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さきたま古墳公園にある大きな9基の古墳群、3つの博物館(「さきたま史跡の博物館」「将軍山古墳展示館」「行田市郷土博物館」)、忍城跡をレンタルサイクルを使って観光しました。<br /><br />●博物館<br />展示物がとても充実しているのに、入館料が安すぎて驚きました。<br />・埼玉県立さきたま史跡の博物館・将軍山古墳展示館   200円<br />・行田市郷土博物館(忍城跡にある博物館)200円<br /><br />●忍城跡<br />「行田市郷土博物館」入口自動ドア前に「日本100名城(続日本100名城)」のスタンプが置いてありました。お城の外観は、博物館に入館しなくても見学できます。

【さきたま古墳公園・忍城跡 2/2】3つの博物館と忍城跡

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2022/11/03 - 2022/11/03

570位(同エリア677件中)

旅行記グループ 221103 埼玉

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araki11

araki11さん

この旅行記のスケジュール

2022/11/03

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さきたま古墳公園にある大きな9基の古墳群、3つの博物館(「さきたま史跡の博物館」「将軍山古墳展示館」「行田市郷土博物館」)、忍城跡をレンタルサイクルを使って観光しました。

●博物館
展示物がとても充実しているのに、入館料が安すぎて驚きました。
・埼玉県立さきたま史跡の博物館・将軍山古墳展示館 200円
・行田市郷土博物館(忍城跡にある博物館)200円

●忍城跡
「行田市郷土博物館」入口自動ドア前に「日本100名城(続日本100名城)」のスタンプが置いてありました。お城の外観は、博物館に入館しなくても見学できます。

旅行の満足度
4.0
  • 埼玉県名発祥の地<br />武蔵(むさし)の国の埼玉(さきたま)郡のことで、現在の埼玉県の熊谷・行田・羽生周辺をいう。<br />奈良時代に編纂された『万葉集』に、「埼玉(さきたま)の」と詠んでいる歌は2首あるそう。

    埼玉県名発祥の地
    武蔵(むさし)の国の埼玉(さきたま)郡のことで、現在の埼玉県の熊谷・行田・羽生周辺をいう。
    奈良時代に編纂された『万葉集』に、「埼玉(さきたま)の」と詠んでいる歌は2首あるそう。

  • 「さきたま史跡の博物館」では、古墳から出土された埴輪、須恵器、勾玉などを見学することができる。

    「さきたま史跡の博物館」では、古墳から出土された埴輪、須恵器、勾玉などを見学することができる。

    県立さきたま史跡の博物館 美術館・博物館

  • さきたま古墳が建造されたのは、5世紀末から7世紀。 (古墳時代 :西暦300年~600年頃)

    さきたま古墳が建造されたのは、5世紀末から7世紀。 (古墳時代 :西暦300年~600年頃)

  • 古墳に葬られている人がどのような人なのか?は定かではなく、次の2説がある。<br />・武蔵の国の覇権を巡って、南武蔵と北武蔵で大規模な戦闘があった(『日本書紀』)ときに勝利を収めた、近畿方面からの援護を受けた勢力の古墳とする説。<br />・元々近畿方面から開墾等を目的で派遣された人々のものの古墳とする説。

    古墳に葬られている人がどのような人なのか?は定かではなく、次の2説がある。
    ・武蔵の国の覇権を巡って、南武蔵と北武蔵で大規模な戦闘があった(『日本書紀』)ときに勝利を収めた、近畿方面からの援護を受けた勢力の古墳とする説。
    ・元々近畿方面から開墾等を目的で派遣された人々のものの古墳とする説。

  • 「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)<br />「稲荷山古墳」から出土した全長73.5cmの刀で国宝。金色の漢字、全部で115文字が書かれている。 <br /><br /> 内容は、『「辛亥年」(西暦471年)に「ヲワケの臣」(という人物)が、<br />「杖刀人首」(「杖刀人」(刀剣で武装した人)のトップ)として<br />「ワカタケル大王」(雄略天皇)に仕えた。』<br />ことを示している。<br /><br />雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)は、5世紀後半の天皇で、記紀では第21代に数えられる。

    「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)
    「稲荷山古墳」から出土した全長73.5cmの刀で国宝。金色の漢字、全部で115文字が書かれている。

    内容は、『「辛亥年」(西暦471年)に「ヲワケの臣」(という人物)が、
    「杖刀人首」(「杖刀人」(刀剣で武装した人)のトップ)として
    「ワカタケル大王」(雄略天皇)に仕えた。』
    ことを示している。

    雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)は、5世紀後半の天皇で、記紀では第21代に数えられる。

