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今回も深川とは関係ない話で申し訳ありませんが、ちょっとだけ印象に残る経験をしたので、聞いてください。<br />小学一年生の頃から知り合って、学校から帰るといつも一緒に遊んでいた友人の葬式に出た帰り、故郷の駅のエレベーターに乗ろうとすると、閉じかかったドアを開けて待ってくれた婦人がいました。<br />「東京の方ですか?」と聞いてきたので「え、まあ、東京の隣です」なんて曖昧な返事をしましたが、「こんな田舎の人ではないと思いました」などとお世辞の上手な人でした。「でも、この町には20歳までいたのですよ」<br />「それなら私の主人のいた中学校で学んだりしたりして」と話しだしました。内藤といいます」「えっ じゃあ 内藤セパン?」思わず気楽になって、内藤先生のあだ名を言ってしまった。聞いているのかいないのか、反応はなかった。<br />調子にのって、あの先生は嫌いでした、なにせ陰険な人でね。なんて言わなくてよかったー。<br />「娘が筑波に住んでいるので、これから会いに行くのですよ、私は97歳ですが、筑波までは7回乗り換えがあるのですよ」。「娘さんて千秋さんですか?」「ええ、そうです」。自慢したかったのでしょうね、でも自慢をしても許される立派な人のご母堂です。<br />このお話好きな老婦人こそ、館林市の名誉市民で日本人初の女性宇宙飛行士、医学博士の向井千秋さんのお母さんなのでした。<br />

 清澄庭園  東京歴史散歩 26 深川 2

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2022/10/15 - 2022/10/15

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pedaru

pedaruさん

今回も深川とは関係ない話で申し訳ありませんが、ちょっとだけ印象に残る経験をしたので、聞いてください。
小学一年生の頃から知り合って、学校から帰るといつも一緒に遊んでいた友人の葬式に出た帰り、故郷の駅のエレベーターに乗ろうとすると、閉じかかったドアを開けて待ってくれた婦人がいました。
「東京の方ですか?」と聞いてきたので「え、まあ、東京の隣です」なんて曖昧な返事をしましたが、「こんな田舎の人ではないと思いました」などとお世辞の上手な人でした。「でも、この町には20歳までいたのですよ」
「それなら私の主人のいた中学校で学んだりしたりして」と話しだしました。内藤といいます」「えっ じゃあ 内藤セパン?」思わず気楽になって、内藤先生のあだ名を言ってしまった。聞いているのかいないのか、反応はなかった。
調子にのって、あの先生は嫌いでした、なにせ陰険な人でね。なんて言わなくてよかったー。
「娘が筑波に住んでいるので、これから会いに行くのですよ、私は97歳ですが、筑波までは7回乗り換えがあるのですよ」。「娘さんて千秋さんですか?」「ええ、そうです」。自慢したかったのでしょうね、でも自慢をしても許される立派な人のご母堂です。
このお話好きな老婦人こそ、館林市の名誉市民で日本人初の女性宇宙飛行士、医学博士の向井千秋さんのお母さんなのでした。

同行者
一人旅
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 清澄庭園に来ました。<br />特別企画展示、神獣とハートの森の仲間たち、というわけのわからないテーマの企画展がありました。<br />清澄庭園内の大正記念館で。

    清澄庭園に来ました。
    特別企画展示、神獣とハートの森の仲間たち、というわけのわからないテーマの企画展がありました。
    清澄庭園内の大正記念館で。

  • なるほどたくさんのハートがあり、手を叩くと光ります。<br />江東区の特別支援学校の生徒たちが、マスキングテープで制作したそうです。<br />「ハートの森」と呼んでいます。

    なるほどたくさんのハートがあり、手を叩くと光ります。
    江東区の特別支援学校の生徒たちが、マスキングテープで制作したそうです。
    「ハートの森」と呼んでいます。

  • 新進気鋭の現代アーティスト小松美羽氏が描いた「大絵馬」が飾られています。

    新進気鋭の現代アーティスト小松美羽氏が描いた「大絵馬」が飾られています。

  • 芸術漬けになった頭を冷やしに庭に出ました。<br />文字通り飛び石があります。

    芸術漬けになった頭を冷やしに庭に出ました。
    文字通り飛び石があります。

  • 清澄庭園<br />元禄年間に紀伊国屋文左衛門の別荘のあったところと伝えられます。<br />その後関宿(千葉県)の大名久世大和守の下屋敷となりました。明治11年<br />三菱財閥の創立者岩崎弥太郎の別邸として庭園の整備が進められたということです。

