2022/10/03 - 2022/10/03
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YOSHITOさん
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コロナと天候不順で地元にこもっていた老人。
10月入ってやっと晴れ間を見て
都心に出かける。6月以来何と4ヶ月ぶり。
全く行き先も決めずに京葉線で東京駅で下車。
有楽町から日比谷に歩いて。
Midtown日比谷に入って。オープン以来何度か来ている。
今日もテラスパークに上がって写真を撮ろう。
寒さはマシだが秋の快晴とは言い難い。
テラスから眼下に見た日比谷公園に向う。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
-
有楽町へ出て銀座には出ず、足は日比谷に向った。
久しぶりにMidtown HIBIYAに。 -
2018年の春オープン当時も来ていた。
かつて銀座や日比谷に出て建設中のこの高層ビルが
気になっていた。確か2,3年越しに完成した。
尤も近年はミッドタウン八重洲店のビルが。
こちらは来春のオープンと。 -
エスカレーターで3階に上がって。
Todays Special と言う名の店 -
日用雑貨に植物の取り合わせ。
私の好き系Shop -
オープン当時一番気になったギャラリー。
写真の専門店。当時も¥5,000-¥350,000程の
海外写真家の作品が並んでいた。
今日も期待を裏切らず! -
4階から東宝シネマ館へのコース
-
6階がテラスパークに出られる。
-
このフロアのレストランも・・・・
-
私がテラスパークト呼んでいたがパークヒルガーデンと言ったか?
日比谷周辺のビル群を望む。これは霞ヶ関界隈かな・・・・ -
眺望も楽しめるレストラン
-
今日は思ったほど晴れず。僅かな都心の青空を眺め・・・・
-
-
眼下に緑の林が広がる。日比谷公園にはこれほど緑が豊かだったかと・・・・
-
テラスから日比谷濠そして皇居方面を望む
-
ミッドタウンを出ると向いの日比谷公園に入る。
公園からきしかたのビルを捉えて -
丁度昼休みの時間になって。
近くのオフィスから公園を歩む人々。
持参の弁当を食すOLも・・・・ -
手前の植木は東京タワーを模している
-
都心の秋は暑かっただけに、10月のこの時期まだまだ紅葉には早い。
-
公園奥まで歩を進めて雲形池。
-
この池の裏手に出ると日本の官庁街とも言える霞ヶ関。
-
江戸城に近いこのあたりはかつては松平肥前守を始め大名屋敷が
あった。レストランの松本楼は古くから承知しているが昭和早々
にはオープンしていたろうか? -
今日は園内をゆっくり歩いてみた。よくロンドンではハイド・
パーク始め、私の好きなセント・ジェームズ・パークなどは
何度も歩いてきた。
しかし東京の日比谷公園を歩いて、決して広くない公園だが
立派な古木が幾つも立つのに気付いた。 -
1978年初めて出張で訪ねたロンドンのハイドパーク。
見渡す限りの緑の公園。この都心にこの静けさ。
東京との違いを感じない訳にはゆかなかった。 -
当時の英国経済は既に停滞いや斜陽の時代。
それにひきかえ日本はまさに成長、発展の流れに。
しかしロンドン市内にこの広大な公園。
インフラの違い、英国の蓄えた冨を感じた。 -
そんなに大木、古木はないがとにかく広い・・・・
ロンドンの面積は恐らく東京の何分の1、否何十分の1か
と思うが -
1998年のSt.James Park にて
イタリアからの旅人、これは余分・・・・ -
中心に第一花壇のある広い芝生の庭園に来た。
ビルの上に青空が広がっている。
チョッと晴れやかな気分に! -
-
脇の花壇には薔薇が咲いて・・・
-
園外のビルを捉えて
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そしてアップにして
-
出口に近い心字池から上を仰ぐと更なる青空を!
-
ここにも更なる古木。都心にあって100年以上の
年輪、歴史を感じる。確か日比谷公園は明治36年頃の
オープンとしてほぼ120年になる。
これらの木々は相当樹齢のある木を移植しているか。 -
話は飛ぶが小生の実家の庭園内の木々。
街中ではあまり目にしない程丈のある松ではある。
左のもう1本は確かもちの木と言ったか。
1954年中学生の小生が本家と離れの10mほどを結ぶ
陸橋作りの廊下の窓から撮影。
江戸時代から既に300年は時が流れたか・・・・ -
これもかつて小生が撮った一枚
手前の家屋は本家の1部。奥の松ノ木の下は離れの
松陰荘という。 -
この同じ庭内には三河国刈谷藩の鎮守と伝えられた
金比羅堂がある。かのNHK大河は今年の鎌倉殿に代わって
来年は三河の国岡崎藩の徳川家康と言う。家康の母君於大の方
(後の伝通院)は岡崎で離縁されて後実家の父水野弘忠の刈谷城
に戻される。
これも今川家と織田家との対抗争いによるが。 -
1954年 14歳の中学生時代。私の後ろはその松の木。
三河国刈谷にて。しかし大学で上京し数年後には江戸時代から
の刈谷藩士の末裔は9代目で没落。
21世紀のこんにち、この大木も金比羅堂さえ今は無い。 -
15歳中学3年生。離れの松陰荘の前で。
10代目は遠きにありて思う故郷は、
今や形は何もなく。すべてが無に! 諸行無常・・・・
(ローカルな私的ヒストリーは我がHome pageを
http://travelingmaki.kilo.jp/home1/kariya.html ) -
このエリアのみ珍しい椰子が並ぶ南国風。
-
出口に進む・・・・
-
最後に出口の有楽門の手前の石垣に足が止まる。
これはかつての江戸城警備の城門の一つ日比谷見附跡である。
石段を十数歩上がって心字池を見下ろす。 -
ここには幾つもの長椅子が並び弁当を食すサラリーマンも。
-
この鬱蒼と茂る木々のすぐ裏はもう日比谷通りという
都会のメインストリートとは思えぬ。 -
これこそ日比谷通り
-
日比谷濠に出て
-
皇居からは一番端になるがこんなに広々としたお濠
-
かつて銀座の柳と言ったがこの日比谷通りも
歩道の左に柳。 -
そして右は銀杏(いちょう)の木。
今丁度足元に銀杏(ぎんなん)の実が散らばっている
右手には帝国劇場・・・・
今日はこの先有楽町に出て少し遅いランチに致したく度。
古老の戯言にお付き合い願い感謝申し上げ候。 -
この記録から3年。2025年に入って帝劇での最終公演が
行われた。かつてこの舞台で活躍したヒーロー達が演じ
収めた。
そしていよいよ解体。2030年を目指して立替工事が始る。
これは6年後の完成した姿。手前のビルは現在と同じ。
その左が新帝劇ビル。
小生にはその晴れ姿を見る時間は・・・・ -
地下4階、地上29階の高層ビルに。手前の帝劇の最上階
には現在もある出光美術舘。そしてその屋上には広いテ
ラスが設けられる。
帝劇の後方は29階まですべてオフィスの予定。 -
これは新たな出光美術舘からの皇居お濠風景。
2025年3月13日 Yoshito Maki
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