、宿が小さい割には広めでゆったり入れます。
何せ独り占めです。 -
夕食は1階の小部屋で頂きます。
今日は少し冷えたので、ホットカーペットにひざ掛けが置いてありました。 -
川魚の甘露煮、ナスの田楽と柿の上に何かです。
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お造りと天ぷら
お造りはこんなもんですかというところですが、器を大きくする見栄えがもっと良くなると思いました。
天ぷらは上手に揚がっていました。
ころもが違います。とても美味しかったです。 -
牛肉の陶板焼きです。
基本コースは上の薄いものだけです。
下の右3枚が+アルファ、更に+で左が飛騨牛A5ランクです。
これを焼くために陶板が2枚ありました。
年寄りの小食家には少し多すぎたようで、「連れ」が残してこちらによこしました。 -
長芋の千切り
最初見て自分的にはうーんでしたが、かなり細く切ってあったので口当たりも良く美味しくいただけました。 -
ご飯を頂いて・・
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果物でご馳走様でした。
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