    清澄庭園
    元禄年間に紀伊国屋文左衛門の別荘のあったところと伝えられます。
    その後関宿(千葉県)の大名久世大和守の下屋敷となりました。明治11年
    三菱財閥の創立者岩崎弥太郎の別邸として庭園の整備が進められたということです。

  • 大きな一枚板の石がありました。碑文が刻まれる石碑などの使われている石ですね。<br />江戸時代はここから舟にのって庭園を回遊する池泉舟遊式庭園でした。

    大きな一枚板の石がありました。碑文が刻まれる石碑などの使われている石ですね。
    江戸時代はここから舟にのって庭園を回遊する池泉舟遊式庭園でした。

  • 柔らかな緑を水面に写しております。

    柔らかな緑を水面に写しております。

  • 亀が近寄って来ました。おや、スッポンですね。<br />息子が子供の頃、飼っていたのでおなじみです。

    亀が近寄って来ました。おや、スッポンですね。
    息子が子供の頃、飼っていたのでおなじみです。

  • 池に面して建つ数寄屋造りの涼亭は、1909年、国賓として来日したイギリスのキッチナー元帥を迎えるため、岩崎家が造営したものだそうです。

    池に面して建つ数寄屋造りの涼亭は、1909年、国賓として来日したイギリスのキッチナー元帥を迎えるため、岩崎家が造営したものだそうです。

  • 島に渡るにはこの風情ある土橋を渡ります。

    島に渡るにはこの風情ある土橋を渡ります。

  • 石仏群がありました。<br />庚申塔、供養塔、馬頭観音などがあります。

    石仏群がありました。
    庚申塔、供養塔、馬頭観音などがあります。

  • 全国から名石が集められています。<br />赤みを帯びた伊豆石

    全国から名石が集められています。
    赤みを帯びた伊豆石

  • これも伊豆石

    これも伊豆石

  • 松の木の下で寛ぐ水鳥たち

    松の木の下で寛ぐ水鳥たち

  • 伊予青石の水鉢

    伊予青石の水鉢

  • 紀州青石

    紀州青石

  • 紀州青石

    紀州青石

  • 紀州青石

    紀州青石

  • 伊豆川奈石

    伊豆川奈石

  • 真鶴石 カバのような形です。

    真鶴石 カバのような形です。

  • 広場でくつろぐ人々

    広場でくつろぐ人々

  • 伊豆磯石

    伊豆磯石

  • 伊豆石

    伊豆石

  • 紀州青石

    紀州青石

  • 伊豆磯石

    伊豆磯石

  • 伊豆青石

    伊豆青石

  • 伊予青石

    伊予青石

  • 紀州青石<br /><br />全国から集めたと言うけれど・・・・<br />あったのは伊豆、伊予、紀州だけだったけど・・・・

    紀州青石

    全国から集めたと言うけれど・・・・
    あったのは伊豆、伊予、紀州だけだったけど・・・・

  • 伊豆式根島石<br />自分が石を好きなので、こんないっぱい写してしまいました。<br />興味のない方はスルーしてください。今頃言っても遅いかっ

    伊豆式根島石
    自分が石を好きなので、こんないっぱい写してしまいました。
    興味のない方はスルーしてください。今頃言っても遅いかっ

  • この猫の絵、抜群にかわいいね!

    この猫の絵、抜群にかわいいね!

  • 飛び石 歳のせいか落ちそうで怖かったなぁ。

    飛び石 歳のせいか落ちそうで怖かったなぁ。

  • これも飛び石<br />ポンペイの道横断石に似ています。

    これも飛び石
    ポンペイの道横断石に似ています。

  • おしゃれな石橋です。ブリジストン

    おしゃれな石橋です。ブリジストン

  • 清澄庭園からほど近いところに「平賀源内電気実験の地」があります。<br />平賀源内が1776(安永5)年にエレキテルの実験を行った別宅跡です。

    清澄庭園からほど近いところに「平賀源内電気実験の地」があります。
    平賀源内が1776(安永5)年にエレキテルの実験を行った別宅跡です。

  • 日本セメント研究所<br />研究所と言っても、広い敷地に大きな建物が建ち、トラックも出入りしていました。<br />この研究所の塀をぐるっと回っても、記念碑が見つけられないので、作業中の人に訊きました。