  • 古墳から出土した、家形や水鳥、盾、人物を模した埴輪。<br />人物は琴を弾く男子や馬を引く男子、首飾りを付けた女子なども展示されている。

    古墳から出土した、家形や水鳥、盾、人物を模した埴輪。
    人物は琴を弾く男子や馬を引く男子、首飾りを付けた女子なども展示されている。

  • 埴輪の姿は、いつ見ても癒やされる。

    埴輪の姿は、いつ見ても癒やされる。

  • 企画展「家形埴輪」が開催されていた。

    企画展「家形埴輪」が開催されていた。

  • 面白い形の家々が展示されている。

    面白い形の家々が展示されている。

  • まが玉づくりセット購入。(白:300円)<br />

    まが玉づくりセット購入。(白:300円)

  • 作り方。

    作り方。

  • 完成すると、こうなる予定。^_^

    完成すると、こうなる予定。^_^

  • 「将軍山古墳展示館」<br />将軍山古墳の下にある。

    「将軍山古墳展示館」
    将軍山古墳の下にある。

  • 石室に使われた石。

    石室に使われた石。

  • 前方部墳丘断面の様子。

    前方部墳丘断面の様子。

  • 武具を付けて馬に乗った武者の実物大?の模型が展示されている。装飾品がキラキラして豪華。

    武具を付けて馬に乗った武者の実物大?の模型が展示されている。装飾品がキラキラして豪華。

  • 名称と説明。<br />

    名称と説明。

  • 馬冑(ばちゅう)<br />馬の頭部を守る鉄製の冑(かぶと)が出土。国内の出土が3例と少なく、大変珍しい遺物とのこと。

    馬冑(ばちゅう)
    馬の頭部を守る鉄製の冑(かぶと)が出土。国内の出土が3例と少なく、大変珍しい遺物とのこと。

  • 2階に上がると、復原されたリアルな横穴式石室を見ることができる。

    2階に上がると、復原されたリアルな横穴式石室を見ることができる。

  • 副葬品の名称。

    副葬品の名称。

  • 「行田市郷土博物館」<br />忍城(おしじょう)の本丸跡地に位置する博物館で、忍城の三重櫓とつながっている。<br /><br />古代から現代までの行田の歴史と文化に関する多くの実物資料、足袋製造の歴史と工程などが展示されていた。<br /><br />映像による忍城の歴史がすごく分かりやすかった。

    「行田市郷土博物館」
    忍城(おしじょう)の本丸跡地に位置する博物館で、忍城の三重櫓とつながっている。

    古代から現代までの行田の歴史と文化に関する多くの実物資料、足袋製造の歴史と工程などが展示されていた。

    映像による忍城の歴史がすごく分かりやすかった。

    行田市郷土博物館 美術館・博物館

  • 忍城跡の碑。

    忍城跡の碑。

    忍城址 名所・史跡

  • 忍城の由来<br />1469~1486に、山内上杉氏配下の豪族成田氏が築城した。<br /><br />1590年、豊臣秀吉と小田原北条氏の戦い(小田原の役)で、石田三成らによる水攻めにも果敢に耐えた。<br />水攻めの際、忍城は周囲よりも少し高い地形にあったため、水に沈まず浮いたように見えたことから、「浮き城」の別名が生まれたと伝えられている。<br /><br />その後、成田氏100年の支配が終焉し、徳川家康の持ち城となる。江戸時代、忍藩十万石の居城として、阿部氏や松平氏が城主を勤めた。<br />

    忍城の由来
    1469~1486に、山内上杉氏配下の豪族成田氏が築城した。

    1590年、豊臣秀吉と小田原北条氏の戦い(小田原の役)で、石田三成らによる水攻めにも果敢に耐えた。
    水攻めの際、忍城は周囲よりも少し高い地形にあったため、水に沈まず浮いたように見えたことから、「浮き城」の別名が生まれたと伝えられている。

    その後、成田氏100年の支配が終焉し、徳川家康の持ち城となる。江戸時代、忍藩十万石の居城として、阿部氏や松平氏が城主を勤めた。

  • 忍城<br />現在の「忍城御三階櫓」は、昭和63年に再建されたもの。<br />

    忍城
    現在の「忍城御三階櫓」は、昭和63年に再建されたもの。

  • 忍城<br />内部は郷土博物館の展示室の一部となっていて、最上階からは市内が一望できる。

    忍城
    内部は郷土博物館の展示室の一部となっていて、最上階からは市内が一望できる。

  • 忍の時鐘楼跡<br />鐘は、奥平松平家が桑名時代に鋳造したもの。転封の多かった松平忠雅(初代忠明の孫。白河→山形→福山→桑名)が安住を願って造ったのが初代の鐘。それが息子の忠刻の時に火災で焼けたので改めて造ったのが二代目。これが忍に持ち込まれた。<br />

    忍の時鐘楼跡
    鐘は、奥平松平家が桑名時代に鋳造したもの。転封の多かった松平忠雅(初代忠明の孫。白河→山形→福山→桑名)が安住を願って造ったのが初代の鐘。それが息子の忠刻の時に火災で焼けたので改めて造ったのが二代目。これが忍に持ち込まれた。

  • 16:00 行田駅に到着。自転車を返却して帰宅します。m(__)m<br />

    16:00 行田駅に到着。自転車を返却して帰宅します。m(__)m

    行田駅

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