2022/11/21 - 2022/11/21
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umiumiさん
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京丹後の旅館で一泊した後、日本海を観て、丹波篠山を経由し、徳島に戻りました。
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本日の予定は、丹波篠山でお正月の黒豆を仕入れること。
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そして明石海峡大橋を渡って、帰ります。
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旅館の朝食に鯖のへしこがありました。
へしこは、魚を塩とヌカで漬けこんで作る魚の糠漬けのこと。
思いのほか癖がなく美味しかった。 -
日本海に車を走らせ、
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大成古墳群(おおなるこふんぐん)の辺りを歩きます。
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古墳群は立岩を見下ろす高台にあります。
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横穴式石室墳
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6世紀末から7世紀初めにかけて造られたもの。
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様々な出土品は、貴重な資料。
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立岩
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てんきてんき橋。
老朽化して、通行止めに。 -
聖徳太子と母の像です。
蘇我稲目の娘二人が、欽明天皇に嫁ぎ、
それぞれの子供・用明天皇と穴穂部間人皇女(あなほべのはしうどのひめみこ)。その二人の子供が聖徳太子。 -
間人皇后(はしうどこうごう)は、
6世紀末、大和政権を支えていた蘇我氏と物部氏ら豪族の争乱を避け、今の丹後町間人(たいざ)に身を寄せたそうです。
村人たちの手厚いもてなしへのお礼にと、この地を去る際、皇后は自らの名「間人」(はしうど)をこの地の名前に贈ります。村人たちは畏れ多いと、皇后が退座したことにちなみ、間人を「たいざ」と読んで地名としたようです。 -
少し車で移動すると、間人港。
間人ガニは、近場の漁場から日帰りした漁船から揚がる活ガニで、鮮度は格別。
間人ガニ(たいざがに)と読む理由が今回の旅で分かりました。 -
細川ガラシャの里の看板。
本能寺の変で、謀叛人の娘となり、幽閉されたところ。
歴史の足跡がここにも。 -
高速道路を走り、丹波篠山まで来ました。
黒豆で飛切というランクの物がありました。立派ですね。 -
仕入れたのは、普通の黒豆です。
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江戸時代、篠山城下町は商業の町として栄えました。
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この河原町一帯は、奥に長い建物が多く見られます。
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立派なうだつ。
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古民家が宿泊施設に。
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お昼をお蕎麦にしようと立ち寄りましたが、残念ながら1時間半待ちで諦めました。
結局、メタセコイアのあるインターチェンジ近くのレストランで焼肉定食。お肉屋さん直営で、行列が出来ていました。 -
明石海峡大橋
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淡路サービスエリアで休憩し、帰途に。
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夕飯は
旅館で頂いた丹後のばら寿司。
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この旅行記へのコメント (2)
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- tabinakanotaekoさん 2022/12/08 16:04:47
- 海の近くにも古墳があるんですね
- umiumiさん、
表紙の海の青さに不思議だなあと見惚れました。間人の言葉の解説が大変興味深かったです。覚えておけるかどうか自信がないけど、間人蟹の字に出合うことがあれば、きっとumiumiさんを思い出すわ。
taeko
- umiumiさん からの返信 2022/12/09 06:12:16
- Re: 海の近くにも古墳があるんですね
- taekoさん
長い解説を読んで頂いて、ありがとうございます。
日本各地、読めない地名がありますが、間人は読めないはずですね。
umiumi
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