    日本セメント研究所
    研究所と言っても、広い敷地に大きな建物が建ち、トラックも出入りしていました。
    この研究所の塀をぐるっと回っても、記念碑が見つけられないので、作業中の人に訊きました。

  • 教えてくれた場所は道路際の空き地にありました。<br />日本セメント発祥の地に立つ、創業者浅野総一郎の銅像。<br /><br />渋沢栄一、安田善次郎の支援を受けて、数々の事業を起こし、浅野財閥を築きました。<br />人夫にまじり真っ黒になって石炭を運ぶ浅野を見て、渋沢栄一は驚嘆したといいいます。   ウィキペディアより

    教えてくれた場所は道路際の空き地にありました。
    日本セメント発祥の地に立つ、創業者浅野総一郎の銅像。

    渋沢栄一、安田善次郎の支援を受けて、数々の事業を起こし、浅野財閥を築きました。
    人夫にまじり真っ黒になって石炭を運ぶ浅野を見て、渋沢栄一は驚嘆したといいいます。   ウィキペディアより

  • 「本邦セメント工業発祥の地」の記念碑です。

    「本邦セメント工業発祥の地」の記念碑です。

  • 明治22年、横浜港築港工事の際、堤防基礎用として海中に沈められて昭和6年引き上げられましたが、何の損傷もありませんでした。<br />これはアサノポルトランドセメントを使用した優れた品質を証明しました。<br />

    明治22年、横浜港築港工事の際、堤防基礎用として海中に沈められて昭和6年引き上げられましたが、何の損傷もありませんでした。
    これはアサノポルトランドセメントを使用した優れた品質を証明しました。

  • 採茶庵跡(さいちゃあん)<br />海辺橋を渡ると、南詰西側に、芭蕉の門人、杉山杉風(すぎやまさんぷう)の別邸<br />「採茶庵」があり、芭蕉もしばしば訪れたそうです。<br />奥の細道の旅は、ここから舟に乗り隅田川をさかのぼり、千住の宿へでて始まったと伝えられています。

    採茶庵跡(さいちゃあん)
    海辺橋を渡ると、南詰西側に、芭蕉の門人、杉山杉風(すぎやまさんぷう)の別邸
    「採茶庵」があり、芭蕉もしばしば訪れたそうです。
    奥の細道の旅は、ここから舟に乗り隅田川をさかのぼり、千住の宿へでて始まったと伝えられています。

  • 仙台堀川沿いに芭蕉俳句の散歩道がありました。

    仙台堀川沿いに芭蕉俳句の散歩道がありました。

  • 心行寺という寺にやってきました。<br />奈良平安朝様式にデザインされ昭和43年に落成されたということです。

    心行寺という寺にやってきました。
    奈良平安朝様式にデザインされ昭和43年に落成されたということです。

  • 宝篋印塔<br />文化文政のころ、江戸の名妓であった川口直が夫の忠七の菩提を弔うため建てたものです。太田蜀山人の作詞した清元「北修」に節つけしたことで有名ですが、墨田村から小梅村まで楓を独力で植樹したそうです。幕末には紅葉が深川名所になったということです。<br />

    宝篋印塔
    文化文政のころ、江戸の名妓であった川口直が夫の忠七の菩提を弔うため建てたものです。太田蜀山人の作詞した清元「北修」に節つけしたことで有名ですが、墨田村から小梅村まで楓を独力で植樹したそうです。幕末には紅葉が深川名所になったということです。

  • 影窓院地蔵<br />江戸時代から信仰をあつめたお地蔵様です。

    影窓院地蔵
    江戸時代から信仰をあつめたお地蔵様です。

  • この五重石塔には「元亨四年三月二十四日」と刻まれており、周辺でもっとも古い金石文の一つです。

    この五重石塔には「元亨四年三月二十四日」と刻まれており、周辺でもっとも古い金石文の一つです。

  • 高速道路をくぐって100mほど行くと、伊能忠敬の旧居の碑があります。<br />碑があるというだけで、普通のマンションがあるだけです。<br /><br />

    高速道路をくぐって100mほど行くと、伊能忠敬の旧居の碑があります。
    碑があるというだけで、普通のマンションがあるだけです。

  • 伊能忠敬はここから毎日蔵前の天文台まで、歩測をしながら通ったということです。<br />グーグルマップで調べてみると歩きで約50分はかかるようです。

    伊能忠敬はここから毎日蔵前の天文台まで、歩測をしながら通ったということです。
    グーグルマップで調べてみると歩きで約50分はかかるようです。

  • この古地図には富岡八幡宮がイラスト入りで乗っております。

    この古地図には富岡八幡宮がイラスト入りで乗っております。

  • 自然石を利用した手水石です。まわりの飾りは柱状節理。

    自然石を利用した手水石です。まわりの飾りは柱状節理。

  • 富岡八幡宮<br />赤いつつじと桜が咲いています。歌川広重と絵、

    富岡八幡宮
    赤いつつじと桜が咲いています。歌川広重と絵、

  • 富岡八幡宮<br /> 長盛上人の創建した神社です。<br />祭礼は神田明神、日枝神社、浅草神社と並ぶ、盛大なものです。<br />神輿の渡御があり、沿道の人々が力水をぶっかけて盛り上げます。

    富岡八幡宮
     長盛上人の創建した神社です。
    祭礼は神田明神、日枝神社、浅草神社と並ぶ、盛大なものです。
    神輿の渡御があり、沿道の人々が力水をぶっかけて盛り上げます。

  • 富岡八幡宮にもアートパラはありました。

    富岡八幡宮にもアートパラはありました。

  • 木立の中に深川力持ちの碑があります。<br />力持ちは江戸時代に隅田川沿いの蔵の荷物担ぎが石をもちあげて力を競ったことから始まりました。<br />深川の力持は都の無形民俗文化財に指定されています。

    木立の中に深川力持ちの碑があります。
    力持ちは江戸時代に隅田川沿いの蔵の荷物担ぎが石をもちあげて力を競ったことから始まりました。
    深川の力持は都の無形民俗文化財に指定されています。

  • 境内には子供たちのオリジナル絵馬が飾られていました。

    境内には子供たちのオリジナル絵馬が飾られていました。

  • 都会とは思えない森があります。

    都会とは思えない森があります。

  • 神社の裏にあったのは、横綱力士の碑です。<br />幕末の名力士陣幕久五郎が中心となって1895年に建設されました。この碑は1684(貞享元)年から1833(天保4)年の約150年間、この境内で勧進相撲が行われたことを記念したものです。

    神社の裏にあったのは、横綱力士の碑です。
    幕末の名力士陣幕久五郎が中心となって1895年に建設されました。この碑は1684(貞享元)年から1833(天保4)年の約150年間、この境内で勧進相撲が行われたことを記念したものです。

  • 国産最古の鋳鉄製の八幡橋(国重文)です。<br />1878(明治11)年工部省赤羽製作所で製造され、中央区の楓川に弾正橋として架けられたもので、1929(昭和4)年現在地に移されました。富岡八幡宮の隣にあるので八幡橋(はちまんばし)と改称されました。

    国産最古の鋳鉄製の八幡橋(国重文)です。
    1878(明治11)年工部省赤羽製作所で製造され、中央区の楓川に弾正橋として架けられたもので、1929(昭和4)年現在地に移されました。富岡八幡宮の隣にあるので八幡橋(はちまんばし)と改称されました。

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この旅行記へのコメント (16)

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  • 旅猫さん 2023/01/01 10:09:16
    清澄庭園
    pedaruさん、あけましておめでとうございます。

    新年ですね。
    今年も、どうぞよろしくお願いします。
    さて、清澄庭園ですが、記憶が定かではありません。
    行ったような、行ってないような。
    銘石が多いのですね。
    やはり、観た記憶が無いような気がします。
    それにしても、すっぽんって、池に普通に泳いでいて良いものなのでしょうか(^^;

    富岡八幡宮も、江戸の頃は風情があったのでしょうね。
    多くの神社は、明治の神社整理で集められ、その影響もあり、残った神社が立派に整備され過ぎたことで、どこも風情が無くなってしまいました。
    今は、鉄筋コンクリート造りも増えましたし。
    散歩が出来る鎮守の森があるような神社が好きだな。

    旅猫

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2023/01/02 04:56:55
    RE: 清澄庭園

    旅猫さん あけましておめでとうございます

    お祝詞ありがとうございました。
    昔は新年に歳をとりましたから、この年になるとめでたくもあり、めでたくもなしという一休の心境が少しわかる気がします(笑)。

    東京の大名庭園が現代に残されて、私たちはその恩恵を受けていますね。土地の値段が狂気のような東京にこのような空間があるのは貴重です。

    江戸期の地図がネットでは閲覧出来て、それに広重の絵など見ると、江戸の風情を想像することができますね。少しでも風情ある家屋などは、観光資源としても補助金をだしても
    残してもらいたいと思います。

    旅猫さんは、東京のみならず、フットワークよく、地方の各地を旅しておりますね。
    どうもその点踏み切れずにいる自分が歯がゆいのですが、やはり、自由な猫には適いません(笑)。

    今年もよろしくお願いします。

    pedaru
  • フィーコさん 2022/12/21 22:24:41
    そもそも97まで生きられません。
    pedaruさん こんばんは。

    深川散歩。
    清澄庭園、行ったような行かなかったような?
    記憶が曖昧です。
    芭蕉の出発地は覚えてましたし、鶴岡八幡宮はあの事件直後だったので行った記憶あります。
    同じエリアを徘徊したようです。

    石、
    『興味のない方はスルーしてください。今頃言っても遅いかっ』

    おそーい!全部見た後でした。

    真鶴石がカバみたいな形とpedaruさん。
    私は伊豆川奈石が 両脚ふくらはぎの人体解剖図(皮膚を剥がした筋肉や筋)に見えるのですが 私だけ?
    丁度2本あるし。

    向井千秋さん、凄い方だと思っていましたが、お母様も凄いですね。
    97歳にして7回乗換えで筑波へ行く!しかも自力で!
    私はもっと早くこの世からお別れするので真似は絶対出来ないでしょう。
    でも、千葉から新宿渋谷が遠いなんて言ってる時点でアウトだと思ったので今度渋谷へお出掛けしてみます。ってレベルが違い過ぎます(笑)

    フィーコ

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/22 06:50:52
    RE: そもそも97まで生きられません。

    フィーコさん おはようございます

    > 石、
    > 『興味のない方はスルーしてください。今頃言っても遅いかっ』
    >
    > おそーい!全部見た後でした。

    アハハ ナイスリアクション!!

    川奈石が人体解剖図のようだ、フィーコさんの内面を垣間見た気がします。

    丁度フィレンツェのスぺコーラ美術館にあるやつですね。フィーコさんはすでに
    見てくださっているかとおもいますが、URLを貼っておきます。

    https://4travel.jp/travelogue/11308729

    97歳のお母さん、私も真似できません。なにしろ先日市内の病院に自転車で行ったところ、帰りにちょっとわき道に入ったら、迷ってしまって、家に帰れなくなるのか、不安にかられました。家人に話すと、馬鹿にされるので黙っておるpedaruであります。

    フィーコさん197歳は無理でしょうが、97歳は楽勝でしょう、近頃の女性は長生きですからねー。

    pedaru

  • cheriko330さん 2022/12/20 09:55:07
    清澄庭園♪
    pedaruさん、おはようございます(^^

    寒くなりましたね~。この冬は早い初雪で、こちらは薄っすらと雪も
    積もりました。

    清澄庭園は気にながら、行ったことがないのです。上京前に拝見して
    いたなら、きっと伺っていたことでしょう。
    岩崎家の寄贈によるものだったのですね。元々は紀伊国屋文左衛門の
    別荘だったそうで優雅ですね。
    こちらには、pedaruさんもお好きな石がたくさんあり、次に行った
    時には旅行記を参考に色んな石も拝見したいです。

    富岡八幡宮の手水石は柱状節理で周りを飾られていて、面白いですね。
    子供たちが作った絵馬も可愛いです。
    この辺りは、伊能忠敬の旧居の碑もあったり歴史散歩には、もって来い
    ですね。

    時どき出てくるpedaru家の日本庭園、一度拝見に伺いたいものです。
    多少の拝観料はお支払いしますので(笑)

     cheriko330

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/21 06:24:50
    RE: 清澄庭園♪

    cheriko330さん おはようございます

    そちらではもう初雪が降りましたか、うっすらと積もる雪の風情は素敵ですね。
    九州というと暖かい所という先入観がありますが、関東より雪が多いのですね。

    清澄庭園に初雪が降れば、最高の景色になることでしょう。

    cherikoさんは何にでも興味を持たれる方ですから、清澄庭園も興味の範疇だとおもいますが、京都の寺の庭とは格が違います。わざわざ来る価値があるかどうかは、疑問です(笑)。

    我が家の庭は、地方の方々の庭に比べたら、狭くて、歩けば木の枝に頭ゴッツンコ、
    ですから帽子かヘルメット着用が義務付けられています。
    3年前にモチノキに巣箱をとりつけたのですが、一度住みつきかけた小鳥ちゃんがいたほかは、いまだに住民小鳥がいません。どんな宣伝をしたら、住んでくれるでしょうか?
    「敷金、礼金なし、住んでくれた小鳥さんには、毎日パンくずを無料提供いたします」
    なんて、ポスター貼ろうかな?
    字の読めるインテリ小鳥さんが入居してくれるとうれしいのですが。

    というような庭ですので、見学無料ですが、鯉のえさと、パンくず持参でお越しをお待ちしております。

    pedaru
  • 前日光さん 2022/12/18 23:51:30
    またいつもの冗談かと。。。(^^;)
    師匠、こんばんは。
    冒頭の向井千秋さんのお母様との出会い、失礼ながらいつもの誇大妄想が招いた冗談か?と思ってしまいました。
    でも確かに向井さんは館林出身でしたよね?
    師匠と偶然に出会われたとしても、何の不思議もありません。
    それにしても97歳で、一人で電車乗り換えて筑波へって。
    やっぱり並みの人ではありませんね。
    私のようにやって来た電車に思わず飛び乗ったら、反対方向行きだったなんてことは、この方に関してはないことなのでしょう(^◇^;)

    清澄庭園は、娘が清澄白河に住んでいるので、一度だけ行ったことがあります。
    そうそう、たくさんの大きな石がありました。
    伊豆石って、私も覚えています。
    それから芭蕉がここから奥の細道の旅に出たという場所もありました。

    深川不動は、昔からあるのですね(O_O)
    あの血なまぐさい事件があった直後に、ここがよく見えるホテルに泊まったものですから、以来この不動尊に対する見方が変わってしまいました。
    でもこの間通りかかったら、日曜日だったからか、参道にたくさんの店が並んで骨董市みたいなのをやっていました。
    この辺りには伊能忠敬の像はもちろん、間宮林蔵のお墓なんかがあったりして、案外教科書で知っている人たちの痕跡があるのですよね?
    横綱力士碑、私も見ましたよ。
    古き江戸の面影が色濃く残るこの界隈、師匠のガイドで再確認させていただきました。


    前日光

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/19 05:55:31
    RE: またいつもの冗談かと。。。(^^;)

    前日光さん おはようございます

    館林は他の自治体と同じく、私が故郷を出たときから見ると、ずいぶん変わりました。
    きれいに整備された公園、美術館に並んで、向井千秋こども科学館という立派な施設が
    いつの間にかオープンしておりました。向かいさんは市民の誇り、英雄なんですね。
    知名度からいったら、田山花袋をしのいでいます。

    清澄庭園の庭石、お目に留まって、しかも覚えていらっしゃるとは、趣味が広いですね。
    運搬手段が未発達な時代、遠方から巨石を運ぶのは、費用の点でも財閥ならではの
    趣味ですね。
    余談ですが、一時期バブル経済で世の中が浮き立っていたころ、新しく家を建てると、私のような下層の庶民までも、和風の庭を造りました。近所に腕のいい植木屋さんがおり、
    造園をしてもらいました。興味にまかせて、庭石を配し、黒松を植え周りを建仁寺垣でかこんだり、狭い土地ほど、造園はうまくいくのです、との職人の言でした。
    初期の頃は、植木屋さんに手入れを任せておりましたが、我が家も商売が傾きはじめて、
    職人の手間賃が惜しくなり、長い梯子を買って、自分で松の手入れなどしています。
    妻などは、庭の木を切って、草花などを植えたいといいますが。

    江東地区も例にもれず、戦災の被害にあった土地ですので、ほとんど焼けてしまいました。○○の旧居跡、など跡、跡ばかりで一本の石柱だけです。残念ですね。

    pedaru
  • norisaさん 2022/12/15 06:33:00
    紀伊国屋文左衛門の別荘
    pedaruさん

    おはようございます。
    清澄庭園は未踏ですので参考になりました!

    元は紀伊国屋文左衛門の別荘だったのですね。
    最終的に岩崎弥太郎の別荘としてさらに整備されたのならお金がつぎ込まれたことでしょう。
    たくさんの植木、植物、岩、その他が庭を飾りますがわけても川奈石は印象的です。
    荒々しい浸食の後の姿でしょうかーー。

    この近くに平賀源内のエレキテル実験の地があったり伊能忠敬の旧居跡があったりと盛りだくさんの地でもあるのですね。
    平賀源内はたぐいまれな才能だったのに獄死させられてしまったのは日本の損失だと今も感じます。
    個人的には織田信長の死が最大の損失だと思いますがーーー。

    norisa

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/16 06:43:36
    Re: 紀伊国屋文左衛門の別荘
    norisaさん おはようございます

    いつもありがとうございます
    norisaさんの庭も広いでしょうが、やや負けたな、という感想でしょうか?
    紀伊国屋文左衛門はさすがですね。遊郭で遊ぶだけではお金が余って仕方がない、庭でも作るか、という動機でしょうか?

    お金があっても自家用ジェットを買ったり、世界旅行をしたりはできないのですから気の毒です。それを考えると、今の小金持ちのほうが幸せかもしれませんね。
    駕籠より早い乗り物にのって、フランス料理に舌鼓をうって(まぁ、日常でしょうが)豪華なホテルに泊まって、norisa大尽のほうがはるかに上です。

    川奈石がお気に入りでしたか?こういう庭園は癒されますね、ただし人けがないのが条件です。私の家の近くの公園など、なんにもないので、人はいません、石ころ一つありません。ただのくさ原です、貝塚ですから。

    pedaru
  • mistralさん 2022/12/14 19:00:31
    清澄庭園
    pedaruさん

    こんばんは。
    冒頭の、高齢の女性と出逢われた折のエピソードに、思わず引き込まれて
    熟読してしまいました。
    偶然の出会い、あるものですね。
    中学校時代の恩師の奥さまだったとは。
    内藤セパンというのが、先生の愛称。
    どんな思い出があるのかはわかりませんでしたが、その先生の奥さまに偶然出会う
    なんて機会はそうそうあるものではないと思います。
    ご夫妻の娘さんが、あの向井千秋さん、というのはご存知の情報だったんですね。
    それにしても凄い方ですね。
    娘さんの所まで電車を7回も乗り継いで訪問されるとは。

    本編の清澄庭園、私はまだ行ってみたことがなかったようでした。
    名前は有名でしたから、すっかり訪問したつもりになってました。
    土橋があったり石仏群があったり、スッポンが顔を覗かせて、、、
    長閑な光景ですね。
    pedaruさんがお好きな、石があちこちに置かれていて、何気ない石のようですが
    きっと価値のある石なんでしょうね。

    mistral

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/15 06:55:26
    RE: 清澄庭園
    mistralさん おはようございます

    向井千秋さんのお母さまとはほんとに偶然に出会いました。
    どういう教育の結果、あのような人物が育つのか知りたいものです。千秋さんは慶応大学医学部卒で医学博士、そして外科医でもあったのですね。みたところ、飾らない謙虚な人柄で、好感をもてる人のようです。

    お父様が英語と理科の先生だったことも影響しているのかな、などと思いました。
    97歳の高齢で、乗り継いで一人で娘さんに会いにでかけるなんて普通ではありませんね。私もあやかりたいと同時に希望を与えられました。

    清澄庭園には各地の名石が集められていますが、それぞれ石には特徴があって、じっと見ていると、自然の姿が浮かんできます、まぁ想像するというのですかね。
    などといいながら、ほんとの価値がどこにあるのか、よくわかりません。

    お金持ちにとって、好きなものには何百万円でも出して手に入れたくなる欲望があるのでしょうね、庭石もそうなんでしょうね。ちなみに同じ石でもダイヤモンドは0.2gの大きさでも、100万円以上します(笑)。

    pedaru
  • yamayuri2001さん 2022/12/14 10:49:05
    清澄庭園・・・
    pedaruさん、こんにちは。
    清澄庭園は、素敵な庭園だと思っています。
    遠いから、何度かしか行っていませんが・・・
    現在は、丁度良い混み具合ですね。
    直近 訪問した時は、全部の石橋が渋滞で、先に進めませんでしたが・・・
    ここで、企画展があったんですね。
    ちょっと清澄庭園の風情とは違っていますね。

    息子さんがすっぽんを飼育されてたんですね?
    その後、食べたのか、巨大化したのか?
    食べられませんよね・・・料理の仕方が解らないですから!

    浅野さんの像は、こちらにもあるんですか?
    横浜の中高一貫進学校 創設者の浅野さんは、
    ここで、事業を展開していたんですね。

    向井さんのお母様は、かくしゃくとしていらっしゃるんですね。
    私は 偶然羽田空港で、毛利衛さんの向い側の席に座りました。
    毛利さんは、とっても難しそうな分厚い英語の本を読んでいました。
    パートナーと思しきインド人の女性とご一緒で、
    ちょっと その方をぞんざいに扱っていらっしゃったので
    驚きました。
    パートナーでは無かったのかもしれません・・・

    有名人のプライバシーを垣間見る時は、突然やって来ますね。

    yamayuri2001

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/15 06:19:10
    RE: 清澄庭園・・・

    yamayuri2001さん おはようございます

    庭園というのは、ゆったりと、静かに風情を楽しむところだと思いますが、数珠繋ぎで石橋を渡るなんて、残念ですね。人が多い観光地はどこもこんな調子では出かけるのが億劫になってしまいます。

    息子たちには困ったものです。昆虫や魚、亀を買うのは定番ですが、蛇を飼うといって、部屋に持ってきたときは、妻が卒倒せんばかりに驚き、さすがこの時ばかりは蛇はあきらめたようです。すっぽんは長い間飼っておりましたが、飼ったところで引き取ってもらったようです。
    すっぽんと言えども、ペットですから、食べることはしませんね。

    アサノセメントは有名ですので、それが浅野総一郎と結びつきました。ここにある銅像は小さめに作られていました、やはり人物の銅像は大きく作るべきだと思います。
    これだけの人ですから、どうどうと大きくすべきだと感じました。

    毛利衛さんはいつもニコニコという印象ですが、プライベートでまで、同じとは言えませんね、ときには機嫌が悪い時もあるでしょう。でもyamayuriさんが素直に驚かれたのは当然です。

    pedaru
  • ふわっくまさん 2022/12/14 07:16:39
    清澄庭園・・
    pedaruさん、おはようございます。
    新作旅行記を確認中、pedaru師匠の投稿に気付きました(^_-)-☆
    ・・1番乗りを狙っている方には、申し訳ありません・・

    さて清澄庭園は大都会の中にあって、不思議な静けさが漂っていますね。
    池に架かる土橋が、とてもステキな味わいでした(^^♪
    額縁に入れられた猫の絵も可愛らしく、きっと猫好きの方が描かれたのだなぁと思います。

    さて冒頭でpedaruさんが、小一の頃からのご友人の葬儀の帰りに・・
    なんと!向井千秋さんのお母様に、偶然会われたのですねー
    さすが97歳で しっかりされた方だなと、思いました。

    終盤 富岡八幡宮の歌川広重の赤いツツジと桜の絵も、すごく印象に残っています。
               ふわっくま

    pedaru

    pedaruさん からの返信 2022/12/15 05:30:35
    RE: 清澄庭園・・

    ふわっくまさん おはようございます

    早速ありがとうございます。
    清澄庭園が大名の庭園だったと聞きましたが、権力者はすごいですね、江戸庶民は四畳半の部屋に住み、土間のいちぶが台所だったりして、トイレは外の共同便所の暮らしでしたからその格差はおおきいですね。

    向井千秋さんがつくば学園都市に住んでいるというのは納得です。この町の研究所に勤める人々、石を投げると、博士に当たると言われています。

    館林には「向井千秋記念子ども科学館」という立派な施設があり、向井さんは名誉市民です。田舎町にとっては大変なことです。

    広重の絵を見ると、いかに東京が変わったかよく分かりますね。

    pedaru

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